JMEI 医療企業分析アカデミー 第16講 製薬企業の「パテントクリフ」をどう読むか
第15講では、製薬企業のパイプラインについて学びました。製薬会社を分析するときは、「現在、何が売れているのか」だけでは十分ではありません。「次に、何を売るのか」を見る必要があります。そこで、開発中の新薬候補はいくつあるのか、第Ⅰ相・第Ⅱ相・第Ⅲ相・承認申請中の候補はどのくらいあるのか、対象となる疾患は何か、既存治療と比べてどのような医療価値があるのか、競合企業はどんな薬を開発しているのかという視点から、企業の未来を考えました。
しかし、製薬企業の未来を考えるうえで、もう一つ非常に重要な問題があります。それが特許切れです。ある製薬会社が年間5,000億円を売り上げる大型医薬品を持っているとします。この薬のおかげで売上が増え、利益率も高く、企業全体の利益も伸びる、非常に強い会社に見えます。しかし、その薬の重要な特許や独占期間が数年後に終わり、競合品が参入しやすくなるとしたらどうでしょうか。現在5,000億円ある売上が、将来大きく減少する可能性があります。製薬企業では、このように大型医薬品の独占性が失われることで売上が大きく落ちるリスクを、パテントクリフと呼ぶことがあります。直訳すれば「特許の崖」です。
新しい薬を開発するには、多くの時間と費用が必要です。研究を始め、新薬候補を見つけ、非臨床試験、臨床試験、承認申請、規制当局の審査を経て、ようやく製品として患者へ届けられます。もし企業が長い時間と大きな資金を使って新薬を開発した直後に、他社が簡単に同じものを販売できるとしたらどうでしょうか。開発企業は研究開発費を回収することが難しくなります。そこで、医薬品の成分や用途、製剤、製造技術などに関する知的財産を一定期間保護する仕組みが重要になります。これが製薬企業にとって特許が重要な理由の一つです。
もちろん、特許があれば永遠に独占できるわけではありません。特許には期間があります。さらに医薬品の競争環境は、単純に「一つの特許満了日」だけで決まるわけでもありません。一つの医薬品に、有効成分に関する特許、用途に関する特許、製剤に関する特許、投与方法に関する特許、製造に関する特許など、複数の知的財産が関係することがあります。また国や地域によって制度も異なります。したがって企業分析では、「この薬の特許はいつ切れる」という一つの数字だけで完全に判断するのではなく、その製品の独占性がいつ、どの程度失われていくのかを見ることが重要です。
単純化して考えてみましょう。Aファーマが新薬Xを販売していて、年間売上3,000億円、市場シェア80%、営業利益率も高い、非常に大きな収益源だとします。しかし、その薬の重要な独占性が失われ、他社が競合品を販売できるようになったとすると、競合参入、価格競争、市場シェア低下、売上低下、利益低下という流れが起きる可能性があります。これが製薬企業にとって大きな経営リスクになります。
一般に、先発医薬品の特許や再審査期間などの状況を経て、後発医薬品が市場へ参入することがあります。これがジェネリック医薬品です。ジェネリック医薬品が登場すると、先発薬は価格やシェアの面で競争にさらされ、先発医薬品の売上が大きく減少することがあります。製薬企業を分析するときには、主力製品の売上だけでなく、競争環境が大きく変わる時期を確認することが重要です。
Aファーマの売上高は1兆円で、新薬Xが4,000億円、その他製品が6,000億円だったとします。新薬Xだけで会社売上の40%を占めており、非常に強力な製品です。しかし数年後に競争環境が大きく変わり、Xの売上が4,000億円から2,500億円、1,500億円と減っていったらどうでしょうか。その他製品が変わらなければ、会社全体の成長も大きく鈍化します。つまり、大型薬を持っていることは強みであると同時に、その大型薬への依存度が高いことはリスクにもなります。
製薬企業分析では、パテントクリフという言葉をよく使います。Patentは特許、Cliffは崖、つまり「特許の崖」という意味です。大型医薬品の独占性が失われることで、売上が崖から落ちるように大きく低下する可能性を表現した言葉です。企業の売上が1兆円から9,800億円、9,600億円と少しずつ減るのではなく、主力薬の競争環境が変わることで急激に減る可能性があります。だから「崖」と呼ばれるのです。
企業分析の初心者は、現在売上が大きい製品に目が向きやすいものです。年間5,000億円売れている、世界トップ、高利益率、素晴らしい製品です。しかしJMEIでは、さらに一つ質問を加えます。「その5,000億円は、あと何年続きそうなのか?」です。同じ年間5,000億円でも、長期間競争力を維持できる可能性が高い製品と、数年以内に大きな競争環境の変化を迎える製品では、企業価値への意味が違います。
企業が特定の薬へどれくらい依存しているかを簡単に見る方法があります。主力薬依存度=主力薬売上÷全社売上×100です。全社売上1兆円、主力薬売上4,000億円なら、4,000億円÷1兆円×100=40%。会社の売上の40%を一つの薬に依存しています。この比率が高いほど、その薬に大きな変化が起きたとき、企業全体への影響も大きくなる可能性があります。
Aファーマは全社売上1兆円で最大製品売上5,000億円、最大製品依存度50%。Bファーマは全社売上1兆円で最大製品売上2,000億円、第2製品1,500億円、第3製品1,200億円、その他5,300億円。現在の売上高は同じですが、事業構造は違います。A社では最大製品に問題が起きると、企業全体へ非常に大きな影響が出る可能性があります。B社は複数製品に売上が分散されています。したがって、売上高の大きさだけでなく、製品ポートフォリオの分散を見る必要があります。
ジェネリック医薬品は一般に、先発医薬品より低い価格で市場に供給されることがあります。すると医療制度や市場環境によって、後発品への切り替え、価格競争、先発薬のシェア低下が進む場合があります。結果として、先発企業では販売数量が減り、価格面で圧力を受け、売上が減るということが起こる可能性があります。ここで大切なのは、特許切れそのものではなく、特許切れなどを契機として市場競争がどう変わるかを見ることです。
すべての医薬品を同じように考えることはできません。抗体医薬品などのバイオ医薬品では、バイオシミラーが重要になります。バイオシミラーとは、先行するバイオ医薬品と高い類似性を持ち、品質、安全性、有効性などについて必要な評価を受けて承認される医薬品です。低分子医薬品のジェネリックと、バイオシミラーでは、開発や製造の特徴が異なります。そのため、特許切れ後の売上低下速度もすべて同じとは限りません。
A薬は一般的な低分子医薬品、B薬は複雑なバイオ医薬品で、両方とも独占性が失われる時期が近いとします。だから「両方とも翌年売上が同じ割合で減る」とは限りません。競合企業の数、製造の難しさ、医療現場での切り替え、価格差、適応症、各国制度などによって影響が変わります。JMEIでは、「特許切れ=売上○%減」という機械的な見方を避けます。
A薬は年間売上3,000億円で会社売上に占める割合45%、競合参入予定は多数、後継薬なし。B薬も年間売上3,000億円ですが会社売上に占める割合15%、複数の成長製品あり、後期パイプラインも豊富。両方とも3,000億円の大型薬ですが、企業全体へのリスクは同じでしょうか。A社では、売上依存度が高く後継製品がなく競合も多いため、大きなリスクになる可能性があります。B社では、他の成長製品が売上減を補える可能性があります。重要なのは、特許切れ薬の売上額だけではなく、企業全体の構造なのです。
製薬企業分析では、何年後に大きな競争環境の変化が予想されるかという時間軸が重要です。主力薬Aが2年後、主力薬Bが7年後では意味が違います。2年後なら、次の製品がすでにかなり開発後期まで来ていなければ、売上減少を補うことが難しいかもしれません。7年後なら、現在第Ⅱ相などの候補薬でも、将来主力製品になる可能性を考えられる場合があります。つまり、特許切れまでの時間と、パイプラインの開発段階を組み合わせます。
第15講の内容がここでつながります。主力薬Xが年間売上4,000億円で大きな競争環境変化まで3年、新薬候補Aが第Ⅲ相、Bが第Ⅱ相、Cが第Ⅰ相だとします。この場合、3年後の売上減少を補う候補として最も近いのはAです。BやCは、3年以内に十分な売上規模へ成長できるか不確実性がより高いかもしれません。つまり製薬企業では、パテントクリフとパイプラインの競争が起きているのです。
企業によっては、現在の主力薬の次となる製品を準備しています。現在のA薬から改良型B薬へ、あるいはA薬と異なる作用機序を持つ次世代C薬へ、などです。重要なのは、現在の大型薬がなくなったら会社も終わるという構造になっていないことです。強い製薬会社は、現在の主力薬、次の主力薬、その次の候補という連続性を作ろうとします。
主力薬の特許切れを補う方法は、自社で新薬を発明することだけではありません。他社から新薬候補を導入する、バイオベンチャーと共同開発する、有望企業を買収する、既存製品の適応症を拡大する、新しい地域へ販売を広げるといった方法もあります。したがって、パイプライン、M&A、ライセンス導入、既存製品成長を組み合わせて考えます。
ある薬が現在、疾患Aだけで使われているとします。研究の結果、疾患Bや疾患Cにも効果が期待され、必要な臨床開発や承認手続きが進むことがあります。承認された適応症が広がれば、対象患者数が増える可能性があります。つまり主力薬の成長は、新薬発売だけでなく、既存薬の適応拡大によっても起こることがあります。ただし、適応症が増えたから特許リスクがなくなるとは限りません。新しい適応や製剤などについて追加的な知的財産が存在する場合もありますが、製品全体の競争環境をどの程度守れるかは個別に確認する必要があります。企業資料で「新適応承認」というニュースを見たら、売上市場が広がる可能性と、独占性がどの程度維持されるかを分けて考えます。
JMEIファーマを考えます。全社売上1兆5,000億円、主力薬Aが現在売上5,000億円、5年後の予想売上2,000億円で、3,000億円の売上減少が予想されています。一方で、新薬Bが5年後予想売上1,200億円、新薬Cが900億円、新薬Dが700億円、既存成長薬Eが売上増加500億円だとします。単純合計すると1,200億円+900億円+700億円+500億円=3,300億円です。主力薬Aの3,000億円減を、新しい成長源が補える可能性があります。これがパテントクリフを乗り越えるという考え方です。
ただし予想売上をそのまま信じてはいけません。新薬候補の将来売上は確定しているわけではなく、承認されない可能性、発売が遅れる可能性、競合薬に負ける可能性、価格が想定より低くなる可能性、患者への普及が遅れる可能性があります。したがって、将来予想売上の合計が特許切れ売上を上回るだけで安心してはいけません。新薬Aがすでに承認済み、Bが第Ⅲ相、Cが第Ⅱ相、Dが第Ⅰ相では、将来売上の確度は同じではありません。企業分析では、金額と開発段階をセットで考えます。「将来3,000億円の候補があります」という言葉より、「どこまで開発が進んでいる3,000億円なのか」を見るのです。
特許の満了時期などは、ある程度前から把握できる場合があります。つまり製薬会社にとって、突然発生する事故とは性質が違います。数年前から、いつ大きな競争変化が起きるかを想定し、新薬開発、M&A、ライセンス導入、海外展開、適応拡大などの戦略を進めることができます。したがって企業分析では、特許切れがあることだけでなく、経営陣がどのような準備をしているかを見る必要があります。
同じ大型薬の特許切れを迎える2社があるとします。A社は5年前から、新薬候補を育成し、有望ベンチャーと提携し、複数の成長領域へ参入してきました。B社は主力薬の高い利益に依存し、新しい成長投資が遅れました。特許切れ自体は両社に起こりますが、その後の業績は大きく違う可能性があります。つまりパテントクリフは、研究開発力だけでなく経営力を見る材料にもなります。
大型医薬品が独占的な地位を持っている間、非常に高い利益率を生み出すことがあります。営業利益率30%、40%、非常に魅力的です。しかし、その高利益率が、競争優位性によって長期に維持できる利益率なのか、特定の大型薬の独占期間による一時的な高収益なのかを考える必要があります。現在の利益率をそのまま10年先まで延長してはいけません。
以前学んだPERともつながります。A社がPER15倍、B社がPER25倍だとすると、PERだけならA社の方が割安に見えます。しかしA社では、利益の半分を生む大型薬の特許切れが2年後だったらどうでしょうか。市場は、将来利益が減る可能性をすでに株価へ織り込んでいるかもしれません。つまり、低PER=必ず割安ではありません。製薬企業では、利益の持続性まで見る必要があります。
Aファーマの現在の利益が2,000億円だったとします。しかし特許切れ後、主力薬利益が700億円減る可能性があり、一方で新薬から300億円の利益増加が予想されています。単純化すると、2,000億円-700億円+300億円=1,600億円です。現在利益2,000億円だけを基準に企業価値を考えると、実態を見誤る可能性があります。将来の競争環境を踏まえた利益を見る必要があります。
面白いことに、特許切れが近い製品でも、直前まで売上が伸びる場合があります。適応症拡大、海外展開、市場そのものの成長、価格などによって、売上が増えることがあります。3年前3,000億円、2年前3,500億円、前年4,000億円、今年4,500億円と非常に好調でも、2年後に大きな競争変化が予想される場合、現在の高成長だけを見ると危険です。製薬企業では、成長率と、その成長の残存期間を同時に見ます。
Aファーマは売上1兆2,000億円、営業利益3,000億円、最大製品売上6,000億円、大きな競争環境変化まで2年、後期パイプライン1品目。Bファーマは売上9,000億円、営業利益1,800億円、最大製品売上2,000億円、主力製品が複数、後期パイプライン5品目。現在の利益ではA社が大きく上ですが、5年後もそうでしょうか。A社は、一製品依存、近いパテントクリフ、後期パイプライン不足というリスクがあります。B社は現在の規模では小さくても、製品分散と複数の将来候補がある。つまり、現在の企業規模と将来の企業力は同じではないということです。
特許切れリスクを見るには、製品別売上を一覧にすると分かりやすくなります。製品Aが売上4,000億円で全社売上比率35%、競争環境変化は近く、成長性は低下見込み。製品Bが売上2,000億円で全社売上比率18%、競争環境変化はまだ先で成長性は高い。製品Cが売上800億円で全社売上比率7%、発売初期で成長性は非常に高い。このようにすると、現在の主力と未来の主力候補を同時に把握できます。
製薬企業の特許切れリスクを見るときには、最大製品の売上はいくらか、最大製品は全社売上の何%を占めるか、主要製品の競争環境はいつ大きく変わりそうか、ジェネリックやバイオシミラーなどの競合状況はどうか、売上低下はどの程度想定されるか、次の主力候補は何か、後期パイプラインは十分にあるか、新製品で既存薬の売上減を補える可能性があるか、M&Aやライセンス導入などの戦略はあるか、5年後の売上・利益構造は現在とどう変わるか、という10項目を確認します。そして最後に、「現在の主力薬がなくても、この会社は成長できるか?」と考えます。
今日のチェックテスト
Q1 パテントクリフとは何でしょうか。(A.医薬品工場の生産能力が急低下すること B.大型薬の独占性低下などを契機に売上が大きく落ちるリスク C.研究開発費が毎年増えること D.海外売上比率が低下すること)【答え】B.大型薬の独占性低下などを契機に売上が大きく落ちるリスク。大型製品の競争環境が変化し、売上が大きく減少する可能性を「崖」に例えた考え方です。
Q2 全社売上1兆円、最大製品売上4,000億円です。最大製品依存度は何%でしょうか。【答え】40%です。4,000億円÷1兆円×100=40%です。
Q3 最大製品依存度が高い企業で特に確認すべきものは何でしょうか。【答え】その製品の将来の競争環境と、売上減少を補える新製品・パイプラインがあるかを確認します。
Q4 特許切れが5年後に予定されている大型薬があります。第Ⅰ相の候補薬が20品目あるため、必ず安心と考えてよいでしょうか。【答え】いいえ。第Ⅰ相はまだ開発初期であり、5年後までに十分な売上を生み出せるとは限りません。後期パイプラインなども確認する必要があります。
Q5 特許切れが近いのに売上が現在も20%伸びています。何に注意すべきでしょうか。【答え】現在の成長率だけでなく、その成長を何年間維持できる可能性があるかを見る必要があります。
Q6 特許切れのある会社はすべて避けるべきでしょうか。【答え】いいえ。新薬、成長製品、M&A、ライセンス導入、海外展開などによって売上減少を補える企業もあります。重要なのは、特許切れ後の成長戦略です。
総合ケーススタディ──JMEIファーマの「5年後」を考える
架空のJMEIファーマを分析します。全社売上1兆2,000億円、営業利益2,400億円。製品Aは売上4,200億円、全社売上比率35%、大きな競争環境変化まで3年。製品Bは売上2,000億円、前年比成長率+18%。製品Cは売上1,000億円、前年比成長率+35%。パイプラインは新薬D(第Ⅲ相)、新薬E(第Ⅲ相)、新薬F(第Ⅱ相)、新薬G(第Ⅱ相)、初期候補複数です。さらに、新薬Dは大型市場、新薬Eは希少疾患、製品Bは適応拡大中、製品Cは海外承認地域を拡大中とします。JMEIファーマをどう見ればよいでしょうか。
まずリスクを確認すると、最大リスクは製品Aです。売上4,200億円、全社売上の35%を占めており、3年後に大きな競争環境変化が予想されます。かなり重要なリスクです。もしAの売上が半分になれば、約2,100億円の売上減少です。会社全体にとって非常に大きな金額です。
次に「穴を埋めるもの」を探すと、製品Bが+18%、製品Cが+35%と成長しており、さらに新薬D、Eが第Ⅲ相まで進んでいます。つまり、Aの減少に対して、Bの成長、Cの成長、Dの新規売上、Eの新規売上がどの程度補えるかを見ることになります。
重要なのは、3年後という時間です。製品Aの競争環境が大きく変わるのが3年後なら、新薬DやEが承認されるのか、発売できるのか、どのくらい普及できるのかを確認します。第Ⅱ相や初期候補だけでは、3年後の売上減少を埋めるには時間的に不確実性が大きい場合があります。だから、パテントクリフとパイプラインは必ず時間軸を合わせて考えます。
パテントクリフ対策というと新薬だけに目が向きがちですが、既存の成長製品も重要です。製品Bが毎年大きく成長し、製品Cが海外市場へ拡大しているなら、これらもAの減少を補う可能性があります。つまり、将来売上=現在の既存製品売上-特許切れ等による減少+成長製品の増加+新製品売上と考えると理解しやすくなります。
JMEIでは、製薬企業を見るとき、「大型薬を持っている」だけでは高く評価しません。見る順番は、現在の主力薬から売上依存度、競争環境が変わる時期、想定売上減少、既存成長製品、後期パイプライン、M&A・導入品、5年後の売上構造です。つまり、現在の売上高ではなく、売上の持続可能性を見ます。年間5,000億円売れる薬があっても、3年後に大幅減少する可能性があり後継製品がない企業と、現在の最大製品は2,000億円でも複数の成長製品と有望なパイプラインを持つ企業。5年後にどちらが強いかは、現在の売上規模だけでは判断できません。製薬企業分析では、今の会社を見ることと、5年後の会社を想像することを同時に行う必要があります。
特許切れを企業分析の数字だけで見ると「売上が減るイベント」に見えます。しかし医療という視点から見ると、もう一つの側面があります。新しい医薬品を開発した企業は、一定期間その成果を事業として回収し、その収益を次の研究開発へ投資します。一方、独占性が失われた後には、ジェネリック医薬品やバイオシミラーなどの選択肢が広がり、医療費や患者負担の面で意味を持つ場合があります。つまり医薬品には、革新的な治療を生み出すためのインセンティブと、より広く医療へ届けるための競争という両面があります。JMEIでは、特許切れを単なる企業リスクとしてだけでなく、医療イノベーションの循環としても見ます。企業は、現在の大型薬で利益を得て、その利益を研究開発へ投資し、次の治療を生み出し、独占期間終了後には競争が進み、さらに次の革新が求められる、という循環を繰り返します。したがって、本当に強い製薬企業とは、一つの大型薬を作った会社ではありません。大型薬の成功を次の研究開発へつなぎ、次の大型薬、さらにその次の治療法を継続的に生み出せる会社です。JMEIが見るのは、「今どれだけ儲かっているか」だけではなく、「イノベーションを継続できる企業構造があるか」なのです。
第16講で最も覚えてほしいのは、「製薬企業の現在の売上と、将来維持できる売上は同じではない」ということです。特許切れリスクを見るときには、最大製品の売上を見て、全社売上に占める依存度を見て、競争環境が変わる時期を見て、ジェネリック・バイオシミラーなどの競合を見て、売上減少の可能性を考え、既存の成長製品を見て、後期パイプラインを見て、新製品で穴を埋められるかを考える、という順番で分析します。そして最後に、「現在の主力薬がなくても、この会社は5年後に成長できるか?」と考えます。パテントクリフは製薬企業にとってリスクですが、同時に、研究開発力、パイプライン、M&A戦略、経営力を評価する絶好の材料でもあります。現在の大型薬そのものより、大型薬の次を作れる企業かどうか。そこまで見ることで、製薬企業分析は一段深くなります。
次回予告
第17講 M&Aは成長戦略か、それとも危険な賭けか?──医療企業の買収をどう評価するか
第16講では、パテントクリフについて学びました。大型薬の売上が将来減少する。しかし自社のパイプラインだけでは十分に補えない。そんなとき、製薬企業や医療機器企業が選択する戦略の一つがM&Aです。有望な新薬候補を持つバイオベンチャーを買収する、革新的な医療機器技術を持つスタートアップを取得する、新しい地域の販売網を手に入れる、新しい医療領域へ参入する。M&Aは、企業の成長スピードを一気に高める可能性がありますが、高すぎる買収価格、期待した新薬の開発失敗、企業文化の衝突、買収後の統合失敗、巨額の「のれん」など、大きなリスクもあります。第17講では、M&Aとは何か、なぜ医療企業は他社を買収するのか、自社研究と企業買収は何が違うのか、買収価格が高いか安いかをどう考えるのか、「のれん」とは何か、買収後に何を確認すべきか、そして「良い会社を買収したこと」と「良いM&Aをしたこと」はなぜ同じではないのかを、医療企業の成長戦略を読むためのM&A分析へ進みます。
本講座に関するご注意
本講座は、企業分析の考え方を学ぶための教育コンテンツです。金融商品取引法に基づく投資助言・代理業には該当せず、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。講座内で企業を題材として扱う場合も、あくまで分析手法を説明するための例示です。
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受講による学習成果、および受講者の投資成果を保証するものではありません。投資その他の意思決定は、ご自身の判断と責任において行ってください。