JMEI 医療企業分析アカデミー 第19講 企業が「自由に使えるお金」をどう評価するか
第18講では、キャッシュフローについて学びました。企業には大きく分けて、営業キャッシュフロー、投資キャッシュフロー、財務キャッシュフローという3つのお金の流れがあります。そして企業分析では、利益が出ているかだけではなく、本業から実際に現金を生み出しているかを見ることが重要でした。例えば、営業利益500億円でも、営業キャッシュフローが50億円しかなければ、なぜ利益が現金へ変わっていないのかを確認する必要があります。反対に、営業利益500億円で営業キャッシュフローが700億円なら、利益以上の現金を生み出している可能性があります。今回は、そこからもう一歩進みます。
企業が本業から現金を稼いでも、そのすべてを自由に使えるわけではありません。工場を維持する、医療機器の製造設備を更新する、新しい生産ラインを作る、研究施設を整備する。こうした設備投資にも現金が必要です。では、本業で生み出した現金から必要な投資を差し引いた後、どれくらいのお金が残るのか。そこで登場するのがフリーキャッシュフローです。フリーキャッシュフローは、企業が成長投資をする、M&Aをする、借金を返す、配当をする、自社株買いをするといった経営判断の原資になります。つまりフリーキャッシュフローを見ると、「この会社には、どれくらい経営の自由度があるのか」が見えてきます。第19講では、フリーキャッシュフローとは何か、なぜ利益が大きくてもフリーキャッシュフローが小さい会社があるのか、設備投資をどう評価するのか、成長投資と維持投資は何が違うのか、生み出した現金を何に使えば企業価値につながるのか、そして「現金を稼ぐ会社」と「現金を上手に使う会社」は何が違うのかを、企業経営の重要テーマである資本配分までつなげて学んでいきます。
フリーキャッシュフローは英語でFree Cash Flowといい、略してFCFと表記されることがあります。初心者の段階では、「本業で生み出した現金から、事業に必要な設備投資などを差し引いた後に残る現金」と考えると分かりやすいでしょう。代表的な考え方の一つは、フリーキャッシュフロー=営業キャッシュフロー-設備投資です。ただし、実務ではフリーキャッシュフローには複数の定義があり、企業資料や分析資料によって計算方法が異なることもあります。そのため、「FCFという数字だけを見る」のではなく、「何を差し引いて計算しているFCFなのか」も確認する習慣をつけましょう。
まず簡単な計算をしてみます。Aメディカルの数字が、営業キャッシュフロー1,000億円、設備投資400億円だったとします。単純化すると、1,000億円-400億円=600億円です。この600億円がフリーキャッシュフローです。つまりAメディカルは、本業に必要な投資を行った後でも600億円の現金を残せていると考えることができます。
Freeという言葉から、「完全に好きに使えるお金」と思うかもしれません。実際には税金、債務、契約上の制約、将来必要になる運転資金などもあるため、本当に何にでも自由に使えるわけではありません。しかし企業分析では、事業活動と必要な投資を行った後に残る現金を見る指標として非常に重要です。この現金を原資として企業は、追加研究開発、M&A、借金返済、配当、自社株買い、新規事業などを選択できます。
利益が大きくてもFCFが小さい会社があります。A社は営業利益1,000億円、営業CF1,100億円、設備投資900億円で、単純化したFCFは1,100億円-900億円=200億円。一方B社は営業利益700億円、営業CF750億円、設備投資150億円で、FCFは750億円-150億円=600億円です。営業利益ではA社が上ですが、フリーキャッシュフローではB社が3倍あります。企業の経営自由度という観点では、B社の方が余力を持っている可能性があります。
ここでも、利益と現金を分けて考えます。利益は会計上の経営成績を見る重要な数字です。FCFは、その事業から最終的にどれくらい現金を残せるのかを見る一つの方法です。企業分析では、利益が大きいから良いではなく、利益から営業CF、設備投資、FCFまで進みます。
架空のケーススタディで考えてみましょう。Aメディカルは売上高8,000億円、営業利益1,200億円、営業CF1,300億円、設備投資1,000億円。Bメディカルは売上高6,000億円、営業利益900億円、営業CF1,000億円、設備投資300億円。単純化したFCFは、A社が1,300億円-1,000億円=300億円、B社が1,000億円-300億円=700億円です。利益ではA社が上、FCFではB社が上です。この違いを生んでいるのは設備投資です。ここから、「なぜA社は1,000億円も設備投資しているのか?」という次の分析へ進みます。
設備投資が多い会社は悪いのでしょうか。必ずしも悪くありません。A社が1,000億円を、新工場、次世代製造ライン、海外生産拠点、研究施設へ投資しているかもしれません。その結果、3年後に売上が大きく伸びるのであれば、現在のFCFが小さいことには合理的な理由があります。だから、FCFが小さい=悪い会社とは考えません。
設備投資を考えるときには、大きく維持投資と成長投資に分けて考えると分かりやすくなります。維持投資とは、現在の事業を続けるために必要な投資です。成長投資とは、将来の事業を大きくするための投資です。例えば医薬品工場で、機械が古くなって交換しなければ生産を続けられないため新しい機械へ更新する。これは現在の生産能力を維持するための投資であり、売上を2倍にするためではなく、現在の事業を継続するために必要です。これが維持投資です。一方、現在の生産能力が年間100万個で、需要が増えているため年間200万個作れる新工場を建設する。これは将来の売上を増やすための投資です。つまり、維持投資=現在を守る投資、成長投資=未来を大きくする投資と考えると理解しやすいでしょう。
同じ設備投資500億円でも意味が違います。Aメディカルの設備投資500億円の内容が、老朽化設備更新450億円、新規設備50億円だったとします。Bメディカルの設備投資500億円の内容は、維持更新100億円、新工場300億円、新研究施設100億円です。金額は同じ500億円ですが、意味は違います。A社は現在の事業維持が中心。B社は将来成長のための投資が中心です。だから設備投資は、「いくら使ったか」だけではなく、「何のために使ったか」を見ます。
医療企業では、バイオ医薬品生産能力増強、注射剤工場新設、医療機器製造ライン増強、半導体・センサー関連設備、研究施設新設、品質管理設備強化、海外工場建設などで設備投資が増えることがあります。これらが将来どの製品の成長を支えるのかを確認します。例えばAファーマが新しいバイオ医薬品工場に1,000億円投資したとします。企業分析では、「1,000億円投資した」で終わりません。なぜ必要なのか、どの薬を製造するのか、生産能力はどれくらい増えるのか、その薬の市場は伸びているのか、工場稼働後に売上・利益が増えるのかを確認します。設備投資も、投資から生産能力、製品販売、売上、利益、キャッシュという流れで考えます。
成長投資はいつ回収できるのでしょうか。例えば、新工場投資1,000億円によって毎年、追加営業キャッシュフロー250億円を生み出せるようになったとします。非常に単純化すれば、1,000億円÷250億円=4年で、投資額と同程度の現金を回収する計算になります。実際の企業評価はもっと複雑ですが、投資したお金が将来どれだけ現金を生むのかという考え方が重要です。
FCFマイナスでも成長企業というケースがあります。Cメディカルは営業CF500億円、設備投資800億円で、FCFは-300億円です。これだけを見ると現金が足りない会社に見えるかもしれません。しかし設備投資の内容は、新工場500億円、海外生産拠点200億円、研究設備100億円でした。さらに、手元現金2,000億円、有利子負債は少なく、市場成長率20%、受注も増加中だったとします。この場合、高成長に備えて一時的に大きな投資をしている可能性があります。
ここで、一時的FCFマイナスと構造的FCFマイナスを分けます。一時的マイナスは、新工場、大型研究投資、海外展開などによって、数年間だけ現金流出が大きくなる状態です。一方、構造的マイナスは、本業自体の現金創出力が弱く、毎年資金不足になる状態です。この違いを見分けることが重要です。
危険なFCFマイナスの例を見てみましょう。Dメディカルの営業CFは、2023年100億円、2024年50億円、2025年-50億円、2026年-150億円と推移し、FCFは4年間すべてマイナスです。さらに借入金は毎年増加、売上は横ばい、在庫は増加しています。この場合、将来成長のために一時的に投資しているというより、本業の現金創出力そのものが悪化している可能性があります。注意が必要です。
FCFは1年だけでは見ません。大型工場を建設した年には、FCFが大きく落ちます。翌年は設備投資が減り、FCFが急増することもあります。そのため、1年間のFCFだけではなく、3年、5年程度の推移を見ることが重要です。例えばA社のFCFが、2022年400億円、2023年450億円、2024年-200億円、2025年500億円、2026年650億円と推移していたとします。2024年だけマイナスですが、調べると大型工場建設がありました。この場合、2024年だけ見れば悪化ですが、5年間で見ると安定的に現金を生み出している可能性があります。
企業の現金創出力を見るため、売上高に対してどれくらいFCFを残しているかを見る方法もあります。例えば、売上高5,000億円、FCF500億円なら、500÷5,000×100=10%です。単純化すれば、売上100円に対して10円のFCFを生み出していると考えられます。ただし、FCFの定義や設備投資サイクルによって数字は変動するため、同業他社や複数年で比較することが重要です。
同業企業で比較してみましょう。医療機器企業AのFCFマージンが15%、医療機器企業BのFCFマージンが5%だとします。だからA社の方が必ず優秀とは限りません。B社が現在、海外工場新設や成長投資をしている可能性があります。逆にA社が投資を抑えすぎている可能性もあります。重要なのは、数字の差の理由です。
FCFが増えた理由を分解してみます。FCFが300億円から700億円へ増えたとします。非常に良く見えますが、理由は何でしょうか。営業CFが増えた、設備投資が減った、売掛金を回収した、在庫を減らした、大型投資が前年で終了した。さまざまな理由があります。企業分析では、FCF増加の後に必ず「なぜ?」へ進みます。
設備投資を減らしてFCFを増やすこともできます。例えば、営業CF1,000億円、設備投資600億円、FCF400億円だった会社が、設備投資を100億円に減らしたとします。営業CFが変わらなければ、FCFは900億円になります。FCFは大幅増加です。しかし、設備更新を先送りしたり、研究施設投資を削減していたらどうでしょうか。短期的にはFCFが増えても、将来の競争力を犠牲にしている可能性があります。
良いFCF増加の例は、売上増加、利益率改善、営業CF増加という中で、設備投資も必要量を維持している場合です。注意が必要なFCF増加は、研究投資削減、設備更新延期、成長投資停止、在庫の一時的な大幅削減によるものです。つまり、FCFが増えた=企業価値が上がったとは単純に判断しません。
ここからが今回の重要テーマです。FCFが生まれたら何に使うのでしょうか。例えば企業が毎年1,000億円のフリーキャッシュフローを生み出すとします。経営者はこの1,000億円をどう使うでしょうか。主な選択肢は、研究開発、設備投資、M&A、借金返済、配当、自社株買い、現金として保有することなどです。これが資本配分につながります。
資本配分とは簡単にいえば、会社のお金をどこへ振り向けるかを決めることです。企業が1,000億円を稼いでも、その使い方によって5年後の会社は変わります。優れた研究開発へ使えば、次世代製品が生まれる可能性があります。高すぎるM&Aへ使えば、巨額減損につながるかもしれません。つまり、稼ぐ力と同じくらい、使う力も重要なのです。
一つ目の選択肢は研究開発へ使うことです。医療企業にとって重要なのが研究開発です。年間FCF1,000億円のうち、500億円を研究開発強化へ使い、その結果、新薬、新しい医療機器、医療AIなどが生まれれば、次の成長につながります。これは第14講の研究開発費とつながる部分です。
二つ目の選択肢はM&Aへ使うことです。第17講で学んだM&Aも資本配分です。FCFを積み上げ、有望なバイオベンチャー、医療機器企業、AI企業を買収する。成功すれば、新技術、新製品、新市場を手に入れられます。しかし高すぎる買収なら、企業価値を損なうことがあります。
三つ目の選択肢は借金を返すことです。企業に借入が多ければ、FCFで借金を返すことも重要です。例えば、有利子負債5,000億円、FCF1,000億円の会社が、年間500億円ずつ返済するとします。負債が減れば、利払い負担や財務リスクを低下させられる可能性があります。
四つ目の選択肢は配当です。企業は利益の一部を配当として株主へ還元することがあります。ここで重要なのは、配当を無理なく継続できるかです。例えば、FCF1,000億円、配当総額400億円なら、FCFの範囲内で配当を支払えています。一方、FCF300億円、配当総額600億円が長期間続くなら、どこから不足分を補っているのかを確認する必要があります。
配当分析では、利益に対してどれくらい配当するかを見る配当性向があります。しかし企業が実際に配当を払うには現金が必要です。そのため、利益から配当性向だけではなく、FCFから配当総額も見ると、配当の持続可能性を考えやすくなります。
架空のケーススタディです。AファーマはFCF1,200億円、年間配当総額500億円。BファーマはFCF400億円、年間配当総額700億円。A社は、単純化するとFCFの範囲内で配当を賄えています。B社は配当がFCFを上回っています。1年だけなら手元現金などで対応できますが、何年も続くなら、配当維持のために借入を増やしていないかなどを見る必要があります。
五つ目の選択肢が自社株買いです。企業が自社の株式を市場から買い戻す自社株買いも資本配分の一つです。自社株買いをすると、発行済み株式数が減るなどの影響により、一株当たり利益などに影響する場合があります。ただし、自社株買い=必ず良いではありません。例えば会社が自社株を非常に割高な価格で大量に買い戻したとします。企業の現金を高い価格で使ったことになります。一方、企業価値に対して株価が低いと経営陣が判断できる状況で合理的に買い戻せれば、資本配分として意味を持つ場合があります。つまり自社株買いも、いくら使ったかだけでなく、どの価格で、なぜ行ったかを見る必要があります。
FCFをすぐに使わず、現金として保有することもあります。医療企業の場合、大型臨床試験、M&A、工場建設、研究開発などに将来大きな資金が必要になる可能性があります。そのため一定の現金を保有することには意味があります。ただし現金を貯めすぎる問題もあります。企業が毎年FCFを1,000億円生み、10年間ほとんど使わず、現金1兆円を積み上げたとします。財務は非常に安全ですが、高収益の投資機会があるのに投資しない、株主にも還元しないという状態なら、資本を有効に使えているかという問題が出てきます。ここでROEなどの資本効率ともつながります。
良い資本配分とは何でしょうか。理想は単純に、配当を増やすことでも、M&Aをすることでもありません。企業が持つ選択肢の中から、最も高い価値を生み出せる場所へ資金を振り向けることです。新薬開発の期待収益が非常に高いなら研究開発、自社技術との相性が良い企業を合理的価格で買えるならM&A、投資機会が少なく現金が余るなら株主還元、負債が大きいなら借金返済。状況によって正解は変わります。
医療企業では研究開発を削って還元すればよいのでしょうか。株主還元を増やすために研究開発費を大幅削減したとします。短期的には、FCF増加、配当増加につながる可能性があります。しかし将来、新製品がなくなる、パイプラインが弱くなる、競争力が低下するなら、長期的企業価値を損なう可能性があります。医療企業では特に、現在の株主還元と、未来の医療イノベーション投資のバランスが重要です。
架空のJMEIメディカルが年間FCF1,000億円を生み出しているとします。選択肢Aは配当800億円、研究開発追加なし。選択肢Bは研究開発追加400億円、成長設備投資300億円、配当300億円。どちらが正しいでしょうか。これだけでは判断できません。A社に有望な研究開発テーマがほとんどなく現金が余っているなら株主還元は合理的かもしれません。一方、B社に高い成長可能性を持つ技術があるなら、再投資した方が長期的企業価値を高める可能性があります。重要なのは、使い道の期待価値です。
なぜ投資家がFCFを重視するのでしょうか。企業が将来にわたり生み出せる現金は、企業価値を考えるうえで重要だからです。企業がどれだけ売上を上げても、利益を出しても、最終的に現金を生み出せない状態が長く続けば、配当も借金返済も再投資もできません。したがって、将来どれくらいFCFを生み出せるかは企業の価値を考える重要な材料になります。
ただし現在のFCFだけを未来へ延長してはいけません。今年FCF1,000億円だから、今後10年間ずっと1,000億円とは限りません。製薬企業なら特許切れ、医療機器企業なら競合製品、設備投資増加、研究開発増加、市場シェア変化などによってFCFは変わります。つまり、現在のFCFと、将来のFCFを生む競争力をセットで見ます。
第12講の競争優位性ともつながります。強い競争優位性を持つ会社は、高い利益率、安定した売上、高い市場シェアを維持しやすく、それが安定したFCFにつながる場合があります。高いスイッチングコスト、消耗品モデル、強いブランド、特許、販売網。こうしたモートが、安定したキャッシュ創出力へつながることがあります。
第16講のパテントクリフともつながります。製薬企業Aが現在、年間FCF3,000億円を生み出しているとします。非常に強い状態です。しかしFCFの大部分を生む大型薬の独占性が3年後に失われるなら、現在の3,000億円をそのまま将来へ延長してはいけません。次の新薬が、失われるFCFを補えるかを見る必要があります。
第17講のM&Aともつながります。FCFの大きい企業は、M&Aを自己資金で行いやすいという強みがあります。例えば、年間FCF2,000億円の企業が4,000億円の買収をするのと、年間FCF200億円の企業が同じ4,000億円の買収をするのでは、財務負担が大きく違います。だからM&Aを見るときにも、買収価格÷キャッシュ創出力という視点を持つことが重要です。
FCFが大きい会社には選択肢があります。研究開発する、M&Aする、海外進出する、設備増強する、借金を返す、配当する、自社株買いする、現金を蓄える。どれを選択するかによって、未来が変わります。つまりFCFを見るということは、会社がどれだけ未来を選べるかを見ることでもあります。
医療企業のFCFを見るときには、営業キャッシュフローはいくらか、設備投資はいくらか、FCFはいくらか、FCFは3~5年間で安定しているか、設備投資は維持投資か成長投資か、FCFが増えた理由は何か、FCFがマイナスならその理由は何か、生み出したFCFを何に使っているか、配当や自社株買いはFCFの範囲内か、現金の使い方が将来の医療価値・企業価値につながっているか、という10項目を確認しましょう。そして最後に、「この会社は現金を生み出すだけでなく、その現金を賢く使えているか?」と考えます。
今日のチェックテスト
Q1 営業キャッシュフロー1,000億円、設備投資400億円です。単純化したフリーキャッシュフローはいくらでしょうか。【答え】600億円。1,000億円-400億円=600億円です。
Q2 FCFがマイナスの会社は必ず悪い会社でしょうか。【答え】いいえ。新工場や海外拠点など将来成長のための大型投資によって、一時的にFCFがマイナスになっている可能性があります。理由を確認する必要があります。
Q3 維持投資と成長投資の違いは何でしょうか。【答え】維持投資は現在の事業を続けるための投資、成長投資は将来の売上や利益を拡大するための投資と考えることができます。
Q4 FCFが前年の300億円から800億円へ増えました。必ず良いことでしょうか。【答え】必ずしもそうではありません。営業CFの増加によるものか、必要な設備投資を削減した結果なのかを確認する必要があります。
Q5 FCF400億円の会社が毎年700億円の配当を続けています。何に注意すべきでしょうか。【答え】配当がFCFを上回っているため、手元現金や借入などで不足分を補っていないか確認します。
Q6 営業利益が大きい会社と、FCFが大きい会社は必ず同じでしょうか。【答え】いいえ。設備投資、運転資金、売掛金、在庫などの違いによって、利益とFCFには差が生じます。
Q7 FCFを生み出した企業の経営者を見るときに重要なのは何でしょうか。【答え】生み出した現金を研究開発、M&A、設備投資、借金返済、配当、自社株買いなどのどこへ配分し、その結果どれだけ企業価値を生み出しているかを見ることです。
総合ケーススタディ──JMEIメディカルの1,200億円をどう見るか?
架空のJMEIメディカルを分析します。売上高1兆円、営業利益1,500億円、営業CF1,800億円、設備投資600億円。単純化したFCFは1,200億円です。設備投資600億円の内訳は、既存工場維持150億円、次世代医療機器工場250億円、AI研究施設100億円、海外物流・サービス拠点100億円。FCFの使途は、配当300億円、自社株買い200億円、借金返済200億円、M&A準備資金など500億円です。さらに、市場シェアは上昇、海外売上+15%、新製品売上+25%、有利子負債は減少しているとします。この会社をどう評価するでしょうか。
まずFCFを見ると、営業CF1,800億円、設備投資600億円で、単純化したFCFは1,200億円。かなり大きな現金を生み出しています。そして設備投資600億円のうち、維持投資は150億円で、残りの多くは次世代工場、AI研究施設、海外拠点など、将来成長を目指した投資です。つまり、成長投資を行った上でFCFを残している可能性があります。
次にFCFの使い道を見ます。1,200億円のFCFを、配当300億円、自社株買い200億円、借金返済200億円、将来投資資金500億円へ振り向けています。つまり、株主還元だけではありません。財務改善、将来投資、株主還元を組み合わせています。比較的バランスの取れた資本配分に見えます。
事業成長も確認すると、市場シェアは上昇、海外売上+15%、新製品売上+25%です。つまり、現金を生み出すだけでなく、事業も成長している可能性があります。ここで重要なのは、研究開発から新製品、市場シェア、売上、利益、営業CF、再投資という循環ができているかです。
しかし1年の数字だけで、優れた資本配分とは断定できません。次世代工場は利益を生むか、AI研究施設から製品が生まれるか、M&A資金を合理的に使うか、自社株買いの価格は妥当だったかを今後追跡します。資本配分の評価には、結果が必要です。
JMEIでは、フリーキャッシュフローを「余ったお金」とは考えません。それは、企業の未来を作るための選択肢です。例えば年間1,000億円のFCFを生み出す企業があったとします。その1,000億円を、次世代治療研究へ使う、新しい医療機器を開発する、海外販売網を作る、有望な企業を買収する、借金を減らす、株主へ還元する。こうした意思決定によって、5年後、10年後の企業は大きく変わります。そのためJMEIでは、売上から利益、営業CF、FCF、資本配分、将来の競争力という流れで企業を見ます。強い企業とは、高い売上を持つ会社だけではありません。高い利益を出す会社だけでもありません。現金を生み、その現金を最も価値の高い場所へ再投資し、さらに大きな現金を生み出す。この循環を作れる会社が、長期的に強い企業になる可能性があります。
医療企業では、フリーキャッシュフローの使い方が社会的な意味も持ちます。例えば1,000億円のFCFを持つ製薬会社があります。その資金を使って、治療法のない希少疾患の研究を進める、次世代抗がん剤を開発する、患者負担を軽減する新しい剤形を作るということができます。医療機器企業なら、手術をより安全にする装置、在宅医療を支援する機器、AIを使った診断支援、医療従事者の負担を減らすシステムなどへ投資できます。つまり医療企業のキャッシュフローは、単なる企業のお金ではありません。次の医療を生み出す原資でもあります。
ただし、研究開発へ使えば何でも良いわけでもありません。医療価値が低い技術へ大量の資金を使っても、長期的な企業価値にはつながりません。M&Aも同じです。話題のAI企業だから買う、成長市場だから買うというだけでは不十分です。JMEIが重視するのは、FCF×資本配分×医療価値です。企業が生み出した現金を、患者、医療従事者、医療システムに価値を提供できる分野へ再投資する。その結果、新製品が生まれる、市場シェアが高まる、利益が増える、さらにFCFが増える、そして再び医療へ投資する。この循環を作れる企業こそ、医療価値と企業価値を同時に高められる企業と考えることができます。
第19講で最も覚えてほしいのは、「フリーキャッシュフローを見るだけでなく、その使い道まで見る」ということです。FCFを見るときには、営業キャッシュフローを見て、設備投資を見て、FCFを計算し、設備投資の中身を見て、維持投資と成長投資を分け、複数年のFCFを見て、FCFの使い道を見て、研究開発、M&A、借金返済、株主還元を確認し、その資本配分が将来の企業価値につながったかを見る、という順番で考えます。そして最後に、「この会社は現金を稼ぐ力だけでなく、現金を使う力も持っているか?」と問いかけます。優れた企業は、利益を出す、現金を生む、現金を再投資する、新しい競争優位性を作る、さらに利益と現金を生む、という循環を作ります。フリーキャッシュフローを理解すると、企業が今どれだけ強いかだけでなく、その強さを未来へつなげられる会社なのかまで考えられるようになります。
次回予告
第20講 ROICとは何か?──「会社がお金を上手に使っているか」をどう測るか
第19講では、フリーキャッシュフローと資本配分について学びました。企業が現金を生み出しても、そのお金をどこへ投資するかによって将来は大きく変わります。では、企業が投資したお金から、どれだけ効率よく利益を生み出しているのかを数字で見る方法はないのでしょうか。そこで登場するのがROICです。ROICはReturn on Invested Capitalの略で、投下資本利益率と呼ばれます。例えば、1,000億円を事業へ投資して100億円の利益を生み出す会社と、同じ1,000億円を投資して200億円の利益を生み出す会社。どちらが資本を効率的に使えているでしょうか。さらに重要なのは、ROICが高ければ何でも良いわけではないことです。企業が資金を調達するためにはコストがあります。そこでROICを見るときには、資本コストという考え方も必要になります。第20講では、ROICとは何か、ROEやROAと何が違うのか、投下資本とは何か、なぜ医療企業のM&A評価にROICが重要なのか、研究開発や設備投資が企業価値へつながっているかをどう考えるのか、そして「成長している会社」と「価値を生みながら成長している会社」は何が違うのかを、企業分析をさらに一段深める「資本効率」の考え方へ進みます。
本講座に関するご注意
本講座は、企業分析の考え方を学ぶための教育コンテンツです。金融商品取引法に基づく投資助言・代理業には該当せず、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。講座内で企業を題材として扱う場合も、あくまで分析手法を説明するための例示です。
講座に関するご注意
本講座は、企業分析の考え方を学ぶための教育コンテンツです。金融商品取引法に基づく投資助言・代理業には該当せず、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。記事中で企業名に言及する場合も、分析手法を説明するための例示であり、投資を勧めるものではありません。
受講による学習成果、および受講者の投資成果を保証するものではありません。投資その他の意思決定は、ご自身の判断と責任において行ってください。