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医療企業分析アカデミー

第30講 受注高・受注残とは何か?――決算にまだ表れていない「未来の売上」を読む

JMEI 医療企業分析アカデミー 第30講 決算にまだ表れていない「未来の売上」を読む

第29講では、市場シェアについて学びました。企業の売上高が、前年比+20%だったとしても、それだけでは競争力が高まっているとは判断できません。市場全体が+30%成長しているのであれば、その企業は市場の成長に追いつけず、シェアを落としている可能性があります。反対に、市場+3%、企業+15%なら、市場全体よりも速く成長しており、競合企業からシェアを獲得している可能性があります。つまり企業分析では、自社の成長率だけではなく、市場との比較が重要でした。

今回は、さらに時間軸を未来へ進めます。決算書に掲載されている売上高は、すでに実現した売上です。しかし企業には、「まだ売上にはなっていないけれど、すでに顧客から注文を受けている仕事」があります。例えば、大型医療機器メーカーを考えてみましょう。今年の売上高は1,000億円。しかし顧客からすでに受けている注文が1,500億円分あったとします。すべてが今年の売上に計上されるわけではありません。機器を製造し、納品し、一定の条件を満たして、初めて売上になるものもあります。つまり、決算書の売上高より先に、注文が存在します。その注文を見るために重要なのが、受注高と、受注残です。特に、MRIやCTなどの大型医療機器、手術支援ロボット、放射線治療装置、医療ITシステム、CDMO、研究・検査装置、大型設備などでは、受注状況が将来業績を考える重要なヒントになることがあります。ただし、受注が増えた=将来必ず売上が増えるではありません。キャンセル、納期遅延、部品不足、顧客都合、契約条件変更などによって、受注がそのまま予定通り売上になるとは限らないからです。第30講では、受注高とは何か、受注残とは何か、売上高とは何が違うのか、Book-to-Bill Ratioとは何か、受注残が増えている会社をどう評価するのか、受注が多いのに売上が伸びない会社では何が起きているのか、そして「現在の決算が良い会社」と「未来の売上が積み上がっている会社」は何が違うのかを、決算書の一歩先にある「未来の需要」を読む方法として学んでいきます。

受注高、受注残の基本

まず基本から考えましょう。企業の決算に掲載される売上高は、すでに一定の売上計上条件を満たした取引です。例えば医療機器メーカーが、4月に病院から注文を受けた、6月に製造した、8月に納品した、契約条件上、8月に売上を計上したとします。この場合、注文を受けた4月と、売上になる8月には時間差があります。事業によっては、商談、見積もり、契約・注文、製造、出荷、納品・検収、売上計上という流れがあります。企業分析では、売上だけを見ていると、最後の段階しか見ていないことになります。未来の売上を考えるには、その前段階を見る必要があります。

受注とは、簡単にいえば、顧客から商品やサービスの注文を受けることです。例えば病院がCT装置を10台注文、1台1億円なら、10億円分の受注というイメージです。ただし実際の受注の定義は企業によって異なります。企業資料を読むときには、その会社が何を「受注」と定義しているのか確認することが重要です。一定期間内に新しく受けた注文の金額が、受注高です。例えば今年1年間で、医療機器A300億円、医療機器B200億円、保守システム100億円の注文を新たに受けたとします。年間受注高は600億円というイメージです。

受注残とは、すでに注文を受けているが、まだ売上として計上されていない部分です。英語では、Backlogと呼ばれることがあります。例えば、1,000億円分の注文を受けている、そのうち600億円分は納品し売上になった、残り400億円分はまだ納品していないなら、受注残400億円というイメージです。ここは非常に重要です。受注高は、一定期間に新しく獲得した注文。受注残は、まだ売上になっていない注文の積み上がり。似ていますが違います。

簡単な例で理解しましょう。期首受注残500億円、今年の新規受注高1,200億円、今年売上として消化した受注1,000億円。単純化すると、期末受注残は500+1,200-1,000=700億円となります。受注残が500億円から700億円へ増えました。これは、今年売上にした分以上の新しい注文を取ったことを意味する可能性があります。将来の売上候補が積み上がっていると考えることができます。

Aメディカルの前年売上1,000億円、今年売上1,020億円で+2%。一見すると、ほぼ横ばいです。しかし受注高は、前年1,000億円、今年1,400億円で+40%。受注残は、前年末500億円、今年末880億円へ増えました。現在の売上だけなら+2%。しかし、受注+40%、受注残も大幅増です。この場合、今期はまだ売上に出ていないが、来期以降の売上が積み上がっている可能性があります。売上高だけを見ていたら、未来の変化を見逃してしまいます。

受注は「先行指標」になる場合があります。先行指標とは、将来の業績より先に動く数字です。例えば、受注増加、数か月後に出荷増加、売上増加という事業なら、受注は売上の先行指標として使える場合があります。ただし、すべての企業で受注を見るわけではありません。コンビニで商品を買う場合、注文から数か月待って商品を受け取るわけではなく、購入と売上がほぼ同時です。そのような事業では受注残の意味は小さくなります。一方、大型装置、長期契約、受託製造、システム開発では、受注から売上まで時間がかかります。そのため受注情報が重要になります。

医療産業で受注が重要になる領域

例えば、MRI、CT、放射線治療装置、大型検査装置、手術支援システムなどです。病院が注文、製造、病院側の設置工事、搬入、据え付け、検収という流れになる場合があります。注文から売上まで時間差が生じるためです。CDMOとは、医薬品開発・製造受託企業などを指す言葉として使われます。製薬企業から、製造、開発、生産能力などについて長期的な契約を受ける場合があります。こうした企業では、契約、受注、将来の製造予定が今後の売上を見る材料になります。大型病院向けに、電子カルテ、病院情報システム、医療データ基盤などを導入する場合、契約から導入完了まで時間がかかります。契約時には受注、システム構築後に売上計上という時間差が生じる場合があります。

Book-to-Bill Ratio

受注分析で使われることがある指標に、Book-to-Bill Ratioがあります。簡単にいえば、受注高÷売上高です。Bookは受注、Billは売上というイメージで考えると分かりやすいでしょう。年間受注高1,000億円、年間売上高1,000億円なら、Book-to-Bill=1.0倍。その年に売上として計上した金額と同程度の新規注文を取ったイメージです。受注高1,200億円、売上高1,000億円なら、Book-to-Bill=1.2倍。売上として消化した額より、新しい注文の方が多い。受注残が積み上がる方向に働く可能性があります。受注高800億円、売上高1,000億円なら、Book-to-Bill=0.8倍。売上として消化している額に対し、新規注文が少ない。この状態が続けば、将来の受注残が減る可能性があります。

非常に単純化すると、1を超えると受注が積み上がる方向、1未満なら受注を取り崩す方向です。ただし1四半期だけでは季節性などの影響があります。複数期間で見ることが重要です。JMEI Imaging Systemsの、2024年は受注1,000億円・売上1,000億円でBook-to-Bill1.0倍、2025年は受注1,150億円・売上1,050億円で約1.10倍、2026年は受注1,400億円・売上1,150億円で約1.22倍。新規受注が売上を上回る状態が強まっています。受注残も、2024年末600億円、2025年末700億円、2026年末950億円と増えているなら、将来売上候補が積み上がっている可能性があります。

これだけで買い材料とは限りません。企業分析では、受注残増加、素晴らしいだけでは終わりません。次に、なぜ受注残が増えているのかを確認します。良い受注残増加の例は、新製品への注文急増、市場シェア上昇、海外需要拡大、生産能力を計画的に増強中、納期も管理されているという場合です。需要の強さを示している可能性があります。一方、注文はある、しかし半導体不足、部品不足、工場トラブル、人員不足で製品を作れないと、受注残が増えます。受注残増加は、需要が強いのではなく、売上へ変換できていないことを示している可能性もあります。

同じ受注残+50%の2社を比べます。Aメディカルは、受注残+50%、受注高+40%、生産能力+30%、売上+25%、納期ほぼ維持。Bメディカルは、受注残+50%、受注高+5%、生産能力-10%、売上-5%、納期長期化。同じ受注残+50%でも、意味が違います。A社は、注文が増えている、生産能力も拡大、売上も増えている。強い需要に対応しながら受注が積み上がっている可能性があります。B社は、受注高は+5%しか増えていない、売上は減少、生産能力も低下。受注残増加の主因は、製品を納入できていないことかもしれません。受注残そのものより、受注から売上への変換能力が重要です。

受注残の「質」を見る

受注残にも質があります。確認したいのは、キャンセル可能性、価格、利益率、納期、顧客、地域、契約条件です。1,000億円の受注残だからといって、すべて同じ価値を持つわけではありません。A社は受注残1,000億円、想定利益率20%。B社は受注残1,000億円、想定利益率5%。売上候補は同じ1,000億円。しかし将来利益への貢献は大きく異なる可能性があります。例えば原材料価格が急上昇、現在の新規契約では販売価格を上げた、しかし受注残には1年前に低価格で契約した案件が大量に残っている。すると、売上が増えても利益率が低いことがあります。

A Medical Systemsは受注残過去最高1,500億円、売上+20%。しかし営業利益率は15%から8%へ低下。調べると、受注残の多くが原材料高騰前に固定価格で契約した案件でした。製造コストだけ上昇、価格へ転嫁できないという状況です。受注残を見るときには、将来売上だけではなく、将来利益も考える必要があります。大量受注しても、赤字案件では企業価値を高めません。

注文を受けた後でも、顧客都合、予算削減、病院建設延期、プロジェクト中止などによってキャンセルされる可能性があります。企業や契約によっては受注残の確実性が異なります。すべてのBacklogを売上予想に足してはいけません。受注残1,000億円だから来年売上が必ず1,000億円増えるとは考えません。受注残のうち、来年売上になるもの、再来年以降のもの、キャンセル可能性があるものがあります。例えば、受注残1,000億円、会社説明では、今後12か月600億円、13~24か月250億円、それ以降150億円とします。この情報があれば、いつ売上へ変換されるのかを考えやすくなります。

簡単な比較として、受注残を年間売上高で割る方法もあります。年間売上高1,000億円、受注残500億円なら、年間売上の約0.5年分。受注残1,500億円なら、約1.5年分というイメージです。ただし単純比較には注意が必要です。売上計上まで5年かかる長期案件と、3か月で納入する機器では意味が違います。同じ「売上高1年分の受注残」でも、事業構造によって価値が違います。

季節性、トレンド、地域・製品別の分析

病院や公的機関の設備投資では、予算年度、補助金、決算期などによって注文時期が偏る場合があります。ある四半期だけ受注が急増していても、季節性かもしれません。そのため受注高を見る場合、前四半期だけではなく、前年同期比を見ることが重要です。第1四半期と第4四半期を単純比較すると、季節要因を誤解することがあります。受注高、受注残、Book-to-Billを、1四半期だけでなく、数年間で追うと、企業の需要動向が分かりやすくなります。

JMEI Radiation Systemsの、2024年は売上800億円・受注850億円・受注残500億円。2025年は売上850億円・受注1,000億円・受注残650億円。2026年は売上950億円・受注1,300億円・受注残1,000億円。売上も増加、受注はさらに速く増加、受注残も拡大。この企業では、現在売上だけでなく、未来の需要も拡大している可能性があります。特に、市場シェアも上昇、新規導入案件増加なら、競争力の強化と受注増加がつながっている可能性があります。第29講の市場シェアとつなげると、市場全体の受注+10%、自社受注+30%なら、受注ベースでも市場シェアを獲得している可能性があります。売上シェアより先に、受注シェアが変化する場合があります。

例えば次世代CT装置を発表、発売前から注文急増、まだ売上にはほとんど計上されていない、しかし受注高が+80%ということがあります。この場合、現在の売上高より受注高の方が新製品の市場評価を早く表している可能性があります。ただし、予約、意向表明、覚書、正式契約では確実性が違います。「受注」と呼ばれていても、契約条件を確認します。サブスクリプション型ビジネスでは、受注残より、ARR、契約額、顧客数、契約期間などを見る場合があります。事業モデルによって未来売上を見る指標は異なります。

A社の通常年間受注1,000億円、今年、一つの大型政府案件500億円を獲得、年間受注は1,500億円で+50%です。しかし翌年に同規模案件がなければ、受注高が大幅減になるかもしれません。受注増加が、顧客数増加、市場シェア拡大、複数地域での需要増によるものなら、比較的継続性があるかもしれません。一方、一件の大型案件だけなら、翌年の反動に注意します。受注残1,000億円、そのうち500億円が一つの顧客なら、顧客集中度が高い状態です。その顧客がプロジェクトを延期すると、大きな影響があります。受注残1,000億円、顧客500社、地域も分散なら、一社のキャンセルによる影響は比較的小さくなります。受注額だけでなく、顧客構成も見る必要があります。公立病院や政府関連案件では、予算承認、補助金、政策によって設備投資が変わる可能性があります。受注が政策環境に左右される企業では、政府予算も重要な外部要因になります。

受注残が1,000億円から700億円へ減少すれば一見悪化です。しかし、工場能力増強によって納期短縮、受注を次々と売上へ変換、売上+30%ならどうでしょうか。受注残減少は、消化が進んだ結果かもしれません。B Medical Equipmentの受注高+15%、売上+40%、受注残-20%。工場増設によって供給能力が改善、長期間積み上がっていた注文を納品、顧客への納期も短縮。この場合、受注残減少=需要悪化とは限りません。だから受注高と売上をセットで見ます。受注残だけを見ると誤解します。必ず、新規受注高、売上、受注残の3つをセットで見ます。

受注と売上の組み合わせによる4パターン分析

受注高増、売上増、受注残増なら、需要が強い、売上も成長、さらに注文も積み上がる、比較的強い状態の可能性があります。受注高減、売上増、受注残減なら、過去の受注残を消化して売上を作っている一方、新しい注文が弱い可能性があります。今期は良くても来期以降に注意が必要です。受注高増、売上減、受注残急増なら、需要は強いが、供給問題、工場制約、納入遅延などがある可能性があります。将来売上候補は増えていても、現在の実行力に問題があるかもしれません。受注高減、売上減、受注残減なら、需要そのものが弱くなっている可能性があります。市場縮小、競争力低下、設備投資減少などを確認します。

JMEI式の4パターン分析として、受注↑・売上↑は需要と業績がともに強い可能性、受注↑・売上↓は未来需要は強いが供給・納入などに課題がある可能性、受注↓・売上↑は過去受注を消化しているが将来需要には注意、受注↓・売上↓は需要・業績双方に警戒という考え方です。ただしこの4分類は分析の入口です。M&A、大型案件、季節性、為替、契約条件によって数字が動くため、最終判断は個別事情を確認します。

受注100億円、そのうち毎年10億円程度キャンセルなら、実質的な売上化率は低くなります。可能なら過去の、キャンセル、失注、納入の状況も確認します。期首受注残1,000億円、年間で800億円を売上化なら、大きな部分を売上へ転換しています。一方、200億円しか売上にならないなら、長期案件なのか、納入問題なのかを調べます。企業分析の考え方として、注文を受ける力だけでなく、その注文を実際の売上・利益・現金へ変える力を見ることが重要です。受注獲得、製造、納品、売上、代金回収まで完了して初めて企業に現金が入ります。

受注増加と資金繰り、そして未来売上を見る多様な指標

第22講の運転資本ともつながります。受注が急増、製造のために、部品購入、在庫増加、人員増加が必要になる、しかし入金は納品後。この場合、受注が増えるほど先に現金が必要になることがあります。例えば、受注+50%、在庫+70%、売掛金+40%、営業CFマイナスという会社。将来売上は強そうですが、成長資金が必要です。受注成長だけを見てはいけません。顧客が契約時に一部代金を先払いする場合があります。すると企業は、受注、前受金入金、製造という流れになり、運転資金負担が軽くなることがあります。一部の企業では、顧客から先に受け取った対価が契約負債などとして表示されることがあります。将来サービス提供によって売上へ振り替えられる場合があります。サブスクリプション型企業などでも重要になる考え方です。

企業によって、受注高、受注残、ARR、契約負債、予約、パイプライン、設置台数、患者数などが先行指標になります。重要なのは、その事業で売上より先に動く数字は何かを探すことです。

JMEI式「受注を見る15の質問」

医療企業の受注を見るときには、次の15項目を確認しましょう。受注高はいくらか。受注高は前年から何%増減したか。売上高はいくらか。Book-to-Billは何倍か。受注残はいくらか。受注残は増えているか、減っているか。受注残の何割が今後12か月で売上化されるか。受注増加は需要増加か、納入遅延か。受注残の利益率は十分か。キャンセルリスクはあるか。大型案件一件に依存していないか。生産能力・人員は受注を処理できるか。受注から売上への転換速度は改善しているか。受注が利益・営業CFへ変わっているか。市場全体より受注シェアを伸ばしているか。そして最後に、「この会社には未来の売上が積み上がっているのか。それとも売上にできない注文が積み上がっているだけなのか?」と考えます。

練習問題

問題1 受注高とは何でしょうか。(A.一定期間に新たに受けた注文の金額 B.企業が保有する現金 C.すでに売上となった金額だけ D.企業の借入額)

【答え】A.一定期間に新たに受けた注文の金額。受注高は、その期間に顧客から新たに獲得した注文を示します。

問題2 受注残とは何でしょうか。

【答え】すでに注文を受けているものの、まだ売上として計上されていない注文の残高と考えることができます。

問題3 期首受注残500億円、新規受注1,200億円、売上として消化した受注1,000億円です。単純化した期末受注残はいくらでしょうか。

【答え】700億円です。500億円+1,200億円-1,000億円=700億円です。

問題4 年間受注高1,200億円、年間売上高1,000億円です。Book-to-Billは何倍でしょうか。

【答え】1.2倍です。1,200億円÷1,000億円=1.2倍です。

問題5 Book-to-Billが1を上回る状態が続く場合、何が考えられますか。

【答え】新規受注が売上として消化される額を上回っており、受注残が積み上がる方向にある可能性があります。

問題6 受注残が50%増えました。必ず良いことでしょうか。

【答え】いいえ。注文増加によるものだけでなく、部品不足や生産能力不足によって納品できず、受注残が積み上がっている可能性もあります。

問題7 受注高は減少していますが売上高は増えています。何に注意すべきでしょうか。

【答え】過去の受注残を売上化している一方で、新しい受注が弱くなっていないか確認する必要があります。

問題8 受注残1,000億円なら来年必ず1,000億円売上になるでしょうか。

【答え】いいえ。売上化の時期、キャンセル、契約条件、納期などによって異なります。

問題9 受注残は急増していますが、売上は減少し納期も長期化しています。何が考えられますか。

【答え】需要は存在していても、生産能力、部品供給、人員などの制約によって受注を売上へ転換できていない可能性があります。

総合ケーススタディ――JMEI Surgical Systemsの「未来の売上」は本物か?

架空のJMEI Surgical Systemsを分析します。同社は、手術支援ロボット、画像誘導システム、手術用消耗品を世界展開しています。今年の業績は、売上高3,000億円、前年比+8%、営業利益450億円、前年比+5%。現在の決算だけを見ると、堅調ではありますが、非常な高成長企業というほどではありません。しかし受注を見ると、新規受注高4,200億円、前年比+35%、期末受注残5,000億円、前年比+45%。Book-to-Billは、4,200÷3,000=1.4倍となっています。

まず未来需要を見ます。売上+8%、新規受注+35%です。売上より受注の方がはるかに速く成長しています。さらにBook-to-Bill1.4倍。需要が売上実績より先行して拡大している可能性があります。なぜ受注が増えたのか調べると、新型手術ロボットA発売、米国承認取得、欧州販売開始、大学病院からの採用増加という状況でした。受注増加には、新製品と、地域拡大という理由があります。市場全体と比較すると、手術ロボット市場全体の新規受注成長率+15%に対し、JMEI Surgical Systemsは+35%。市場を大きく上回っています。受注ベースで市場シェアを獲得している可能性があります。ここまでは非常に良い流れです。新製品、受注増加、市場シェア上昇、受注残増加。一見、非常に強い成長ストーリーです。しかしここで分析を終えません。

受注から売上への転換を見ます。受注残5,000億円、しかし会社の現在年間生産能力は3,500億円相当です。注文は5,000億円ある、しかし一度にすべて製造できません。需要不足ではありません、工場能力が問題です。そこで会社は、新工場へ1,000億円投資すると発表しました。ここで、受注が多いから工場を作ればよいではありません。新工場1,000億円が、どれだけ利益を生むのか、ROICはWACCを上回るのかを考えます。第20講のROICへつながります。工場完成までの時間も見ます。新工場稼働は2年後とします。それまで注文を待ってもらえるでしょうか、競合製品へ流れる可能性はないでしょうか、受注残のキャンセルリスクを確認します。会社説明では、受注残の約90%が契約済み、キャンセル率も過去低水準とします。受注残の確実性は比較的高い可能性があります。

利益率を見ると、新型ロボット発売初期は、製造コストが高い、営業利益率は旧モデルより低いとします。受注が売上へ変わっても、当初は利益率改善が小さい可能性があります。新工場稼働後、生産台数増加、部品調達効率改善、固定費吸収によって製造原価が低下する可能性があります。第26講の営業レバレッジとつながります。消耗品売上も重要です。ロボットが病院へ設置されると、専用器具、消耗品、保守、ソフトウェアが毎年売れます。つまり受注残のロボット本体5,000億円だけが未来売上ではありません。ロボット納入、インストールベース増加、手術件数増加、消耗品売上増加、保守・ソフトウェア売上増加という流れです。本体受注が、将来のリカーリング収益を作る可能性があります。例えば本体1億円を納入、その後10年間で消耗品・保守売上2億円が生まれるなら、本体受注だけを見ても企業の顧客生涯価値を完全には表せません。ビジネスモデル全体を見る必要があります。

運転資本も確認します。受注急増のため、在庫+60%、工場建設、人員採用、営業CFは一時的に低下とします。未来需要は強いものの、現在は成長資金を消費している状態です。有利子負債も増加しています。工場投資のため借入増加。第23講で学んだ、自己資本比率、ネットデット、金利負担も確認します。企業分析では講義ごとの指標がすべてつながります。2年後に確認すべきことは、新工場が予定通り稼働したか、受注残を売上へ転換できたか、キャンセルは増えなかったか、粗利率は改善したか、消耗品売上は増えたか、営業CF・FCFは回復したか、ROICは上昇したかまでです。

受注増加は「約束」ではなく「仮説」です。受注残が増えると、未来の売上が見えたように感じます。しかし実際には、製造、納品、顧客、コスト、資金など、多くの条件があります。だからJMEIでは、受注を将来成長の仮説として扱います。実際に売上・利益・キャッシュへ変換されたかまで確認します。

JMEIでは企業分析を、過去、現在、未来の3つの時間軸で考えます。過去は、過去3~5年の売上・利益・キャッシュフロー。現在は、直近決算、市場シェア、利益率、ROIC。そして未来は、受注、受注残、新製品、パイプライン、設備投資、市場成長などです。受注分析では、現在売上、受注高、Book-to-Bill、受注残、売上化時期、生産能力、利益率、営業CF、ROICという順番で見ます。例えば、売上+5%だけなら成長力は小さく見えます。しかし、受注+40%、受注シェア上昇、新製品好調なら、来期以降の成長が強くなる可能性があります。反対に、今期売上+30%、しかし受注-20%、受注残減少なら、今期業績は良くても次の成長が弱くなる可能性があります。企業分析では、バックミラーだけを見るのではなく、前方も見る。そのための一つの数字が受注なのです。

JMEI Medical Insight

医療企業の受注には、一般産業とは違う重要な意味があります。医療機器を導入する病院にとって、MRI、CT、放射線治療装置、手術ロボットなどは、単なる設備ではありません。その設備によって、どの患者を診断できるのか、どの治療が可能になるのか、医療従事者の負担を減らせるのか、患者の予後を改善できるのかが変わります。つまり医療機器企業の受注とは、単なる「注文金額」ではなく、医療現場がその技術を採用すると決めた結果でもあります。新しい医療機器が、市場平均以上の速度で受注を増やす、値下げせずに受注を増やす、世界各地域で採用が広がる、その背景に臨床価値がある。のであれば、医療価値、医療現場からの採用、受注増加、市場シェア上昇、売上増加、インストールベース拡大、消耗品・サービス収益という強い循環が生まれる可能性があります。

しかし、受注が多ければそれだけでよいわけではありません。受注だけ獲得し、納期が3年、部品不足、品質問題、病院が導入できないでは、医療価値を患者へ届けたことにはなりません。だからJMEIでは、受注力だけでなく、供給力まで見ます。さらに、高受注×適正価格×高い医療価値×安定供給×適切な利益率×キャッシュ創出までつながる企業を評価します。医療企業にとって本当に重要なのは、注文を集めることではありません。医療現場から求められた技術を、予定通り、安全に、持続可能な形で患者へ届けることです。受注残は、未来の売上候補であると同時に、企業が医療現場へ果たさなければならない約束の量でもあります。

今回のポイント

第30講で最も覚えてほしいのは、「売上は過去の結果、受注は未来を考える材料」ということです。受注分析では、売上高を見る、新規受注高を見る、Book-to-Billを見る、受注残を見る、受注残の増減理由を見る、いつ売上になるかを見る、生産能力を見る、利益率を見る、営業CFを見る、ROICを見るという順番で考えます。Book-to-Billが1を上回っている状態が続けば、売上として消化している以上の注文を獲得している可能性があります。しかし、受注残増加=必ず良いではありません。強い需要によるものなのか、供給遅延によるものなのか、低利益案件が積み上がっていないか、キャンセルリスクはないかを確認する必要があります。そして最後に、「この会社には未来の売上が積み上がっているのか。それとも売上に変換できない注文が積み上がっているだけなのか?」と問いかけます。企業の決算書を見ると、現在までの業績は分かります。受注を見ることで、その企業がこれからどの方向へ進む可能性があるのかまで考えられるようになります。

次回予告

第31講 リカーリング収益とは何か?――「毎年ゼロから売らなくてもよい医療企業」が強い理由

第30講では、受注高、受注残、Book-to-Billを使って、まだ売上に表れていない未来の需要を見る方法を学びました。次回は、企業の売上の「安定性」へ進みます。例えば2つの医療企業があります。A社は毎年、1月1日時点では売上予定がほとんどありません。営業担当者が新しい顧客を探し、商品を売り、その年の売上を作ります。一方B社は、前年に販売した医療機器から、今年も専用試薬、消耗品、保守契約、ソフトウェア利用料が入ってきます。つまり、今年何もしなくても一定の売上が始まる構造を持っています。こうした繰り返し発生する収益が、リカーリング収益です。医療産業では、診断装置+専用試薬、手術ロボット+消耗品、透析機器+消耗品、医療SaaS+月額利用料、大型装置+保守契約など、多くのビジネスモデルにリカーリング収益があります。第31講では、リカーリング収益とは何か、単発売上とは何が違うのか、なぜインストールベースが重要なのか、消耗品モデルはなぜ強いのか、ARRとは何か、解約率は何を見るのか、リカーリング売上比率が高ければ必ず良いのか、そして「毎年新規販売しなければならない会社」と「過去の販売が未来の売上を生む会社」は何が違うのかを、医療企業の「売上の持続性」を読む方法として学んでいきます。

本講座に関するご注意

本講座は、企業分析の考え方を学ぶための教育コンテンツです。金融商品取引法に基づく投資助言・代理業には該当せず、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。講座内で企業を題材として扱う場合も、あくまで分析手法を説明するための例示です。

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