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医療企業分析アカデミー

第57講 ネットワーク効果とは何か?――利用者が増えるほど強くなる医療企業の競争優位

JMEI 医療企業分析アカデミー 第57講 利用者が増えるほど強くなる医療企業の競争優位

はじめに

こんにちは。日本医療企業研究所(JMEI)です。

前回の第56講では、「スイッチングコスト(Switching Cost)」について学びました。顧客が他社製品へ切り替える際に発生する費用や負担です。電子カルテのデータ移行、医療機器の操作研修、検査装置の変更。こうした負担が大きいほど、顧客は現在の製品やサービスを使い続ける可能性があります。

しかし、企業の競争優位には、もう一つ興味深い仕組みがあります。それは、「利用者が増えるほど、そのサービス自体の価値が高まる」という現象です。例えば、医療機関を検索して予約できるプラットフォームを考えてみましょう。登録医療機関が10施設しかなければ、患者にとって選択肢は限られます。しかし、登録医療機関が1,000施設になれば、診療科、地域、診療時間などから、自分に合った医療機関を探しやすくなるかもしれません。

一方、医療機関にとっても、利用する患者が増えれば、そのプラットフォームへ参加する価値が高まります。すると、さらに多くの医療機関が参加する可能性があります。医療機関が増える。患者が増える。さらに医療機関が増える。このように、利用者の増加がサービスの価値を高め、その価値が新たな利用者を呼び込む仕組みを、ネットワーク効果(Network Effects)と呼びます。

今回は、ネットワーク効果の基本から、医療プラットフォームの収益構造、直接・間接ネットワーク効果、データネットワーク効果、そして企業分析での評価方法まで学びます。

ネットワーク効果とは何か

ネットワーク効果とは、ある製品やサービスの利用者が増えることで、他の利用者にとっても、その製品やサービスの価値が高まる現象です。

例えば、電話を考えてみましょう。世界に電話を持っている人が1人しかいなければ、その電話で連絡できる相手はいません。電話を持つ人が2人になれば、互いに連絡できます。100人になれば、多くの人と連絡できるようになります。1万人になれば、さらに多くの人とつながれます。つまり、電話という製品の価値は、利用者数によって変化します。これがネットワーク効果の分かりやすい例です。

ただし、重要な点があります。利用者が増えれば、必ずネットワーク効果が発生するわけではありません。例えば、ある製薬企業の薬を使用する患者が100万人から200万人へ増えたとします。それだけで、個々の患者に対する薬の治療効果が高まるわけではありません。販売数量が増加することと、ネットワーク効果が生まれることは別なのです。

ネットワーク効果には2つの基本形がある

ネットワーク効果は、大きく2つに分けて考えられます。直接ネットワーク効果と、間接ネットワーク効果です。

直接ネットワーク効果

同じ種類の利用者が増えることで、他の利用者にとっての価値が高まる現象です。例えば、医療従事者同士が情報交換するオンラインコミュニティを考えます。参加する医師が10人しかいなければ、相談できる相手は限られます。しかし、参加する医師が1万人になれば、専門領域の異なる多くの医師と情報交換できる可能性があります。利用者が増えることで、同じ利用者同士のつながりの価値が高まる。これが直接ネットワーク効果です。

ただし、参加者が増えても、交流が活発にならなければ価値は高まりません。単純な登録者数よりも、実際に交流している利用者数が重要です。

間接ネットワーク効果

異なる種類の利用者が増えることで、別の利用者グループにとっての価値が高まる現象です。例えば、医療機関と患者をつなぐ予約プラットフォームです。登録医療機関が増えると、患者にとっての選択肢が増えます。患者が増えると、医療機関にとっての集患機会が増える可能性があります。このように、異なる利用者グループの間で価値が高まる現象を、間接ネットワーク効果と呼びます。特に、プラットフォーム企業の分析では重要です。

医療プラットフォームとは何か

プラットフォームとは、複数の利用者グループをつなぎ、取引や情報交換などを可能にする仕組みです。医療産業では、さまざまなプラットフォームが考えられます。例えば、医療機関と患者をつなぐ予約サービス、医療機関と医療従事者をつなぐ求人サービス、医療機関と医療機器販売企業をつなぐ調達サービス、介護施設と求職者をつなぐ採用サービス、医療機関同士の情報連携サービスなどです。

ただし、すべてのプラットフォームに強いネットワーク効果が存在するわけではありません。利用者が増えることで、他の利用者にとっての価値が実際に高まっているかを確認する必要があります。

ケーススタディ① 医療予約プラットフォーム

架空の医療予約企業、Medical Platform A社を考えます。A社は、患者がインターネットで医療機関を検索し、予約できるサービスを提供しています。サービス開始時点では、登録医療機関は50施設でした。月間利用患者数は1,000人です。この段階では、利用できる医療機関が限られています。患者にとっての利便性は十分ではありません。

そこで、A社は営業活動を強化し、登録医療機関を500施設まで増やしました。すると、患者が選べる医療機関が増えました。月間利用患者数は1万人へ増加しました。患者数が増えたことで、医療機関側にも予約サービスを導入する魅力が生まれました。その結果、登録医療機関がさらに増加しました。ここで、ネットワーク効果が働いている可能性があります。

ただし、登録施設数と患者数が同時に増えただけでは、ネットワーク効果が証明されたわけではありません。広告宣伝費を増やした結果かもしれません。サービス提供地域を拡大したためかもしれません。ネットワーク効果を確認するには、利用者の増加によって、実際に他の利用者の便益が高まったかを調べる必要があります。

ネットワーク効果が企業成長を加速させる仕組み

ネットワーク効果が働く企業では、次のような循環が生まれる可能性があります。利用者が増える。サービスの価値が高まる。新しい利用者が参加する。さらにサービスの価値が高まる。このような循環を、正のフィードバックと呼びます。企業が成長することで、さらに成長しやすくなる仕組みです。

しかし、この循環は必ず成立するわけではありません。例えば、医療予約サービスに登録医療機関が増えても、患者が希望する診療時間に予約できなければ、利便性は高まりません。また、患者が増えても、医療機関側に十分な予約枠がなければ、サービスの価値が低下する可能性があります。したがって、ネットワーク効果を分析するときは、利用者数だけでなく、利用者間の需給バランスを見る必要があります。

ネットワーク効果と規模の経済は違う

ここは重要です。ネットワーク効果と混同しやすい概念に、規模の経済(Economies of Scale)があります。規模の経済とは、生産量や事業規模が拡大することで、製品やサービス1単位当たりの費用が低下する現象です。

例えば、医療機器メーカーが年間1,000台の製品を製造しているとします。工場の固定費は年間10億円です。1台当たりの固定費負担は、10億円÷1,000台=100万円です。生産台数が2,000台になれば、10億円÷2,000台=50万円となります。固定費が変わらないという条件では、生産量の増加によって1台当たりの固定費負担が低下します。これが規模の経済です。

一方、ネットワーク効果では、利用者の増加によってサービスの価値が高まります。両者は似ていますが、仕組みが異なります。規模の経済は「費用の優位性」、ネットワーク効果は「利用者間で生まれる価値の優位性」と考えると理解しやすくなります。

規模の経済とネットワーク効果を比較する

2つの架空企業を考えます。Medical Device B社は、医療機器を大量生産しています。生産台数が増えることで、製品1台当たりの製造費用が低下します。しかし、購入者が増えても、個々の医療機器の性能が高まるわけではありません。この場合、主に規模の経済が働いています。

Medical Platform C社は、医療機関と患者をつなぐ予約サービスを提供しています。登録医療機関が増えることで、患者の選択肢が増えます。利用患者が増えることで、医療機関にとっての参加価値が高まる可能性があります。この場合、ネットワーク効果が働いている可能性があります。

もちろん、プラットフォーム企業にも規模の経済が存在する場合があります。重要なのは、どの仕組みが企業の競争優位を支えているのかを区別することです。

ネットワーク効果はどの段階から生まれるのか

ネットワーク効果を持つ可能性のあるサービスでも、開始直後から強い競争優位があるとは限りません。例えば、医療従事者向けの求人プラットフォームを考えます。登録医療機関が5施設、登録求職者が10人。この状態では、求人の選択肢も応募者も限られています。医療機関は、十分な応募者を集められないかもしれません。求職者も、希望する求人を見つけられないかもしれません。

しかし、登録医療機関が500施設になり、登録求職者が5,000人になれば、マッチングの機会が増える可能性があります。このように、サービスが十分な価値を提供できるようになる利用者規模を考える際に、クリティカルマス(Critical Mass:臨界規模)という概念が使われます。

クリティカルマスとは何か

クリティカルマスとは、サービスが自律的に成長しやすくなるために必要な一定の規模を意味します。ただし、すべてのサービスに明確な人数の境界があるわけではありません。

例えば、医療求人サービスでは、全国に1万人の求職者がいても、特定地域に希望条件の合う人がいなければ、医療機関は採用できません。反対に、全国の登録者数が少なくても、特定地域で十分な医療機関と求職者が参加していれば、高いマッチング価値が生まれる可能性があります。つまり、重要なのは単純な全国登録者数ではありません。必要な場所に、必要な利用者が、十分な数だけ存在することです。医療プラットフォームでは、地域、診療科、職種などによって、ネットワーク効果の強さが異なる場合があります。

医療プラットフォームの最初の難しさ

ネットワーク効果を持つ事業には、特徴的な問題があります。それは、サービス開始時に利用者を集めにくいことです。例えば、医療機関と患者をつなぐ予約サービスです。医療機関が少なければ、患者は利用しません。患者が少なければ、医療機関は参加するメリットを感じません。この問題を、コールドスタート問題(Cold Start Problem)と呼びます。

プラットフォーム企業は、最初にどちらの利用者を集めるかを考える必要があります。医療機関を先に集めるのか。患者を先に集めるのか。特定地域から始めるのか。特定診療科に集中するのか。こうした初期戦略が、その後の成長に影響します。

ケーススタディ② 医療求人プラットフォーム

架空のMedical Career D社を考えます。D社は、看護師と医療機関をつなぐ求人サービスを開始しました。最初から全国展開を目指しましたが、登録者は各地域に分散していました。登録求職者は1,000人、登録医療機関は100施設です。数字だけを見ると、一定の規模があります。しかし、地域ごとに見ると、希望条件の合う求人が少なく、十分なマッチングが成立していませんでした。

そこで、D社は戦略を変更しました。まず、一つの都市圏に営業活動を集中しました。その地域の医療機関を増やしました。同時に、その地域で働きたい看護師を集めました。すると、求職者にとって求人の選択肢が増えました。医療機関にとっても応募者が増えました。その結果、マッチング件数が増加しました。

このケースで重要なのは、全国の登録者数ではなく、地域内のネットワーク密度です。ネットワーク効果は、利用者の総数だけでなく、利用者同士が実際につながれるかどうかによって左右されます。

ネットワーク密度とは何か

ネットワーク密度とは、あるネットワーク内で、利用者同士のつながりがどれくらい形成されているかを考える概念です。医療プラットフォームでは、登録者数が多くても、実際の利用や取引が少なければ、ネットワークの価値は限定的です。

例えば、医療機関が1,000施設登録している予約サービスを考えます。しかし、実際に予約を受け付けている施設は100施設しかありません。この場合、登録施設数1,000という数字だけでは、患者にとっての価値を正確に表せません。企業分析では、登録施設数、実際に利用している施設数、予約可能枠数、成立した予約件数、継続利用率などを確認する必要があります。

ネットワーク効果を数字で考える

ここで、架空の医療予約プラットフォームを使って計算してみましょう。Medical Platform E社です。登録医療機関数は500施設、月間利用患者数は2万人、1施設当たり月間平均予約件数は40件とします。この場合、月間予約件数は、500施設×40件=2万件です。

次に、登録医療機関が800施設へ増えたとします。患者数も増加し、1施設当たり平均予約件数が50件になりました。月間予約件数は、800施設×50件=4万件です。登録医療機関数は60%増加しました。一方、予約件数は100%増加しました。この結果は、ネットワークの利用が活発になったことを示しています。

しかし、これだけでネットワーク効果が証明されたわけではありません。広告費の増加や季節要因などによって予約件数が増えた可能性もあります。ネットワーク効果を評価するには、利用者増加が他の利用者の価値を高めたという因果関係を検討する必要があります。

ネットワーク効果と売上高の関係

ネットワーク効果が働いても、必ず企業の売上が増加するわけではありません。例えば、医療予約サービスの利用者が増えたとします。しかし、サービスを無料で提供していれば、予約件数が増えても売上は直接増えません。一方、予約成立件数に応じて手数料を受け取る仕組みであれば、予約件数の増加が売上増加につながる可能性があります。

つまり、ネットワーク効果と収益モデルは分けて考える必要があります。ネットワーク効果はサービスの価値を高める仕組みです。収益モデルは、その価値をどのように企業の売上や利益へ変えるかという仕組みです。この2つがうまく結びついている企業では、持続的な成長につながる可能性があります。

ケーススタディ③ 予約プラットフォームの収益モデル

架空のMedical Platform F社を考えます。F社は、医療機関から月額利用料を受け取る仕組みです。1施設当たり月額利用料は2万円、契約医療機関は1,000施設です。月間売上高は、1,000施設×2万円=2,000万円。年間売上高は、2,000万円×12か月=2億4,000万円です。

ここで、患者利用者が増え、医療機関にとってのサービス価値が高まったとします。その結果、契約医療機関が1,500施設へ増えました。月間売上高は、1,500施設×2万円=3,000万円。年間売上高は3億6,000万円です。売上高は50%増加しました。この場合、患者利用者の増加が医療機関の参加価値を高め、それが契約施設数の増加につながっていれば、ネットワーク効果が事業成長に寄与している可能性があります。ただし、実際の収益性を判断するには、営業費用、システム運用費用、顧客サポート費用なども確認する必要があります。

ネットワーク効果があれば利益率は高くなるのか

必ずしもそうではありません。利用者が増えると、システム運用費用が増える場合があります。顧客サポート体制を強化する必要もあります。また、医療機関や患者を集めるために、多額の広告宣伝費が必要になるかもしれません。ネットワーク効果が働いていても、顧客獲得費用が高ければ利益は増えません。さらに、競合プラットフォームとの競争によって、利用料金を引き下げる必要が生じる場合もあります。

したがって、企業分析では、利用者数、利用頻度、顧客獲得費用、売上高、営業利益率、キャッシュフローを組み合わせて確認する必要があります。

データネットワーク効果とは何か

医療産業では、もう一つ注目される概念があります。データネットワーク効果(Data Network Effects)です。これは、利用者が増えることでデータが蓄積され、そのデータによって製品やサービスが改善し、さらに利用者が増えるという循環です。

例えば、医療AI企業を考えます。医療機関がAIシステムを利用する。適切な権限と条件のもとで、学習や評価に利用可能なデータが増える。そのデータを活用して、AIの性能や運用を改善する。製品価値が高まる。さらに医療機関が利用する。このような循環が成立すれば、データネットワーク効果が働いている可能性があります。

ただし、医療データでは、個人情報保護、同意、利用目的、契約、法令、倫理などの制約が重要です。利用者が増えたからといって、患者データを自由にAI学習へ利用できるわけではありません。

データが増えればAIの性能は必ず向上するのか

ここは特に重要です。データが増えれば、必ずAIの性能が向上するわけではありません。例えば、ある医療AI企業が10万件の画像データを保有しているとします。別の企業は100万件の画像データを保有しています。データ数だけを見ると、後者の方が優れているように感じます。しかし、実際には、データの品質、診断結果の正確性、疾患の多様性、患者背景、撮影条件、データの偏り、適切な検証などが重要です。

100万件のデータがあっても、特定の患者群に偏っていれば、他の患者群では十分な性能が得られない可能性があります。一方、10万件でも、品質が高く、多様性があり、適切に検証されていれば、有用なAIを開発できる場合があります。したがって、「データが多い企業=ネットワーク効果が強い企業」ではありません。

データの蓄積とネットワーク効果の違い

ここで、さらに一歩進みましょう。データの蓄積によってAIの性能が向上することは、必ずしもネットワーク効果とは限りません。例えば、ある医療AI企業が研究用データを購入して、AIの性能を改善したとします。これはデータ活用による製品改善です。しかし、利用者が増えたことで他の利用者の価値が高まったわけではありません。

一方、利用医療機関が増えることで、適切に利用可能な多様なデータが集まり、AIの性能が改善し、その改善が既存医療機関にも還元される。このような循環が成立していれば、データネットワーク効果と考えられる可能性があります。企業分析では、この違いを理解する必要があります。

ケーススタディ④ 医療AI企業のデータ戦略

架空の医療AI企業、Medical AI G社を考えます。G社は、医療画像の解析支援AIを開発しています。導入医療機関は100施設です。ここで、G社は導入医療機関との契約や必要な手続きを整え、適法かつ適切に利用可能なデータを収集・評価する仕組みを構築しました。導入医療機関が増えることで、異なる撮影装置や患者背景のデータを評価できるようになりました。その結果、特定条件での性能低下を発見し、改善につなげることができました。さらに、改善したAIの性能を適切な方法で検証しました。このような取り組みによって、製品の価値が高まる可能性があります。

ただし、医療AIでは、性能改善がそのまま臨床的有用性の向上を意味するわけではありません。実際の診療現場での有効性、安全性、業務への影響なども確認する必要があります。JMEIでは、医療AI企業のデータ戦略を評価するとき、単なるデータ量ではなく、データを臨床価値へ変換できる能力を重視します。

ネットワーク効果と競争優位

ネットワーク効果が強い企業では、後から参入する企業が不利になる場合があります。例えば、医療求人プラットフォームです。A社には、多くの医療機関と求職者が参加しています。B社は新規参入企業です。B社の利用料金が安くても、求人情報や登録求職者が少なければ、十分なマッチングが成立しないかもしれません。そのため、利用者が多いA社が選ばれ続ける可能性があります。

このように、既存のネットワークが新規参入企業に対する競争上の障壁になることがあります。ただし、ネットワーク効果がある市場で、必ず1社だけが勝ち残るわけではありません。地域や専門分野によって、複数の企業が共存する場合もあります。

マルチホーミングとは何か

ネットワーク効果を分析するとき、重要な概念があります。マルチホーミング(Multi-homing)です。マルチホーミングとは、利用者が複数の競合サービスを同時に利用することです。例えば、医療機関が複数の求人サイトに求人情報を掲載している場合です。あるいは、求職者が複数の求人サービスへ登録している場合です。

このような市場では、利用者が多い企業であっても、競合企業が顧客を獲得しやすい可能性があります。なぜなら、利用者は既存サービスをやめなくても、新しいサービスを試せるからです。一方、複数サービスの利用に大きな費用や負担がかかる市場では、利用者が一つのサービスへ集中しやすくなる場合があります。ネットワーク効果の強さを考えるときは、マルチホーミングのしやすさも確認する必要があります。

ネットワーク効果が弱くなる場合

ネットワーク効果は、永久に続くものではありません。例えば、利用者の増加によってサービスが混雑する場合があります。情報が増えすぎて必要な情報を探しにくくなる場合もあります。不適切な利用者が増えてサービスの信頼性が低下する場合、競合企業が新しい技術を提供する場合、利用者が複数のサービスを簡単に利用できるようになる場合もあります。こうした変化によって、ネットワーク効果が弱くなる場合があります。

特に医療産業では、サービスの安全性や信頼性が重要です。単純に利用者を増やすことよりも、適切な利用者同士をつなぎ、質の高いサービスを維持することが重要になります。

負のネットワーク効果とは何か

利用者が増えることで、かえってサービスの価値が低下する場合があります。これを、負のネットワーク効果と呼ぶことがあります。例えば、医療予約プラットフォームです。患者の利用者が急増しました。しかし、登録医療機関の予約枠は増えていません。その結果、希望する日時に予約できない患者が増えました。患者の満足度は低下します。医療機関側も、問い合わせ対応などの負担が増えるかもしれません。

この場合、利用者の増加が必ずしも価値の向上につながっていません。したがって、ネットワーク効果を持つ企業では、利用者数だけでなく、サービスの品質や需給バランスを維持する能力が重要です。

医療企業のネットワーク効果をどう評価するか

実際の企業分析では、ネットワーク効果を直接測定することは簡単ではありません。そのため、複数の指標を組み合わせて考えます。

例えば、医療予約プラットフォームなら、登録医療機関数、実際に予約を受け付けている医療機関数、月間利用患者数、予約成立件数、患者の継続利用率、医療機関の契約更新率などです。医療求人プラットフォームなら、登録求職者数、求人掲載施設数、応募件数、採用成立件数、採用成立までの期間などが参考になります。医療AI企業なら、導入医療機関数、適切に利用可能なデータの質、性能改善の実績、外部検証の結果、実際の臨床的有用性などが重要です。企業の事業モデルに応じて、適切な指標を選ぶ必要があります。

ケーススタディ⑤ ネットワーク効果が強い企業はどちらか

2つの架空の医療求人企業を比較します。Medical Career H社は、登録求職者数が10万人、求人掲載施設数が5,000施設、年間採用成立件数が2,000件です。Medical Career I社は、登録求職者数が5万人、求人掲載施設数が3,000施設、年間採用成立件数が3,000件です。

登録求職者数も求人掲載施設数も、H社の方が多いです。しかし、採用成立件数はI社の方が多くなっています。この場合、どちらの企業が優れているでしょうか。単純な登録者数ではH社が優れています。しかし、実際のマッチング件数ではI社が上回っています。さらに、登録求職者数に対する年間採用成立件数を単純に計算すると、H社は2,000件÷10万人×100=2%、I社は3,000件÷5万人×100=6%となります。

ただし、この比率は厳密な採用成功率ではありません。登録者の活動状況や重複登録、集計期間などが異なる可能性があるためです。それでも、この比較から重要なことが分かります。ネットワークの大きさだけでなく、ネットワークがどれくらい価値を生み出しているかを見る必要があるのです。

ネットワーク効果と価格決定力

第55講では、価格決定力について学びました。ネットワーク効果は、価格決定力にも関係する場合があります。例えば、医療機関向け求人サービスです。ある企業のサービスでは、採用につながる応募者が多く集まります。医療機関にとって、そのサービスを利用する価値が高ければ、一定の利用料金を支払っても契約を継続する可能性があります。一方、応募者が少なく、採用につながらないサービスでは、利用料金を引き上げることが難しいかもしれません。

つまり、ネットワーク効果によってサービス価値が高まれば、価格決定力を支える要因になる場合があります。ただし、利用料金を引き上げすぎれば、医療機関が競合サービスへ移る可能性があります。ネットワーク効果があるからといって、無制限に値上げできるわけではありません。

ネットワーク効果とスイッチングコスト

前回の第56講では、スイッチングコストを学びました。ネットワーク効果とスイッチングコストは、異なる概念です。しかし、両方が働く企業もあります。例えば、医療機関向けの情報共有プラットフォームです。多くの医療機関が参加することで、情報連携の価値が高まります。これはネットワーク効果です。一方、医療機関がそのシステムを日常業務に組み込むと、他社システムへの移行に負担が発生する場合があります。これはスイッチングコストです。

両者が組み合わさることで、企業の競争優位が強くなる可能性があります。ただし、医療情報の相互運用性が高まれば、スイッチングコストは低下するかもしれません。そのときも、ネットワーク自体が価値を提供し続けられるかが重要になります。

医療・介護・福祉分野のネットワーク効果

ネットワーク効果は、医療DX企業だけのものではありません。介護・福祉分野でも考えられます。例えば、介護事業所と介護職員をつなぐ求人サービスです。参加事業所が増えると、求職者の選択肢が増えます。求職者が増えると、事業所が採用候補者と出会う機会が増える可能性があります。また、医療機関と介護事業所をつなぐ情報連携サービスでも、参加施設が増えることで連携できる相手が増える場合があります。

ただし、情報連携では、参加施設数だけでなく、必要な情報が安全かつ適切に共有されることが重要です。ネットワークの拡大が、実際の支援の質や業務効率の改善につながっているかを確認する必要があります。

JMEI式「ネットワーク効果を見る15の質問」

企業分析では、次の15項目を確認してみましょう。

1つ目は、その企業のサービスには、どのような利用者グループが存在するか。2つ目は、利用者が増えることで、他の利用者の価値は高まるか。3つ目は、直接ネットワーク効果と間接ネットワーク効果のどちらが働いているか。4つ目は、利用者数は増加しているか。5つ目は、実際に利用している利用者数は増加しているか。

6つ目は、利用者間の取引やマッチング件数は増加しているか。7つ目は、特定地域や専門領域で十分なネットワーク密度があるか。8つ目は、利用者の増加によって顧客獲得が容易になっているか。9つ目は、利用者の増加によって顧客満足度は高まっているか。10個目は、利用者は複数の競合サービスを利用できるか。

11個目は、ネットワーク効果が価格決定力につながっているか。12個目は、ネットワーク効果が売上や利益の成長につながっているか。13個目は、利用者が増えることでサービス品質が低下していないか。14個目は、技術革新によってネットワーク効果が弱まる可能性はあるか。15個目は、5年後も、そのネットワークが利用者に価値を提供し続ける理由はあるか。

練習問題

問題1

ネットワーク効果とは何でしょうか。

【答え】ある製品やサービスの利用者が増えることで、他の利用者にとっても、その製品やサービスの価値が高まる現象です。

問題2

直接ネットワーク効果と間接ネットワーク効果の違いを説明してください。

【答え】直接ネットワーク効果は、同じ種類の利用者が増えることで、他の利用者の価値が高まる現象です。間接ネットワーク効果は、異なる利用者グループの増加によって、別の利用者グループの価値が高まる現象です。

問題3

医療予約プラットフォームで、登録医療機関が増えることで患者の選択肢が増える現象は、どちらのネットワーク効果でしょうか。

【答え】間接ネットワーク効果です。医療機関という利用者グループが増えることで、患者という別の利用者グループの価値が高まるためです。

問題4

規模の経済とネットワーク効果の違いを説明してください。

【答え】規模の経済は、事業規模の拡大によって製品やサービス1単位当たりの費用が低下する現象です。ネットワーク効果は、利用者の増加によって、他の利用者にとっての価値が高まる現象です。

問題5

ある医療予約プラットフォームの契約医療機関数は800施設です。1施設当たり月額利用料は3万円です。年間売上高はいくらでしょうか。

【答え】2億8,800万円です。800施設×3万円×12か月=2億8,800万円。

問題6

クリティカルマスとは何でしょうか。

【答え】サービスが十分な価値を提供し、自律的に成長しやすくなるために必要な一定の利用者規模などを指す概念です。ただし、明確な人数の境界が存在するとは限りません。

問題7

医療AI企業が大量のデータを保有していれば、必ずデータネットワーク効果が存在すると言えるでしょうか。

【答え】いいえ。データの量だけでは判断できません。利用者の増加によって適切に利用可能なデータが増え、それが製品改善につながり、その改善が利用者へ還元される循環があるかを確認する必要があります。

問題8

マルチホーミングとは何でしょうか。

【答え】利用者が複数の競合サービスを同時に利用することです。例えば、医療機関が複数の求人サイトへ求人情報を掲載することなどが該当します。

問題9

利用者が増えることで、かえってサービスの価値が低下する場合はありますか。

【答え】あります。例えば、医療予約サービスで患者数が急増しても、予約枠が増えなければ、予約が取りにくくなり、患者の利便性が低下する可能性があります。

問題10

ネットワーク効果を持つ企業を分析するとき、最も重要なことは何でしょうか。

【答え】利用者数の増加によって、実際に他の利用者の価値が高まっているかを確認することです。単なる登録者数や売上成長率だけでなく、利用状況、マッチング件数、顧客満足度、収益性などを組み合わせて評価します。

総合ケーススタディ――どの医療企業に強いネットワーク効果があるか

最後に、3つの架空企業を比較します。

A Medical Platformは、医療機関と患者をつなぐ予約プラットフォームです。登録医療機関数は5,000施設、月間利用患者数は50万人で、予約成立件数は増加しています。利用患者が増えることで、新しい医療機関の参加も増えています。

B Medical AIは、医療画像解析AIを開発しています。導入医療機関数は1,000施設で、大量の画像データを保有しています。しかし、利用者の増加によってAIの性能が改善する仕組みは確認できていません。

C Medical Deviceは、医療機器メーカーです。年間販売台数は1万台で、大量生産によって製造費用を削減しています。ただし、利用医療機関が増えることで、他の医療機関にとって製品価値が高まる仕組みは確認できません。

この3社を比較すると、どうでしょうか。A社には、間接ネットワーク効果が働いている可能性があります。医療機関が増えることで患者の選択肢が増え、患者が増えることで医療機関の参加価値が高まっているからです。B社は大量のデータを保有していますが、それだけではデータネットワーク効果があるとは判断できません。C社には規模の経済が働いている可能性がありますが、ネットワーク効果とは異なります。この情報だけなら、A社が最も明確なネットワーク効果を持っている可能性があります。ただし、A社についても、利用者増加の因果関係や競合サービスへの乗り換えやすさなどを確認する必要があります。

重要なのは、「企業が大きいこと」と「ネットワーク効果が強いこと」を区別することです。

JMEIの視点

JMEIでは、ネットワーク効果を医療企業の競争優位を分析するための重要な概念として位置づけます。しかし、ネットワーク効果が強い企業を無条件に優良企業と評価するわけではありません。なぜなら、医療産業では、ネットワークの拡大そのものが目的ではないからです。

例えば、医療機関と患者をつなぐプラットフォームを考えます。登録医療機関が増える。患者の利用者が増える。企業の売上が増える。このような成長は、企業経営の観点から重要です。しかし、医療産業では、さらに考えるべきことがあります。患者は適切な医療機関を選べるようになったのでしょうか。医療機関の業務負担は軽減されたのでしょうか。予約の利便性は向上したのでしょうか。医療へのアクセスは改善されたのでしょうか。こうした価値が実際に生まれているかを確認する必要があります。

医療AI企業でも同じです。導入医療機関が増えた。データが増えた。AIの性能が改善した。しかし、それだけで十分でしょうか。診断の質が改善したのか。医療従事者の負担が軽減されたのか。患者にとって有益な結果につながったのか。こうした点を確認する必要があります。

JMEIでは、ネットワーク効果を次の3段階で評価します。第一段階は、利用者の増加です。第二段階は、利用者の増加によるサービス価値の向上です。第三段階は、その価値向上が持続的な収益と医療上の価値につながることです。この3段階が成立している企業は、長期的な競争優位を持つ可能性があります。一方、利用者数だけが増えている企業は、必ずしも強い競争優位を持っているとは限りません。JMEIが重視するのは、ネットワークの大きさではなく、ネットワークが生み出す価値です。

JMEI Medical Insight 医療企業のネットワーク効果は「利用者の数」ではなく「医療価値の循環」で評価する

ネットワーク効果は、デジタル企業の競争優位を説明するときによく使われる概念です。利用者が増える。サービス価値が高まる。さらに利用者が増える。この循環が成立すれば、企業は強い競争優位を獲得する可能性があります。しかし、医療産業では、この考え方をそのまま当てはめることはできません。なぜなら、医療サービスの価値は、利用者数だけで決まるものではないからです。

例えば、ある医療予約プラットフォームが急成長したとします。登録医療機関は1万施設、月間利用患者数は100万人。一見すると、非常に大きなネットワークです。しかし、患者が適切な医療機関を見つけられないのであれば、そのネットワークの価値は限定的です。また、医療機関が予約管理に追われ、診療業務に支障が生じるのであれば、サービスの拡大が必ずしも医療現場の改善につながっているとは言えません。医療産業におけるネットワーク効果は、単なる利用者数の増加ではなく、医療価値の向上と結びついている必要があります。

これは、医療AI企業でも重要です。多くの医療機関がAIを利用する。適切な条件のもとで、より多様なデータが利用可能になる。そのデータを使ってAIの性能を改善する。改善されたAIが、医療現場でより有用な支援を提供する。その結果、さらに医療機関が利用する。このような循環が成立すれば、企業の競争優位と医療価値の向上が結びつく可能性があります。ただし、AIの性能改善には限界があります。データの品質が低ければ、データ量が増えても十分な改善が得られない場合があります。また、医療AIには安全性や有効性の検証が必要です。さらに、個人情報保護やデータ利用に関する適切な管理も欠かせません。したがって、医療AI企業のネットワーク効果を評価するときには、単純な導入施設数やデータ量ではなく、データをどのように医療価値へ変換しているかを確認する必要があります。

もう一つ重要なのは、ネットワーク効果が競争を制限する可能性です。利用者が一つのプラットフォームへ集中すると、新規参入企業が利用者を獲得しにくくなる場合があります。これは既存企業にとって競争優位となる一方、医療機関や患者の選択肢を狭める可能性もあります。医療産業では、競争優位の強さだけでなく、医療アクセス、公平性、情報の相互運用性なども考慮する必要があります。

JMEIでは、医療企業のネットワーク効果を次のように考えます。利用者が増える。利用者にとっての価値が高まる。企業の収益基盤が強くなる。その収益を研究開発やサービス改善へ再投資する。さらに医療価値が高まる。この循環が持続的に成立する企業は、長期的に注目する価値があります。反対に、利用者数が増えていても、サービス品質が低下し、顧客満足度が下がり、利益が十分に生まれていない企業には注意が必要です。

ネットワーク効果の本質は、利用者を集めることではありません。利用者が増えることで、他の利用者にとっての価値が高まることです。そして医療産業では、その価値が医療の質、医療アクセス、医療従事者の負担軽減などにどのようにつながっているかを考える必要があります。JMEIは、ネットワーク効果を単なる企業成長の仕組みとしてではなく、医療価値を持続的に生み出す仕組みとして評価していきます。

今回のポイント

第57講で最も覚えてほしいのは、「利用者が増えることで、他の利用者にとっての価値が高まる仕組みがネットワーク効果である」ということです。

ネットワーク効果には、直接ネットワーク効果と間接ネットワーク効果があります。直接ネットワーク効果は、同じ種類の利用者が増えることで価値が高まる現象です。間接ネットワーク効果は、異なる利用者グループの増加によって価値が高まる現象です。医療産業では、医療予約、医療求人、医療機関同士の情報連携などで、ネットワーク効果が働く可能性があります。また、医療AIでは、利用者の増加によって適切に利用可能なデータが蓄積され、製品改善につながる場合があります。ただし、データ量が増えることと、ネットワーク効果が生まれることは同じではありません。

さらに、ネットワーク効果と規模の経済は異なります。規模の経済は、事業規模の拡大による費用の優位性です。ネットワーク効果は、利用者の増加による価値の優位性です。企業分析では、この違いを理解する必要があります。そして、ネットワーク効果を評価するときには、利用者数だけでなく、実際の利用状況、マッチング件数、顧客満足度、収益性などを確認します。

最後に、次の問いを立ててみてください。「この企業の利用者が2倍になったら、既存の利用者にとって何が良くなるのだろうか」。もし明確な答えがあるなら、その企業にはネットワーク効果が存在する可能性があります。さらに、「その価値の向上は、5年後も続くだろうか」と考えてみましょう。ネットワーク効果は、企業の現在の成長だけでなく、将来の競争優位を考えるための重要な視点なのです。

次回予告

第58講 規模の経済と範囲の経済とは何か?――医療企業はなぜ大きくなるほど強くなるのか

今回は、ネットワーク効果について学びました。利用者が増えることで、他の利用者にとっての価値が高まる仕組みです。しかし、企業が大きくなることで生まれる競争優位は、ネットワーク効果だけではありません。

例えば、医療機器メーカーが生産量を増やすことで、製品1台当たりの製造費用を削減できる場合があります。これは規模の経済です。また、ある医療企業が複数の製品を開発・販売することで、研究開発設備、営業網、物流網などを共通利用できる場合があります。これは範囲の経済と呼ばれます。では、企業が大きくなれば、必ず利益率が改善するのでしょうか。製品の種類を増やせば、必ず競争力が高まるのでしょうか。実際には、事業規模の拡大によって、組織が複雑になり、費用が増加する場合もあります。

次回は、規模の経済、範囲の経済、固定費の分散、生産効率、共通資産の活用、事業拡大による非効率、そして、医療企業の持続的なコスト競争力について学びます。第58講では、「この医療企業は、大きくなることで本当に強くなっているのか」という問いから、医療企業の成長と競争優位の関係を読み解いていきます。

JMEI|日本医療企業研究所 医療を変える企業と技術を読み解く。

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