JMEI 医療企業分析アカデミー 第17講 医療企業の買収をどう評価するか
第16講では、製薬企業のパテントクリフについて学びました。現在、年間数千億円を売り上げている大型医薬品があっても、その売上が永遠に続くとは限りません。重要な独占性が失われ、ジェネリック医薬品やバイオシミラーなどの競合が参入すれば、市場シェア低下、価格競争、売上減少、利益減少が起こる可能性があります。そこで重要になるのが、「現在の主力薬がなくなっても、その会社は成長できるのか?」という視点でした。企業はその対策として、自社で新薬を開発する、既存製品を成長させる、海外市場を拡大する、他社から新薬候補を導入するなど、さまざまな戦略を取ります。そして、もう一つ大きな選択肢があります。それがM&Aです。
例えば、ある大手製薬会社には強力な販売網がありますが、次の大型新薬候補が不足しています。一方、小さなバイオベンチャーには非常に有望な新薬候補があるものの、自社だけでは世界規模の臨床開発や販売を進める資金、組織、販売網が十分ではありません。そこで大手製薬会社がバイオベンチャーを買収します。大手企業の資金、臨床開発力、規制対応力、世界販売網と、ベンチャー企業の革新的な技術、新薬候補を組み合わせることができます。うまくいけば、大きな企業価値を生み出します。しかしM&Aには大きなリスクもあります。買収価格が高すぎた、期待した新薬が開発失敗した、買収した医療機器が売れなかった、組織統合がうまくいかなかった、巨額の損失を計上した、ということもあります。つまり、良い会社を買ったことと、良いM&Aをしたことは同じではありません。
M&AとはMergers and Acquisitionsの略で、日本語では一般に合併・買収と訳されます。企業同士が一つになる合併や、ある企業が別の企業・事業を取得する買収などをまとめてM&Aと呼びます。企業ニュースで「A社がB社を○○億円で買収」という報道を見たら、それはM&Aの代表的な例です。
企業が成長する方法は、大きく考えると二つあります。一つは自分で成長することです。新製品を開発する、営業人員を増やす、海外へ進出する、工場を建てる、研究開発を進める。もう一つは、他社が持っているものを取得することです。新薬候補、医療機器技術、販売網、顧客、研究者、製造設備、データ。こうしたものを、会社や事業ごと取得する方法がM&Aです。
M&Aの重要な意味の一つが、時間を買うことです。Aメディカルが、手術支援ロボット市場へ参入したいとします。自社でゼロから開発すれば、研究から試作、臨床評価、承認、製造体制構築、販売まで長い時間がかかる可能性があります。一方、すでに製品を開発しているB社を買収すれば、その時間を大きく短縮できるかもしれません。つまりM&Aでは、技術を買うだけではなく、その技術を作るまでに要した時間も取得していると考えることができます。
医療産業ではM&Aが重要な成長手段になっています。理由の一つは、研究開発の不確実性です。特に製薬企業では、自社ですべての新薬候補を生み出すことは簡単ではありません。そこで、大学、バイオベンチャー、他の製薬企業などから有望な技術や新薬候補を取得します。医療機器企業でも、ロボット、AI、画像診断、カテーテル、デジタルヘルスなど、新しい技術を持つ企業を買収することで事業領域を広げることがあります。最も分かりやすい目的は、新しい製品を手に入れることです。Aファーマには世界的な販売網がありますが、パイプラインが不足しています。一方、Bバイオには第Ⅲ相まで進んだ有望な新薬候補があります。A社がB社を買収すれば、B社の新薬候補+A社の世界販売網という組み合わせができます。これによって、自社だけで新薬を開発するより早く次の成長源を獲得できる可能性があります。
新しい技術を手に入れることも目的になります。大手医療機器会社が従来型の診断装置に強くても、医療AI技術は弱いとします。一方、小さなスタートアップが非常に優れた画像解析AIを開発しているとすれば、そのスタートアップを買収することで、診断装置+AIを組み合わせた新しい製品を作れる可能性があります。これは技術獲得型M&Aと考えることができます。
新しい市場へ入ることも目的です。Aメディカルは日本では強いが米国販売網が弱く、Bメディカルは米国に強い販売網を持っているとします。この場合、A社がB社を買収することで、製品だけではなく、米国販売網、医療機関との関係、営業人員、保守網などを手に入れられる可能性があります。つまりM&Aは、市場への入口を買う手段にもなります。
事業領域を広げることも目的の一つです。カテーテル中心だった企業が心臓弁、手術支援、画像診断へ事業を広げる。製薬会社が、がん、免疫、希少疾患など、新しい治療領域へ参入する。このように、現在とは異なる事業領域を獲得する目的でもM&Aが行われます。
Aメディカルは年間売上5,000億円で世界販売網が強く、主力は画像診断装置、AI技術は弱いとします。Bテックは年間売上100億円で医療AI技術が非常に強いものの、販売網は弱く資金力も小さいとします。A社がB社を買収したとすれば、B社のAIを自社画像診断装置へ搭載し、世界販売網で販売し、AI搭載製品を拡大するという戦略を取れる可能性があります。この場合、A社の販売力とB社の技術力を組み合わせることが買収目的です。
M&Aのニュースで非常によく出てくる言葉がシナジーです。簡単にいえば、2社が一緒になることで、別々に事業をするより大きな価値を生み出すことです。A社単独の価値が100、B社単独の価値が30だとすると、単純に足せば130ですが、一緒になることで、販売網共有、研究開発統合、製造効率化、新製品開発などが起こり、価値150になる可能性があります。この追加的な20がシナジーと考えると分かりやすいでしょう。
シナジーにはいくつか種類があります。一つが売上シナジーです。B社製品をA社の世界販売網で販売することで、B社単独なら年間100億円だった売上が300億円へ増える。これは売上面のシナジーです。医療企業では、優れた技術×大手企業の販売網という組み合わせで売上シナジーが期待されることがあります。もう一つがコストシナジーです。2社が別々に持っていた本社機能、物流、製造、営業拠点、管理部門などを統合することでコストを減らします。A社コスト1,000億円、B社コスト300億円で合計1,300億円だったものを、統合によって1,200億円へ削減できれば、100億円のコスト削減になります。もちろんコスト削減も重要ですが、医療企業の成長型M&Aでは、買収した新薬候補を世界へ販売する、新技術を既存製品へ搭載する、既存顧客へ買収企業の製品も販売するといった、売上を増やすシナジーが特に重要になる場合があります。単純な人員削減だけでは、医療イノベーションを生み出すM&Aとは言えないかもしれません。
ここから非常に重要です。どれほど素晴らしい会社でも、いくらで買ったかによってM&Aの評価は変わります。Bバイオの企業価値が市場で1,000億円だったとして、Aファーマが1,100億円で買収するのと、別の会社が3,000億円で買収するのでは、同じB社を買う場合でも、M&Aとしての条件は大きく違います。つまり、良い会社を買うことと、良い価格で買うことは別問題です。
買収では、買収前の株価より高い価格を提示することがあります。B社の株式価値が1,000億円だったとして、A社が1,300億円で買収する場合、300億円高く支払います。このような上乗せ部分を買収プレミアムと呼ぶことがあります。なぜ高く払うのでしょうか。B社の株主に株を売ってもらうため、将来成長を評価しているため、シナジーを見込んでいるため、などの理由があります。
高いプレミアム=悪いM&Aとは限りません。企業価値1,000億円の会社を1,500億円で買収し、500億円高く払ったとしても、買収後に新薬が成功し年間2,000億円売れる、世界販売で大きな利益を生むなら、結果的には非常に良い買収かもしれません。反対に、1,050億円という低いプレミアムで買収しても、製品が売れない、技術が陳腐化する、統合に失敗するなら、良いM&Aとは言えません。重要なのは、払った価格に対して、どれだけ価値を生み出せるかです。
A社の買収は価格2,000億円で買収企業の将来利益が年間400億円、B社の買収は価格1,000億円で買収企業の将来利益が年間30億円だとします。価格だけならB社の方が安いですが、生み出す利益まで見ると、A社の方が合理的な可能性があります。企業分析では、買収金額だけでなく、買収した資産が将来どれだけ稼ぐかを見る必要があります。M&A分析で初心者が戸惑いやすい言葉が「のれん」です。非常に単純化して説明すると、ある会社が持っている現金、設備、技術など、識別可能な純資産の公正価値を差し引いても、買収価格の方が高い場合があります。その差額の一部がのれんとして貸借対照表に計上されることがあります。企業ブランド、顧客関係、研究開発力、人材、将来のシナジーなど、個別の資産だけでは完全に表現しにくい価値が背景にあります。A社がB社を1,000億円で買収し、単純化して、取得した識別可能な純資産の公正価値が600億円だったとすると、差額400億円について、会計上の調整を経て、その全部または一部が「のれん」として認識される可能性があります。初心者としてまず覚えたいのは、買収価格が、取得した純資産の価値を上回る部分があるということです。
のれんが大きいから即座に悪いというわけではありません。将来大きな利益を生み出す企業を買収すれば、大きなのれんが発生することがあります。しかし問題は、買収時に期待していた利益が出ない場合です。買収した事業の価値が大きく低下すれば、のれんの減損が必要になる場合があります。減損とは、簡単にいえば、帳簿上計上していた資産価値を引き下げることです。買収した会社の新薬が失敗した、売上予想を大幅に下方修正した、買収事業の価値が当初想定より小さくなった。このような場合、巨額の減損損失が発生することがあります。これは、過去の買収価格が高すぎなかったかを考える重要な材料になります。
Aファーマが3年前に5,000億円で企業を買収し、今年2,000億円の減損損失を計上したとします。ここで「2,000億円損した」だけでは終わりません。なぜ減損したのか、臨床試験失敗か、売上低迷か、競合登場か、買収時の想定が楽観的すぎたのかを調べます。減損は、過去の経営判断を評価する材料でもあります。
企業買収には大きなお金が必要です。現金、借入、社債、株式などを使って資金を用意する場合があります。ここも重要です。手元資金1兆円を持つ企業が3,000億円を使うのと、多額の借金をして3,000億円を調達するのでは、財務への影響が違います。A社の買収前有利子負債が1,000億円、買収後有利子負債が6,000億円になったとすると、買収によって負債が大きく増えています。もし買収事業が順調に利益を生めば、借入を返済できますが、期待した利益が出なければ、利払い、返済、財務余力低下につながります。そのため、M&A後の財務健全性を確認する必要があります。
借入を増やして企業を買収し、利益が増えればROEが上昇する場合があります。一見、資本効率が改善したように見えますが、同時に負債が大きく増えている可能性があります。そこで、ROEだけではなく、自己資本比率、有利子負債、キャッシュフローなども確認します。
会社を買収すれば、M&Aは成功でしょうか。違います。むしろ買収後が重要です。企業文化、人事制度、研究開発組織、営業組織、ITシステム、製造、ブランド。これらをどう統合するかが重要になります。この買収後の統合作業をPMI(Post Merger Integration)と呼びます。なぜPMIが難しいのでしょうか。大企業が小さなバイオベンチャーを買収したとします。大企業は承認手続き、会議、管理制度が厳格ですが、ベンチャーは意思決定が速く自由度が高い研究者中心の文化でした。買収後、大企業の制度をそのまま導入すると、優秀な研究者が次々と退職し、開発スピードが低下する。こうなると、技術を買ったつもりが、その技術を生み出した人材を失うことになります。特に、バイオテクノロジー、医療AI、高度医療機器では、研究者、エンジニア、臨床開発人材が非常に重要です。会社を買収すれば建物や特許は取得できますが、優秀な人材が辞めてしまえば、将来の研究開発力が失われる可能性があります。したがって、買収後に主要人材が残っているかも重要なチェック項目です。
AメディカルがBロボティクスを買収したとします。買収直後、売上は連結されたためAメディカル全体の売上は10%増加、数字だけなら成長です。しかし1年後、B社の主要技術者の30%が退職し、次世代製品の発売が2年遅延し、市場シェア低下となったとします。買収直後の売上だけを見れば成功ですが、長期的には技術力を失っている可能性があります。M&Aは、買収直後の数字だけでは評価できないのです。
非常に重要な視点として、「買収による成長」と「自力成長」を分けます。A社の売上が5,000億円から6,000億円へ20%増えたとして、そのうち800億円が買収した会社の売上だったとすると、既存事業だけなら5,000億円から5,200億円で4%成長です。つまり、表面的な売上成長率20%、自力成長率4%という違いが生まれます。企業分析では、M&Aによる成長と、既存事業の成長を分けることが重要です。
企業が買収によらず、既存事業や自社の新製品などによって成長することを、オーガニック成長と呼ぶことがあります。既存製品の販売増加、市場シェア上昇、自社開発新製品、海外展開などです。企業の売上が20%増えていても、オーガニック成長+3%、買収効果+17%なら、本来の事業成長力はそれほど高くない可能性があります。
理論上、会社を次々買えば売上を増やすことはできます。しかし、買収資金、負債、統合負担、のれん、経営資源には限界があります。さらに、高い価格で企業を買い続ける、のれん増加、借金増加、買収効果が低下という状態になれば危険です。したがって、M&Aをしないと成長できない会社になっていないかを見る必要があります。
良いM&Aには、いくつか共通する考え方があります。買収目的が明確で、買収価格に合理性があり、自社とのシナジーがあり、財務負担が過大ではなく、主要人材を維持でき、統合計画があり、買収後に売上・利益が伸び、新しい競争優位性が生まれる。これらが実現すれば、M&Aは大きな成長エンジンになる可能性があります。反対に注意したいのは、何となく成長分野だから買う、競合企業も買収しているから買う、高い価格でも無理に買う、シナジーの説明が曖昧、買収後の統合計画が弱い、借金が急増する、買収した企業の主要人材が辞める、数年後に巨額減損というケースです。特に、「成長市場の会社を買えば自社も成長企業になる」という考え方には注意が必要です。
Aファーマは買収価格3,000億円で対象企業が希少疾患バイオ企業、主力候補は第Ⅲ相、A社既存事業との関連は強く、A社販売網は世界規模、買収後負債は許容範囲、主要研究者は継続勤務。Bメディカルは買収価格3,000億円で対象企業が医療AI企業、B社既存事業との関連は弱く、買収目的は「成長分野への参入」、収益化計画は不明確、買収後負債は大幅増加、主要技術者は退職増加。同じ3,000億円の買収でも、内容は大きく違います。A社には既存事業との関連、販売シナジー、人材維持、財務余力がありますが、B社では、なぜ買ったのか、どう利益を生むのかが不明確です。M&Aの評価では、金額より戦略とのつながりを見ることが重要です。
企業が買収を発表したら、まず何を買うのか、なぜ買うのか、いくらで買うのか、どう資金調達するのか、どんなシナジーを期待しているのか、いつ利益へ貢献するのか、既存事業とどう組み合わせるのかを確認します。この時点では、成功したかどうかはまだ分かりません。M&A発表は、成功の発表ではなく、投資計画の発表と考える方が適切です。
本当の評価は買収後です。買収時予想売上500億円に対して2年後実績が300億円なら、想定を下回っています。逆に予想500億円に対して実績800億円なら、期待以上に成長している可能性があります。企業分析では、買収時に会社が言っていたことと、実際の結果を比較します。企業にはM&Aが得意な会社と、そうでない会社があります。過去10年間に何社買収したか、買収した会社は成長したか、減損は多くないか、買収後に主要人材は残ったか、シナジーを実現したかを見ると、経営陣の資本配分能力を評価する材料になります。
会社が稼いだお金を、研究開発、設備投資、M&A、配当、自社株買い、借金返済に使うかという選択を、経営者は行います。これを資本配分という視点で考えることができます。M&Aは、その中でも非常に大きな金額を使う意思決定です。だからこそ、M&Aが上手な経営者かは企業分析で非常に重要です。
医療企業のM&Aを見るときには、なぜその会社を買うのか、何を手に入れるのか、自社事業との関連性はあるか、買収価格はどれくらいか、どのようなシナジーを想定しているか、買収資金はどう用意するか、買収後に負債は増えすぎないか、のれんはどれくらい増えるか、買収後の売上・利益は計画通り伸びているか、過去のM&Aは成功しているか、という10項目を確認しましょう。そして最後に、「この会社は企業を買ったのか。それとも将来の利益を買ったのか?」と考えます。
今日のチェックテスト
Q1 M&AのMとAは何を意味するでしょうか。(A.Market and Asset B.Management and Accounting C.Mergers and Acquisitions D.Medical and Analysis)
【答え】C.Mergers and Acquisitions。一般に合併・買収を意味します。
Q2 大手製薬会社が有望な第Ⅲ相新薬を持つバイオベンチャーを買収しました。考えられる目的として最も基本的なものは何でしょうか。
【答え】有望な新薬候補を獲得し、自社の臨床開発力や販売網を使って将来の成長製品へ育てることです。
Q3 買収前の企業価値1,000億円の会社を1,400億円で買収しました。400億円多く支払ったため、必ず悪いM&Aでしょうか。
【答え】必ずしもそうではありません。将来の成長やシナジーによって、追加的に支払った金額を上回る価値を生み出せる可能性があります。買収価格と将来生み出す価値を比較する必要があります。
Q4 M&A後に巨額ののれん減損が発生しました。何を調べるべきでしょうか。
【答え】買収した事業がなぜ当初想定した価値を生み出せなかったのかを確認します。新薬開発失敗、売上低迷、競合登場などの原因を調べます。
Q5 企業売上が前年より20%増えましたが、その大部分が買収した会社の売上でした。何を見るべきでしょうか。
【答え】買収効果を除いた既存事業の成長率、つまりオーガニック成長も確認します。
Q6 買収した医療AI企業の売上は増えていますが、主要エンジニアが大量に退職しています。問題ないでしょうか。
【答え】注意が必要です。現在の売上だけではなく、将来の製品開発力が低下していないかを確認する必要があります。
Q7 M&A発表直後に企業が「大きなシナジーを期待する」と説明しました。それだけで成功と判断してよいでしょうか。
【答え】判断できません。買収後に実際の売上、利益、コスト削減などが計画通り実現したかを継続的に確認する必要があります。
総合ケーススタディ──JMEIメディカルの1,500億円買収
架空のJMEIメディカルを分析します。売上高6,000億円、営業利益900億円、自己資本4,000億円、有利子負債800億円、世界70か国に販売網を持ち、主力事業は内視鏡・手術機器です。買収対象はFuture Surgical社で、買収価格1,500億円。Future Surgical社は売上高250億円、営業利益20億円、主力技術はAI手術支援システムで、承認取得地域は日本・米国、研究開発人員180人、売上成長率は年間40%です。
JMEIメディカルの買収目的は、自社手術機器とAI手術支援を統合し、世界70か国の販売網でFuture Surgical製品を展開し、共同で次世代手術システムを開発することです。資金調達は手元資金700億円、借入800億円。買収後3年間の会社計画では、Future Surgical売上は250億円から400億円、650億円、900億円へ、営業利益は20億円から60億円、120億円、200億円へ成長する見通しです。このM&Aをどう評価すればよいでしょうか。
まず買収目的を見ると、比較的明確です。JMEIメディカルは手術機器に強く、Future Surgicalは AI手術支援に強い。つまり、手術機器+AIという組み合わせがあります。単に「AIが流行しているから買う」わけではなく、既存事業との関連性があります。これは一つのプラス材料です。
次に販売シナジーを見ます。Future Surgical単独では販売地域が限られていましたが、JMEIメディカルには70か国の販売網があります。買収後、Future Surgical製品をJMEIの既存顧客へ販売できれば、大きな売上シナジーが生まれる可能性があります。このM&Aの重要な仮説は、「JMEIの販売網を使えば、Future Surgicalの成長が速くなる」ということです。
買収価格を見ると、Future Surgicalの現在営業利益は20億円で買収価格は1,500億円。現在利益だけで考えれば、かなり高い価格に見えます。つまりJMEIメディカルは、現在の20億円を買っているのではなく、将来200億円あるいはそれ以上の利益を生む会社になることを期待して買っています。ここが重要です。買収価格は、現在価値より未来への期待を大きく含んでいる可能性があります。だから成長計画を見る必要があります。会社計画では、売上250億円から900億円、営業利益20億円から200億円を3年間で目指しています。この計画が実現するなら、買収の意味は大きく変わります。しかし計画はまだ計画です。今後、1年目、2年目、3年目と実績を追跡する必要があります。
財務負担を見ると、買収資金1,500億円のうち700億円は手元資金、800億円は借入です。有利子負債は800億円から大きく増える可能性があります。ここでは、買収後の自己資本比率、利払い負担、キャッシュフロー、借入返済などを見る必要があります。買収事業が計画通り成長しない場合でも、財務的に耐えられるかが重要です。
人材を見ると、Future Surgicalの価値の中心がAI技術であるなら、180人の研究開発人材は非常に重要です。買収後、主要研究者が残るのか、JMEIメディカルの既存組織とうまく共同開発できるのか。ここは財務数字だけでは見えない重要ポイントです。
3年後、Future Surgical売上950億円、営業利益220億円、主要研究者の90%以上が残留、JMEIの世界販売網で製品展開、次世代手術システム発売となれば、かなり良いM&Aだった可能性があります。反対に、売上300億円、営業赤字、研究者大量退職、新製品延期、巨額減損となれば、買収時の判断を再評価する必要があります。つまり、M&Aの本当の評価には時間が必要なのです。
JMEIでは、医療企業が大型M&Aを発表したとき、「大型買収=成長」とは考えません。見る順番は、買収目的から取得する技術・製品、既存事業との関連、買収価格、想定シナジー、資金調達、財務負担、PMI、買収後の売上・利益、数年後の企業価値です。そして特に重要なのが医療価値です。新しいAI技術を買っただけでは不十分で、そのAIによって、診断精度が改善するのか、手術時間が短縮するのか、医師の負担が減るのか、患者の安全性が高まるのか、医療現場へ本当に普及するのかを見る必要があります。医療価値がなければ、長期的な事業価値も生まれにくいからです。JMEIでは、M&Aから技術獲得、医療価値、医療現場への普及、市場シェア、売上・利益という流れが成立するかを考えます。
医療企業のM&Aには、一般産業とは少し違う特徴があります。それは、「会社を買うこと」と「医療技術を育てること」が同じではないということです。大手製薬会社が有望な新薬候補を持つバイオベンチャーを買収したとして、買収契約は数か月で完了できるかもしれませんが、新薬開発は、その後も続きます。臨床試験、規制当局との協議、承認申請、製造、医療従事者への情報提供、患者への普及。つまり、企業は買えても、新薬の成功までは買えないのです。医療機器でも同じで、優れたスタートアップを買収しても、医師が使わない、病院が導入しない、臨床上の価値が十分でない、保守体制が弱いなら、製品は広がりません。だからJMEIでは、買収価格だけでなく、買収後に医療価値をどこまで拡大できるのかを重視します。優れた医療M&Aとは、企業を大きくする買収ではありません。医療価値を大きくし、その結果として企業価値も大きくする買収です。
そしてもう一つ重要なのが「人」です。医療イノベーションを生むのは、特許、設備、データだけではありません。研究者、医師、エンジニア、臨床開発担当者、規制対応人材。こうした人材が新しい医療を作ります。したがって、買収後に優秀な人材を維持し、さらに力を発揮できる環境を作れるか。そこまで含めて、M&Aの成否を見る必要があります。
第17講で最も覚えてほしいのは、「良い会社を買うこと」と「良いM&Aをすること」は同じではないということです。M&Aを見るときには、なぜ買うのかを見て、何を手に入れるのかを見て、既存事業とのシナジーを見て、買収価格を見て、のれんを見て、資金調達と負債を見て、買収後の統合を見て、実際の売上・利益を見る、という順番で考えます。そして、企業売上が伸びた場合には、自力成長なのか、買収による成長なのかを分けます。さらに、買収した技術や製品が医療現場で本当に価値を生んでいるかまで確認します。M&Aは、企業の未来を大きく変えることがあります。成功すれば、新しい技術、新しい製品、新しい市場、新しい成長エンジンを一気に手に入れることができますが、失敗すれば、借金、巨額ののれん、減損、人材流出、競争力低下を招くこともあります。だからM&Aを見るときには、「いくらで何を買ったか」だけではなく、「その買収から何を生み出せるのか」を見ることが重要です。
次回予告
第18講 キャッシュフローとは何か?──「利益はあるのに現金がない会社」をどう見抜くか
ここまで、売上、利益率、市場シェア、競争優位性、海外展開、研究開発、パイプライン、パテントクリフ、M&Aと、医療企業の成長力をさまざまな角度から学んできました。しかし企業分析には、もう一つ非常に重要な数字があります。それが現金です。営業利益500億円、非常に儲かっている会社に見えますが、現金がほとんど増えていないとしたらどうでしょうか。売上は計上されているが、まだ代金を回収していない、大量の在庫を作っている、大規模な設備投資をしている、M&Aに巨額の資金を使っている。さまざまな理由が考えられます。反対に、利益以上に現金を生み出している会社もあります。企業を本当に支えるのは、会計上の利益だけではありません。実際に企業へ入ってくる現金も重要です。第18講では、キャッシュフローとは何か、営業キャッシュフローとは何か、投資キャッシュフローとは何か、財務キャッシュフローとは何か、フリーキャッシュフローとは何か、なぜ利益と現金は一致しないのか、研究開発やM&Aとキャッシュフローをどう組み合わせて見るのか、そして「利益を出す会社」と「現金を生み出す会社」は何が違うのかを、企業分析で欠かせない「お金の流れ」の読み方へ進みます。
本講座に関するご注意
本講座は、企業分析の考え方を学ぶための教育コンテンツです。金融商品取引法に基づく投資助言・代理業には該当せず、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。講座内で企業を題材として扱う場合も、あくまで分析手法を説明するための例示です。
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受講による学習成果、および受講者の投資成果を保証するものではありません。投資その他の意思決定は、ご自身の判断と責任において行ってください。