JMEI 医療企業分析アカデミー 第23講 「借金の多い医療企業」は本当に危険なのか?
第22講では、運転資本について学びました。企業は、材料を仕入れ、製品を作り、在庫として持ち、販売し、売掛金になり、代金を回収するという流れで事業を行っています。そのため、売上が急増すると、売掛金と在庫も増え、利益が増えているのに現金が不足することがあります。特に急成長企業では、「売れれば売れるほど、先にお金が必要になる」ことさえあります。では、そのお金をどこから用意するのでしょうか。手元の現金、株主からの資金、そして、借入があります。ここで多くの初心者が抱く疑問があります。「借金が多い会社は危険なのではないか?」確かに、借金が多すぎれば企業経営のリスクになります。しかし、借金がある=悪い会社ではありません。例えば、100億円を低い金利で借り、その100億円を使って高い利益を生み出せる事業を拡大できるなら、借入は企業成長の有力な手段になります。反対に、利益が出ない事業を維持するために毎年借金する、借金で借金を返す、利払いが利益を圧迫するという状態なら危険です。つまり重要なのは、借金があるかどうかではありません。「何のために借りて、その借金を返せるだけの力があるのか」です。第23講では、自己資本とは何か、自己資本比率とは何か、有利子負債とは何か、D/Eレシオとは何か、ネットデットとは何か、なぜ借金を使う優良企業があるのか、借金でM&Aする会社をどう評価するのか、金利上昇は企業にどう影響するのか、そして「借金を使える会社」と「借金に依存する会社」は何が違うのかを、医療企業の財務体力を読むための基本として学んでいきます。
自己資本と負債の基本
企業が事業を行うには資金が必要です。例えば医療機器メーカーなら、工場を建て、部品を買い、研究開発し、海外拠点を作り、企業を買収する。こうした活動にはお金が必要です。その資金を大きく考えると、自分たちの資本と、他人から借りた資金があります。この違いを理解することが、財務安全性分析の出発点です。
初心者の段階では、自己資本を、株主から出資された資金や、企業がこれまで積み上げてきた利益などから構成される、返済義務のない資本というイメージで理解するとよいでしょう。例えば会社が利益を出し、その一部を配当せず企業内部へ残します。その利益の蓄積も企業の財務基盤を厚くします。自己資本は、借入金のように決められた期日に返さなければならないお金ではないという特徴があります。
一方、企業には、銀行借入、社債、買掛金などの負債があります。負債とは、企業が将来的に支払いや返済を行う義務を持つものです。ただし、負債=借金と完全に同じではありません。例えば買掛金も負債ですが、一般に利息を支払う銀行借入とは性質が違います。そこで企業分析では、有利子負債という数字をよく使います。有利子負債とは、簡単にいえば、利息を伴う借入金や社債などです。例えば、銀行借入500億円、社債300億円があれば、単純化して、有利子負債800億円と考えることができます。企業はこの資金を使う代わりに、利息を支払う必要があります。
銀行から1,000億円を借りれば、利息を払い、契約に従って元本を返す必要があります。事業が好調でも不調でも、基本的に返済義務は残ります。そのため借金が大きくなりすぎると、企業経営の自由度を下げる可能性があります。これが自己資本と借金の大きな違いの一つです。
自己資本比率とは何か
企業の財務安全性を見る代表的な指標の一つが、自己資本比率です。基本的な考え方は、自己資本÷総資産×100です。例えば、総資産5,000億円、自己資本3,000億円なら、3,000÷5,000×100=60%です。自己資本比率60%です。会社が100円分の資産を持っているとして、そのうち60円が自己資本、40円が負債などなら、自己資本比率は60%というイメージです。自己資本比率が高い会社ほど、一般には負債への依存度が低く、財務的な耐久力を持ちやすいと考えることができます。
ここが重要です。自己資本比率100%なら最高なのでしょうか。必ずしもそうではありません。借金を一切せず、すべて自己資本で事業を行えば、財務安全性は高く見えます。しかし、非常に有望な成長事業があるのに、借金が怖いから投資しないとしたらどうでしょうか。企業が成長機会を逃す可能性があります。したがって、自己資本比率が高いほど絶対に良いとは考えません。
2つの医療企業を比べてみましょう。Aメディカルは、総資産5,000億円、自己資本4,500億円、自己資本比率90%、売上成長率1%。Bメディカルは、総資産5,000億円、自己資本2,500億円、自己資本比率50%、売上成長率15%、営業CF安定、借入金は新工場建設に使用。A社は財務安全性が非常に高く見えます。B社はA社より借入を利用しています。しかしB社が、低い金利で資金を調達し、高収益の成長事業へ投資しているのであれば、借入には合理性があります。だから「何%なら安全」と決めません。自己資本比率について、50%以上なら安全、30%以下なら危険というように、単純な一本線だけで判断するのは避けます。業種によって、必要な設備、安定性、キャッシュフロー、資金調達方法が違うからです。重要なのは、同業他社との比較と、過去からの変化です。
例えば、2024年65%、2025年60%、2026年35%へ急低下したとします。何が起こったのでしょうか。大型M&A、巨額設備投資、借入増加、赤字による自己資本減少などが考えられます。数字を見たら、「なぜ?」へ進みます。Aファーマが大型バイオ企業を買収し、買収前は自己資本比率60%・有利子負債1,000億円だったのが、買収後は自己資本比率40%・有利子負債5,000億円になったとします。財務状態は変化しました。ここで、自己資本比率が20ポイント下がったから失敗とは判断しません。重要なのは、買収した事業が将来どれだけ利益とキャッシュを生み、その借金を返せるかです。
借金は悪くない理由――レバレッジという考え方
例えば企業が、金利2%で100億円借ります。その100億円を使って、年間10億円程度の利益を生み出せる事業へ投資したとします。単純化すると、資金コストより事業収益の方が高い状態です。借金を使うことで、自己資金だけではできなかった成長投資を行えます。これを、財務レバレッジという観点で考えることもできます。
レバレッジとは、てこの原理という意味です。少ない自己資本に借入を組み合わせることで、より大きな事業を行うことができます。例えば、自己資金100億円だけなら100億円の投資。そこへ200億円借りれば、300億円の投資ができます。投資が成功すれば、自己資本だけの場合より大きな利益を得られる可能性があります。ただしレバレッジは逆にも働きます。300億円投資して大成功し大きな利益が出れば、借金は成長を加速します。しかし、300億円投資して失敗し利益が出なくても、200億円の借金は残り、利息も支払うことになります。つまりレバレッジは、成功も失敗も大きくする可能性があります。
D/Eレシオとネットデット
企業の借金と自己資本のバランスを見る代表的な指標に、D/Eレシオがあります。Debt to Equity Ratioの略です。代表的には、有利子負債÷自己資本で考えます。例えば、有利子負債1,000億円、自己資本2,000億円なら、1,000÷2,000=0.5倍です。D/Eレシオ0.5倍なら、自己資本1円に対して有利子負債0.5円というイメージです。D/Eレシオ2倍なら、自己資本1円に対して有利子負債2円です。一般的には数字が高いほど、借入への依存度が高いと見ることができます。
D/Eレシオが高ければ危険なのでしょうか。これも単純には言えません。A社はD/E1.5倍、営業CF毎年2,000億円、安定収益事業。B社はD/E0.8倍、営業CFマイナス、業績不安定。この場合、D/EレシオだけではB社の方が安全とは言えません。重要なのは、返済能力です。有利子負債5,000億円という数字だけを見ると大きく感じます。しかし、年間営業CF3,000億円を安定して生み出す会社ならどうでしょうか。一方、有利子負債1,000億円でも、年間営業CF100億円なら負担感は大きいかもしれません。借金は、絶対額だけでは評価できません。
企業が借金を持っていても、同時に大量の現金を持っている場合があります。例えば、有利子負債3,000億円、現金等2,500億円です。この場合、実質的な負債負担を考えるため、ネットデットを見ることがあります。簡単な考え方は、有利子負債-現金及び現金同等物です。有利子負債3,000億円、現金2,500億円なら、ネットデット=500億円です。有利子負債だけを見ると3,000億円ですが、企業には2,500億円の現金があります。実質的な負債負担を見るときには、この違いが重要です。反対に、有利子負債1,000億円、現金2,000億円なら、有利子負債より現金の方が多い状態です。このような企業を、ネットキャッシュの状態と表現することがあります。財務余力が大きい可能性があります。
借金5,000億円の2社を見てみましょう。Aファーマは、有利子負債5,000億円、現金4,000億円、営業CF2,500億円。Bファーマは、有利子負債5,000億円、現金500億円、営業CF400億円。表面上の借金は両方5,000億円です。しかし実態は大きく違います。A社のネットデットは1,000億円、B社のネットデットは4,500億円。さらに営業CFも大きく違います。負債の絶対額だけを見てはいけないことが分かります。
企業の負債返済能力を見る指標として、ネットデット/EBITDAという指標を見ることがあります。簡単にいえば、実質的な借金が、企業の年間収益力に対してどれくらい大きいかを見るものです。例えば、ネットデット2,000億円、EBITDA1,000億円なら、2倍です。非常に単純化すると、現在のEBITDA約2年分に相当するネットデットというイメージです。もちろんEBITDAのすべてを返済へ使えるわけではありません。税金、設備投資、研究開発、配当なども必要です。したがって、「2年で返せる」という意味ではありません。あくまで負債負担を比較する尺度の一つです。
なぜ医療企業のM&Aでよく使うのでしょうか。例えば医療企業が5,000億円の大型M&Aを行い、そのため借金が急増したとします。このとき、買収後ネットデット/EBITDAを見ることで、買収後の財務負担がどの程度になるのかを考えることができます。企業側が、「3年以内に2倍以下へ戻す」などの目標を示すこともあります。JMEIファーマの例では、買収前はネットデット500億円、EBITDA1,500億円でネットデット/EBITDA約0.3倍でした。5,000億円の企業買収後は、ネットデット4,500億円、買収後EBITDA1,800億円でネットデット/EBITDA2.5倍。財務負担は大きく上昇しました。この場合、買収した会社が利益を生み、数年間で借金を減らせるかが重要になります。M&A発表直後だけでは判断できません。会社が、買収後ネットデット/EBITDA3倍から3年後1.5倍を目標としていたとします。3年後に本当に、借金が減ったか、買収企業の利益が増えたか、FCFを返済へ回せたかを見る必要があります。経営陣の資本配分能力が問われます。
金利上昇の影響と、危険な借金・良い借金
借金が増えた会社がFCF1,000億円を生み出したとします。全部借金返済へ使えば財務は改善しますが、研究開発、新製品、工場への投資ができなくなるかもしれません。逆に、全額成長投資に使って借金を返さないと、財務リスクが残ります。経営者は、返済と、成長投資のバランスを考える必要があります。
借金には利息があります。例えば、有利子負債5,000億円、平均金利1%なら、単純計算で年間利息は50億円。平均金利4%なら200億円。金利上昇によって、年間150億円負担が増える計算になります。営業利益500億円の会社で、利息負担50億円と利息負担200億円では意味が違います。利息が増えれば、税引前利益、純利益などを圧迫します。特に負債の多い会社では、金利上昇への感応度を確認する必要があります。ただし、すべての借金の金利がすぐ変わるわけではありません。企業の借入には、固定金利、変動金利などがあります。長期固定金利の社債なら、市場金利が上がっても既存分の利率はすぐ変わらない場合があります。一方、借換えの時期には高い金利が適用される可能性があります。そのため、借金総額だけではなく、金利条件、返済期限も重要になります。返済期限の集中にも注意が必要です。同じ借金額でも、10年間に分散している場合と、来年に大部分の返済期限が来る場合とでは、資金繰りリスクは違います。
企業は期限が来た借金を、手元資金で返すだけではなく、新しい借入や社債を使って返済する借換えを行うことがあります。企業の信用力が高ければ、比較的容易に資金調達できることがあります。しかし信用力が低下すると、借換え金利上昇、資金調達困難につながる可能性があります。企業や社債の信用力を評価するものに、信用格付けがあります。格付けが悪化すると、企業へお金を貸す側は、「返済リスクが高くなった」と考える可能性があります。その結果、高い金利を要求されることがあります。大型M&Aで負債を大幅に増やす場合には、格付けへの影響も重要です。
負債コストが上昇すると、第21講で学んだWACCにも影響する可能性があります。つまり、借金増加、財務リスク上昇、負債コスト上昇、資本コスト上昇ということがあります。すると新しい投資に求められるハードルも高くなります。例えば、ROIC12%、WACC6%なら+6ポイントのスプレッドがありますが、借金増加などでWACCが10%へ上昇したらどうでしょうか。ROIC12%、WACC10%で差は+2ポイントになります。企業価値創造の余裕が小さくなります。
借入を活用すると、ROEが高くなる場合があります。例えば利益100億円で、A社は自己資本1,000億円でROE10%、B社は自己資本500億円で借入も利用し同じ利益100億円でROE20%。ROEだけならB社が優れて見えます。しかしB社にはA社より大きな財務リスクがあるかもしれません。だからROE20%を見たら、すごいで終わりません。利益率が高いのか、資産効率が高いのか、借金を多く使っているのかを考えます。ROEの高さが、強い事業によるのか、高いレバレッジによるのかでは意味が違います。ROE20%の2社を比べてみましょう。Aメディカルは、ROE20%、自己資本比率70%、D/Eレシオ0.2倍、営業利益率25%。Bメディカルは、ROE20%、自己資本比率20%、D/Eレシオ3倍、営業利益率8%。ROEは同じ20%です。しかし構造は大きく違います。A社は高い事業収益力による可能性、B社は高い借入レバレッジによってROEが押し上げられている可能性があります。同じROEでも質が違います。
製薬企業では、大型M&Aのために借入が増えることがあります。理由の一つは、パイプラインの補強です。主力薬の特許切れが近く、自社パイプラインだけでは足りない。そこで有望な新薬を持つ企業を買収する。借金が増えても、その新薬が大型製品になれば返済できる可能性があります。しかし臨床試験が失敗すれば、大きな借金だけが残る可能性もあります。医療機器会社では、新工場、海外生産拠点、企業買収などに借入を使う場合があります。例えば需要が急増している製品の工場増設で、ROIC20%が期待できる事業へ、金利3%で資金を調達するなら合理性があるかもしれません。重要なのは、借金の用途です。
最も注意したい危険な借金のパターンがいくつかあります。一つは赤字補填です。営業CFが毎年マイナス、事業も成長していない、その不足を借入で補っている。この場合、借金が将来の成長を作るのではなく、現在の赤字を埋めている可能性があります。もう一つは借金で配当です。企業のFCFが200億円しかないのに配当総額500億円で、不足する300億円を毎年借金で補っている。これが長期間続くなら注意が必要です。株主還元は増えていても、持続可能性に疑問があります。さらに高すぎるM&Aも危険です。企業が成長したいと借金をして大型買収しても、買収価格が高すぎ、期待した利益も出なければ、借金だけ増え、のれん減損、格付け低下ということがあります。
一方、良い借金もあります。借入金利3%、投資先ROIC15%、市場も成長、営業CFも安定なら、借金を合理的に使って成長している可能性があります。第22講で学んだように、新製品が急成長し在庫と売掛金が一時的に増え、入金までの資金を短期借入で補い、その後代金回収とともに返済するという借入もあります。借金は、目的と、返済計画を見ることが重要です。また、企業に現金が1,000億円あり、新工場建設も1,000億円という場合、全額現金で支払えば手元現金ゼロになりますが、500億円現金・500億円借入とすることで、緊急時や次の研究開発に使える現金を残すという考え方もあります。
財務余力という考え方
「無借金経営」は必ず最強なのでしょうか。無借金企業は、財務安全性という点では非常に強い場合があります。しかし、高い成長機会があるのに借入を一切使わないのであれば、資本を十分活用できていない可能性もあります。財務では、安全性と、効率性のバランスが重要です。
医療企業では突然大きな資金需要が発生することがあります。有望な新薬候補の導入、大型臨床試験、M&A、工場増設、供給障害への対応。そのとき、すでに借金が限界では動けません。したがって、現在借金を返せるかだけでなく、必要なときに追加資金を使える余力があるかも重要です。財務余力は「未来の選択肢」でもあります。例えばA社は、現金豊富、借金少ない、信用力高いとします。突然、有望な医療スタートアップを2,000億円で買収できる機会が出ました。A社はすぐ動けるかもしれません。一方、すでに借金が非常に多いB社は、資金を調達できず機会を逃す可能性があります。つまり財務余力は、将来の戦略的選択肢でもあります。
JMEI式「財務体力を見る12の質問」
医療企業の借金と財務安全性を見るときには、次の12項目を確認します。自己資本はいくらか。自己資本比率は何%か。自己資本比率は過去数年でどう変化したか。有利子負債はいくらか。現金はいくらあるか。ネットデットはいくらか。D/Eレシオはどれくらいか。営業CF・FCFで借金を返せる力があるか。ネットデット/EBITDAは高すぎないか。借金を何に使ったのか。金利上昇や借換えに耐えられるか。借金返済後にも研究開発やM&Aを行える財務余力があるか。そして最後に、「この会社は借金を利用しているのか、それとも借金に支配されているのか?」と考えます。
練習問題
問題1 総資産5,000億円、自己資本3,000億円です。自己資本比率は何%でしょうか。(A.30% B.40% C.60% D.80%)
【答え】C.60%。3,000億円÷5,000億円×100=60%です。
問題2 有利子負債1,000億円、自己資本2,000億円です。D/Eレシオは何倍でしょうか。
【答え】0.5倍です。1,000億円÷2,000億円=0.5倍です。
問題3 有利子負債3,000億円、現金2,500億円です。単純化したネットデットはいくらでしょうか。
【答え】500億円です。3,000億円-2,500億円=500億円です。
問題4 借金が多い企業は必ず危険でしょうか。
【答え】いいえ。借金の用途、金利、営業CF、FCF、返済能力、財務余力などを確認する必要があります。
問題5 自己資本比率が90%の会社と50%の会社では、必ず90%の会社の方が優良でしょうか。
【答え】必ずしもそうではありません。50%の会社が借入を合理的に使い、高収益の成長事業へ投資している可能性があります。
問題6 有利子負債5,000億円、現金500億円、年間営業CF400億円の企業では何に注意すべきでしょうか。
【答え】ネットデットが大きく、営業CFに対する負債負担も重い可能性があります。返済計画、金利、借換え期限などを確認します。
問題7 金利が上昇すると、負債の多い企業にはどのような影響が考えられますか。
【答え】新規借入や借換えの金利負担が増え、利益やキャッシュフローを圧迫する可能性があります。
問題8 借金で大型M&Aをした企業を見るときに、買収直後の借金増加だけで失敗と判断してよいでしょうか。
【答え】いいえ。買収した事業が将来利益とキャッシュを生み、計画通り負債を減らせるかを確認する必要があります。
問題9 ROEが非常に高い会社では、どのような確認が必要でしょうか。
【答え】高い利益率や資産効率によるものなのか、借入を多く使った財務レバレッジによるものなのかを確認します。
総合ケーススタディ――JMEIメディカルの5,000億円M&A
架空のJMEIメディカルを分析します。買収前は、売上高1兆円、営業利益1,500億円、EBITDA2,000億円、営業CF1,700億円、FCF1,100億円、自己資本8,000億円、有利子負債1,500億円、現金2,000億円でした。JMEIメディカルは、次世代手術ロボット企業を5,000億円で買収しました。資金調達は、手元現金1,000億円、新規借入4,000億円とします。
買収前のネットデットを見ると、有利子負債1,500億円、現金2,000億円。つまり、借金より現金が500億円多いネットキャッシュ状態でした。財務余力は比較的大きかったと考えられます。買収後は、有利子負債1,500億円+4,000億円=5,500億円、現金2,000億円-1,000億円=1,000億円、ネットデットは5,500億円-1,000億円=4,500億円。買収前とは財務構造が大きく変わります。
ネットデット/EBITDAを見ると、買収後、取得した事業も含めたEBITDAが2,300億円になったとすると、4,500億円÷2,300億円=約2.0倍。この数字だけで良い悪いを決めることはできませんが、財務負担は明らかに増えています。買収した企業には、次世代手術ロボット、AI手術支援、米国承認という技術があります。JMEIメディカルは既存の手術器具、内視鏡、世界販売網と組み合わせることを計画しています。つまり、既存事業との戦略的関連性があります。ここは重要なポイントです。
会社は、FCFを毎年1,000億円以上確保し、3年間でネットデットを4,500億円から2,000億円以下へ減らす計画を発表しました。企業分析では、「返しますと言った」で終わりません。1年後、2年後、3年後に実績を確認します。仮に1年後、買収事業売上+35%、全社営業CF2,100億円、FCF1,300億円、ネットデット3,500億円となったとします。買収事業も成長し、借金も計画通り減少している。なら、借金を成長のために活用できている可能性があります。反対に、買収事業売上横ばい、主要技術者退職、営業CF1,200億円へ低下、巨額のれん減損、ネットデット4,800億円へ増加となったらどうでしょうか。この場合、買収価格、統合、借金返済能力について再評価が必要です。同じ5,000億円のM&Aでも、結果によって意味はまったく変わります。
もう一つ見るべきものが研究開発です。借金返済を優先しすぎて研究開発費を大幅削減したとします。短期的にはFCFが増え、借金を早く返せるかもしれません。しかし医療企業では、将来の新製品を失う可能性があります。つまり財務改善だけを追求すればよいわけではありません。理想的なのは、買収した事業が成長し、営業CF増加、借金返済、財務余力回復、研究開発も継続、次の成長へ投資という流れです。これができれば、借金は企業成長を加速する道具になります。
JMEIでは、「借金が増えた」というニュースだけで企業を評価しません。見る順番は、有利子負債、現金、ネットデット、自己資本比率、D/Eレシオ、営業CF・FCF、ネットデット/EBITDA、借金の用途、返済計画、成長投資への影響です。そして特に、借金を何に使ったかを重視します。例えば、年間3%の金利で資金を調達し、高い医療価値と高いROICを持つ新事業へ投資するなら、企業価値を高める可能性があります。反対に、赤字補填、過大な株主還元、高すぎるM&Aのために借金が増え続けているなら注意が必要です。借金は、悪でも、善でもありません。経営者が使う、道具です。その道具を使って何を生み出しているのか。そこを見ることが企業分析です。
JMEI Medical Insight
医療企業の財務安全性を考えるとき、JMEIが重視するのは、「財務余力そのものが医療イノベーションの源泉になる」という視点です。例えば、突然ある大学発ベンチャーから画期的ながん治療技術が生まれたとします。その技術を実用化するには、臨床試験、製造設備、規制対応、世界展開に巨額の資金が必要です。強い財務基盤を持つ企業なら、投資、提携、M&Aという選択肢を取ることができます。しかし既に借金が限界まで膨らんでいる企業では、素晴らしい技術が目の前にあっても資金を出せない可能性があります。つまり財務安全性は、単なる倒産防止ではありません。未来の医療へ投資する余力でもあります。
一方で、現金と自己資本を大量に抱え、何の成長投資もしないという状態が常に理想というわけでもありません。医療企業には、研究開発、設備、人材、M&A、海外展開など、価値を生み出せる投資機会があります。だからJMEIでは、無借金かどうかより、財務余力を保ちながら、必要なときに適切なリスクを取れるかを見ます。強い医療企業とは、借金をしない企業ではありません。借金を含む資本を適切に使い、医療価値を生み出し、生み出したキャッシュで財務余力を再び回復できる企業です。理想的な循環は、財務余力、成長投資、医療価値、売上・利益、キャッシュフロー、借金返済、財務余力回復、次の成長投資です。この循環ができるかどうか。そこまで見ることで、企業の本当の財務力が見えてきます。
今回のポイント
第23講で最も覚えてほしいのは、「借金の多さではなく、借金を返せる力と使い道を見る」ということです。財務安全性を見るときには、自己資本比率を見て、有利子負債を見て、現金を見て、ネットデットを見て、D/Eレシオを見て、営業CFとFCFを見て、ネットデット/EBITDAを見て、金利と返済期限を見て、借金の用途を見るという順番で考えます。そして最後に、「この会社は借金を利用して成長しているのか。それとも借金に依存して生き延びているのか?」と問いかけます。借金がゼロでも、成長投資をしない会社が最良とは限りません。借金が多くても、高収益事業へ合理的に投資し、十分なキャッシュを生み出し、計画的に返済できる会社もあります。企業を見るときには、安全性と、成長性の両方を見る。これが重要です。
次回予告
第24講 営業利益率だけでは分からない――「粗利率」から医療企業の本当の強さを読む
ここまで、売上、営業利益、キャッシュフロー、FCF、ROIC、WACC、運転資本、財務体力と、企業のお金をさまざまな角度から見てきました。次回は、もう一度、利益へ戻ります。ただし見るのは営業利益率ではありません。その一段手前にある、粗利率です。例えば2つの医療企業があります。A社は売上100億円、売上原価30億円。B社は売上100億円、売上原価70億円。同じ売上100億円でも、製品そのものが生み出している利益の厚さは大きく違います。ここを見るのが、売上総利益、そして、売上総利益率、いわゆる粗利率です。医療企業では粗利率を見ることで、製品の価格競争力、ブランド力、特許、高付加価値性、消耗品モデル、製造コスト、製品ミックスなどが見えてくることがあります。第24講では、売上原価とは何か、売上総利益とは何か、粗利率をどう計算するのか、粗利率と営業利益率は何が違うのか、粗利率上昇はなぜ起こるのか、高利益率の新薬や医療機器が企業全体をどう変えるのか、そして「売上が伸びている会社」と「高い価値を売っている会社」は何が違うのかを、医療企業の「製品そのものの強さ」を財務数字から読む方法として学んでいきます。
本講座に関するご注意
本講座は、企業分析の考え方を学ぶための教育コンテンツです。金融商品取引法に基づく投資助言・代理業には該当せず、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。講座内で企業を題材として扱う場合も、あくまで分析手法を説明するための例示です。
講座に関するご注意
本講座は、企業分析の考え方を学ぶための教育コンテンツです。金融商品取引法に基づく投資助言・代理業には該当せず、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。記事中で企業名に言及する場合も、分析手法を説明するための例示であり、投資を勧めるものではありません。
受講による学習成果、および受講者の投資成果を保証するものではありません。投資その他の意思決定は、ご自身の判断と責任において行ってください。