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医療企業分析アカデミー

第66講 ファイブフォース分析を完成させる――5つの競争要因から医療企業の収益構造を読み解く

JMEI 医療企業分析アカデミー 第66講 5つの競争要因から医療企業の収益構造を読み解く

はじめに

こんにちは。日本医療企業研究所(JMEI)です。

前回の第65講では、「既存企業間の競争」について学びました。

市場シェアが高い企業でも、激しい価格競争によって利益率が低下することがあります。

一方、市場シェアがそれほど高くなくても、独自技術や優れたサービスによって高い収益性を維持する企業もあります。

ここまでの講義では、企業の競争環境を分析するために、5つの競争要因を一つずつ学んできました。

それが、経営学者マイケル・ポーターが提唱したファイブフォース分析(Five Forces Analysis)です。

しかし、実際の企業分析では、5つの競争要因を個別に理解するだけでは十分ではありません。

なぜなら、企業の収益性は、複数の競争要因が組み合わさることで決まるからです。

例えば、ある医療機器メーカーが高い市場シェアを持っているとします。

新規参入企業は少なく、製品の技術力も高い。

一見すると、非常に魅力的な企業に見えます。

しかし、その企業の売上高の大部分が少数の大病院グループに依存していたらどうでしょうか。

病院側の価格交渉力が強ければ、販売価格を引き上げることが難しくなります。

さらに、製造に必要な重要部品を特定のサプライヤーからしか購入できなければ、調達価格の上昇によって利益率が低下する可能性があります。

また、新しい診断技術が登場すれば、現在の製品そのものが不要になるかもしれません。

つまり、企業の競争力は、一つの強みだけでは判断できないのです。

今回は、これまで学んだ5つの競争要因を統合し、実際の医療企業分析に活用する方法を学びます。

さらに、医療機器、製薬、医療DXという3つの事業領域を比較しながら、競争構造と利益率、ROIC、キャッシュフローの関係を考えていきましょう。

今回の目標は、単にファイブフォース分析を理解することではありません。

実際の医療企業を見たときに、その企業がなぜ利益を生み出せるのか、そして将来も利益を生み出し続けられるのかを、自分で分析できるようになることです。

ファイブフォース分析とは何か

ファイブフォース分析とは、企業が属する業界の競争構造を、5つの要因から分析する方法です。

その5つとは、既存企業間の競争、新規参入の脅威、代替品の脅威、買い手の交渉力、供給者の交渉力です。

これらの要因が企業の収益性に影響します。

重要なのは、ファイブフォース分析が、単純に競合企業の数を調べる方法ではないということです。

企業の利益が、どのような競争圧力によって制約されているのかを理解するための分析方法です。

例えば、ある医療機器メーカーが非常に優れた製品を販売していたとします。

しかし、病院側の価格交渉力が強ければ、製品の価値を十分な利益へ変換できない可能性があります。

また、製品を製造するために必要な重要部品の価格が上昇すれば、利益率が低下する場合があります。

つまり、優れた製品を持っていることと、高い利益を生み出せることは、必ずしも同じではありません。

ファイブフォース分析では、この違いを理解することが重要です。

5つの競争要因を整理する

まず、5つの競争要因を簡単に整理しましょう。

既存企業間の競争では、現在の競合企業との競争を分析します。医療企業での例は、医療機器メーカー同士の価格・性能競争です。新規参入の脅威では、新しい企業が参入する可能性を分析します。例は、新興医療AI企業の参入です。代替品の脅威では、別の技術や方法に置き換えられる可能性を分析します。例は、新しい診断技術による既存検査の代替です。買い手の交渉力では、顧客が価格や取引条件に与える影響を分析します。例は、病院グループによる価格交渉です。供給者の交渉力では、部品・原材料などの供給者が与える影響を分析します。例は、特殊部品メーカーによる価格引き上げです。

ここで覚えてほしいことがあります。

5つの競争要因は、すべて企業の利益を減少させる方向に働くとは限りません。

例えば、供給者が多数存在し、企業が容易に調達先を変更できる場合、供給者の交渉力は弱くなります。

また、顧客が製品の品質やサービスを重視し、価格だけで購入を判断しない場合、買い手の交渉力が制限されることがあります。

つまり、競争要因の強さは市場によって異なります。

そして、その違いが業界の収益構造を形成しているのです。

ファイブフォース分析の目的は何か

ファイブフォース分析の目的は、競争が激しいかどうかを判断することだけではありません。

より重要なのは、「その業界では、なぜ利益を生み出しやすいのか、あるいは生み出しにくいのか」

を理解することです。

例えば、同じ売上高100億円の企業が2社存在しているとします。

A社の営業利益は20億円です。

B社の営業利益は5億円です。

営業利益率は、A社が20%。

B社が5%です。

なぜ、これほど大きな違いが生まれるのでしょうか。製品の価格が違うのかもしれません。製造原価が違うのかもしれません。顧客の価格交渉力が違うのかもしれません。競合企業の数や技術力が違う可能性もあります。

ファイブフォース分析では、こうした違いを業界の競争構造から理解しようとします。

ただし、企業の利益率には、経営能力や事業構成、会計処理なども影響します。

したがって、ファイブフォース分析だけで企業の収益性を完全に説明できるわけではありません。

業界の競争構造と個別企業の経営能力を分けて考えることが重要です。

最初に市場を定義する

ファイブフォース分析を行うとき、最初に必要なのは市場の定義です。

例えば、ある企業が医療機器を販売しているとします。

この企業の市場を「医療機器市場」と定義してよいのでしょうか。

医療機器には、さまざまな種類があります。

例えば、画像診断装置、内視鏡、人工関節、血液検査装置、歯科用医療機器などです。

これらは、顧客が求める機能も、競合企業も、規制対応も異なります。

したがって、医療機器市場全体を一つの市場として分析すると、競争構造を正確に理解できない場合があります。

例えば、ある企業が特定の検査装置市場で高いシェアを持っているとします。

しかし、その検査装置が別の検査方法によって代替される可能性がある場合、現在の製品市場だけを分析しても不十分です。

このような場合には、製品市場と、その製品が満たしている医療上のニーズの両方を考える必要があります。

JMEIでは、市場を定義するとき、次の4つを確認します。

第一に、何を提供しているのか。

製品やサービスの内容です。

第二に、誰に提供しているのか。

病院、診療所、患者、製薬企業などの顧客です。

第三に、どのような医療上の課題を解決しているのか。

診断、治療、予防、業務効率化などです。

第四に、どの地域で競争しているのか。

日本国内なのか、世界市場なのかという問題です。

この4つを明確にすることで、分析対象となる市場を整理できます。

ケーススタディ1 医療機器メーカーのファイブフォース分析

ここからは、架空の医療企業を用いて分析してみましょう。

Medical Imaging A社という企業を考えます。

A社は病院向けの画像診断装置を製造・販売しています。

年間売上高は100億円です。営業利益は20億円です。営業利益率は20%です。この企業について、5つの競争要因を分析します。

なお、以下の企業名、数値、市場構造は、分析方法を理解するための架空の設定です。

既存企業間の競争

A社が属する市場には、主要競合企業が4社存在しています。

各社は装置の性能、価格、保守サービスなどで競争しています。

A社は一定の技術的優位性を持っていますが、競合企業も継続的に新製品を開発しています。

そのため、既存企業間の競争は中程度と考えます。

新規参入の脅威

画像診断装置の開発には、高度な技術や品質管理、必要な規制上の手続き、販売後の保守体制などが必要になります。

そのため、新しい企業が短期間で市場へ参入することは容易ではありません。

新規参入の脅威は比較的低いと考えます。

代替品の脅威

画像診断装置には、診断目的に応じて異なる検査方法が存在します。

また、新しい診断技術が開発される可能性もあります。

ただし、すべての検査が容易に置き換えられるわけではありません。

代替品の脅威は、現時点では比較的低いと仮定します。

買い手の交渉力

A社の主要顧客は病院です。

特に大規模病院グループでは、複数施設の装置をまとめて購入する場合があります。

購入数量が大きければ、価格や保守契約について交渉する力が強くなる可能性があります。

そのため、買い手の交渉力は比較的強いと考えます。

供給者の交渉力

A社の装置には、特殊な電子部品や精密部品が使用されています。

一部の部品は調達先が限られています。

そのため、部品価格の上昇や供給停止が利益率に影響する可能性があります。

供給者の交渉力は中程度と考えます。

このように、5つの競争要因を整理することで、A社の競争環境を理解できます。

ファイブフォースを数値化する

ここで、分析結果を整理するために、簡単な評価方法を紹介します。

JMEIでは、学習用の分析シートとして、5つの競争要因を5段階で評価する方法を用います。

評価基準は次のとおりです。

競争圧力の評価は、1が非常に弱い、2が弱い、3が中程度、4が強い、5が非常に強い、とします。

ここで注意が必要です。

この評価は、ファイブフォース分析を整理するための補助的な方法です。

ポーターの理論そのものが、5段階評価や合計点による判断を求めているわけではありません。

また、合計点だけで業界の収益性を判断することもできません。

重要なのは、それぞれの評価にどのような根拠があるのかを明確にすることです。

それでは、先ほどのA社を評価してみましょう。

A社の評価は次のとおりです。既存企業間の競争は3で、主要競合企業が存在し、技術競争が続いているためです。新規参入の脅威は2で、技術・規制対応・保守体制などの参入障壁があるためです。代替品の脅威は2で、現時点では用途全体を置き換える技術が限定的だからです。買い手の交渉力は4で、大規模病院グループによる価格交渉があるためです。供給者の交渉力は3で、一部の重要部品で調達先が限られるためです。合計は、5項目の単純合計で14です。

合計点は14点です。

平均すると、14÷5=2.8となります。

ただし、この2.8という数値だけで、A社の競争環境が良いか悪いかを判断してはいけません。

なぜなら、各競争要因が利益へ与える影響の大きさは同じではないからです。

例えば、買い手の交渉力によって販売価格が大きく低下する場合、他の競争要因よりも利益への影響が大きくなる可能性があります。

そのため、数値化した後には、必ず利益への影響を分析する必要があります。

競争圧力を財務数値へ変換する

ここからが、JMEIの企業分析で重要な部分です。

ファイブフォース分析によって競争構造を理解したら、次に考えるのは、「その競争構造が、企業の利益へどのような影響を与えるのか」という問題です。

先ほどのA社を考えます。A社の年間売上高は100億円です。費用構造は次のとおりです。

A社の売上高は100億円、変動費は50億円、固定費は30億円で、営業利益は20億円、営業利益率は20%です。

ここで、買い手の交渉力が強まり、販売価格を5%引き下げる必要が生じたとします。

販売数量は変わらないと仮定します。

売上高は、100億円×95%=95億円となります。

変動費と固定費が変わらない場合、営業利益は、95億円-50億円-30億円=15億円です。

営業利益率は、15億円÷95億円×100=約15.8%となります。

比較してみましょう。

価格引き下げ前は、売上高が100億円、変動費が50億円、固定費が30億円、営業利益が20億円、営業利益率が20%です。価格引き下げ後は、売上高が95億円、変動費と固定費は変わらず、営業利益が15億円、営業利益率が約15.8%になります。

販売価格は5%低下しただけです。

しかし、営業利益は25%減少しました。

ここで重要なのは、競争圧力が売上高以上に利益へ影響する場合があることです。

このように、ファイブフォース分析を財務分析へつなげることができます。

複数の競争圧力が同時に発生したらどうなるか

実際の企業経営では、一つの競争要因だけが変化するとは限りません。

例えば、買い手の交渉力が強まって販売価格が低下する、供給者の交渉力が強まって部品価格が上昇する、既存企業との競争が激しくなって販売促進費が増加する、といった状況を考えます。

こうした変化が同時に発生する可能性があります。

先ほどのA社について、次のようなシナリオを考えましょう。

販売価格の低下によって、売上高が100億円から95億円へ減少します。

部品価格の上昇によって、変動費が50億円から52億円へ増加します。

販売・保守体制の強化によって、固定費が30億円から31億円へ増加します。

この場合、営業利益は、95億円-52億円-31億円=12億円となります。

営業利益率は、12億円÷95億円×100=約12.6%です。

比較してみましょう。

当初は、売上高が100億円、変動費が50億円、固定費が30億円、営業利益が20億円、営業利益率が20%です。競争圧力が強まった場合は、売上高が95億円、変動費が52億円、固定費が31億円、営業利益が12億円、営業利益率が約12.6%になります。

営業利益は20億円から12億円へ減少しました。減少率は40%です。ここから重要なことが分かります。

複数の競争圧力が同時に強まると、企業の利益が大きく減少する可能性があります。

ただし、実際には企業が販売価格の見直し、原価低減、製品差別化などによって対応する場合があります。

したがって、競争圧力を分析するときには、企業がどのような対策を取れるのかも考える必要があります。

ファイブフォース分析とROICを結びつける

次に、競争構造とROICの関係を考えましょう。

ROICは、投下資本に対してどれくらいの税引後営業利益を生み出しているかを示す指標です。

基本的な計算式は、ROIC=税引後営業利益(NOPAT)÷投下資本×100です。

先ほどのA社を考えます。当初の営業利益は20億円でした。ここでは簡単に、税率を25%と仮定します。

税引後営業利益は、20億円×75%=15億円です。

投下資本が100億円だった場合、ROIC=15億円÷100億円×100=15%となります。

では、競争圧力が強まり、営業利益が12億円へ減少した場合はどうでしょうか。

税引後営業利益は、12億円×75%=9億円です。

さらに、競争力を維持するために設備投資などを行い、投下資本が110億円へ増加したと仮定します。

この場合、ROIC=9億円÷110億円×100=約8.2%となります。

比較してみましょう。

当初は、営業利益が20億円、税引後営業利益が15億円、投下資本が100億円で、ROICは15%です。競争圧力が強まった場合は、営業利益が12億円、税引後営業利益が9億円、投下資本が110億円で、ROICは約8.2%になります。

ROICは15%から約8.2%へ低下しました。

ここで重要なのは、競争環境の悪化が、利益の減少と必要投資額の増加という2つの経路からROICへ影響する可能性があることです。

JMEIでは、競争環境を分析するとき、単に営業利益率を見るだけでなく、ROICの変化も確認します。

なお、実際のROIC分析では、投下資本の定義や期中平均残高の使用など、計算方法を統一する必要があります。

ファイブフォース分析とキャッシュフロー

さらに重要なのが、キャッシュフローとの関係です。

企業価値を考えるときには、会計上の利益だけでなく、将来どれくらいのキャッシュフローを生み出せるかが重要になります。

ここでは、企業の本業から生み出されるフリーキャッシュフローを、簡略化した式で考えます。

フリーキャッシュフロー=NOPAT+減価償却費-設備投資-運転資本増加額

先ほどのA社について、当初の状況を考えます。税引後営業利益は15億円です。減価償却費は6億円です。設備投資は8億円です。運転資本の増加額は2億円です。

この場合、15億円+6億円-8億円-2億円=11億円となります。

では、競争圧力が強まった場合を考えましょう。税引後営業利益は9億円へ減少します。減価償却費は6億円のままです。

競争力を維持するための設備投資は12億円へ増加します。

運転資本の増加額は3億円となります。

この場合、9億円+6億円-12億円-3億円=0億円です。

比較してみましょう。

当初は、NOPATが15億円、減価償却費が6億円、設備投資が8億円、運転資本増加額が2億円で、フリーキャッシュフローは11億円です。競争圧力が強まった場合は、NOPATが9億円、減価償却費が6億円、設備投資が12億円、運転資本増加額が3億円で、フリーキャッシュフローは0億円です。

このケースでは、営業利益が残っていても、フリーキャッシュフローはゼロになりました。

もちろん、これは説明のための単純化した計算です。

実際の企業分析では、設備投資の内容、研究開発費の会計処理、運転資本の変動などを詳しく確認する必要があります。

しかし、重要なことが分かります。

競争力を維持するために多額の投資が必要になる企業では、利益が出ていても十分なキャッシュフローを生み出せない場合があるのです。

ケーススタディ2 製薬企業のファイブフォース分析

次に、製薬企業を考えましょう。

架空の製薬企業、Pharma B社を分析します。

B社は、特定の疾患領域で医薬品を開発・販売しています。

この企業の競争構造を考えます。

既存企業間の競争

同じ疾患を対象とする複数の治療薬が存在しています。

企業は有効性、安全性、投与方法などで競争しています。

また、競合企業が新しい治療薬を開発しています。

そのため、既存企業間の競争は比較的強いと考えます。

新規参入の脅威

新薬開発には、研究開発費、臨床試験、必要な規制上の手続きなどが必要です。

開発が成功するとは限りません。

そのため、新規参入の障壁は比較的高いと考えます。

ただし、バイオテクノロジー企業などが新しい技術によって参入する可能性があります。

代替品の脅威

同じ疾患に対して、新しい作用機序を持つ治療薬が開発される可能性があります。

また、薬物療法以外の治療方法が選択肢になる場合もあります。

そのため、代替品の脅威は比較的強いと考えます。

買い手の交渉力

医薬品の価格形成は、国や医療制度によって異なります。

日本では、公的医療保険制度のもとで薬価制度が重要な役割を持ちます。

そのため、一般的な製品市場と同じように、病院が自由に価格を交渉する構造とは限りません。

買い手の交渉力を分析するときには、保険者、医療制度、流通構造などを考慮する必要があります。

供給者の交渉力

医薬品の製造には、原薬、特殊な原材料、製造設備などが必要です。

特定の供給者への依存度が高い場合、供給者の交渉力が強くなる可能性があります。

一方、複数の供給者から調達できる場合には、その影響が限定的になることもあります。

このように、製薬企業では、医療機器メーカーとは異なる競争構造が形成されています。

製薬企業では現在の競争と将来の競争を分ける

製薬企業のファイブフォース分析では、特に重要な点があります。

それは、現在の市場構造と、将来の市場構造が大きく異なる可能性があることです。

例えば、ある医薬品が現在高い市場シェアを持っているとします。

競合する治療薬は少なく、安定した売上高を維持しています。

しかし、数年後に新しい作用機序を持つ医薬品が登場する可能性があります。

また、関連する特許の存続期間や、後発医薬品・バイオ後続品の参入なども、将来の競争環境に影響する場合があります。

したがって、現在の市場シェアだけで長期的な競争力を判断してはいけません。

製薬企業を分析するときには、少なくとも次の3つの時間軸を考えることが重要です。

現在は既存製品の競争構造、3〜5年後は開発中の医薬品による競争環境の変化、5〜10年後は新技術、特許、治療体系の変化を見ます。

このように、時間軸を分けることで、将来の収益構造をより深く理解できます。

ケーススタディ3 医療DX企業のファイブフォース分析

次に、医療DX企業を考えましょう。

架空のMedical Cloud C社です。

C社は、医療機関向けのクラウド型業務支援システムを提供しています。

既存企業間の競争

医療DX市場には、さまざまなソフトウェア企業が参入しています。

機能や価格、使いやすさ、サポート体制などで競争しています。

そのため、既存企業間の競争は強いと仮定します。

新規参入の脅威

クラウド技術を利用することで、大規模な製造設備を保有せずにサービスを提供できる場合があります。

一方、医療情報の安全管理や医療機関の業務への適合などが必要です。

そのため、新規参入の脅威は事業領域によって異なります。

ここでは比較的強いと仮定します。

代替品の脅威

新しいソフトウェアやAI技術によって、既存サービスの一部が代替される可能性があります。

また、医療機関が自社開発や別の業務方式を選択する場合もあります。

そのため、代替品の脅威は比較的強いと考えます。

買い手の交渉力

医療機関は、導入費用や運用費用、業務への適合性などを比較します。

複数のサービスを比較できる場合、価格交渉力が強まる可能性があります。

一方、システムの切り替えに大きな費用が必要な場合、既存顧客の交渉力が制限されることもあります。

供給者の交渉力

クラウド基盤や外部ソフトウェアなどへの依存度が高い場合、供給者の価格変更が利益率に影響する可能性があります。

一方、複数のサービスを利用できる場合には、その影響を抑えられることもあります。

このように、医療DX企業では、医療機器や製薬とは異なる競争要因が重要になります。

3つの医療産業を比較する

ここまでの架空企業について、5つの競争要因を比較してみましょう。

評価は、先ほどの5段階評価を使用します。

1が競争圧力の弱い状態、5が強い状態です。

評価は、医療機器A社、製薬B社、医療DX C社の順に示します。既存企業間の競争は3、4、5です。新規参入の脅威は2、2、4です。代替品の脅威は2、4、4です。買い手の交渉力は4、3、4です。供給者の交渉力は3、3、2です。合計は14、16、19で、平均は2.8、3.2、3.8です。

この架空の設定では、医療DX C社の競争圧力が最も強いという評価になりました。

しかし、ここで注意が必要です。

この表は、医療DX産業全体が医療機器産業や製薬産業より収益性が低いことを示すものではありません。

あくまで、今回設定した3つの架空企業について、競争構造を整理したものです。

実際には、同じ医療DX市場でも、事業内容によって競争構造は大きく異なります。

また、競争圧力が強い市場でも、独自技術や強い顧客基盤を持つ企業が高い収益性を維持する場合があります。

したがって、ファイブフォース分析では、業界全体の構造と個別企業の競争優位を分けて考える必要があります。

競争圧力が強い市場では企業価値が低いのか

ここで重要な問いを考えましょう。

競争圧力が強い市場に存在する企業は、企業価値が低くなるのでしょうか。

必ずしもそうではありません。

例えば、ある医療DX市場では競争が激しいとします。

しかし、市場全体が年間20%成長している場合、企業が売上高を大きく伸ばせる可能性があります。

また、ソフトウェア企業では、顧客数の増加に対して追加費用が比較的小さい事業モデルもあります。

この場合、一定の規模に達すると利益率が改善する可能性があります。

一方、参入障壁が高く競争が比較的穏やかな市場でも、市場そのものが縮小していれば、将来の売上高が減少する可能性があります。

したがって、企業価値を考えるときには、競争構造だけでなく、市場成長率や資本効率も重要です。

JMEIでは、市場の成長性、競争優位の持続性、資本効率の3つを組み合わせて評価します。

この3つを組み合わせることで、企業の長期的な収益力を考えることができます。

ファイブフォース分析と競争優位を区別する

ここで、重要な概念を整理します。

ファイブフォース分析は、主に業界の競争構造を分析する方法です。

一方、競争優位とは、個別企業が競合企業より優れた経済的成果を生み出せる理由です。

例えば、ある医療機器市場では価格競争が激しいとします。

業界全体の営業利益率は低いかもしれません。

しかし、A社は独自の製造技術によって、競合企業より低い原価で製品を製造できるとします。

その結果、A社だけが高い営業利益率を維持できる可能性があります。

この場合、業界の競争構造は厳しくても、A社は個別の競争優位を持っていることになります。

逆に、業界全体の収益性が高くても、ある企業が非効率な経営を行っていれば、十分な利益を生み出せない可能性があります。

つまり、業界が魅力的であることと、個別企業が優れていることは別の問題です。

この違いを理解することが、企業分析では非常に重要です。

ファイブフォース分析とEconomic Moat

ここで、これまで学んだEconomic Moatとの関係を考えましょう。

Economic Moatとは、企業が競争優位を長期的に維持するための構造的な強みを表す考え方です。

例えば、独自技術、強いブランド、スイッチングコスト、ネットワーク効果、規模の経済による費用優位性などがあり、これらは企業の競争優位を支える場合があります。

ファイブフォース分析とEconomic Moatは、似ているようで分析対象が異なります。

ファイブフォース分析は、業界全体の競争構造を理解する方法です。

Economic Moatは、個別企業が競争の中で優位性を維持できる理由を考える概念です。

例えば、買い手の交渉力が強い市場でも、特定企業の製品が医療現場にとって代替しにくい価値を持っていれば、価格交渉の影響を抑えられる可能性があります。

したがって、ファイブフォース分析とEconomic Moatを組み合わせることで、業界構造と個別企業の競争優位をより深く理解できます。

競争構造は時間とともに変化する

ファイブフォース分析で重要なのは、現在の競争構造が将来も続くとは限らないことです。

例えば、ある医療機器市場では、長年にわたり少数の企業が高い市場シェアを維持していたとします。

しかし、新しい技術によって製造原価が大幅に低下すれば、新規参入企業が増える可能性があります。

また、新しい診断方法が普及すれば、既存製品への需要が減少するかもしれません。

一方、医療情報システムでは、顧客との長期契約やシステム連携の複雑さによって、既存企業の顧客基盤が維持される場合があります。

つまり、競争構造は技術、制度、顧客行動、市場成長率などによって変化します。

そのため、JMEIでは、ファイブフォース分析を一度実施して終わりにはしません。

現在の競争構造を整理したうえで、将来どのような変化が起こる可能性があるかを考えます。

ファイブフォース分析の3つの時間軸

JMEIでは、競争構造を次の3つの時間軸で分析することを推奨します。

第一の時間軸:現在

現在の競合企業、市場シェア、価格競争、顧客関係などを確認します。

第二の時間軸:3〜5年後

開発中の技術、新規参入企業、制度変更、顧客行動の変化などを考えます。

第三の時間軸:5〜10年後

技術革新による市場構造の変化や、現在の製品・サービスが代替される可能性を考えます。

例えば、現在は高い利益率を維持している企業でも、5年後に新しい技術が普及すれば、競争優位が弱くなる可能性があります。

反対に、現在は競争が激しい市場でも、技術革新や市場成長によって新しい収益機会が生まれる場合があります。

したがって、ファイブフォース分析では、現在の競争構造だけでなく、将来の変化を考えることが重要です。

ファイブフォース分析から企業戦略を考える

ファイブフォース分析は、企業の競争環境を理解するだけでなく、経営戦略を考えるためにも役立ちます。

例えば、買い手の交渉力が強い市場では、企業はどのような対応を取れるでしょうか。

製品の差別化を強化する方法があります。

顧客にとって代替しにくい価値を提供することで、価格だけの競争を避けられる可能性があります。

供給者の交渉力が強い市場ではどうでしょうか。調達先を複数確保する方法があります。重要部品の内製化を検討する場合もあります。新規参入の脅威が強い市場ではどうでしょうか。研究開発を強化する方法があります。顧客との関係を深める方法もあります。代替品の脅威が強い市場ではどうでしょうか。新しい技術へ投資する方法があります。

既存製品に依存しない事業構造を構築することも考えられます。

このように、ファイブフォース分析は、企業がどの競争圧力に対応する必要があるのかを理解するためにも利用できます。

ただし、競争圧力への対応には費用が必要です。

したがって、企業戦略を評価するときには、追加投資によってどの程度の利益やキャッシュフローが生まれるのかを考える必要があります。

JMEI式ファイブフォース分析シート

ここまでの内容を、実際の企業分析に利用できる形へ整理しましょう。

JMEIでは、次の分析シートを基本形として使用します。シートは、基本情報、5つの競争要因の評価、財務分析、将来分析、総合評価の五つの部分で構成します。

基本情報では、企業名、対象事業、対象製品・サービス、対象市場、対象地域、主要顧客、主要競合企業、市場規模、市場成長率を記入します。

競争要因の評価では、5つの要因ごとに、1〜5の競争圧力評価と評価理由を記入します。既存企業間の競争では、主要競合企業の数、市場シェアの分布、価格競争の激しさ、製品差別化の可否、市場成長率を確認します。新規参入の脅威では、参入に必要な技術、初期投資、規制対応の程度、既存企業の顧客基盤の強さ、新しい事業モデルで参入障壁を回避できるかを確認します。代替品の脅威では、現在の製品を代替する技術の有無、新しい技術の開発状況、代替技術の費用対効果、顧客が代替技術へ変更する負担を確認します。買い手の交渉力では、主要顧客、顧客の集中度、複数の製品を比較できるか、価格以外の価値の重要性、顧客が他社製品へ変更する負担を確認します。供給者の交渉力では、重要な原材料や部品、供給者の集中度、代替調達先の有無、調達価格の上昇を販売価格へ転嫁できるか、供給停止が事業へ与える影響を確認します。

財務分析では、売上高、売上総利益率、営業利益率、ROIC、設備投資、研究開発費、フリーキャッシュフローを記入します。将来分析では、3年後、5年後、10年後の競争環境、最も重要な競争リスク、最も重要な競争優位を記入します。総合評価では、競争構造の特徴、競争優位の持続可能性、利益率への影響、ROICへの影響、将来のキャッシュフローへの影響をまとめます。

この分析シートを利用することで、競争構造と財務分析を結びつけることができます。

分析結果を企業価値へつなげる

ファイブフォース分析の最終的な目的は、競争構造を理解することだけではありません。

その競争構造が、企業の将来の収益性へどのような影響を与えるのかを考えることです。

例えば、ある企業が高い参入障壁を持つ市場で事業を行っているとします。

その企業は、比較的安定した利益率を維持できる可能性があります。

しかし、市場全体が縮小していれば、将来の売上高は減少するかもしれません。

一方、競争が激しい市場でも、成長率が高く、企業が独自の価値を提供できれば、売上高や利益を拡大できる可能性があります。

したがって、企業価値を考えるときには、市場成長率、競争構造、個別企業の競争優位、営業利益率、必要な投資額、ROIC、将来のキャッシュフローを組み合わせて分析する必要があります。

ファイブフォース分析は、このうち競争構造を理解するための重要な道具です。

ただし、それだけで企業価値を計算できるわけではありません。

将来のキャッシュフローや資本コストなどを考慮した財務分析と組み合わせる必要があります。

ファイブフォース分析の限界

ここで、ファイブフォース分析の限界も理解しておきましょう。

第一に、市場の定義によって分析結果が変わることです。

市場を広く定義するか、狭く定義するかによって、競合企業や代替品の範囲が異なります。

第二に、競争構造は時間とともに変化することです。

技術革新や制度変更によって、現在の競争環境が大きく変化する可能性があります。

第三に、企業間の協力関係を十分に説明できない場合があることです。

医療産業では、企業、大学、医療機関、研究機関などが協力して新しい技術を開発する場合があります。

第四に、個別企業の経営能力を直接評価するものではないことです。

同じ市場に存在していても、企業ごとの利益率や資本効率は異なります。

第五に、医療上の価値を直接評価するものではないことです。

医療企業では、患者にとっての有効性や安全性、医療現場の負担軽減なども重要です。

これらは、競争構造の分析だけでは十分に評価できません。

したがって、JMEIでは、ファイブフォース分析を企業分析の一部として位置づけています。

JMEIが重視する4つの分析層

JMEIでは、医療企業を次の4つの層から分析します。

第一層:市場構造

市場規模、市場成長率、ファイブフォース分析などです。

第二層:競争優位

独自技術、ブランド、顧客関係、スイッチングコストなどです。

第三層:財務構造

営業利益率、ROIC、キャッシュフロー、資本配分などです。

第四層:将来の変化

技術革新、制度変更、新規参入、代替技術などです。

この4つを組み合わせることで、医療企業の長期的な競争力を分析します。

重要なのは、どれか一つだけで企業を評価しないことです。

例えば、市場成長率が高くても、企業が十分な利益を生み出せなければ、持続的な事業とは限りません。

また、現在の利益率が高くても、将来の技術革新によって競争優位が失われる可能性があります。

したがって、企業分析では、現在の収益性と将来の競争力を同時に考える必要があります。

練習問題

問題1

ファイブフォース分析の5つの競争要因を挙げてください。

【答え】既存企業間の競争、新規参入の脅威、代替品の脅威、買い手の交渉力、供給者の交渉力の5つです。

問題2

ファイブフォース分析の主な目的は何でしょうか。

【答え】業界の競争構造を理解し、その構造が企業の収益性にどのような影響を与えるのかを考えることです。

問題3

ある医療機器メーカーの売上高は100億円です。変動費は50億円、固定費は30億円です。営業利益はいくらでしょうか。

【答え】20億円です。100億円-50億円-30億円=20億円。

問題4

問題3の企業が、販売数量を維持したまま販売価格を5%引き下げました。

費用が変わらない場合、営業利益はいくらでしょうか。

【答え】15億円です。95億円-50億円-30億円=15億円。

問題5

ある医療企業の税引後営業利益は15億円です。投下資本は100億円です。ROICはいくらでしょうか。

【答え】15%です。15億円÷100億円×100=15%。

問題6

ある医療企業の税引後営業利益は9億円です。投下資本は110億円です。ROICはいくらでしょうか。

【答え】約8.2%です。9億円÷110億円×100=約8.2%。

問題7

ある医療企業の税引後営業利益は15億円です。

減価償却費は6億円、設備投資は8億円、運転資本増加額は2億円です。

簡略化した計算によるフリーキャッシュフローはいくらでしょうか。

【答え】11億円です。15億円+6億円-8億円-2億円=11億円。

問題8

ファイブフォース分析で、最初に市場を定義する必要があるのはなぜでしょうか。

【答え】市場の定義によって、競合企業、代替品、顧客、供給者などの範囲が変わるためです。市場を適切に定義しなければ、競争構造を正確に分析できない可能性があります。

問題9

ファイブフォース分析とEconomic Moatの違いを説明してください。

【答え】ファイブフォース分析は、主に業界の競争構造を分析する方法です。Economic Moatは、個別企業が競争優位を長期的に維持できる理由を考える概念です。

問題10

競争圧力が強い市場では、必ず企業の利益率が低くなるのでしょうか。

【答え】必ずしもそうではありません。独自技術、費用面の優位性、製品差別化などによって、競合企業より高い収益性を維持できる場合があるためです。

問題11

ファイブフォース分析を企業価値の評価へつなげるためには、どのような情報が必要でしょうか。

【答え】市場成長率、企業の競争優位、営業利益率、設備投資、運転資本、ROIC、将来のキャッシュフローなどが必要です。

問題12

医療企業のファイブフォース分析で、特に注意すべきことは何でしょうか。

【答え】医療企業では、製品の有効性、安全性、医療制度、規制、医療現場の業務などが競争構造に影響することです。また、医療上の価値と企業の収益性を区別して評価する必要があります。

JMEIの視点

JMEIでは、ファイブフォース分析を、医療企業の競争構造を理解するための重要な分析方法として位置づけています。

しかし、ファイブフォース分析だけで企業の優劣を判断することはありません。

なぜなら、企業の長期的な競争力は、業界構造だけでなく、個別企業の経営能力によっても決まるからです。

例えば、ある医療機器市場では、新規参入の脅威が低いとします。

しかし、既存企業同士の価格競争が激しければ、業界全体の利益率は低くなる可能性があります。

また、買い手の交渉力が強い市場でも、独自技術や優れたサービスを持つ企業が高い利益率を維持する場合があります。

したがって、JMEIでは、ファイブフォース分析を次の4つの視点から活用します。

第一の視点:競争構造の理解

企業がどのような競争環境に置かれているのかを確認します。

第二の視点:競争優位の理解

その企業が、競争の中でどのような強みを持っているのかを確認します。

第三の視点:財務への影響

競争構造が営業利益率、ROIC、キャッシュフローへどのような影響を与えているのかを分析します。

第四の視点:将来の持続性

現在の競争優位が、技術革新や制度変更によってどのように変化する可能性があるのかを考えます。

この4つを組み合わせることで、企業の長期的な収益力を評価します。

さらに、JMEIでは、医療上の価値と経済的な価値を分けて考えます。

医療上の価値が高い技術でも、企業が十分な収益を確保できなければ、事業を継続することが難しくなる可能性があります。

一方、高い利益率を維持している企業でも、医療現場の課題を解決できなければ、長期的な競争優位を失う可能性があります。

したがって、医療企業分析では、医療上の価値と持続可能な事業構造を同時に考える必要があります。

JMEI Medical Insight

ファイブフォース分析の本当の価値は、競争の強さを知ることではなく、利益の持続性を理解することにある

医療企業を分析するとき、私たちは売上高や営業利益率に注目します。

売上高が増えている企業は成長している。営業利益率が高い企業は収益性が高い。ROICが高い企業は資本効率が優れている。これらは、企業分析において重要な情報です。しかし、ここで一つの問いが生まれます。

「その利益は、なぜ生まれているのか。そして、将来も生まれ続けるのか」という問いです。

例えば、ある医療機器メーカーが営業利益率25%を維持しているとします。

一見すると、非常に収益性の高い企業です。

しかし、その利益率が、一時的な競争環境によって実現している場合はどうでしょうか。

競合企業が新しい製品を投入すれば、販売価格が低下するかもしれません。

重要部品の価格が上昇すれば、製造原価が増加する可能性があります。

病院側の価格交渉力が強まれば、利益率が低下する場合もあります。

つまり、現在の営業利益率が高いことだけでは、将来の収益性を判断できません。

ここで重要になるのが、ファイブフォース分析です。

ファイブフォース分析によって、企業の利益がどのような競争構造の中で生み出されているのかを理解できます。

しかし、JMEIでは、さらに一歩進んで考えます。

それは、「競争構造の中で、その企業はどのように利益を守り、将来の成長へつなげているのか」という問題です。

例えば、ある医療機器メーカーが独自技術を持っているとします。

その技術によって、競合企業より高い性能の製品を提供できる場合があります。

医療機関がその性能に価値を認めれば、価格だけの競争を避けられる可能性があります。

その結果、高い利益率を維持できるかもしれません。

しかし、ここで重要なのは、独自技術が存在することだけではありません。

その技術が、顧客にとってどの程度の価値を持っているかです。

例えば、診断時間を短縮できる装置を考えましょう。

診断時間が短縮されることで、医療従事者の負担が軽減される可能性があります。

また、一定の条件下では、病院の業務効率が改善する場合もあります。

このような価値が明確であれば、病院は単純な購入価格だけで製品を選択しない可能性があります。

つまり、医療上の価値が、企業の価格競争力や顧客維持力につながる場合があります。

ただし、医療上の価値が高いことと、企業が高い利益率を確保できることは同じではありません。

その価値を提供するために、多額の研究開発費や設備投資が必要になる場合もあるからです。

したがって、企業分析では、医療上の価値がどのような費用構造によって提供されているのかを考える必要があります。

ここで、JMEIが重視する概念があります。

それは、Value CreationとValue Captureの違いです。

Value Creationとは、価値を生み出すことです。

Value Captureとは、生み出した価値の一部を、企業が収益として獲得することです。

例えば、ある医療AI企業が、医療従事者の業務負担を軽減する技術を開発したとします。

その技術によって、医療機関に大きな価値が生まれる可能性があります。

これはValue Creationです。

しかし、医療機関がその技術に十分な料金を支払わなければ、AI企業は継続的な利益を確保できないかもしれません。

また、同じような技術を持つ競合企業が多数参入すれば、価格競争が激しくなる可能性があります。

この場合、医療上の価値は大きくても、企業が獲得できる利益は小さくなるかもしれません。

これがValue Captureの問題です。

つまり、医療上の価値を生み出す能力と、その価値を持続的な利益へ変える能力は別のものなのです。

ファイブフォース分析は、このValue Captureを理解するためにも役立ちます。

例えば、買い手の交渉力が強ければ、企業が生み出した価値の一部が、価格引き下げという形で顧客側へ移る可能性があります。

供給者の交渉力が強ければ、企業が生み出した価値の一部が、原材料価格や部品価格の上昇という形で供給者側へ移る場合があります。

競合企業が多ければ、価格競争によって利益率が低下する可能性があります。

代替技術が登場すれば、現在の製品が生み出している価値そのものが変化するかもしれません。

つまり、ファイブフォース分析は、企業が生み出した価値を、どの程度自社の利益として確保できるのかを考えるための重要な方法なのです。

ここで、さらに重要な問題があります。

それは、利益の持続性です。

例えば、ある企業が現在高い営業利益率を維持しているとします。

しかし、その利益率を維持するために、毎年多額の研究開発投資が必要になる場合があります。

また、競争力を維持するために、大規模な設備更新が必要になる場合もあります。

この場合、会計上の利益は高くても、フリーキャッシュフローが十分に増加しない可能性があります。

したがって、JMEIでは、競争構造を分析した後に、必ず資本効率を確認します。

特に重要なのがROICです。

ROICが高い企業は、投下資本に対して高い税引後営業利益を生み出していることを示します。

しかし、ROICが高いことだけで、長期的な企業価値が保証されるわけではありません。

そのROICが将来も維持されるのか。

成長のためにどれくらいの追加投資が必要なのか。

競争環境が変化した場合、ROICはどの程度低下する可能性があるのか。

こうした問題を考える必要があります。

ここで、ファイブフォース分析とROIC分析がつながります。

ファイブフォース分析は、利益率に影響する競争構造を理解するための方法です。

ROIC分析は、企業が投下資本に対してどれくらいの利益を生み出しているかを確認する方法です。

この2つを組み合わせることで、企業の競争優位が経済的な成果につながっているかを考えることができます。

さらに、将来のキャッシュフロー分析を組み合わせることで、企業価値の評価へ進むことができます。

ここで、JMEIが重視する重要な問いがあります。

「その企業の高い利益率は、どのような競争構造によって支えられているのか」

「その競争構造は、将来も維持される可能性があるのか」

「競争優位を維持するために、どれくらいの追加投資が必要なのか」

「その結果、将来どれくらいのキャッシュフローを生み出せるのか」

この4つの問いによって、現在の財務数値から、将来の企業価値を考える分析へ進むことができます。

また、医療企業では、もう一つ重要な視点があります。

それは、企業の競争力が医療制度によって影響を受けることです。

例えば、日本では医薬品や医療機器の一部について、公的医療保険制度や診療報酬制度が市場環境に影響します。

また、医療DXでは、医療情報の安全管理や制度上の要件が事業構造に影響する場合があります。

そのため、一般的な消費財企業と同じ方法で競争構造を分析するだけでは不十分です。

医療制度、規制、医療現場の業務、患者にとっての価値などを理解する必要があります。

JMEIが医療産業に特化した企業分析を行う理由は、ここにあります。

医療企業の競争力は、単純な価格競争や市場シェアだけでは説明できない場合が多いからです。

医療上の価値、制度への適合、技術的な優位性、顧客との信頼関係、研究開発能力、資本効率を組み合わせて考える必要があります。

ここで、今回の講義の結論を整理しましょう。

ファイブフォース分析の本当の価値は、競争が激しいかどうかを知ることではありません。企業がどのような競争構造の中で利益を生み出し、その利益を将来も維持できるのかを理解することにあります。

そして、その分析を営業利益率、ROIC、キャッシュフローへつなげることで、医療企業の長期的な競争力を評価できます。

JMEIでは、ファイブフォース分析を、企業の競争環境を説明するための理論としてだけではなく、医療企業の収益構造と将来の企業価値を読み解くための実践的な分析方法として活用します。

これが、JMEIのファイブフォース分析の基本的な考え方です。

今回のポイント

第66講で最も覚えてほしいのは、「ファイブフォース分析は、競争の強さを評価するだけでなく、企業の利益がどのような構造によって生み出されているのかを理解するための方法である」ということです。

ファイブフォース分析では、既存企業間の競争、新規参入の脅威、代替品の脅威、買い手の交渉力、供給者の交渉力という5つの競争要因を確認します。これらの要因が、企業の収益性に影響します。

ただし、競争要因の強さは市場によって異なります。

また、同じ市場に存在していても、企業ごとの競争優位や経営能力によって収益性は異なります。

したがって、ファイブフォース分析では、業界の競争構造と個別企業の競争優位を分けて考える必要があります。

さらに、競争構造は時間とともに変化します。

技術革新、制度変更、新規参入、代替技術、顧客行動の変化といった要因によって、現在の競争優位が弱くなる可能性があります。

一方、新しい技術や事業モデルによって、新しい収益機会が生まれる場合もあります。

そのため、JMEIでは、現在の競争構造だけでなく、3年後、5年後、10年後の変化を考えます。

また、競争構造を財務分析へつなげることが重要です。

営業利益率、ROIC、設備投資、フリーキャッシュフローを組み合わせることで、企業の競争優位が経済的な成果につながっているかを確認できます。

最後に、次の4つの問いを覚えておきましょう。

「この医療企業は、どのような競争環境に置かれているのか」

「その企業は、なぜ競合企業より高い利益を生み出せるのか」

「その競争優位は、将来も維持される可能性があるのか」

「その競争優位は、持続的なROICとキャッシュフローにつながっているのか」

この4つの問いによって、単純な財務数値の比較から、企業の長期的な競争力を分析する段階へ進むことができます。

次回予告

第67講|PEST分析とは何か?――政策・経済・社会・技術の変化から医療企業の未来を読み解く

今回は、ファイブフォース分析を完成させました。

5つの競争要因を統合することで、企業の収益構造を理解する方法を学びました。

しかし、企業の競争環境を変える要因は、業界内部だけに存在するわけではありません。

例えば、医療制度が変更された場合はどうでしょうか。

診療報酬制度や薬価制度の変更によって、医療機関や医療企業の収益構造が変化する可能性があります。

また、高齢化が進むことで、医療や介護に対する需要が変化する場合があります。

さらに、AIやロボット技術の進歩によって、新しい医療サービスが生まれる可能性もあります。

このように、企業の外部環境には、競争構造そのものを変える要因が存在します。

そこで次回は、PEST分析(Political・Economic・Social・Technological Analysis)

について学びます。

PEST分析は、企業を取り巻く外部環境を、政治・制度、経済、社会、技術という4つの視点から分析する方法です。

次回は、政治・制度の変化と医療企業、診療報酬・薬価制度と事業環境、経済成長率や金利と医療企業、高齢化と医療需要、医療従事者不足と医療DX、AI・ロボット・バイオテクノロジーの進歩、PEST分析とファイブフォース分析の違い、PEST分析を将来の売上高や利益率へつなげる方法を取り上げます。

さらに、医療機器、製薬、医療DXの架空企業を用いたケーススタディを通して、外部環境の変化が企業の成長機会やリスクへどのような影響を与えるのかを考えます。

そして、JMEIの企業分析で利用できる「医療企業PEST分析シート」を作成します。

第67講では、「医療制度、人口構造、経済環境、技術革新の変化は、医療企業の将来の売上高、利益率、企業価値をどのように変えるのか」という問いから、医療企業を取り巻く外部環境と長期的な成長可能性を読み解いていきます。

JMEI|日本医療企業研究所 医療を変える企業と技術を読み解く。

本講座に関するご注意

本講座は、企業分析の考え方を学ぶための教育コンテンツです。金融商品取引法に基づく投資助言・代理業には該当せず、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。講座内で企業を題材として扱う場合も、あくまで分析手法を説明するための例示です。

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受講による学習成果、および受講者の投資成果を保証するものではありません。投資その他の意思決定は、ご自身の判断と責任において行ってください。

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