JMEI 医療企業分析アカデミー 第13講 「日本で強い会社」と「世界で勝てる会社」は何が違うのか
はじめに
第12講では、競争優位性について学びました。良い製品を持っている会社と、長期間にわたって強い会社は同じではありません。特許、ブランド、スイッチングコスト、消耗品モデル、販売網、保守体制、規制対応力、独自データ、医療現場とのネットワークなど、競合企業が簡単には追いつけない「堀」を持っている企業は、高い市場シェアや利益率を長く維持できる可能性があります。
では、その強い企業が日本国内だけで事業を行っていたらどうでしょうか。日本で市場シェア50%、非常に強い会社です。しかし、日本市場がほとんど成長しない一方で、米国やアジアの医療市場が大きく成長しているとしたら、将来の成長力には違いが生まれるかもしれません。そこで今回学ぶのが海外売上比率です。
医療企業、とりわけ製薬会社や医療機器メーカーを分析する場合、海外事業は非常に重要です。ただし、海外売上が多い=優良企業と単純に考えてはいけません。海外へ進出すれば、市場規模、成長率、為替、規制、薬価・償還制度、競争環境、販売網、地政学リスクなど、見るべき項目も増えます。今回は、「日本で強い会社」と「世界で勝てる会社」は何が違うのかという視点から、医療企業の海外事業を分析する基本を学びます。
海外売上比率とは何か
海外売上比率とは、簡単にいえば、企業全体の売上のうち、海外で生み出した売上がどれくらいを占めているかを見る数字です。基本的な考え方は、海外売上比率=海外売上高÷全社売上高×100です。全社売上高5,000億円、海外売上高3,000億円なら、3,000億円÷5,000億円×100=60%で、海外売上比率は60%です。つまり、この会社は売上の6割を海外市場から生み出していることになります。
会社が100円売り上げたとして、日本40円、海外60円なら、海外売上比率は60%です。非常に単純な数字ですが、企業分析では重要な情報になります。なぜなら、その企業がどの市場へ依存しているのかが分かるからです。国内売上比率90%の企業と、海外売上比率80%の企業では、同じ日本企業でも事業環境が大きく異なります。
なぜ海外展開が成長につながるのか
医療企業が成長するためには、患者、医療機関、治療件数、検査件数などの市場が必要です。日本にも大きな医療市場がありますが、世界へ目を向けると、米国、欧州、中国、東南アジア、中東、中南米など、さらに多くの患者と医療機関があります。日本で年間10万人が対象となる治療でも、世界では100万人、500万人という規模になる可能性があります。つまり海外展開は、企業がアクセスできる市場そのものを大きくする可能性があります。
架空のAメディカルを考えてみましょう。日本市場規模1,000億円、A社売上500億円、市場シェア50%。非常に強い企業ですが、日本市場が毎年1%しか成長していないとします。すでにシェア50%を持っているため、国内だけで売上を2倍、3倍にするのは簡単ではありません。そこで海外市場へ進出します。世界市場が1兆円あるとしたらどうでしょうか。A社にとって、成長できる余地が一気に広がります。
同じ売上高でも事業構造は違う
Aメディカルは売上高2,000億円、国内売上1,800億円、海外売上200億円、海外売上比率10%。Bメディカルは売上高2,000億円、国内売上600億円、海外売上1,400億円、海外売上比率70%。現在の売上高はどちらも2,000億円ですが、事業構造は大きく違います。A社は日本市場の影響を強く受け、B社は世界各国の医療市場の影響を受けます。どちらが優れているとは、この数字だけでは判断できません。重要なのは、どこで売上を生み出しているのか、そしてその市場が今後どう成長するのかです。
地域別売上を見る
海外売上比率70%、これだけでは十分ではありません。米国40%・欧州20%・アジア10%なのか、中国60%・その他10%なのかでは、リスク構造が違います。そこで企業分析では、海外売上比率から地域別売上へ進みます。
架空のCメディカルの売上を見てみましょう。全社売上5,000億円、日本1,500億円、米国1,800億円、欧州1,000億円、中国500億円、その他200億円。この会社では米国が最大市場です。つまり、日本企業であっても、業績を考えるときに米国市場の動向が非常に重要ということになります。日本のニュースだけを見ていては、企業の本当の事業環境を理解できない可能性があります。
医療企業にとっての米国市場
多くのグローバル医療企業にとって、米国は重要な市場の一つです。大きな医療市場、高い医療支出、新しい医療技術の普及、大規模な病院・医療ネットワーク、新薬や高度医療機器への需要などが理由です。そのため日本の製薬会社や医療機器メーカーでも、米国事業が会社全体の成長を左右する場合があります。
米国売上が+30%とします。非常に良い数字ですが、そこで終わりません。なぜ30%増えたのか。新製品発売か、市場シェア上昇か、販売施設増加か、値上げか、為替か、M&Aか。第8講から繰り返してきたように、数字を見たら「なぜ?」を考えることが基本です。
為替は海外売上をどう変えるか
海外売上を分析するときに避けて通れないのが為替です。米国で1億ドル売り上げたとして、1ドル100円なら100億円、1ドル150円なら150億円です。米国で売った数量がまったく変わらなくても、日本円で表示した売上は100億円から150億円になります。つまり、円安になると海外売上が大きく見える場合があります。
海外売上が1,000億円から1,200億円へ20%増えたとします。一見、海外事業が大きく成長したように見えますが、会社資料に「為替影響を除く成長率+3%」と書かれていたらどうでしょうか。実際の事業成長は3%程度で、残りの多くは為替による円換算上の増加かもしれません。したがって海外企業分析では、報告通貨ベースの成長率と、為替影響を除いた成長率を分けて考えることが重要です。
為替によって利益が増えること自体が悪いわけではありません。実際に企業の円換算売上や利益が増える場合があります。しかし、為替は企業自身が完全にコントロールできるものではありません。円安によって利益が増えた会社は、円高になれば逆の影響を受ける可能性があります。そのためJMEIでは、事業そのものの成長と、為替による数字の変化を分けて考えます。
Aメディカルは海外売上成長率+20%、為替影響除外後+18%。Bメディカルは海外売上成長率+20%、為替影響除外後+2%。表面的には両社とも20%成長ですが、中身は違います。A社は実際の販売数量や価格、製品普及などによって大きく成長している可能性があります。B社は円換算では20%増ですが、実際の事業成長は小さい可能性があります。企業分析では、同じ20%成長でも「質」が違うことを理解する必要があります。
地域の集中と分散
海外売上比率80%、一見すると「グローバル企業だから優秀」と思うかもしれませんが、そうとは限りません。海外売上比率80%のうち中国70%なら、中国市場の政策や景気、競争環境が会社全体へ大きな影響を与える可能性があります。つまり、海外売上比率の高さだけでなく、地域分散を見る必要があります。
A社は海外売上比率80%で米国70%、その他10%。B社は海外売上比率80%で米国25%、欧州25%、アジア20%、その他10%。海外売上比率は同じ80%ですが、A社は米国への依存度が高く、B社は複数地域へ分散しています。どちらが良いと一概には言えません。米国市場で圧倒的な競争力を持つなら、A社の集中には合理性があるかもしれません。重要なのは、集中している理由と、そのリスクを理解することです。
薬価・規制と海外進出
製薬会社の海外展開では、薬価も重要です。同じ薬でも、国によって価格、保険制度、償還制度、患者負担が異なります。そのため、患者数が多い国=最も利益が大きい国とは限りません。製薬企業を見るときには、どの国で売っているのかだけでなく、その市場でどの程度の価格・償還が認められているのかも重要になります。
医療機器も、日本で販売できるからといって、そのまま世界中で販売できるわけではありません。国や地域ごとに必要な規制対応があります。米国市場へ参入するなら、製品によっては米国の規制当局に対する手続きや審査が必要になります。つまり、海外進出から、承認・認証、販売網構築、病院採用という段階があります。単に「米国市場は大きいから進出する」だけでは売上になりません。
架空のDメディカルがあります。日本売上300億円、海外売上50億円。主力製品が米国で必要な承認を取得したとします。米国市場規模は日本の5倍。この場合、現在の海外売上50億円だけを見て会社を評価すると、将来の可能性を見落とすかもしれません。企業分析では、現在どこで売っているかだけでなく、次にどこで売れるようになるのかを見ることが重要です。
海外の販売網
第12講で学んだ競争優位性がここでつながります。海外で製品を販売するには、営業担当者、代理店、物流、保守、医師教育、病院との関係などが必要です。優れた製品を持っていても、販売網がなければ海外売上は簡単には増えません。そのため、海外売上が継続的に伸びている企業は、製品力だけでなく販売力も持っている可能性があります。
海外販売には、大きく分けて、自社で販売する、代理店を使うという方法があります。自社販売には、顧客との関係を直接作れる、製品情報を直接得られる、販売利益を取り込みやすいという利点がありますが、営業人員、拠点、物流、保守などのコストが必要です。代理店販売なら、比較的早く市場へ参入できる可能性がありますが、販売利益の一部を代理店へ渡すことになります。企業分析では、海外売上の金額だけでなく、どうやって売っているのかも見ると事業構造が理解しやすくなります。
海外売上と利益率
海外売上が増えれば、必ず利益率も上がるのでしょうか。そうとは限りません。海外進出初期には、営業拠点設立、人材採用、医師教育、広告、承認対応、物流などの費用が先に発生するため、海外売上は増えているのに利益率は低下、ということがあります。ここで「海外進出は失敗」とすぐ判断してはいけません。先行投資の段階かもしれないからです。
Eメディカルは海外売上が300億円から500億円へ伸びていますが、海外営業利益は50億円から40億円へ減少しています。調べると、米国販売拠点を新設し、営業担当者100人を採用し、医師向け研修センターを設立し、新製品発売費用が発生していました。この場合、現在の減益だけで評価するのではなく、その投資によって数年後にどれくらい売上と利益を生み出せるのかを見る必要があります。
地域別の成長と海外売上の「質」
企業全体の海外売上を見るだけではなく、どの地域が成長しているかを確認します。日本+2%、米国+20%、欧州+8%、中国-15%、東南アジア+25%なら、米国と東南アジアが成長を牽引しています。一方、中国では何か問題が起きている可能性があります。ここから、市場環境、競合、規制、価格、製品構成などを調べます。
JMEIでは、海外売上を単に多い少ないでは見ません。重要なのは海外売上の「質」です。為替で増えただけなのか、販売数量が増えているのか、市場シェアが上がっているのか、高利益率製品が伸びているのか、新しい国へ進出しているのか、継続的な消耗品売上が増えているのかを見る必要があります。
第11講で学んだ市場シェアと組み合わせてみましょう。米国市場で市場成長率+8%、A社米国売上成長率+20%、A社市場シェア10%から12%だったとします。この場合、単に米国市場が成長しているだけでなく、A社が競合企業からシェアを獲得している可能性があります。一方、市場成長率+20%、自社売上+5%なら、売上は増えていてもシェアを失っている可能性があります。
「日本で強い会社」と「世界で勝てる会社」
第12講で学んだ競争優位性も重要です。日本ではシェア50%、米国ではシェア3%という会社があったとします。なぜ米国では3%しかないのでしょうか。ブランドがない、販売網が弱い、競合が強い、承認取得が遅かった、医師教育が不足しているなどの理由が考えられます。つまり、国内の競争優位性が、そのまま海外で通用するとは限らないのです。
では、世界で勝てる医療企業とはどのような会社でしょうか。世界で通用する製品、複数地域での承認取得力、グローバル販売網、保守・サポート体制、医療従事者教育、各国の制度への対応力、ブランド、研究開発力などを持つ会社です。つまり、世界で勝つためには、製品を海外へ持っていくだけでは足りません。製品、承認、販売、保守、医療現場への定着まで必要になります。
海外売上比率の推移を見る
海外売上比率も、1年だけではなく数年間の推移を見ると理解しやすくなります。2022年25%、2023年30%、2024年38%、2025年45%、2026年52%と上昇しているとします。この会社は国内中心からグローバル企業へ変化している可能性があります。ここで、なぜ海外比率が上がったのかを調べます。海外売上が増えたのか、国内売上が減っただけなのか、海外企業を買収したのか、為替なのか。同じ比率上昇でも意味は違います。
A社は国内売上1,000億円から1,050億円、海外売上1,000億円から1,500億円。海外売上比率が上昇しましたが、これは海外事業の成長による比率上昇です。B社は国内売上1,000億円から500億円、海外売上1,000億円で横ばい。こちらも海外売上比率は上昇しますが、海外が成長したのではなく、国内売上が大きく減ったためです。したがって、比率だけでなく金額を見ることが重要です。
地政学リスク
海外事業では、政治、国際関係、戦争・紛争、輸出規制、関税、現地規制などが事業へ影響する場合があります。特定の国への売上依存が非常に高い企業では、その国の政策変更が会社全体へ大きな影響を与える可能性があります。そのため、海外売上が多いことは成長機会である一方、新しいリスクを持つことでもあります。
今回のポイント
医療企業の海外事業を見るときには、海外売上比率は何%か、海外売上金額は増えているか、どの地域で売上を生み出しているか、どの地域が最も成長しているか、為替影響を除いても成長しているか、海外市場でシェアを獲得しているか、海外販売網・保守体制はあるか、特定地域への依存が高すぎないか、次に進出する市場はどこか、という9つを確認しましょう。そして最後に、「この会社は海外で売っているだけなのか、それとも海外で競争に勝っているのか?」と考えます。
今日のチェックテスト
Q1 全社売上高5,000億円、海外売上高3,000億円です。海外売上比率は何%でしょうか。(A.30% B.40% C.60% D.80%)
【答え】C.60%。3,000億円÷5,000億円×100=60%です。
Q2 海外売上が20%増えましたが、為替影響を除くと3%増でした。どのように考えるべきでしょうか。
【答え】円換算では20%増えていますが、実際の事業成長は3%程度で、残りの多くは為替の影響である可能性があります。事業成長と為替効果を分けて考えます。
Q3 海外売上比率80%の会社があります。それだけでグローバル分散ができていると考えてよいでしょうか。
【答え】判断できません。海外売上の大部分が一つの国に集中している可能性があるため、地域別売上を確認します。
Q4 米国市場が10%成長している中で、自社の米国売上が25%増えています。何が考えられますか。
【答え】市場成長を上回っているため、競合企業から市場シェアを獲得している可能性があります。実際のシェア推移も確認します。
Q5 海外売上は大きく増えましたが、利益は減りました。海外事業は失敗でしょうか。
【答え】すぐには判断できません。販売拠点、営業人員、承認、新製品発売などの先行投資によって、一時的に利益が減っている可能性があります。減益の理由を確認します。
Q6 海外売上比率が30%から50%へ上昇しました。海外事業が成長したと判断してよいでしょうか。
【答え】比率だけでは判断できません。海外売上金額が増えたのか、それとも国内売上が減ったため比率が上がったのかを確認する必要があります。
本講座に関するご注意
本講座は、企業分析の考え方を学ぶための教育コンテンツです。金融商品取引法に基づく投資助言・代理業には該当せず、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。講座内で企業を題材として扱う場合も、あくまで分析手法を説明するための例示です。
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