JMEI 医療企業分析アカデミー 第8講 「数字の理由」を経営者の説明から探す
はじめに
第7講では、いよいよ実際の企業資料である決算短信の読み方に入りました。最初から何十ページも読むのではなく、まず売上高と利益、前年同期比、通期業績予想、財政状態、キャッシュ・フローという5か所を見ることを学びました。そして、数字を見たら必ず「なぜ?」と問いかけることが大切でした。
売上が20%増えた、では、なぜ20%増えたのでしょうか。営業利益率が上昇した、では何が利益率を押し上げたのでしょうか。海外売上が増えたのか、新製品が伸びたのか、価格を引き上げたのか、為替の影響なのか。こうした「数字の理由」を探すために非常に役立つ資料が、決算説明資料です。
今回は、決算短信で見つけた数字を、決算説明資料を使ってもう一段深く読み解く方法を学びます。
決算短信と決算説明資料の違い
初心者の方には決算短信と決算説明資料の違いが少し分かりにくいかもしれません。非常に簡単に分けると、決算短信は数字を確認する資料、決算説明資料は数字の背景を理解する資料と考えると分かりやすくなります。
例えば決算短信に売上高+15%、営業利益+25%と書かれていたとします。これだけでも会社が成長したことは分かりますが、なぜ売上が15%増えたのか、なぜ利益は25%も増えたのか、どの事業が伸びたのかについては、決算説明資料の方が詳しく説明されていることがあります。
決算説明資料では、多くの場合、業績概要、事業別実績、製品別売上、地域別売上、研究開発、今後の戦略、業績予想などが図表を使って説明されています。つまり会社側が「今回の決算をこのように理解してほしい」というストーリーを示している資料ともいえます。ただし、企業が説明するストーリーをそのまま信じればよいわけではありません。数字と説明が本当に一致しているかを確認することが企業分析です。
決算説明資料を開いたら、最初に業績ハイライトや決算概要といったページを探します。そこには売上高、営業利益、利益率、前年同期比、通期予想などの重要数字がまとめられていることが多くあります。第7講で決算短信を読んでいれば、同じ数字が掲載されているかを確認できます。ここで数字の確認と説明資料の読み込みをつなげます。
セグメント――どの事業が会社を引っ張っているか
会社全体の売上が20%増えたとしても、その数字だけでは十分ではありません。例えば、架空の医療企業Aメディカルの前年売上が1,000億円、今年売上が1,200億円だったとします。20%増です。ところが事業別に見ると、医療機器は700億円から950億円、医薬品は200億円から180億円、その他は100億円から70億円だったとします。会社全体では20%成長していますが、実際には医療機器事業だけが会社全体を引っ張っていることが分かります。
ここで覚えておきたい言葉が、セグメントです。セグメントとは簡単にいえば、会社の事業を分けた区分のことです。例えば大きな医療企業なら、医薬品、医療機器、検査、ヘルスケアなど、複数の事業を行っていることがあります。会社全体の売上だけを見るのではなく、どのセグメントが成長し、どのセグメントが苦戦しているのかを見ることで、会社の中身が見えてきます。
架空のJMEIメディカルで見てみましょう。全社売上高は前年2,000億円から今年2,200億円で10%増です。セグメント別では、医療機器事業が1,000億円から1,300億円、医薬品事業が700億円から650億円、介護事業が300億円から250億円です。全社売上だけを見ると「順調に成長」ですが、中身を見ると、医療機器事業への依存が強くなっていることが分かります。ここで新しい疑問が生まれます。医療機器事業はなぜ30%も伸びたのか、この成長は来年も続くのか。これが次の分析になります。
製品別売上――どの製品が伸び、どの製品が減っているか
医療企業では、セグメントだけでなく製品別売上も非常に重要です。例えば医療機器事業が30%成長していたとしても、その理由が新しいカテーテル、検査装置、手術機器、消耗品のどれなのかによって将来性は変わります。特に一つの新製品だけが急成長している場合には、その製品への依存度も考える必要があります。
製薬企業では、主力薬ごとの売上を確認します。例えば薬Aが3,000億円から3,600億円、薬Bが2,000億円から1,500億円、薬Cが500億円から1,000億円だったとします。会社全体の売上だけでは、薬Aが伸びている、薬Bが大きく減っている、薬Cが急成長しているという変化が見えません。ここから、薬Bはなぜ減少したのか、特許切れか、競合薬か、薬Cは新しい成長製品になるのか、と考えていきます。
医療機器企業の場合には、本体販売と消耗品・試薬を分けて見ることがあります。検査装置なら、装置を販売し、病院へ設置し、検査するたびに専用試薬を使用する、というビジネスモデルがあります。本体売上が一時的に大きく増えるより、設置台数が増えその後の試薬売上が継続して増える方が、長期的に安定した収益につながる場合があります。決算説明資料には、こうした事業構造を理解する情報が含まれることがあります。
利益率――その改善は持続できるか
次に見るのが利益率です。例えば前年は売上高1,000億円、営業利益100億円で営業利益率10%、今年は売上高1,100億円、営業利益165億円で営業利益率15%だったとします。売上は10%増ですが、利益は65%増えています。何か大きな変化が起きています。
利益率が上昇する理由には、高利益率製品の売上増加、値上げ、原材料コスト低下、工場稼働率上昇、生産効率改善、販売費削減、円安などがあります。ここで重要なのが、利益率改善が持続可能かという視点です。為替だけで利益率が改善したなら、為替が逆方向へ動けば利益率も低下する可能性があります。一方、高収益製品の構成比が増えたのであれば、構造的な改善かもしれません。
決算説明資料でよく見かける言葉の一つに、製品ミックス改善があります。簡単にいえば、利益率の高い商品が売上全体に占める割合が増えたという意味です。例えば低利益率製品500億円、高利益率製品500億円だった会社が、低利益率製品400億円、高利益率製品800億円になったとします。会社全体の売上が増えるだけでなく、高収益製品の割合も増えています。すると営業利益率が改善する可能性があります。
Aメディカルの営業利益が100億円から180億円へ80%増加した例で考えてみましょう。決算説明資料を見ると、売上数量増加+20億円、高付加価値製品増加+40億円、為替影響+30億円、研究開発費増加-10億円と説明されていました。合計すると+80億円です。ここで重要なのは、80億円増益の中身を分解することです。高付加価値製品の増加は中長期的に続くかもしれませんが、為替+30億円は翌年も続く保証はありません。したがって、利益成長の「質」を見る必要があります。
地域別売上と為替
医療企業では地域別売上も重要です。例えば日本+2%、米国+25%、欧州+15%、中国-10%だったとします。全世界では10%成長していても、地域ごとの状況は大きく違います。ここから、米国で何が伸びているのか、中国減少の理由は何か、今後の成長地域はどこかを考えます。
海外売上では為替にも注意が必要です。米国で売上が100億円から120億円になったとします。円ベースでは20%増ですが、ドルベースではほぼ横ばいで、円安によって日本円換算額だけ増えた可能性もあります。したがってグローバル企業では、実際の事業成長と為替効果を分けることが重要です。企業資料では「為替影響を除くと+○%」などと示されることがあります。
数量か、価格か
売上が増える基本的な理由は、数量が増えるか、価格が上がるか、その両方です。医療機器売上が20%増えたとしても、販売数量+20%なら普及が進んでいる可能性があります。一方、数量0%で価格+20%なら、成長の意味は異なります。価格上昇が持続できるのか、競合へ顧客が流れないのかを見る必要があります。
製薬企業でも同じで、薬の売上が増える理由には患者数増加、治療対象拡大、市場シェア増加、薬価、海外販売開始などがあります。新薬売上が50%増えていても、本当に患者への普及が50%増えたのか、海外発売が始まったのか、適応症が追加されたのかを調べます。医療企業では、数字を医療現場へ戻して考えることが重要です。
経営者の説明で何を見るか
決算説明資料や説明会資料には、経営者のコメント、今後の方針、経営戦略などが掲載されます。ここでは「何を言っているか」だけでなく「前回と何が変わったか」を見ると有効です。例えば前回まで「米国市場を成長の柱にする」と言っていた会社が、今回突然「国内収益基盤の再構築」を強調し始めたとします。何か戦略上の変化が起きている可能性があります。
決算説明資料は会社が自由に構成する部分も大きいため、会社が何ページ使って説明しているかも一つのヒントになります。新製品に5ページ、海外戦略に4ページ、既存事業に1ページなら、会社が新製品と海外市場を特に重要視している可能性があります。もちろんページ数だけで判断するわけではありませんが、経営陣が何を伝えたいのかを考える材料にはなります。
「書かれていないこと」と「数字との一致」
企業は自社の良い部分を積極的に説明します。これは当然です。そのため企業分析では、何が書かれているかだけでなく、何があまり説明されていないかにも注意します。売上増加について10ページ説明しているのに、営業CF悪化についてほとんど説明がない、という場合には、「なぜキャッシュが悪化したのか」を自分で調べる必要があります。
会社の説明と数字が一致しているかも確認します。企業が「海外事業が力強く成長しています」と説明したとします。地域別売上を確認すると、海外売上+3%、国内売上+20%だったらどうでしょうか。「海外が成長の中心」という説明と数字が少し合いません。逆に米国+35%、欧州+20%なら説明と数字が一致します。企業分析では、会社の言葉を数字で確認する習慣が重要です。
架空のBファーマが「成長フェーズに入りました」と発表した例を見てみましょう。数字を見ると、売上+15%、営業利益+20%で非常に良さそうです。しかし製品別売上を見ると、主力薬Aが+50%、その他製品が-10%でした。さらに主力薬Aは重要な特許満了まで3年だとします。会社全体は現在成長していますが、成長が一つの製品に集中しているというリスクがあります。会社の「成長フェーズ」という説明は間違いではありませんが、企業分析ではその中身をさらに確認します。
業績予想の前提、研究開発・設備投資
決算説明資料で非常に重要なのが、業績予想の前提です。為替前提1ドル140円、原材料価格、新製品発売時期、薬価改定影響、研究開発費などが書かれている場合があります。実際の環境が前提から大きく変われば、業績予想も変わる可能性があります。したがって、売上予想○億円だけではなく、その予想が何を前提にしているのかを見ることが重要です。
医療企業、特に製薬・医療機器企業では、研究開発費も重要です。例えば営業利益が減少していても、研究開発費が100億円から180億円と大幅に増えていたらどうでしょうか。次世代製品や新薬への先行投資かもしれません。この場合、「減益」という結果だけではなく、その180億円が何の研究に向かっているのかを確認します。研究開発については今後の講義でさらに詳しく扱います。
医療機器メーカーでは、工場建設、生産設備、研究施設などへの設備投資も重要です。会社が「今後3年間で500億円を設備投資」すると説明していたとします。一時的にはキャッシュ・フローが悪化する可能性がありますが、成長している製品の増産のためなら、将来の売上増加につながる可能性があります。ここでも、投資額より投資目的を見ることが重要です。
決算短信と決算説明資料をつなげる
ここまでを整理しましょう。第7講では、決算短信から「何が起きたのか」を確認しました。今回の第8講では、決算説明資料から「なぜ起きたのか」を探します。
つまり、決算短信で数字を発見し、決算説明資料で数字の理由を確認するという流れです。この2つを組み合わせることで、企業分析はかなり実践的になります。
決算説明資料を開いたら、まず全社売上・利益、セグメント別売上・利益、製品別売上、地域別売上、利益率が変化した理由、通期予想とその前提、研究開発・設備投資・今後の戦略という7つを確認します。そして最後に、「会社の説明と数字は一致しているか?」を考えます。
今日のチェックテスト
Q1 会社全体の売上が20%増加しました。次に何を見るとよいでしょうか。(A.株価だけを見る B.どの事業・製品が売上増加を牽引したかを見る C.社長の年齢だけを見る D.会社名を見る)
【答え】B.どの事業・製品が売上増加を牽引したかを見る。全社売上だけでは、成長の中身が分からないためです。
Q2 医療機器企業の売上が増えていますが、為替影響を除くとほぼ横ばいでした。何が考えられるでしょうか。
【答え】円換算した海外売上が為替によって増えて見えている可能性があります。実際の事業成長と為替効果を分けて考える必要があります。
Q3 営業利益率が10%から15%に改善しました。次に何を確認すべきでしょうか。
【答え】高利益率製品の増加、価格改定、コスト低下、為替など、利益率が改善した理由を確認します。
Q4 製薬会社全体の売上は15%増ですが、主力薬だけが50%増、その他の薬は減少しています。何に注意すべきでしょうか。
【答え】主力薬への依存度が高まっていないかを確認します。成長率だけでなく、売上構造を見る必要があります。
Q5 会社が「海外事業が成長」と説明しています。企業分析ではどうすべきでしょうか。
【答え】地域別売上などの数字を確認し、会社の説明と実際の数字が一致しているかを確かめます。
Q6 営業利益が減っていますが、研究開発費が大幅に増えていました。すぐ悪い決算と判断してよいでしょうか。
【答え】判断できません。何の研究開発に資金を投入しているのか、その投資が将来の成長につながる可能性があるかを確認します。
ケーススタディ──JMEIメディカルを分析する
架空のJMEIメディカルの決算説明資料です。全社売上+18%、営業利益+25%、営業利益率は12%から13%。地域別売上は、日本+3%、米国+35%、欧州+20%、アジア+5%。製品別では、新型カテーテル+60%、既存製品+2%。研究開発費は+30%でした。
まず、売上+18%、営業利益+25%ですから、利益が売上より速く成長しています。営業利益率も12%から13%へ改善しています。さらに地域別では米国+35%、欧州+20%、そして新型カテーテル+60%。つまり、新型製品の海外展開が全社成長を引っ張っているという仮説を立てられます。さらに研究開発費も30%増えています。現在の成長だけでなく、次の製品にも投資している可能性があります。
しかし、良い数字が並んでいても、JMEI式ではここで終わりません。次に、新型カテーテルの市場は何年間成長するか、競合製品はあるか、米国でシェアはどれくらいか、特許はあるか、利益率の改善は製品構成によるものか為替か、研究開発費30%増は何の開発か、を調べます。良い決算ほど、「なぜ良いのか」を深く調べる。これが重要です。
JMEIの視点
JMEIでは決算説明資料を、会社の宣伝資料として読むのでもなく、すべて疑って読むのでもありません。まず会社の説明を理解します。そのうえで、数字、市場、競合、医療現場と照らし合わせます。
企業が「新製品は画期的です」と言ったら、何が画期的なのか、医師は本当に使いたいのか、患者にどんな価値があるのか、競合よりどこが優れているのかまで考えます。会社の説明を、医療産業の現実へ戻して検証する。これがJMEIの企業分析です。
医療現場の視点
医療企業の決算説明資料には、「新薬」「新製品」「革新的」「世界初」といった魅力的な言葉が登場します。しかし医療現場で本当に重要なのは、「それによって医療が何か変わるのか」です。
新しい医療機器なら、手術時間が短くなる、合併症が減る、患者負担が軽くなる、医療従事者の作業が減る、診断精度が上がる。こうした価値が現場で認められて初めて、持続的な製品成長につながる可能性があります。
だからJMEIでは、決算数字から製品、そして医療現場までつなげます。数字の背景にある製品を見る。製品の背景にいる患者さんと医療従事者を見る。これが、医療企業専門の企業分析で重要な視点です。
今回のポイント
今回最も覚えてほしいのは、決算短信で「何が起きたか」を見て、決算説明資料で「なぜ起きたか」を調べるということです。
売上が増えた、どの事業が伸びた、どの製品が売れた、どの地域が伸びた、数量か価格か、為替ではないか、その成長は続くのか、と少しずつ掘り下げていきます。これができるようになると、決算数字が単なる成績表ではなく、企業の事業構造を理解するための入口に変わります。
次回予告
第9講 セグメント分析とは何か?──「会社全体の売上」に隠れた本当の成長事業を見つける
今回、決算説明資料の中で「セグメント」が登場しました。次回はここをさらに深く学びます。売上1兆円の会社でも、成長している事業、縮小している事業、高利益率の事業、赤字事業が同じ会社の中に存在することがあります。第9講では、セグメント売上・セグメント利益・利益率を使って、「会社の中で、どの事業が本当に価値を生み出しているのか」を見つける方法を、医療企業のケーススタディと練習問題を使って学びます。
本講座に関するご注意
本講座は、企業分析の考え方を学ぶための教育コンテンツです。金融商品取引法に基づく投資助言・代理業には該当せず、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。講座内で企業を題材として扱う場合も、あくまで分析手法を説明するための例示です。
講座に関するご注意
本講座は、企業分析の考え方を学ぶための教育コンテンツです。金融商品取引法に基づく投資助言・代理業には該当せず、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。記事中で企業名に言及する場合も、分析手法を説明するための例示であり、投資を勧めるものではありません。
受講による学習成果、および受講者の投資成果を保証するものではありません。投資その他の意思決定は、ご自身の判断と責任において行ってください。