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医療企業分析アカデミー

第69講 クロスSWOT分析とは何か?――強み・弱み・機会・脅威を組み合わせて経営戦略を作る

JMEI 医療企業分析アカデミー 第69講 強み・弱み・機会・脅威を組み合わせて経営戦略を作る

はじめに

こんにちは。日本医療企業研究所(JMEI)です。

前回の第68講では、SWOT分析について学びました。

SWOT分析は、企業の経営環境を、Strengths(強み)、Weaknesses(弱み)、Opportunities(機会)、Threats(脅威)の4つの要因に分類して整理する方法です。

この4つを整理することで、企業がどのような競争優位を持ち、どのような経営課題を抱えているのかを理解できます。

しかし、ここで一つの問題があります。

SWOT分析によって企業の状況を整理した後、経営者は何をすればよいのでしょうか。

例えば、ある医療機器メーカーを考えてみましょう。この企業には、優れた製造技術があります。一方、海外販売網が不足しています。

外部環境では、高齢化によって関連医療機器の需要が増加する可能性があります。

しかし、競合企業による低価格製品の開発も進んでいます。

この企業は、どのような経営戦略を選択すべきでしょうか。

製造技術を活用して新製品を開発するのでしょうか。海外販売網を整備するのでしょうか。低価格製品への対抗策を考えるのでしょうか。

それとも、特定の市場へ経営資源を集中するのでしょうか。

SWOT分析だけでは、こうした経営戦略を十分に決めることはできません。

そこで今回学ぶのが、クロスSWOT分析(TOWS Matrix)です。

クロスSWOT分析は、SWOT分析で整理した4つの要因を組み合わせ、具体的な経営戦略を考える方法です。

今回は、クロスSWOT分析の基本から、医療企業への応用、ケーススタディ、戦略の優先順位、財務分析との関係まで学びます。

今回の目標は、「この医療企業は、限られた経営資源をどこへ投入すれば、持続的な競争優位と企業価値の向上につなげられるのか」という問いに答えられるようになることです。

クロスSWOT分析とは何か

クロスSWOT分析とは、SWOT分析で整理した4つの要因を組み合わせ、経営戦略の候補を考える方法です。

通常のSWOT分析では、次の4つを整理しました。

Strengthsは企業の強み、Weaknessesは企業の弱み、Opportunitiesは外部環境の機会、Threatsは外部環境の脅威です。

クロスSWOT分析では、これらを組み合わせます。

具体的には、次の4つです。

SO戦略は強みと機会の組み合わせで、強みを活用して成長機会を獲得する考え方です。WO戦略は弱みと機会の組み合わせで、弱みを改善・補完して成長機会を獲得する考え方です。ST戦略は強みと脅威の組み合わせで、強みを活用して外部の脅威に対応する考え方です。WT戦略は弱みと脅威の組み合わせで、弱みと脅威が重なるリスクを抑える考え方です。

この4つを考えることで、企業が選択できる経営戦略の候補を整理できます。

ただし、クロスSWOT分析によって最適な戦略が自動的に決まるわけではありません。

クロスSWOT分析は、戦略の候補を発見するための方法です。

実際にどの戦略を選択するかについては、必要な投資額、期待される利益、実行可能性、リスクなどを比較する必要があります。

SO戦略とは何か

最初はSO戦略です。

SO戦略は、Strengths × Opportunitiesの組み合わせです。

つまり、企業の強みを活用して、外部環境の成長機会を獲得する戦略です。

例えば、ある医療機器メーカーが独自の画像処理技術を持っているとします。

これは企業の強みです。

一方、医療現場で画像診断の効率化に対する需要が高まっているとします。

これは成長機会になる可能性があります。

この場合、独自の画像処理技術を活用して、新しい診断支援製品を開発することが考えられます。

これがSO戦略です。

別の例を考えましょう。

ある医療DX企業が、医療機関との強い取引関係を持っています。

一方、医療機関では業務効率化の需要が高まっています。

この場合、既存顧客へ新しい業務支援サービスを提供する戦略が考えられます。

これもSO戦略です。

SO戦略では、企業がすでに保有している経営資源を活用できることが重要です。

新しい市場へ参入する場合でも、既存の技術や顧客基盤を活用できれば、追加投資を比較的少なく抑えられる可能性があります。

ただし、既存の強みが新市場でも通用するとは限りません。

そのため、顧客ニーズや競争環境を確認する必要があります。

WO戦略とは何か

次にWO戦略です。

WO戦略は、Weaknesses × Opportunitiesの組み合わせです。

つまり、企業の弱みを改善したり、外部の経営資源で補ったりすることで、成長機会を獲得する戦略です。

例えば、ある医療機器メーカーが優れた製品を持っているとします。

しかし、海外販売網が不足しています。

一方、海外市場では関連医療機器の需要が拡大しているとします。

この場合、海外販売網の不足が成長機会を獲得するうえでの制約になります。

そこで、現地販売代理店との提携を検討します。

自社で海外販売網を構築する方法もありますが、多額の投資が必要になる可能性があります。

一方、販売代理店と提携すれば、初期投資を抑えながら市場へ参入できる場合があります。

これがWO戦略です。

ここで重要なのは、弱みを必ず自社で改善する必要はないということです。

例えば、営業力が不足していれば販売代理店と提携する、研究開発能力が不足していれば大学や研究機関と共同研究する、製造能力が不足していれば外部企業への製造委託を検討する、資金が不足していれば事業提携や資金調達を検討する、といった方法があります。

つまり、WO戦略では、弱みを自社で改善する方法と、外部の経営資源で補う方法の両方を考えます。

ただし、外部企業との提携には、利益配分や契約条件、品質管理などの問題があります。

そのため、提携によって得られる利益と費用を比較する必要があります。

ST戦略とは何か

次にST戦略です。

ST戦略は、Strengths × Threatsの組み合わせです。

つまり、企業の強みを活用して、外部環境の脅威へ対応する戦略です。

例えば、ある医療機器メーカーが高度な品質管理技術を持っているとします。

一方、競合企業が低価格製品を発売したとします。

この場合、価格競争に参加することも一つの選択肢です。

しかし、価格を引き下げれば、利益率が低下する可能性があります。

そこで、品質管理能力や保守サービスを活用し、製品の信頼性や運用上の価値を訴求する戦略が考えられます。

これがST戦略です。

別の例を考えましょう。

ある医療DX企業が、既存顧客との長期的な取引関係を持っています。

一方、大手IT企業が医療DX市場へ参入してきました。

この場合、既存顧客との関係を活用して、顧客の業務に適した機能を追加することが考えられます。

これもST戦略です。

ただし、顧客との関係が強いというだけでは、競争上の優位性が維持されるとは限りません。

競合企業が優れた製品を提供すれば、顧客が乗り換える可能性があります。

したがって、ST戦略では、現在の強みが外部の脅威に対して本当に有効なのかを確認する必要があります。

WT戦略とは何か

最後はWT戦略です。

WT戦略は、Weaknesses × Threatsの組み合わせです。

つまり、企業の弱みと外部環境の脅威が重なることによって生じるリスクを抑える戦略です。

例えば、ある医療機器メーカーが特定製品への売上高依存度が高いとします。

これは弱みです。

一方、その製品を代替する新技術が登場したとします。

これは脅威です。

この場合、企業は大きな経営リスクを抱える可能性があります。

そこで、新規投資の抑制、不採算製品からの撤退、事業構造の見直し、研究開発テーマの再検討、財務基盤の強化などの対応が考えられます。

これらはWT戦略に該当します。

WT戦略は、単に事業を縮小するための戦略ではありません。

将来の大きな損失を回避し、経営資源をより有望な事業へ振り向けるための戦略でもあります。

例えば、収益性の低い製品への投資を抑制し、その資金を成長分野へ再配分することも考えられます。

ここで重要なのは、「すべての事業を成長させる必要はない」ということです。

企業価値を高めるためには、成長させる事業と、縮小・撤退を検討する事業を区別する必要があります。

4つの戦略を比較する

ここまでの内容を整理しましょう。

SO戦略は強みを活用して成長する戦略で、医療企業では独自技術を活用した新製品開発が例です。WO戦略は弱みを補って成長する戦略で、販売代理店との提携による海外進出が例です。ST戦略は強みを活用して脅威に対応する戦略で、品質・保守サービスによる差別化が例です。WT戦略は経営リスクを抑える戦略で、不採算事業の縮小や撤退が例です。

ここで覚えてほしいことがあります。

SO戦略が常に最も優れているわけではありません。

例えば、成長市場へ参入するために多額の投資が必要であり、十分な利益を期待できない場合、SO戦略を選択することが合理的とは限りません。

一方、WT戦略によって不採算事業から撤退し、キャッシュフローを改善できる場合があります。

つまり、戦略の良し悪しは、SO、WO、ST、WTという分類だけでは決まりません。

重要なのは、その戦略が企業の長期的な競争力と経済的な成果にどのようにつながるかです。

ケーススタディ1 医療DX企業のクロスSWOT分析

ここからは、架空の医療DX企業を使って分析してみましょう。

企業名は「メディカルクラウドA社」とします。

A社は、医療機関向けのクラウド型業務支援システムを提供しています。

患者情報の共有、業務記録、院内連絡などを支援するサービスです。

現在の経営状況は次のとおりです。

契約医療機関数は200施設、年間売上高は5億円、売上総利益率は60%で、売上総利益は3億円です。販売費及び一般管理費は2億5,000万円、営業利益は5,000万円で、営業利益率は10%です。

なお、企業名と数値は、分析方法を理解するための架空の設定です。

A社には、次のような特徴があります。医療現場の業務を理解した開発体制を持っています。既存顧客との関係も比較的安定しています。

一方、営業担当者が少なく、新規顧客の獲得が課題です。

また、大手IT企業の参入によって、競争が激しくなる可能性があります。

それでは、クロスSWOT分析を行ってみましょう。

STEP1 A社のSWOT分析を整理する

まず、A社の内部環境と外部環境を整理します。

強みは、医療現場を理解した開発体制、200施設の既存顧客基盤、既存システムの継続利用実績の三つです。弱みは、営業担当者の不足、新規顧客獲得費用の増加、大規模な研究開発投資への対応力が限定的であることの三つです。機会は、医療機関の業務効率化需要、医療DXの進展、中小医療機関のデジタル化需要です。脅威は、大手IT企業の参入、価格競争、新技術による既存機能の代替です。

この表が、クロスSWOT分析の出発点になります。

ここから、4つの戦略を考えます。

STEP2 SO戦略を考える

A社の強みは、医療現場を理解した開発体制と、200施設の既存顧客基盤です。

一方、外部環境では、医療機関の業務効率化需要が存在します。

この2つを組み合わせると、どのような戦略が考えられるでしょうか。

一つの候補は、既存顧客向けの追加サービス開発です。

例えば、現在の業務支援システムに、業務量の可視化や記録作業の効率化を支援する機能を追加します。

既存顧客へ追加サービスを提供できれば、新規顧客を獲得する場合と比較して、営業活動の負担を抑えられる可能性があります。

また、既存システムと連携したサービスであれば、顧客にとっても導入しやすい場合があります。

ただし、既存顧客が追加料金を支払うとは限りません。

そのため、機能開発の前に、顧客の需要や支払い意思を確認する必要があります。

これがA社のSO戦略です。

STEP3 WO戦略を考える

次に、A社の弱みと機会を組み合わせます。A社の弱みは、営業担当者の不足です。一方、医療DX市場には成長機会が存在します。この場合、営業担当者を増やす方法が考えられます。

しかし、営業担当者を採用すれば、人件費が増加します。

また、採用や教育にも時間が必要です。

そこで、別の方法として、医療機器販売会社や医療関連サービス企業との販売提携を考えます。

既存の販売網を持つ企業と提携すれば、A社自身が大規模な営業組織を構築しなくても、新規顧客を獲得できる可能性があります。

ただし、販売手数料が必要になります。

また、提携先が十分な営業活動を行わなければ、期待した成果が得られない場合があります。

そのため、販売提携による売上高の増加だけでなく、手数料や導入支援費用も考える必要があります。

これがA社のWO戦略です。

STEP4 ST戦略を考える

次に、強みと脅威を組み合わせます。

A社の強みは、医療現場を理解した開発体制と既存顧客基盤です。

一方、大手IT企業の参入や価格競争という脅威があります。

この場合、A社が単純な価格競争へ参加すると、利益率が低下する可能性があります。

そこで考えられるのが、特定の医療業務に特化した機能と導入支援による差別化です。

例えば、特定の診療科や医療業務に適した機能を開発します。

また、医療機関ごとの業務に合わせた導入支援を提供します。

こうしたサービスによって、価格以外の価値を提供できる可能性があります。

ただし、導入支援を手厚くすると、人件費が増加する場合があります。

したがって、顧客維持率や追加料金による収益が、支援費用に見合うかどうかを確認する必要があります。

これがA社のST戦略です。

STEP5 WT戦略を考える

最後に、弱みと脅威を組み合わせます。

A社は、大規模な研究開発投資への対応力が限定的です。

一方、大手IT企業の参入や新技術の登場という脅威があります。

この場合、大手企業と同じ範囲の製品を開発しようとすると、多額の研究開発費が必要になる可能性があります。

そこで考えられるのが、開発対象を絞り込み、収益性の高い機能へ経営資源を集中する戦略です。

例えば、利用率が低く、保守費用が高い機能については、提供方法の見直しを検討します。

一方、顧客からの評価が高く、継続利用されている機能へ開発資源を集中します。

これによって、限られた研究開発費を効率的に利用できる可能性があります。

ただし、機能の廃止によって既存顧客が離れるリスクもあります。

そのため、顧客への影響を確認しながら進める必要があります。

これがA社のWT戦略です。

A社のクロスSWOT分析を完成させる

ここまでの内容を整理しましょう。

SO戦略は既存顧客向けの追加サービス開発、WO戦略は販売代理店との提携による新規顧客獲得、ST戦略は特定業務への特化と導入支援による差別化、WT戦略は開発対象の絞り込みと不採算機能の見直しです。

これで、4つの戦略候補が整理できました。

しかし、ここで新しい問題が生まれます。「A社は、どの戦略を最初に実行すべきなのでしょうか」という問いです。

4つの戦略を同時に実行できればよいかもしれません。

しかし、企業には資金や人材の制約があります。

そのため、戦略の優先順位を決める必要があります。

ここからが、JMEIの企業分析で重要になる部分です。

クロスSWOT分析を財務分析へつなげる

クロスSWOT分析では、戦略の候補を考えます。

しかし、戦略の候補が魅力的に見えても、実際に利益を生み出せるとは限りません。

そこで、財務分析を組み合わせます。例えば、A社のSO戦略を考えましょう。既存顧客向けの追加サービスを開発するとします。現在の契約医療機関数は200施設です。

このうち100施設が、新しいサービスを利用すると仮定します。

追加サービスの年間利用料は、1施設当たり30万円とします。

この場合、追加売上高は、100施設×30万円=3,000万円です。

次に、費用を考えます。

追加サービスの売上総利益率を75%と仮定します。

追加売上総利益は、3,000万円×75%=2,250万円です。

さらに、追加サービスの販売管理や顧客支援などに、年間600万円が必要になると仮定します。

この場合、追加営業利益は、2,250万円-600万円=1,650万円となります。

整理しましょう。

追加契約施設数は100施設、1施設当たり年間利用料は30万円、追加売上高は3,000万円です。追加売上総利益は2,250万円、追加販売管理費は600万円、追加営業利益は1,650万円です。

このケースでは、追加サービスによって年間1,650万円の営業利益増加が期待できる計算になります。

ただし、これは100施設が年間を通じて利用する状態を想定した、単純化した試算です。

実際には、サービス開始時期、顧客の契約率、解約率、追加開発費用などによって結果が異なります。

SO戦略を実行した場合の営業利益率

ここで、A社全体の営業利益率を考えましょう。現在の売上高は5億円です。営業利益は5,000万円です。営業利益率は10%です。

SO戦略によって、年間売上高が3,000万円増加すると仮定します。

新しい売上高は、5億円+3,000万円=5億3,000万円です。

営業利益は、5,000万円+1,650万円=6,650万円となります。

営業利益率は、6,650万円÷5億3,000万円×100=約12.5%です。

比較してみましょう。

売上高は5億円から5億3,000万円に、営業利益は5,000万円から6,650万円になります。営業利益率は10.0%から約12.5%です。

この仮定では、営業利益率が約2.5ポイント改善します。

ここで重要なのは、既存の顧客基盤を活用して追加売上高を獲得している点です。

既存顧客へ追加サービスを提供できれば、新規顧客の獲得に比べて営業費用を抑えられる場合があります。

ただし、必ずそうなるわけではありません。

追加サービスの開発費用や保守費用が大きければ、利益率が低下する可能性もあります。

したがって、SO戦略を評価するときには、売上高の増加だけでなく、追加費用も確認する必要があります。

WO戦略の財務効果を考える

次に、WO戦略を考えましょう。

A社は、販売代理店との提携によって新規顧客を獲得することを検討しています。

ここでは、年間40施設の新規契約を獲得すると仮定します。

1施設当たりの年間利用料は250万円です。

追加売上高は、40施設×250万円=1億円となります。

売上総利益率を60%と仮定すると、1億円×60%=6,000万円の売上総利益が生まれます。

しかし、販売代理店へ手数料を支払う必要があります。

年間の販売手数料を2,000万円と仮定します。

さらに、新規顧客への導入支援や管理費用として、年間1,500万円が必要になると仮定します。

この場合、追加営業利益は、6,000万円-2,000万円-1,500万円=2,500万円です。

整理しましょう。

新規契約施設数は40施設、1施設当たり年間利用料は250万円、追加売上高は1億円です。追加売上総利益は6,000万円、販売代理店手数料は2,000万円、追加導入支援・管理費用は1,500万円で、追加営業利益は2,500万円です。

このケースでは、WO戦略によって年間2,500万円の営業利益増加が期待できる計算になります。

ただし、これは新規契約40施設が年間を通じて利用する状態を想定した試算です。

実際の初年度には、契約開始時期や導入費用などによって、利益が小さくなる可能性があります。

SO戦略とWO戦略を比較する

ここまでの試算を比較しましょう。

追加売上高は、SO戦略が3,000万円、WO戦略が1億円です。追加営業利益は、SO戦略が1,650万円、WO戦略が2,500万円です。追加営業利益率は、SO戦略が55.0%、WO戦略が25.0%です。

ここで重要なことが分かります。WO戦略の方が、追加売上高は大きくなっています。追加営業利益もWO戦略の方が大きくなっています。

しかし、追加売上高に対する営業利益の割合は、SO戦略の方が高くなっています。

つまり、売上高の増加額だけでは、戦略の優劣を判断できません。

ここで、もう一つ重要な要素があります。

それは、戦略を実行するために必要な投資額です。

クロスSWOT分析とROIC

ROICは、企業が投下資本に対してどれくらいの税引後営業利益を生み出しているかを示す指標です。

基本的な計算式は、ROIC=税引後営業利益(NOPAT)÷投下資本×100です。

クロスSWOT分析によって考えた戦略を評価するときにも、ROICの考え方を利用できます。

ここでは、SO戦略とWO戦略の追加投資に対する収益性を比較してみましょう。

まず、SO戦略です。

追加サービスを提供するために、システム関連資産や必要運転資本など、追加投下資本が2,500万円必要になると仮定します。

年間の追加営業利益は1,650万円です。

税率を説明用に30%と仮定すると、追加税引後営業利益は、1,650万円×70%=1,155万円です。

したがって、追加投下資本に対する税引後営業利益の比率は、1,155万円÷2,500万円×100=46.2%となります。

次に、WO戦略です。

販売提携を拡大するために、システム対応、導入体制の整備、必要運転資本など、追加投下資本が1億円必要になると仮定します。

年間の追加営業利益は2,500万円です。

追加税引後営業利益は、2,500万円×70%=1,750万円です。

追加投下資本に対する税引後営業利益の比率は、1,750万円÷1億円×100=17.5%となります。

比較してみましょう。

追加売上高はSO戦略が3,000万円、WO戦略が1億円、追加営業利益は1,650万円と2,500万円、追加税引後営業利益は1,155万円と1,750万円です。追加投下資本は2,500万円と1億円で、追加投下資本利益率はSO戦略が46.2%、WO戦略が17.5%です。

この仮定では、SO戦略の方が追加投下資本に対して高い税引後営業利益を生み出しています。

ただし、これは両戦略が安定稼働した状態の年間利益と、単純化した追加投下資本を比較したものです。

実際の投資判断では、研究開発費の会計処理、投資の時期、減価償却、追加運転資本、事業の継続期間などを確認する必要があります。

また、追加投下資本利益率が高いことだけで、戦略の優劣が決まるわけではありません。

将来の成長余地やリスクも考える必要があります。

利益率が高い戦略を選べばよいのか

ここで一つの疑問が生まれます。SO戦略の追加投下資本利益率は46.2%です。WO戦略は17.5%です。

それならば、SO戦略だけを実行すればよいのでしょうか。

必ずしもそうではありません。

なぜなら、SO戦略とWO戦略では、将来の成長可能性が異なる場合があるからです。

例えば、SO戦略では、既存顧客200施設が主な対象になります。

追加サービスを導入する顧客数には限界があります。

一方、WO戦略では、新しい顧客を獲得するため、市場全体が対象になる可能性があります。

そのため、初期の資本効率はSO戦略の方が高くても、長期的な成長余地はWO戦略の方が大きい場合があります。

ただし、新規顧客の獲得には不確実性があります。

販売代理店との提携が成功するとは限りません。

また、顧客獲得費用が想定より高くなる可能性もあります。

したがって、戦略を比較するときには、期待される利益、必要な投資額、市場の成長可能性、実行までの期間、成功する可能性、失敗した場合の損失といった要素を考える必要があります。

これらを総合的に判断することが重要です。

ケーススタディ2 戦略の優先順位を決める

それでは、A社の4つの戦略について、優先順位を考えてみましょう。

ここでは、初心者でも利用しやすい簡単な評価方法を紹介します。

評価項目は、期待される財務効果、実行可能性、必要な投資負担、競争優位への貢献の4つです。

それぞれ5点満点で評価します。

5点が最も望ましい状態です。

例えば、必要な投資負担については、投資負担が小さいほど高得点とします。

架空の評価結果を作成してみましょう。

評価は、財務効果、実行可能性、投資負担、競争優位の順に示します。SO戦略は4・5・4・4で合計17点、WO戦略は5・3・2・4で合計14点、ST戦略は3・4・3・5で合計15点、WT戦略は3・5・5・3で合計16点です。

この評価では、SO戦略が17点で最も高くなっています。

次にWT戦略が16点です。ST戦略が15点。WO戦略が14点です。ただし、これは説明のための仮定です。

実際には、評価項目ごとの根拠を明確にする必要があります。

また、すべての項目を同じ重要度で評価することが適切とは限りません。

例えば、財務状況が厳しい企業では、投資負担や資金回収までの期間を重視する必要があります。

一方、十分な資金を保有する成長企業では、長期的な市場獲得の可能性を重視する場合があります。

さらに、このような点数評価は、分析者の主観によって結果が変わる可能性があります。

そのため、点数だけで最終判断を行わず、財務シミュレーションやリスク分析と組み合わせる必要があります。

JMEIが考えるA社の戦略

ここまでの分析から、A社には次のような戦略の組み合わせが考えられます。

まず、既存顧客向けの追加サービスを開発します。これはSO戦略です。

既存顧客基盤を活用できるため、比較的少ない追加投資で収益を拡大できる可能性があります。

同時に、利用率の低い機能や保守負担の大きい機能を見直します。これはWT戦略です。

経営資源を効率的に利用することが目的です。

次に、特定の医療業務に適した機能や導入支援を強化します。これはST戦略です。

競合企業との差別化を目指します。

そして、販売代理店との提携については、小規模な試験導入から始める方法が考えられます。これはWO戦略です。

最初から大規模な投資を行うのではなく、限られた地域や顧客層で成果を確認します。

その結果、新規顧客の獲得費用や契約継続率が良好であれば、販売提携を拡大することが考えられます。

このように、4つの戦略は必ずしも一つだけを選ぶものではありません。

複数の戦略を組み合わせ、実行する順序を決めることも重要です。

クロスSWOT分析とキャッシュフロー

ここで、さらに重要な問題を考えましょう。

企業が新しい戦略を実行するとき、利益だけでなく、キャッシュフローを確認する必要があります。

例えば、SO戦略によって年間1,650万円の営業利益が増加するとします。

しかし、追加サービスを開発するために、最初に多額の資金が必要になる場合があります。

また、売上高が増加しても、実際の入金まで時間がかかる場合があります。

したがって、利益が増加していても、一時的に資金繰りが厳しくなる可能性があります。

ここで重要なのは、利益とキャッシュフローは同じではないということです。

例えば、追加サービスの開発に必要な初期資金が3,000万円だったとします。

その後、年間の営業キャッシュフロー増加額が1,000万円になると仮定します。

単純な資金回収期間は、3,000万円÷1,000万円=3年です。

ただし、この計算は時間価値を考慮していません。

また、毎年同じキャッシュフローが得られることを仮定しています。

実際には、顧客数の変化、保守費用、追加投資などによってキャッシュフローが変化します。

したがって、戦略の評価では、初期投資と将来のキャッシュフローを年ごとに予測する必要があります。

戦略の成功をどのように確認するか

クロスSWOT分析によって戦略を決めた後には、その戦略が成功しているかを確認する必要があります。

ここで利用するのがKPIです。

KPIとは、Key Performance Indicatorの略です。

日本語では、重要業績評価指標と呼ばれます。

例えば、A社のSO戦略では、追加サービスの契約施設数、既存顧客への追加販売率、追加サービスの売上高、追加サービスの利益率、顧客満足度などのKPIが考えられます。

一方、WO戦略では、販売代理店経由の新規契約数、新規顧客獲得費用、契約継続率、販売代理店手数料率、新規顧客から得られる利益などのKPIが考えられます。

ST戦略では、顧客維持率や価格維持力などが重要になる場合があります。

WT戦略では、不採算機能の保守費用や経営資源の削減効果などを確認します。

つまり、戦略によって重要なKPIは異なります。

JMEIでは、戦略を評価するとき、戦略の目的から実行内容、KPI、財務成果へとつながる流れを重視します。

クロスSWOT分析で注意すべき4つの問題

クロスSWOT分析には、注意すべき点もあります。

第一に、戦略を無理に4つ作らないことです。クロスSWOT分析では、SO、WO、ST、WTという4つの組み合わせを考えます。しかし、すべての組み合わせについて、必ず戦略を実行する必要はありません。企業の状況によっては、特定の戦略が重要でない場合もあります。

第二に、SWOT分析の内容が正しいか確認することです。例えば、技術力が高いという強みが、実際には競合企業と同程度だった場合です。この場合、その強みを前提とした戦略は適切でない可能性があります。したがって、クロスSWOT分析の前提となる情報の信頼性が重要です。

第三に、財務への影響を確認することです。成長機会が存在していても、多額の投資が必要であれば、企業価値の向上につながらない場合があります。そのため、売上高だけでなく、利益率、ROIC、キャッシュフローなどを確認する必要があります。

第四に、実行可能性を考えることです。理論上は魅力的な戦略でも、必要な人材や技術、資金が不足していれば、実行できない場合があります。また、医療企業では、製品やサービスの内容によって規制対応や臨床的な検証が必要になることもあります。したがって、実行に必要な条件を確認することが重要です。

JMEI式クロスSWOT分析シート

ここまでの内容を、実際の医療企業分析に利用できる形へ整理しましょう。

シートは、基本情報、STEP1のSWOT分析、STEP2のクロスSWOT分析、STEP3の財務評価、STEP4の実行可能性、STEP5の戦略の優先順位、STEP6のKPIの七つの部分で構成します。基本情報では、企業名、対象事業、対象製品・サービス、対象市場、主要競合企業、分析時点、分析対象期間を記入します。

STEP1のSWOT分析では、強み、弱み、機会、脅威をそれぞれ三つずつ記入します。強みについては、競合企業と比較した優位性と、強みを裏づける指標を記入します。弱みについては、経営への影響と、改善に必要な経営資源を記入します。機会については、市場成長への影響と、企業が獲得できる可能性を記入します。脅威については、発生する可能性と、経営への影響を記入します。

STEP2のクロスSWOT分析では、SO戦略、WO戦略、ST戦略、WT戦略のそれぞれについて、活用する強みまたは改善・補完する弱み、獲得する機会または対応する脅威、具体的な戦略、必要な投資、期待される成果を記入します。

STEP3の財務評価では、戦略ごとの追加売上高、追加営業利益、追加税引後営業利益、追加投下資本、追加投下資本利益率、初期投資額、年間キャッシュフロー、資金回収期間、主な財務リスクを記入します。STEP4の実行可能性では、必要な人材、技術、設備、外部提携、規制対応の必要性、実行までの期間を記入します。

STEP5の戦略の優先順位では、第一優先戦略、第二優先戦略、第三優先戦略、実行を見送る戦略、優先順位を決めた理由を記入します。STEP6のKPIでは、売上高、利益率、顧客、投資効率、キャッシュフローに関するKPIと、評価する時期、戦略を見直す条件を記入します。

この分析シートを利用することで、クロスSWOT分析を経営戦略と財務分析へつなげることができます。

練習問題

問題1

クロスSWOT分析とは、どのような分析方法でしょうか。

【答え】SWOT分析で整理した強み、弱み、機会、脅威を組み合わせ、経営戦略の候補を考える方法です。

問題2

SO戦略とは何でしょうか。

【答え】企業の強みを活用して、外部環境の成長機会を獲得する戦略です。

問題3

WO戦略とは何でしょうか。

【答え】企業の弱みを改善・補完することで、外部環境の成長機会を獲得する戦略です。

問題4

ST戦略とは何でしょうか。

【答え】企業の強みを活用して、外部環境の脅威へ対応する戦略です。

問題5

WT戦略とは何でしょうか。

【答え】企業の弱みと外部環境の脅威が重なることによって生じるリスクを抑える戦略です。

問題6

ある医療機器メーカーは、優れた製造技術を持っています。

一方、高齢化によって関連医療機器の需要が増加しています。

この2つを組み合わせて新製品を開発する戦略は、どれに該当するでしょうか。

【答え】SO戦略です。企業の強みである製造技術を活用して、外部環境の成長機会を獲得するためです。

問題7

ある医療機器メーカーは、海外販売網が不足しています。

一方、海外市場では関連医療機器の需要が拡大しています。

そこで、現地販売代理店との提携を検討しています。

この戦略は、どれに該当するでしょうか。

【答え】WO戦略です。海外販売網の不足という弱みを補い、海外市場の成長機会を獲得するためです。

問題8

ある医療機器メーカーは、高い品質管理能力を持っています。

一方、競合企業が低価格製品を発売しました。

そこで、品質と保守サービスを活用した差別化を行います。

この戦略は、どれに該当するでしょうか。

【答え】ST戦略です。企業の強みを活用して、競合企業による価格競争という脅威へ対応するためです。

問題9

ある企業は、特定製品への売上高依存度が高くなっています。

一方、その製品を代替する新技術が登場しました。

そこで、既存製品への新規投資を抑制し、事業構造を見直します。

この戦略は、どれに該当するでしょうか。

【答え】WT戦略です。企業の弱みと外部環境の脅威が重なることによる経営リスクを抑えるためです。

問題10

ある医療DX企業が、既存顧客100施設へ追加サービスを提供します。

1施設当たりの年間利用料は30万円です。

追加売上高はいくらでしょうか。

【答え】3,000万円です。100施設×30万円=3,000万円。

問題11

問題10の追加サービスの売上総利益率が75%だった場合、追加売上総利益はいくらでしょうか。

【答え】2,250万円です。3,000万円×75%=2,250万円。

問題12

問題11の追加サービスで、年間600万円の追加販売管理費が必要になる場合、追加営業利益はいくらでしょうか。

【答え】1,650万円です。2,250万円-600万円=1,650万円。

問題13

追加営業利益が1,650万円、税率が30%の場合、追加税引後営業利益はいくらでしょうか。

【答え】1,155万円です。1,650万円×70%=1,155万円。

問題14

問題13の戦略で、追加投下資本が2,500万円だった場合、追加投下資本に対する税引後営業利益の比率はいくらでしょうか。

【答え】46.2%です。1,155万円÷2,500万円×100=46.2%。

問題15

SO戦略の追加投下資本利益率が46.2%、WO戦略が17.5%だった場合、必ずSO戦略を選択すべきでしょうか。

【答え】必ずしもそうではありません。将来の市場規模、成長可能性、必要な投資額、リスク、キャッシュフローなどを総合的に考える必要があるためです。

問題16

クロスSWOT分析によって戦略を決めた後、なぜKPIが必要なのでしょうか。

【答え】戦略が実際に成果を生み出しているかを確認するためです。例えば、追加サービスの契約数や利益率、顧客維持率などを確認することで、戦略の進捗と成果を評価できます。

問題17

クロスSWOT分析で最も重要なことは何でしょうか。

【答え】4つの戦略候補を作成するだけでなく、実行可能性、必要な投資額、期待される財務効果、リスクなどを比較し、戦略の優先順位を決めることです。

JMEIの視点

JMEIでは、クロスSWOT分析を、企業の経営戦略を理解するための重要な方法として位置づけています。

しかし、クロスSWOT分析だけで企業の将来を判断することはありません。

なぜなら、クロスSWOT分析は戦略の候補を整理する方法であり、その戦略が実際に利益を生み出すことを保証するものではないからです。

例えば、ある医療機器メーカーが、独自技術を活用して海外市場へ進出するとします。

これは魅力的なSO戦略に見えるかもしれません。

しかし、海外市場へ進出するためには、販売網の構築、規制対応、保守サービス体制などが必要になる場合があります。

その結果、多額の投資が必要になる可能性があります。

売上高が増加しても、投資額に見合う利益を確保できなければ、企業価値の向上につながらない場合があります。

したがって、JMEIでは、クロスSWOT分析を次の5つの視点から評価します。

第一の視点は、「戦略の合理性」です。その戦略は、企業の強みや弱み、外部環境の変化を正しく理解したうえで作成されているでしょうか。例えば、企業が保有していない技術を前提とした戦略は、実行可能性が低くなる場合があります。

第二の視点は、「競争優位への貢献」です。その戦略によって、企業の競争優位は強化されるでしょうか。単に売上高を増やすだけでなく、競合企業との差別化や顧客維持率の改善などにつながるかを確認します。

第三の視点は、「財務への影響」です。その戦略によって、売上高、利益率、ROIC、キャッシュフローはどのように変化するでしょうか。成長率が高くても、多額の投資が必要であれば、資本効率が低下する可能性があります。

第四の視点は、「実行可能性」です。その戦略を実行するために必要な人材、技術、資金、時間は確保できるでしょうか。医療企業では、規制対応や臨床的な検証が必要になる場合もあります。

第五の視点は、「失敗した場合の影響」です。戦略が想定どおりに進まなかった場合、企業はどの程度の損失を負うのでしょうか。例えば、多額の設備投資を行った後に市場が縮小した場合、投資資金を十分に回収できない可能性があります。したがって、JMEIでは、期待される利益だけでなく、失敗した場合の損失も考えます。

この5つを組み合わせることで、クロスSWOT分析を実践的な企業分析へつなげることができます。

さらに、JMEIでは、医療企業の戦略を分析するとき、医療上の価値と経済的な価値を区別します。

医療現場にとって有用な技術であっても、企業が持続的な利益を確保できなければ、事業を継続することが難しくなる可能性があります。

一方、短期的な利益率が高くても、医療現場の課題を解決できなければ、長期的な競争優位が弱くなる場合があります。

したがって、医療企業の経営戦略では、医療上の価値と経済的な持続可能性を同時に考える必要があります。

JMEI Medical Insight

優れた経営戦略とは、何をするかだけでなく、何をしないかを決めることである

企業分析では、成長戦略に注目することが多くあります。新製品の開発、海外市場への進出、新規事業への参入、企業買収、研究開発投資の拡大などです。これらは、企業の成長を考えるうえで重要な経営戦略です。

しかし、ここで一つの問題があります。「企業は、すべての成長機会を獲得すべきなのでしょうか」という問いです。

答えは、必ずしもそうではありません。

なぜなら、企業が利用できる経営資源には限界があるからです。

例えば、ある医療機器メーカーが、3つの新しい市場への参入を検討しているとします。

市場Aは、年間15%の成長が期待されています。市場Bは、年間10%の成長が期待されています。市場Cは、年間5%の成長が期待されています。

単純に市場成長率だけを比較すれば、市場Aが最も魅力的に見えるかもしれません。

しかし、市場Aへ参入するためには、多額の研究開発投資や設備投資が必要になる場合があります。

一方、市場Cでは、既存の技術や販売網を活用できるかもしれません。

その結果、市場Cの方が高い資本効率を実現できる可能性があります。

つまり、市場成長率が高いことと、企業にとって最適な投資先であることは同じではありません。

ここで、クロスSWOT分析が役立ちます。

クロスSWOT分析では、企業の強みと弱みを、外部環境の機会や脅威と組み合わせます。

その結果、企業がどのような戦略を選択できるのかを整理できます。

しかし、重要なのは戦略の候補を増やすことではありません。

限られた経営資源を、どの戦略へ配分するのかを考えることです。

ここで、JMEIが重視する重要な考え方があります。

それは、「優れた経営戦略とは、成長機会をすべて獲得することではなく、企業が最も価値を生み出せる機会を選択することである」ということです。

例えば、ある製薬企業が、特定の疾患領域で高い研究開発能力を持っているとします。

この企業が、まったく異なる疾患領域へ進出することも可能かもしれません。

しかし、新しい疾患領域では、研究者の採用や臨床開発体制の構築などが必要になる場合があります。

一方、既存の専門領域で新しい治療技術を開発する場合には、これまで蓄積した知識や研究開発基盤を活用できる可能性があります。

この場合、既存の専門領域へ経営資源を集中することが、合理的な戦略になる場合があります。

ただし、特定領域への集中にはリスクもあります。

競合医薬品の登場や研究開発の失敗によって、業績が大きく変化する可能性があるからです。

したがって、集中戦略と分散戦略のどちらが適切かについては、企業の状況によって判断する必要があります。

ここで重要なのは、企業の強みを理解したうえで、どのようなリスクを引き受けるのかを考えることです。

次に、医療DX企業を考えましょう。

ある企業が、医療機関向けの業務支援システムを開発しています。

医療DX市場が成長しているため、新しい機能を次々と追加することを検討しています。

しかし、開発人材は限られています。

すべての機能を開発しようとすれば、開発費用が増加し、製品の完成が遅れる可能性があります。

また、保守対象となる機能が増えることで、運用費用が増加する場合もあります。

この場合、企業は何をすべきでしょうか。

一つの方法は、顧客にとって価値の高い機能へ開発資源を集中することです。

例えば、利用率が高く、顧客満足度の改善につながる機能を優先します。

一方、利用率が低く、保守費用が大きい機能については、提供方法の見直しを検討します。

このように、成長のためには、何を開発するかだけでなく、何を開発しないかを決めることも重要です。

ここで、WT戦略の価値が見えてきます。WT戦略は、弱みと脅威に対応するための戦略です。一見すると、守りの戦略に見えるかもしれません。

しかし、不採算事業への投資を抑制し、その資金を成長分野へ振り向けることができれば、企業全体の資本効率を改善できる可能性があります。

つまり、WT戦略は、単なる縮小戦略ではありません。

経営資源を再配分するための戦略でもあるのです。

ここで、ROICとの関係を考えましょう。

ROICは、投下資本に対してどれくらいの税引後営業利益を生み出しているかを示します。

企業が新しい事業へ投資する場合、その投資によって将来どれくらいの利益が生まれるのかを考える必要があります。

例えば、ある医療機器メーカーが、新規事業へ10億円を投資するとします。

その事業によって、年間の税引後営業利益が5,000万円増加すると仮定します。

追加投下資本に対する税引後営業利益の比率は、5,000万円÷10億円×100=5%です。

一方、既存事業の改善へ2億円を投資することで、年間の税引後営業利益が3,000万円増加すると仮定します。

この場合、3,000万円÷2億円×100=15%となります。

この単純化した比較では、既存事業の改善の方が、追加投下資本に対して高い利益を生み出しています。

ただし、将来の成長率や事業リスク、投資の継続期間などによって評価は変わります。

それでも、この例から、新しい市場へ進出することだけが企業価値を高める方法ではない、ということが分かります。

既存事業の改善や不採算事業の見直しによって、企業価値を高められる場合もあります。

ここで、経営者の資本配分能力が重要になります。

経営者は、限られた資金をどこへ投入するのかを決める必要があります。

研究開発へ投資するのか。設備投資を行うのか。営業体制を強化するのか。新規事業へ参入するのか。既存事業の改善を優先するのか。

これらの判断によって、将来の収益性や資本効率が変化します。

JMEIでは、クロスSWOT分析を、こうした資本配分の判断へつなげることが重要だと考えています。

さらに、医療企業では、経営戦略を考える際に特有の問題があります。

それは、医療上の必要性と事業としての収益性が必ずしも一致しないことです。

例えば、高齢化によって在宅医療の必要性が高まったとします。

これは、関連する医療企業にとって成長機会になる可能性があります。

しかし、在宅医療関連機器の販売価格や保守費用、医療制度上の条件によって、企業の収益性は異なります。

また、医療AIによって診断支援や業務効率化が期待されても、医療機関が導入費用を負担できなければ、普及が進まない可能性があります。

したがって、医療企業の成長戦略では、社会的な必要性だけでなく、顧客が実際に支払える価格や、企業が確保できる利益を考える必要があります。

ここで、JMEIが重視する5つの問いを整理しましょう。

第一に、その戦略は医療現場の課題を解決するか。医療企業の製品やサービスは、医療現場にとっての価値が重要です。

第二に、その戦略は企業の強みを活用できるか。既存の技術や顧客基盤を活用できれば、競争優位を形成できる可能性があります。

第三に、その戦略は持続的な利益を生み出せるか。売上高の増加だけでなく、利益率や継続的な収益構造を確認する必要があります。

第四に、その戦略は必要な投資に見合うか。ROICやキャッシュフローを分析する必要があります。

第五に、その戦略を実行しない場合、どのような影響があるか。例えば、新技術への対応を見送ることで、既存事業の競争優位が低下する可能性があります。一方、新技術へ過剰に投資することで、財務リスクが高まる場合もあります。

この5つの問いによって、戦略を実行する場合と実行しない場合の両方を考えることができます。

ここで、クロスSWOT分析の本当の価値が見えてきます。

クロスSWOT分析は、SO、WO、ST、WTという4つの戦略を作成するためだけの方法ではありません。

企業の経営資源と外部環境を理解し、どの戦略へ資金や人材を配分するのかを考えるための方法です。

そして、その判断を財務分析へつなげることで、戦略の経済的な合理性を評価できます。

JMEIでは、SWOT分析からクロスSWOT分析、戦略候補の比較、必要投資額の評価、ROIC・キャッシュフロー分析を経て、経営資源の配分へとつなげる流れを重視します。

この流れによって、企業の特徴を整理するだけでなく、経営者の戦略的な判断を分析できるようになります。

最後に、今回の講義の結論を整理しましょう。

優れた経営戦略とは、成長機会を数多く発見することではありません。企業の強みと弱みを理解し、限られた経営資源を最も価値を生み出せる事業へ配分することです。

そして、そのためには、何を実行するかだけでなく、何を実行しないかを決める必要があります。

これが、JMEIのクロスSWOT分析の基本的な考え方です。

今回のポイント

第69講で最も覚えてほしいのは、「クロスSWOT分析は、企業の強み・弱み・機会・脅威を組み合わせ、具体的な経営戦略の候補を考える方法である」ということです。

クロスSWOT分析では、4つの戦略を考えます。SO戦略は強みを活用して成長機会を獲得するもの、WO戦略は弱みを改善・補完して成長機会を獲得するもの、ST戦略は強みを活用して外部の脅威へ対応するもの、WT戦略は弱みと脅威が重なることによるリスクを抑えるものです。

ただし、4つの戦略を作成するだけでは十分ではありません。

重要なのは、それぞれの戦略を比較し、優先順位を決めることです。

例えば、ある戦略によって売上高が大きく増加しても、多額の投資が必要であれば、資本効率が低下する可能性があります。

一方、既存事業の改善によって、比較的少ない追加投資で利益率を高められる場合があります。

したがって、JMEIでは、クロスSWOT分析を、売上高成長率、営業利益率、ROIC、追加投資額、キャッシュフロー、資金回収期間といった財務指標へつなげます。

また、戦略を実行した後には、KPIを利用して成果を確認する必要があります。

さらに、すべての成長機会を獲得する必要はありません。

限られた経営資源を、どの事業へ配分するのかを考えることが重要です。

最後に、次の5つの問いを覚えておきましょう。「この医療企業は、どの強みを活用すべきなのか」「どの弱みを優先的に改善・補完すべきなのか」「どの成長機会を獲得すべきなのか」「どの脅威に対応し、どのリスクを避けるべきなのか」「どの戦略が、長期的なROICとキャッシュフローの改善につながるのか」の5つです。

この5つの問いによって、クロスSWOT分析を企業の競争優位と経営戦略の分析へつなげることができます。

次回予告

第70講|VRIO分析とは何か?――医療企業の強みは本当に競争優位になるのか

今回は、クロスSWOT分析について学びました。

企業の強み、弱み、機会、脅威を組み合わせ、具体的な経営戦略の候補を考える方法を理解しました。

また、医療DX企業を例に、SO、WO、ST、WTという4つの戦略を作成しました。

さらに、戦略を比較する際には、売上高や利益率だけでなく、必要な投資額、ROIC、キャッシュフローなどを考える必要があることを学びました。

しかし、ここで一つの問題が残っています。「企業が持っている強みは、本当に競争優位を生み出すのでしょうか」という問いです。

例えば、ある医療機器メーカーが高度な製造技術を持っているとします。

しかし、競合企業も同じ技術を持っている場合、その技術は競争上の優位性を生み出すとは限りません。

また、独自技術を持っていても、競合企業が短期間で模倣できる場合、優位性は長続きしない可能性があります。

さらに、優れた技術を持っていても、それを製品開発や販売へ活用する組織体制が整っていなければ、十分な成果を得られない場合があります。

そこで次回学ぶのが、VRIO分析(VRIO Framework)です。

VRIO分析では、企業の経営資源や能力を4つの視点から評価します。Value(経済的な価値があるか)、Rarity(希少性があるか)、Imitability(模倣が難しいか)、Organization(組織として活用できるか)の4つです。

この4つを確認することで、企業の強みが持続的な競争優位につながる可能性を分析できます。

次回は、医療機器メーカー、製薬企業、医療DX企業を例に、VRIO分析の基本を学びます。

さらに、SWOT分析の強みとVRIO分析の違い、Economic Moatとの関係、競争優位がROICへつながる仕組みについて考えます。

また、架空の医療企業を用いたケーススタディを通して、企業の経営資源を実際に評価します。

そして、JMEIの企業分析で利用できる「医療企業VRIO分析シート」を作成します。

第70講では、「この医療企業が持つ技術、人材、ブランド、顧客基盤は、本当に競争優位を生み出しているのか。そして、その優位性は将来も維持できるのか」という問いから、医療企業の長期的な競争力を読み解いていきます。

JMEI|日本医療企業研究所 医療を変える企業と技術を読み解く。

本講座に関するご注意

本講座は、企業分析の考え方を学ぶための教育コンテンツです。金融商品取引法に基づく投資助言・代理業には該当せず、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。講座内で企業を題材として扱う場合も、あくまで分析手法を説明するための例示です。

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