JMEI 医療企業分析アカデミー 第71講 医療企業の利益を守る「経済的な堀」を分析する
はじめに
こんにちは。日本医療企業研究所(JMEI)です。
前回の第70講では、VRIO分析について学びました。
VRIO分析は、企業が保有する経営資源や能力を、価値・希少性・模倣困難性・組織という4つの視点から評価する方法です。
企業が優れた技術を持っていても、競合企業が簡単に模倣できれば、その優位性は長続きしない可能性があります。
また、独自技術を持っていても、それを事業として活用する組織体制が整っていなければ、十分な利益を生み出せない場合があります。
そこで今回は、もう一歩踏み込んで考えてみましょう。
例えば、ある医療機器メーカーが長年にわたり高い利益率を維持しているとします。
その理由は何でしょうか。技術力が高いからでしょうか。ブランド力があるからでしょうか。医療機関との取引関係が強いからでしょうか。
それとも、新しい企業が参入しにくい市場だからでしょうか。
企業が高い利益を生み出している場合、その背景には競合企業が簡単に乗り越えられない障壁が存在することがあります。
このような競争優位を守る仕組みを考える概念が、Economic Moat(エコノミック・モート)です。
日本語では「経済的な堀」と呼ばれます。
今回は、Economic Moatの基本から、医療企業における5つの競争優位の源泉、財務分析との関係、ケーススタディまで学びます。
今回の目標は、「この医療企業は、なぜ競合企業に利益を奪われにくいのか。そして、その仕組みは将来も維持できるのか」という問いに答えられるようになることです。
Economic Moatとは何か
Economic Moatとは、企業が競合企業から自社の利益を守り、長期的な競争優位を維持するための仕組みを意味します。
Moatとは、城の周囲にある「堀」のことです。
昔の城では、敵が簡単に侵入できないように、城の周囲に堀を設けていました。
堀が深く、幅が広ければ、敵が城へ侵入することは難しくなります。
企業経営でも同じような考え方ができます。
競合企業が簡単に顧客を奪えない、競合企業が同じ製品を低価格で提供できない、新規参入企業が同じ事業基盤を構築するために多額の費用や時間を必要とする、といった状況では、既存企業が競争優位を維持しやすくなります。
ただし、Economic Moatがあるからといって、競争がなくなるわけではありません。
また、企業が永久に高い利益を維持できるわけでもありません。
技術革新や制度変更、新規参入などによって、経済的な堀が弱くなる可能性があります。
したがって、Economic Moatを分析するときには、現在の競争優位だけでなく、その持続可能性を考える必要があります。
なぜ医療企業にEconomic Moatが重要なのか
医療企業には、一般的な企業とは異なる特徴があります。
例えば、医療機器メーカーでは、製品の性能だけでなく、安全性、品質、保守サービスなどが重要になります。
製薬企業では、研究開発能力や特許、製造能力などが競争力に影響します。
医療DX企業では、医療機関とのシステム連携や導入後の運用支援などが重要です。
また、医療分野では、規制や診療報酬制度、医療機関の予算などが事業活動に影響します。
このような特徴によって、企業の競争優位が形成される場合があります。
例えば、ある医療機器メーカーが、全国に保守サービス拠点を持っているとします。
医療機器に不具合が発生したとき、迅速に対応できることは医療機関にとって重要です。
新規参入企業が同じ保守体制を構築するには、時間や費用が必要になるかもしれません。
この場合、保守サービス網が競争優位の源泉となる可能性があります。
ただし、全国に保守拠点があるだけでEconomic Moatが存在するとは限りません。
競合企業も同じ体制を持っている場合や、外部委託によって同等のサービスを低コストで提供できる場合には、競争上の優位性が限定的になる可能性があります。
重要なのは、「その経営資源が、競合企業と比較してどのような経済的な優位性を生み出しているか」という視点です。
Economic Moatを形成する5つの要素
Economic Moatを分析するときには、代表的な5つの要素があります。
5つの要素は、無形資産(Intangible Assets)が特許・ブランド・許認可など、切替費用(Switching Costs)が顧客が他社製品へ変更する際の負担、ネットワーク効果(Network Effect)が利用者の増加によってサービス価値が高まる仕組み、コスト優位(Cost Advantage)が競合企業より低いコストで提供できる能力、効率的な規模(Efficient Scale)が市場規模などの条件によって新規参入が起こりにくい構造です。
これらは、企業の競争優位を考えるための代表的な分類です。
実際には、一つの企業が複数の要素を持っている場合もあります。
それでは、医療企業を例に、それぞれ詳しく見ていきましょう。
無形資産――特許・ブランド・許認可
最初は、無形資産です。
無形資産とは、建物や設備のように形のある資産ではなく、企業の競争力を支える知的財産やブランドなどを指します。
医療企業では、特に重要な要素です。
例えば、製薬企業が新しい医薬品を開発したとします。
その医薬品に関する特許が有効であり、競合企業による同じ技術の利用が制限される場合、一定期間、競争上の優位性を維持できる可能性があります。
ただし、特許を持っているだけでEconomic Moatが形成されるわけではありません。
その医薬品に十分な需要があり、競合する治療法との差別化ができていることも重要です。
また、特許には有効期間があります。
特許が満了すれば、後発医薬品などの参入によって競争環境が変化する可能性があります。
医療企業における無形資産の例
製薬企業では、特許や研究開発ノウハウが重要です。
医療機器メーカーでは、独自技術やブランドへの信頼が競争力につながる場合があります。
検査関連企業では、独自の検査技術や品質管理に関するノウハウが重要になる場合があります。
医療DX企業では、独自のソフトウェア技術や知的財産が競争優位の源泉となる可能性があります。
ただし、規制上の承認や認証を取得していることだけで、競争優位が存在するとは限りません。
競合企業も同じ条件を満たせる場合には、差別化の要因にならない可能性があります。
無形資産の分析では、その資産が競合企業の参入や模倣をどの程度難しくしているかを確認することが重要です。
切替費用――顧客が他社製品へ変更しにくい理由
次に、切替費用です。
切替費用とは、顧客が現在利用している製品やサービスから、別の企業の製品やサービスへ変更するときに発生する負担を意味します。
例えば、ある病院が電子カルテシステムを導入しているとします。
その病院が別の企業のシステムへ変更する場合、新しいシステムの導入費用、既存データの移行、医師や看護師への操作研修、他の院内システムとの連携、運用手順の変更、移行期間中の業務負担など、さまざまな費用や時間が必要になる場合があります。
そのため、病院が現在のシステムに一定程度満足していれば、他社製品への変更を見送ることがあります。
このような状況では、既存企業が顧客を維持しやすくなる可能性があります。
ただし、切替費用が高いことが、常に医療機関にとって望ましいわけではありません。
過度な囲い込みは、医療機関の選択肢を制限する可能性があります。
また、データの相互運用性が高まれば、切替費用が低下する場合もあります。
医療DX企業を分析するときには、単に顧客が離れにくいという事実だけでなく、その理由を確認する必要があります。
顧客が製品の品質や支援体制に満足しているために継続利用しているのか。
それとも、変更に必要な費用が大きいために利用を続けているのか。
この違いは重要です。
ネットワーク効果――利用者が増えるほど価値が高まる
3つ目は、ネットワーク効果です。
ネットワーク効果とは、利用者が増えることによって、他の利用者にとっても製品やサービスの価値が高まる仕組みです。
例えば、医療従事者と医療機関を結びつけるプラットフォームを考えてみましょう。
登録する医療機関が増えれば、医療従事者はより多くの求人情報から選択できるようになります。
一方、登録する医療従事者が増えれば、医療機関はより多くの候補者へアクセスできるようになります。
このように、利用者の増加が別の利用者にとっての価値を高める場合があります。
これがネットワーク効果です。
ただし、利用者が増えれば必ずネットワーク効果が生まれるわけではありません。
例えば、ある医療AI企業が多数の顧客を持っているとします。
しかし、顧客が増えても、他の顧客にとって製品の価値が変わらなければ、それだけではネットワーク効果があるとはいえません。
また、医療データが増加してAIの性能が改善する場合もありますが、それは主としてデータ蓄積による学習効果であり、ネットワーク効果とは区別して考える必要があります。
さらに、医療データの利用には、個人情報保護や利用目的、適切な同意・法的根拠などへの配慮が必要です。
JMEIでは、利用者数の増加そのものではなく、利用者が増えることで誰にどのような追加価値が生まれるのかを確認します。
コスト優位――競合企業より低い費用で提供できる
4つ目は、コスト優位です。
コスト優位とは、競合企業よりも低い費用で、同等の価値を持つ製品やサービスを提供できる能力です。
例えば、ある検査関連企業が大規模な検査施設を運営しているとします。
検査件数が増えることで、設備費や管理費などの固定費を多くの検査へ配分できる場合があります。
その結果、検査1件当たりの費用が低下する可能性があります。
ただし、検査件数が増加しても、検体輸送費や人件費、追加設備投資などが増加する場合があります。
そのため、規模が大きいことだけでコスト優位があるとは判断できません。
また、医療機器メーカーでは、製造工程の効率化や部品調達能力によって、製造コストを抑えられる場合があります。
コスト優位がある企業には、主に2つの戦略が考えられます。
第一に、競合企業と同程度の価格で販売し、高い利益率を確保することです。
第二に、競合企業より低い価格で販売し、販売数量を増やすことです。
ただし、低価格で販売すれば必ず利益が増えるわけではありません。
価格の引き下げによって、利益率が低下する可能性もあります。
したがって、コスト優位を分析するときには、売上高だけでなく、営業利益率や投下資本利益率を確認する必要があります。
効率的な規模――市場の大きさが参入障壁になる
5つ目は、効率的な規模です。
Efficient Scaleと呼ばれます。
これは、市場規模が限られているため、既存企業が需要を満たしている状況では、新規参入企業が十分な利益を確保しにくい構造を意味します。
例えば、ある地域で特殊な医療機器の保守サービスを提供する企業を考えてみましょう。
その地域には、対象となる医療機器が限られた台数しか存在しないとします。
既存企業が保守サービスを提供しており、十分な顧客基盤を持っている場合、新規参入企業が同じ地域に拠点を設けても、投資に見合う利益を得られない可能性があります。
このような市場では、既存企業が競争優位を維持しやすい場合があります。
ただし、市場規模が小さいだけでEconomic Moatがあるとは限りません。
新しい技術によってサービス提供費用が低下すれば、新規参入が容易になる場合があります。
また、遠隔保守技術の普及などによって、地域的な制約が弱まる可能性もあります。
効率的な規模を評価するときには、市場の需要、必要な固定費、参入企業数、技術変化などを確認する必要があります。
5つのEconomic Moatを比較する
ここまでの内容を整理しましょう。
無形資産は、医薬品特許、ブランド、独自技術が例で、競合企業の模倣を防げるかを確認します。切替費用は、電子カルテや医療情報システムが例で、他社製品への変更負担が大きいかを確認します。ネットワーク効果は、医療人材プラットフォームが例で、利用者増加が他の利用者の価値を高めるかを確認します。コスト優位は、検査施設や医療機器製造が例で、同等品質を低コストで提供できるかを確認します。効率的な規模は、限定市場の専門サービスが例で、新規参入企業が利益を得にくいかを確認します。
ここで注意したいのは、同じ経営資源が複数のEconomic Moatに関係する場合があることです。
例えば、医療機器メーカーの保守サービス網は、顧客の切替費用を高める可能性があります。
また、保守サービスを効率的に提供できれば、コスト優位につながる場合もあります。
重要なのは、どの分類に当てはめるかだけではありません。
その仕組みが、競合企業による利益の侵食をどの程度防いでいるかを理解することです。
ケーススタディ1 医療DX企業のEconomic Moat
ここからは、架空の医療DX企業を使って分析してみましょう。
企業名は「メディカルリンクA社」とします。
A社は、病院向けの医療情報システムを開発・販売しています。
A社の主な特徴は次のとおりです。全国300の医療機関が利用しており、電子カルテや検査システムとの連携機能を持っています。また、導入後の運用支援サービスを提供しており、契約は複数年にわたる場合があります。
一方、競合企業も同様のシステムを提供しています。
また、医療情報システムの標準化や相互運用性の向上が進む可能性があります。
それでは、A社のEconomic Moatを分析してみましょう。
なお、企業名と事業内容は、分析方法を理解するための架空の設定です。
STEP1 A社の切替費用を分析する
A社の顧客である病院が、別の企業のシステムへ変更する場合を考えます。
病院は、新しいシステムを導入する必要があります。
また、既存データの移行や職員研修、院内システムとの連携調整などが必要になる場合があります。
このため、システム変更には一定の費用や時間が発生すると考えられます。
したがって、A社には切替費用によるEconomic Moatが存在する可能性があります。
しかし、ここで重要なことがあります。
切替費用が大きいことだけでは、競争優位の強さを判断できません。
例えば、A社のシステムに重大な問題があり、顧客の満足度が低ければ、病院は費用を負担してでも他社製品へ変更するかもしれません。
また、医療情報システムの標準化によってデータ移行が容易になれば、切替費用が低下する可能性があります。
したがって、A社のEconomic Moatを評価するには、顧客継続率や契約更新率などを確認する必要があります。
STEP2 A社のネットワーク効果を分析する
A社には300の医療機関が利用しているという特徴があります。
では、顧客数が多いことはネットワーク効果を意味するのでしょうか。
必ずしもそうではありません。
例えば、A社のシステムが各病院で独立して利用されている場合、利用病院が増えても、既存病院にとってのシステム価値は直接的には変わらないかもしれません。
この場合、顧客数が多いだけではネットワーク効果があるとはいえません。
一方、A社が医療機関間の情報連携サービスを提供しており、参加医療機関が増えるほど、適切な権限管理のもとで利用できる連携先が増えるとします。
この場合には、ネットワーク効果が生まれる可能性があります。
ただし、情報連携には、個人情報保護やセキュリティ、法令への対応が必要です。
したがって、A社のネットワーク効果を評価するときには、顧客数だけでなく、顧客間のつながりによって実際にどのような価値が生まれているかを確認する必要があります。
STEP3 A社の無形資産を分析する
次に、A社の無形資産を考えます。
A社には、長年の医療情報システム開発によって蓄積された技術やノウハウがあるとします。
また、医療機関との取引経験によって、医療現場の業務に関する知識を持っています。
これらは重要な経営資源です。
しかし、競合企業も同様の技術やノウハウを持っている場合、競争優位は限定的になる可能性があります。
したがって、A社の無形資産を評価するときには、競合企業との差を確認する必要があります。
例えば、特定の医療分野における高度なシステム連携能力があり、競合企業が同じ機能を短期間で実現できない場合には、競争優位の源泉となる可能性があります。
A社のEconomic Moat分析を整理する
ここまでの内容を表にまとめましょう。
無形資産は、医療情報システム開発のノウハウがあるものの、追加検証が必要です。切替費用は、データ移行や職員研修などの負担があり、競争優位の可能性があります。ネットワーク効果は、顧客数は多いものの顧客間の価値向上は不明で、判断保留です。コスト優位は、競合企業との費用比較が未実施で、判断保留です。効率的な規模は、市場規模や競争構造の検証が必要で、判断保留です。
この分析から、A社では切替費用がEconomic Moatの候補になると考えられます。
ただし、現時点では、持続的な競争優位が存在すると断定できません。
顧客継続率や利益率、競合企業との比較などを確認する必要があります。
Economic Moatを財務指標で検証する
ここで、A社の財務状況を確認してみましょう。
次の数値は、すべて説明用の架空の設定です。
年間売上高は60億円、営業利益は9億円で、営業利益率は15%です。税引後営業利益(NOPAT)は6億3,000万円、投下資本は35億円で、ROICは18%、WACCは9%です。
A社のROICは18%です。
一方、WACCは9%と仮定しています。
WACCとは、企業が資金を調達するために負担する加重平均資本コストです。
ここで、ROICとWACCの差を計算すると、18%-9%=9ポイントです。この差を、ROICスプレッドと呼びます。
A社は、投下資本に対して、資本コストを上回る税引後営業利益を生み出していることになります。
ただし、ROICがWACCを上回っていることだけで、Economic Moatが存在すると断定できるわけではありません。
一時的な市場環境や会計上の要因によって、高いROICが実現している場合もあります。
そこで、過去の推移を確認します。
ROICの持続性を確認する
A社の過去5年間のROICが、次のように推移していたと仮定します。
ROICは、2021年度が14%、2022年度が15%、2023年度が16%、2024年度が17%、2025年度が18%です。
A社のROICは、5年間にわたって改善しています。
これは、経営効率が改善している可能性を示しています。
しかし、ここで重要な疑問があります。なぜROICが改善しているのでしょうか。顧客数が増加しているからでしょうか。契約更新率が高いからでしょうか。製品価格を維持できているからでしょうか。営業費用が削減されているからでしょうか。それとも、投下資本が減少しているからでしょうか。
ROICの改善には、さまざまな理由が考えられます。
したがって、JMEIでは、ROICの数値だけでなく、その改善要因を分析します。
特に重要なのは、競争優位によって高いROICが維持されているかどうかです。
ケーススタディ2 医療機器メーカーの保守サービス網
次に、医療機器メーカーを考えてみましょう。
企業名は「メディカルテックB社」とします。
B社は、医療機関向けの検査機器を製造・販売しています。
B社には、国内に多数の保守サービス拠点があり、医療機関へ迅速な修理・点検サービスを提供しているという特徴があります。長年の製品販売によって多くの機器が医療現場で使用されており、保守契約による継続収入もあります。
この場合、B社のEconomic Moatは何でしょうか。
まず考えられるのは、保守サービス網による競争優位です。
新規参入企業が同じサービス網を構築するには、設備、人材、教育などへの投資が必要になる場合があります。
また、B社の機器を長期間利用している医療機関では、別のメーカーへ変更する際に、機器の更新費用や職員研修などの負担が生じる可能性があります。
したがって、B社には、切替費用によるEconomic Moatが存在する可能性があります。
さらに、多数の機器が導入されていることで、保守サービスの固定費を多くの契約へ配分できる場合があります。
その結果、競合企業より低い費用で保守サービスを提供できる可能性があります。
この場合には、コスト優位も考えられます。
つまり、B社には複数のEconomic Moatが存在する可能性があります。
ただし、これらは仮説です。
実際には、競合企業の保守体制やサービス費用、顧客継続率などを確認する必要があります。
Economic Moatの強さをどう判断するか
ここまで、Economic Moatの5つの要素を学びました。
しかし、企業によってEconomic Moatの強さは異なります。
例えば、ある企業は競合企業より少しだけ有利な条件を持っているかもしれません。
一方、別の企業は、競合企業が長期間にわたって模倣できない強い競争優位を持っているかもしれません。
そこで、JMEIでは、Economic Moatを次の3つの段階で考えます。
Economic Moatが確認できない状態
競合企業と比較して、持続的な競争優位を裏づける十分な根拠がない状態です。
ただし、Economic Moatが確認できないことと、企業に価値がないことは同じではありません。
競争優位が明確でなくても、企業が利益を生み出すことはあります。
一定のEconomic Moatが存在する可能性がある状態
競合企業より有利な経営資源や事業構造があり、その優位性が一定期間維持される可能性がある状態です。
例えば、顧客の切替費用が高く、契約更新率も安定している企業が該当する場合があります。
強いEconomic Moatが存在する可能性がある状態
競合企業が模倣することが難しく、長期間にわたって競争優位を維持できる可能性が高い状態です。
例えば、複数の競争優位の源泉を持ち、長期間にわたって高い資本効率を維持している企業が候補になります。
ただし、実際の評価では、競争環境や技術変化、制度変更などを確認する必要があります。
Economic Moatと企業価値の関係
Economic Moatが重要なのは、企業の長期的な利益創出能力に関係するからです。
例えば、2つの医療企業があるとします。
A社は、競争優位が弱く、競合企業との価格競争が激しい企業です。
B社は、強い競争優位を持ち、比較的安定した利益率を維持できる企業です。
両社の現在の利益が同じだったとしても、将来の利益が同じになるとは限りません。
A社では、競合企業の参入によって利益率が低下する可能性があります。
一方、B社では、競争優位によって利益率を維持できる可能性があります。
この違いは、将来のキャッシュフローに影響します。
企業価値を考えるうえでは、将来どれくらいのキャッシュフローを生み出せるかが重要です。
したがって、Economic Moatは企業価値を分析する際の重要な要素になります。
ただし、Economic Moatが強い企業であっても、必ず企業価値が高いとは限りません。
競争優位を維持するために多額の投資が必要な場合もあります。
また、事業規模が縮小すれば、将来のキャッシュフローが減少する可能性もあります。
そのため、Economic Moatだけでなく、成長率や投資額、資本コストなども確認する必要があります。
Economic MoatとROIC・WACC
ここで、財務分析との関係をもう少し詳しく考えてみましょう。
ROICは、企業が投下資本に対して、どれくらいの税引後営業利益を生み出しているかを示します。
WACCは、企業が資金を調達するために負担する資本コストです。
企業が経済的な価値を創出しているかを考える際には、この2つの関係が重要になります。
例えば、ある医療企業の投下資本が40億円、税引後営業利益が6億円、ROICが15%、WACCが8%だと仮定します。この場合、ROIC-WACCは、15%-8%=7ポイントとなります。
ここで、経済的利益を計算してみましょう。経済的利益は、税引後営業利益から投下資本×WACCを差し引いたもので、経済的利益=税引後営業利益-投下資本×WACCと表すことができます。したがって、6億円-40億円×8%=6億円-3億2,000万円=2億8,000万円となります。
この仮定では、企業は資本コストを差し引いた後に、年間2億8,000万円の経済的利益を生み出していることになります。
これは、投下資本に対して資本コストを上回る利益を生み出していることを意味します。
ただし、実際の分析では、ROICとWACCの計算方法や対象期間をそろえる必要があります。
また、単年度の経済的利益がプラスであっても、それが長期間維持されるとは限りません。
Economic Moatを分析する意義は、このような経済的利益が将来も維持される可能性を考えることにあります。
Economic Moatはどのように失われるのか
ここで重要なことを考えましょう。
Economic Moatは、どのようなときに失われるのでしょうか。
主な原因には、次のようなものがあります。
第一に、技術革新です。例えば、ある医療機器メーカーが独自技術によって高い競争優位を持っていたとします。しかし、新しい技術が登場し、競合企業がより低価格で同等以上の性能を提供できるようになれば、既存企業の競争優位が弱まる可能性があります。
第二に、制度変更です。医療企業では、診療報酬制度や薬価制度、規制などが事業活動に影響します。制度変更によって、製品の需要や収益性が変化する場合があります。
第三に、顧客行動の変化です。例えば、医療機関が従来の製品よりも低価格で利用しやすい製品を重視するようになれば、既存企業のブランド力だけでは顧客を維持できない可能性があります。
第四に、競合企業の能力向上です。競合企業が研究開発や設備投資を進めることで、既存企業との差が縮小する場合があります。
第五に、経営判断の失敗です。強い競争優位を持つ企業であっても、過剰投資や事業戦略の失敗によって、利益率や資本効率が低下する可能性があります。
したがって、Economic Moatを分析するときには、「その堀は、どのような条件で浅くなるのか」という視点が重要です。
JMEI式Economic Moat分析シート
ここまでの内容を、実際の医療企業分析へ応用できるように整理しましょう。
シートは、基本情報と、無形資産、切替費用、ネットワーク効果、コスト優位、効率的な規模、財務指標、競争優位の持続可能性、JMEI総合評価の八つの項目で構成します。基本情報では、企業名、対象事業、主要製品・サービス、主要競合企業、分析時点を記入します。
無形資産では、特許や独自技術の有無、ブランドによる競争優位の有無、競合企業が模倣することの難しさ、優位性が持続する期間の見通しを整理します。切替費用では、顧客が他社製品へ変更する際の負担、データ移行や職員研修の必要性、契約更新率、顧客が継続利用している主な理由を整理します。ネットワーク効果では、利用者が増えることで他の利用者の価値が高まるか、利用者数の増加が利便性を改善するか、競合企業が同じネットワークを構築することの難しさを整理します。コスト優位では、競合企業より低い費用で提供できるか、規模の経済が働いているか、製造技術や運営ノウハウによる費用削減効果があるか、その優位性を長期間維持できるかを整理します。効率的な規模では、市場規模が限定されているか、新規参入企業が十分な利益を確保できるか、既存企業の事業規模が参入障壁になっているか、技術変化によって参入が容易になる可能性があるかを整理します。これら五つの要素は、それぞれ「強い」「一定程度ある」「確認できない」「不明」のいずれかで評価します。
財務指標では、売上高、営業利益、営業利益率、税引後営業利益、投下資本、ROIC、WACC、ROICスプレッド、営業キャッシュフロー、フリーキャッシュフローを記入します。競争優位の持続可能性では、競争優位の主な源泉、競合企業による模倣リスク、技術革新・制度変更・顧客行動の変化による影響、競争優位を維持するために必要な投資を整理します。JMEI総合評価では、Economic Moatの存在を裏づける根拠、強さ、持続可能性、競争優位が失われる主な条件、今後確認すべき財務指標と非財務指標を整理します。
この分析シートを利用することで、医療企業の競争優位を、事業構造と財務成果の両面から考えることができます。
練習問題
問題1
Economic Moatとは何でしょうか。
【答え】企業が競合企業から自社の利益を守り、長期的な競争優位を維持するための仕組みです。日本語では「経済的な堀」と呼ばれます。
問題2
Economic Moatを形成する代表的な5つの要素を挙げてください。
【答え】無形資産、切替費用、ネットワーク効果、コスト優位、効率的な規模の5つです。
問題3
ある製薬企業が、特定の医薬品に関する重要な特許を持っています。
この場合、どのEconomic Moatに該当する可能性があるでしょうか。
【答え】無形資産です。特許によって競合企業の模倣が制限される場合、競争優位の源泉となる可能性があります。ただし、特許の存在だけで持続的な競争優位が保証されるわけではありません。
問題4
ある病院が電子カルテシステムを変更する場合、データ移行や職員研修に多額の費用が必要になります。
これは、どのEconomic Moatに関係するでしょうか。
【答え】切替費用です。顧客が他社製品へ変更する際の負担が大きい場合、既存企業が顧客を維持しやすくなる可能性があります。
問題5
ある医療人材プラットフォームでは、登録する医療機関が増えるほど、医療従事者が利用できる求人情報が増加します。
また、登録する医療従事者が増えるほど、医療機関がアクセスできる候補者も増加します。
これは、どのEconomic Moatに関係するでしょうか。
【答え】ネットワーク効果です。利用者の増加が、他の利用者にとってのサービス価値を高めるためです。
問題6
ある検査関連企業は、大規模な検査施設を効率的に運営し、競合企業より低い費用で同等品質の検査を提供しています。
これは、どのEconomic Moatに関係するでしょうか。
【答え】コスト優位です。競合企業より低い費用で同等の価値を提供できる能力が、競争優位につながる可能性があります。
問題7
ある地域では、特殊な医療機器の保守サービスに対する需要が限られています。
既存企業が十分なサービスを提供しており、新規参入企業が同じ地域に拠点を設けても、投資に見合う利益を得にくい状況です。
これは、どのEconomic Moatに関係するでしょうか。
【答え】効率的な規模です。市場規模が限定されているため、新規参入企業が十分な利益を確保しにくい構造です。
問題8
ある医療DX企業は、顧客数が多いことを理由に、ネットワーク効果があると説明しています。
顧客数が多いだけで、ネットワーク効果が存在すると判断できるでしょうか。
【答え】判断できません。利用者が増えることによって、他の利用者にどのような追加価値が生まれるかを確認する必要があります。
問題9
ある医療企業のROICは16%です。WACCは9%です。ROICスプレッドはいくらでしょうか。
【答え】7ポイントです。16%-9%=7ポイント。
問題10
ある医療企業の投下資本は50億円です。税引後営業利益は7億5,000万円です。WACCは8%です。経済的利益はいくらでしょうか。
【答え】3億5,000万円です。まず、資本コストを計算します。50億円×8%=4億円。次に、税引後営業利益から資本コストを差し引きます。7億5,000万円-4億円=3億5,000万円。
問題11
ある企業のROICが20%だった場合、必ず強いEconomic Moatがあると判断できるでしょうか。
【答え】必ずしも判断できません。一時的な利益の増加や投下資本の減少などによって、高いROICが実現している場合もあります。競争優位の源泉や持続可能性を確認する必要があります。
問題12
ある製薬企業は、独自の医薬品によって高い利益率を維持しています。
しかし、その医薬品の重要な特許が数年後に満了する予定です。
Economic Moatを分析する際に、どのような点を確認すべきでしょうか。
【答え】特許満了後の競争環境を確認する必要があります。特に、後発医薬品や代替治療法の参入可能性、販売価格への影響、売上高や利益率の変化などが重要です。また、企業が新しい医薬品を開発できる能力を持っているかも確認する必要があります。
問題13
Economic Moatが強い企業は、必ず将来のキャッシュフローが増加するでしょうか。
【答え】必ずしも増加するとは限りません。市場の縮小や制度変更、過剰投資などによって、キャッシュフローが減少する可能性があります。
問題14
VRIO分析とEconomic Moat分析の違いを説明してください。
【答え】VRIO分析は、企業が保有する経営資源や能力を、価値・希少性・模倣困難性・組織という4つの視点から評価します。一方、Economic Moat分析は、企業が競合企業から利益を守り、競争優位を維持する仕組みに注目します。両者は関連していますが、分析の焦点が異なります。
問題15
医療企業のEconomic Moatを分析する際に、財務指標だけでなく、非財務情報も確認する必要があるのはなぜでしょうか。
【答え】財務指標だけでは、競争優位が生まれている理由や、その持続可能性を十分に理解できないためです。例えば、顧客継続率、特許の状況、研究開発能力、製品の競争力、規制環境などを確認する必要があります。
JMEIの視点
JMEIでは、Economic Moatを、医療企業の長期的な競争力を理解するための重要な概念として位置づけています。
ただし、Economic Moatが存在するかどうかだけで、企業を評価することはありません。
重要なのは、競争優位の源泉と、その経済的な成果を結びつけることです。
例えば、ある医療機器メーカーが強いブランドを持っているとします。
しかし、そのブランドによって販売価格を維持できているのか、顧客継続率が高いのか、利益率が改善しているのかを確認しなければ、経済的な価値を十分に評価できません。
また、ある医療DX企業が高い顧客継続率を維持しているとします。
しかし、その理由が製品の品質なのか、切替費用なのか、契約条件なのかによって、競争優位の性質は異なります。
したがって、JMEIでは、Economic Moatを次の5つの視点から分析します。
第一の視点は、「競争優位の源泉」です。その企業は、なぜ競合企業より有利な立場にあるのでしょうか。特許でしょうか。ブランドでしょうか。切替費用でしょうか。コスト優位でしょうか。それとも、複数の要素が組み合わされているのでしょうか。
第二の視点は、「競争優位の強さ」です。競合企業が同じ事業を展開する場合、どれくらいの時間や費用が必要になるのでしょうか。また、競合企業が同等の製品やサービスを提供できる可能性はどの程度あるのでしょうか。
第三の視点は、「競争優位の持続可能性」です。現在の競争優位は、将来も維持できるのでしょうか。技術革新や制度変更によって、競争優位が失われる可能性はないでしょうか。
第四の視点は、「経済的な成果」です。競争優位は、営業利益率やROIC、キャッシュフローにどのような影響を与えているのでしょうか。競争優位が存在していても、それが十分な経済的成果につながっていなければ、企業価値への貢献は限定的かもしれません。
第五の視点は、「競争優位を維持するための投資」です。企業は、Economic Moatを維持するために、どれくらいの投資を必要としているのでしょうか。研究開発費、設備投資、人材育成費、顧客支援費用などです。これらの投資が大きければ、競争優位を維持できても、フリーキャッシュフローが十分に増加しない場合があります。
したがって、JMEIでは、Economic Moatを評価する際に、競争優位の強さだけでなく、その維持費用にも注目します。
ここで、医療企業分析における重要な考え方があります。
「強い企業」と「高い経済的利益を生み出す企業」は、必ずしも同じではありません。
優れた技術を持っていても、多額の研究開発投資が必要な企業があります。
一方、最先端技術を持っていなくても、安定した顧客基盤や効率的な事業運営によって、高い資本効率を実現している企業もあります。
JMEIが重視するのは、技術力の高さだけではありません。
その技術や組織能力が、どのような競争優位を形成し、どれくらいの経済的利益を生み出しているかという点です。
さらに、競争優位が将来どのように変化するかを考えることも重要です。
例えば、現在は強いEconomic Moatを持つ企業でも、新技術の登場によって優位性が失われる可能性があります。
一方、現在は競争優位が限定的な企業でも、研究開発や顧客基盤の拡大によって、新しいEconomic Moatを形成する可能性があります。
したがって、JMEIでは、Economic Moatを固定的なものとして扱いません。
「競争優位は、形成され、強化され、ときには失われる」という動的な視点から分析します。
JMEI Medical Insight
Economic Moatは「深さ」だけでなく「耐久性」で評価する
医療企業の競争優位を分析するとき、私たちは現在の強さに注目しがちです。
例えば、ある製薬企業が高い利益率を維持しているとします。
その企業には、重要な特許があり、競合企業が簡単に模倣できない医薬品を販売しているとします。
この場合、強いEconomic Moatが存在する可能性があります。
しかし、ここで一つの疑問があります。「そのEconomic Moatは、10年後も存在しているのでしょうか」という問いです。
現在の競争優位が強いことと、その競争優位が長期間維持されることは、必ずしも同じではありません。
例えば、特許によって競争優位を持つ製薬企業では、特許満了後の競争環境が重要になります。
また、医療機器メーカーでは、新技術の登場によって既存製品の競争力が低下する可能性があります。
医療DX企業では、システムの標準化や相互運用性の向上によって、顧客の切替費用が低下する場合があります。
つまり、Economic Moatを評価するときには、現在の競争優位の強さだけでなく、その耐久性を考える必要があります。
ここで、2つの架空の医療企業を比較してみましょう。
A社は、特定の医薬品に関する重要な特許を持っています。
その医薬品は高い利益率を実現しています。
しかし、重要な特許が3年後に満了する予定です。
一方、B社は、医療機器の製造・販売と保守サービスを提供しています。
B社の利益率はA社より低いものの、長年にわたって顧客基盤を構築しており、保守契約による継続収入があります。
両社の財務状況を、次のように仮定します。
売上高はA社、B社とも100億円です。営業利益はA社が25億円、B社が18億円で、営業利益率はA社が25%、B社が18%です。税引後営業利益はA社が17億5,000万円、B社が12億6,000万円です。投下資本はA社、B社とも70億円で、ROICはA社が25%、B社が18%、WACCはどちらも8%です。ROICスプレッドは、A社が17ポイント、B社が10ポイントです。
なお、この数値は説明のための架空の設定です。
現在の財務指標だけを見れば、A社の方が高い収益性を実現しています。
しかし、将来の競争優位を考えると、必ずしもA社の方が有利とは限りません。
A社では、重要な特許の満了によって、競合企業が参入する可能性があります。
その結果、販売価格や販売数量が変化し、利益率が低下するかもしれません。
一方、B社では、保守サービス網や顧客との長期的な関係によって、比較的安定した収益を維持できる可能性があります。
ただし、B社にもリスクがあります。
新しい医療機器が登場すれば、既存製品の需要が減少するかもしれません。
また、遠隔保守技術の普及によって、保守サービス網の優位性が弱まる可能性もあります。
したがって、B社の競争優位が必ず長期間維持されるわけではありません。
ここで重要なのは、現在のROICの高さだけで、将来の経済的利益を判断しないことです。
JMEIでは、Economic Moatを分析するときに、次の3つの時間軸を考えることを提案します。
第一の時間軸は、「現在」です。現在、その企業はどのような競争優位を持っているのでしょうか。また、その競争優位は営業利益率やROICへ反映されているでしょうか。
第二の時間軸は、「3〜5年後」です。競合企業の参入や技術革新によって、競争優位が変化する可能性はないでしょうか。また、競争優位を維持するために、どれくらいの追加投資が必要になるのでしょうか。
第三の時間軸は、「10年後」です。現在の製品やサービスが、10年後も必要とされているでしょうか。企業は、新しい技術や市場環境に対応できる能力を持っているでしょうか。
これらの時間軸を考えることで、Economic Moatの耐久性を評価できます。
ただし、10年後の競争環境を正確に予測することは困難です。
したがって、将来の利益を一つの数値で予測するだけでなく、複数のシナリオを考えることが重要です。
例えば、ある医療機器メーカーについて、3つのシナリオを設定します。楽観シナリオでは、独自技術による競争優位が維持され、売上高と利益率が改善します。基本シナリオでは、競争優位は一定程度維持されるものの、競合企業の参入によって利益率の改善は限定的になります。悲観シナリオでは、新技術の登場によって競争優位が弱まり、販売価格や利益率が低下します。
このように考えることで、企業の将来を一つの予測に依存せず、複数の可能性から分析できます。
さらに、Economic Moatの耐久性を考える際には、企業の研究開発能力や経営者の資本配分能力も重要です。
例えば、現在の競争優位が弱まりつつある企業でも、新しい技術へ適切に投資することで、新たな競争優位を形成できる可能性があります。
一方、現在は強いEconomic Moatを持っていても、研究開発や設備投資を怠れば、将来の競争力が低下する可能性があります。
ここで、JMEIが重視する考え方があります。「優れた企業とは、現在の競争優位を守るだけでなく、将来の競争優位を作り続けられる企業である」ということです。
これは、特に医療企業にとって重要です。
医療分野では、技術革新や制度変更によって、事業環境が変化します。
製薬企業では、新薬開発や特許満了が重要です。
医療機器メーカーでは、新技術の開発や製品更新が重要です。
医療DX企業では、システム連携やセキュリティ、技術標準への対応が重要になります。
また、医療サービス企業では、人材育成やサービス品質の維持が競争力に影響します。
したがって、Economic Moatを分析するときには、現在の強みだけでなく、将来の競争優位を形成する能力も確認する必要があります。
最後に、今回のMedical Insightの結論を整理しましょう。
Economic Moatの価値は、現在どれくらい強いかだけでは決まりません。その競争優位がどれくらい長く維持され、どれくらいの資本を必要とし、どれくらいの経済的利益を生み出し続けられるかが重要です。
そして、その持続可能性を評価するためには、事業構造、競争環境、財務指標、技術変化を組み合わせて分析する必要があります。
今回のポイント
第71講で最も覚えてほしいのは、「Economic Moatとは、企業が競合企業から利益を守り、長期的な競争優位を維持するための仕組みである」ということです。
Economic Moatには、代表的な5つの要素があります。
1つ目は、「無形資産」です。特許やブランド、独自技術などによって、競合企業の模倣や参入を難しくする仕組みです。
2つ目は、「切替費用」です。顧客が他社製品へ変更する際の費用や時間などの負担によって、既存企業が顧客を維持しやすくなる仕組みです。
3つ目は、「ネットワーク効果」です。利用者が増えることによって、他の利用者にとってもサービスの価値が高まる仕組みです。
4つ目は、「コスト優位」です。競合企業より低い費用で同等の価値を提供できる能力です。
5つ目は、「効率的な規模」です。市場規模などの条件によって、新規参入企業が十分な利益を確保しにくい構造です。
医療企業では、これらの要素が単独で存在する場合もあれば、複数組み合わされている場合もあります。
ただし、Economic Moatが存在するからといって、必ず高い利益率やROICが維持されるわけではありません。
競争優位を維持するための投資負担や、技術革新、制度変更などを考える必要があります。
また、現在の高いROICだけで、Economic Moatが存在すると断定することもできません。
JMEIでは、Economic Moatを評価する際に、次の5つの問いを重視します。「この企業の競争優位は、何によって生まれているのか」「競合企業がその優位性を模倣することは難しいのか」「その競争優位は、どれくらい長く維持できるのか」「その競争優位は、ROICやキャッシュフローの改善につながっているのか」「その競争優位を維持するために、どれくらいの投資が必要なのか」の5つです。
この5つを考えることで、医療企業の長期的な競争力を、より深く理解できるようになります。
次回予告
第72講|バリューチェーン分析とは何か?――医療企業はどこで価値を生み出し、どこで利益を獲得するのか
今回は、Economic Moatについて学びました。
企業が競合企業から利益を守り、長期的な競争優位を維持する仕組みを理解しました。
また、無形資産、切替費用、ネットワーク効果、コスト優位、効率的な規模という5つの要素を学びました。
さらに、医療DX企業や医療機器メーカーを例に、Economic Moatがどのように形成されるのかを考えました。
しかし、ここで新しい疑問が生まれます。「企業は、事業活動のどの段階で価値を生み出し、どの段階で競争優位を獲得しているのでしょうか」という問いです。
例えば、ある医療機器メーカーを考えてみましょう。研究開発によって新しい技術を生み出します。製造工程で製品を生産します。営業活動によって医療機関へ販売します。
さらに、保守サービスによって顧客との関係を維持します。
この一連の活動の中で、企業はどこに強みを持っているのでしょうか。
研究開発でしょうか。製造でしょうか。販売でしょうか。それとも、保守サービスでしょうか。
このような企業活動を分解して分析する方法が、バリューチェーン分析(Value Chain Analysis)です。
次回は、バリューチェーン分析の基本を学びます。
そして、製薬企業、医療機器メーカー、医療DX企業を例に、企業がどのような活動を通じて価値を生み出しているのかを考えます。
さらに、バリューチェーン分析を営業利益率やROIC、競争優位の分析へつなげます。
次回の目標は、「この医療企業は、事業活動のどこに強みを持ち、その強みをどのように利益へ結びつけているのか」という問いに答えられるようになることです。
第72講では、医療企業の競争力を、事業活動の流れから読み解いていきます。
JMEI|日本医療企業研究所 医療を変える企業と技術を読み解く。
本講座に関するご注意
本講座は、企業分析の考え方を学ぶための教育コンテンツです。金融商品取引法に基づく投資助言・代理業には該当せず、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。講座内で企業を題材として扱う場合も、あくまで分析手法を説明するための例示です。
講座に関するご注意
本講座は、企業分析の考え方を学ぶための教育コンテンツです。金融商品取引法に基づく投資助言・代理業には該当せず、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。記事中で企業名に言及する場合も、分析手法を説明するための例示であり、投資を勧めるものではありません。
受講による学習成果、および受講者の投資成果を保証するものではありません。投資その他の意思決定は、ご自身の判断と責任において行ってください。