JMEI 医療企業分析アカデミー 第38講 「会社が持つ資本」に市場はいくらの値段を付けているのか
第37講では、PERについて学びました。PERとは、Price Earnings Ratio、日本語では株価収益率です。基本式は、PER=株価÷EPSでした。PERを見ることで、企業が生み出す利益に対して、株式市場が何倍の価格を付けているのかを考えることができます。しかし、企業を見る方法は「利益」だけではありません。企業には、現金、工場、研究設備、土地、子会社、知的財産、そして株主が積み上げてきた資本があります。そこで今回は、「企業が持っている純資産に対して、市場はどのくらいの価値を付けているのか」を考えます。その代表的な指標が、PBRです。PBRとは、Price Book-value Ratio、日本語では株価純資産倍率と呼ばれます。
PBR0.7倍、PBR1倍、PBR3倍、PBR10倍。企業によって大きく違います。ここで初心者が陥りやすいのが、「PBR1倍割れなら割安」という考え方です。確かにPBR1倍割れは、株式市場での評価額が会計上の純資産を下回っていることを意味します。しかし、PBR0.7倍だから必ず割安とは限りません。反対に、PBR5倍だから必ず割高でもありません。なぜなら市場は、企業が現在持っている資産そのものではなく、「その資産を使って将来どれだけ利益を生み出せるか」を評価しているからです。
ここで重要になるのが、ROEです。実は、PBR、PER、ROEの3つはバラバラの指標ではありません。数学的にもつながっています。そして、この関係を理解すると、「なぜPBR1倍割れ企業が存在するのか」「なぜ高ROE企業には高いPBRが付くのか」が見えてきます。第38講では、PBRとは何か、BPSとは何か、PBR1倍とは何を意味するのか、PBR1倍割れは本当に割安なのか、ROEとPBRはどうつながるのか、PER・PBR・ROEをどう組み合わせるのか、製薬企業の研究開発力は純資産に表れるのか、医療機器企業のブランドや技術力をどう考えるのか、M&Aとのれんはどう影響するのか、そして「資産を持っている会社」と「資産から価値を生み出せる会社」は何が違うのかを、企業を見る視点を、利益から資本へ広げていきます。
PBRとBPSの基本
PBRは、Price Book-value Ratioの略です。日本語では、株価純資産倍率です。基本式は、PBR=株価÷BPSです。BPSは、Book-value Per Shareです。日本語では、1株当たり純資産と呼ばれます。基本式は、BPS=純資産÷発行済株式数です。
簡単な例で見てみましょう。ある医療企業の純資産が1,000億円、発行済株式数が1億株なら、BPSは1,000円です。株価が2,000円なら、PERは、2,000÷1,000=2倍。したがって、PBR2倍です。PBRは、時価総額÷純資産でも考えられます。時価総額2,000億円、純資産1,000億円なら、PBR2倍です。
PBR1倍とは何を意味するのでしょうか。純資産1,000億円、時価総額1,000億円なら、PBR1倍。つまり市場は、会計上の純資産と同じ金額で企業を評価していることになります。PBR2倍なら、純資産1,000億円、時価総額2,000億円。市場は、純資産の2倍で企業を評価しています。PBR0.7倍なら、純資産1,000億円、時価総額700億円。市場価値が、会計上の純資産を下回っています。
ではPBR0.7倍なら割安でしょうか。ここが最初の落とし穴です。必ずしもそうではありません。なぜ純資産より安くなるのでしょうか。市場は、その純資産から十分な利益を生み出せないと考えている可能性があります。
ROEとPBRのつながり
2つの医療企業を比較してみましょう。A Medicalは、純資産1,000億円、純利益30億円、時価総額700億円。B Medicalは、純資産1,000億円、純利益200億円、時価総額3,000億円。PBRを計算すると、A社は700÷1,000=0.7倍。B社は3,000÷1,000=3倍。A社が割安でしょうか。まだ分かりません。ROEを見てみましょう。A社は、純利益30億円÷純資産1,000億円=ROE3%。B社は、200億円÷1,000億円=ROE20%。大きな違いです。A社は、1,000億円の株主資本から30億円しか利益を生んでいません。B社は、1,000億円から200億円を生んでいます。市場は「資産量」だけを見ていません。重要なのは、その資産を使って、どれだけ利益を生み出せるかです。だから高ROE企業は高PBRになりやすいのです。
ここは非常に重要です。PBR、PER、ROEには、次の関係があります。PBR=PER×ROEです。実際に計算してみましょう。株価2,000円、EPS100円、BPS1,000円とします。PERは、2,000÷100=20倍。ROEは、EPS÷BPS=100÷1,000=10%。PER×ROEは、20×10%=2。PBRは、2,000÷1,000=2倍。つながりました。PBR2倍=PER20倍×ROE10%です。この式は企業分析で非常に重要です。PBRだけを見ても、企業の評価理由は分かりません。しかし、PERとROEへ分解すると、なぜそのPBRなのかが見えてきます。
PBR1倍割れ企業を分析する
JMEI Medical Aを考えます。PBR0.8倍、PER20倍。ROEは?PBR=PER×ROEなので、ROE=PBR÷PER。計算すると、0.8÷20=4%。つまり、PBR0.8倍の背景には、ROE4%という低い資本効率がある可能性があります。資本コストと比較します。前に学んだ株主資本コストが、例えば8%だったとします。ROE4%、株主が期待するリターン8%。何が起きているのでしょうか。企業は、株主が求めるリターンほど利益を生み出せていない可能性があります。その結果、PBR1倍割れになることがあります。
重要な考え方として、PBR1倍割れとは、単に「安い」という意味ではありません。市場から、「この会社は株主資本を十分活用できていないのではないか」と評価されている可能性があります。ではPBR1倍割れから上昇するには?一つの重要な方法は、ROE改善です。ROE改善の方法には、利益率を上げる、売上を伸ばす、不採算事業を整理する、余剰資産を減らす、資本配分を改善するなどがあります。
JMEI Deviceという医療機器企業のケーススタディを見てみましょう。純資産2,000億円、純利益80億円、ROE4%、PBR0.8倍。経営改革として、低採算事業撤退、高収益消耗品へ集中、海外販売強化、遊休資産売却を行いました。3年後、純資産2,000億円、純利益240億円、ROE12%。市場評価PER15倍とすると、PBRは、15×12%=1.8倍。PBRが0.8倍から1.8倍へ変わりました。純資産は同じ2,000億円です。何が変わったのでしょうか。資産から利益を生む力です。これがPBR分析の本質です。資産そのものを見るのではありません。資産を使って、どれだけ価値を生み出せるかを見るのです。
高PBR企業と「帳簿にない価値」
PBR5倍、10倍という企業もあります。純資産の5倍、10倍で買われている、なぜでしょうか。企業には、会計上の純資産だけでは表現できない価値があります。例えば、ブランド、技術、特許、人材、顧客基盤、販売網、データ、ノウハウ、組織力などです。医療企業では特に重要です。製薬企業の価値は、工場や現金だけではありません。研究開発力として、優秀な研究者、創薬プラットフォーム、臨床開発能力、規制対応能力、医師とのネットワーク、世界販売網などがあります。これらはBPSに完全には表れません。会計上、企業内部で積み上げた研究開発能力がそのまま資産計上されるわけではありません。だから高PBRになることがあります。帳簿上の純資産は1,000億円、しかし市場は、研究開発力、ブランド、将来利益を含め、5,000億円と評価する。PBR5倍です。
A Pharmaのケーススタディを見てみましょう。純資産5,000億円、時価総額2兆5,000億円。PBR5倍。高すぎるでしょうか。PBRだけでは判断できません。確認すると、ROE25%、複数の大型薬、強いパイプライン、世界販売網、営業CF安定。市場が評価しているものは、帳簿上の資産ではなく、その資産と無形資産から生まれる将来利益です。医療企業では「見えない資産」が重要です。特に、製薬、バイオ、医療DX、研究開発型医療機器では重要です。ソフトウェア企業も同じです。巨大な工場を持たなくても、高収益を生み出せます。医療AI企業、純資産100億円、時価総額1,000億円、PBR10倍。非常に高い。しかし価値の源泉は、医療データ、AIアルゴリズム、病院ネットワーク、ソフトウェア、技術者です。帳簿価値だけでは企業価値を説明できません。これが、PBRの限界でもあります。
逆に資産が多くても価値が低い場合もあります。工場、土地、設備、現金を大量に持っている、しかし利益率低い、ROE3%、成長なし。市場は高く評価しません。PBR0.7倍、0.8倍になる可能性があります。「資産がある=価値が高い」ではありません。重要なのは、資産の収益力です。
医療機器企業とリカーリング収益、そしてM&Aとのれん
医療機器企業には、工場、設備、在庫、研究開発設備があります。しかし企業価値を決めるのは、製造設備だけではありません。例えば、製品ブランド、医師からの信頼、規制承認、販売網、消耗品ビジネス、インストールベースです。これらが高ROEを生む結果として、高PBRにつながる場合があります。
A Diagnosticsという診断機器企業のケーススタディを見てみましょう。PBR1倍、ROE5%。B Diagnosticsは、PBR4倍、ROE20%。なぜB社が高いのでしょうか。装置を販売した後、専用試薬が継続的に売れます。リカーリング収益です。装置設置、試薬販売、高利益、高ROE。市場はこの構造を評価する。その結果、帳簿純資産以上の価値を付ける可能性があります。PBRとビジネスモデルはつながります。PBRは単なる財務指標ではありません。なぜROEが高いのかまで分析すると、企業の競争力が見えてきます。
次にM&Aです。医療企業では、M&Aが頻繁に行われます。M&Aで登場する「のれん」があります。企業を買収すると、買収価格が買収先の純資産を上回ることがあります。例えば、買収先純資産500億円、買収価格1,000億円。差額500億円。この差額の一部が、のれんとして計上される場合があります。なぜ純資産より高く買うのでしょうか。ブランド、技術、顧客基盤、将来利益、シナジーなどに価値があるからです。のれんが増えると、会計上の純資産にも影響します。そのため、M&Aを多用する企業ではPBRの単純比較に注意が必要です。
JMEI Healthcareというケーススタディを見てみましょう。毎年M&A、貸借対照表には大きなのれん。PBR1.5倍。競合企業は、自社開発中心、のれん小さい、PBR3倍。PBRだけなら前者が安く見えます。しかし会計構造が違います。買収によって、純資産にのれんが積み上がっている。単純比較は危険です。企業ごとの、M&A戦略、無形資産、のれん、減損リスクを確認します。のれんの減損があります。買収した事業が期待通り稼げない場合、のれんの減損が発生することがあります。すると、利益、純資産が減少する可能性があります。PBR分析でもM&A履歴を見ます。特に、大型買収を繰り返す製薬企業、医療機器企業では重要です。
PBRと他の指標との違い、そして3指標を組み合わせる
PBRと自己資本比率は違います。混同しないようにしましょう。PBRは、株価と純資産の関係。自己資本比率は、総資産のうち自己資本がどれくらいあるか。役割が違います。PBRは、市場評価。自己資本比率は、財務構造を見る指標です。PBRとROAも違います。ROAは、企業が持つ総資産からどれだけ利益を生むかを見る指標です。ROEは、株主資本に対する利益。ROAは、総資産に対する利益。PBRは、株主資本に対する市場評価。指標を混ぜず、それぞれ何を測っているかを理解します。
3つの医療企業を比較するケーススタディです。A Pharmaは、PBR0.8倍、ROE3%。B Medical Deviceは、PBR2.5倍、ROE15%。C Healthcare AIは、PBR8倍、ROE25%。PBRだけを見ると、A社が最も安い、C社が最も高い。ROEを見ると、A社3%、B社15%、C社25%。さらに成長率を見ると、A社0%、B社+10%、C社+30%。さらにビジネスモデルを見ると、A社は成熟薬中心、B社は機器+消耗品、C社はクラウド+AI。見え方が変わります。PBRの違いには、ROE、成長率、ビジネスモデル、無形資産が関係している可能性があります。だからPBRだけで順位を付けません。低PBRだから1位、高PBRだから最下位ではありません。重要なのは「なぜ」です。なぜ0.8倍?なぜ2.5倍?なぜ8倍?です。
PBR1倍割れ企業を分析する5段階を紹介します。第1段階、ROEを見る。第2段階、株主資本コストと比較。第3段階、利益改善余地を見る。第4段階、資本政策を見る。第5段階、経営改革を見る。例えばROE3%、資本コスト8%なら、現在は価値創造が弱い。しかし経営計画でROE3%から10%を目指す。その方法を見ます。不採算事業売却、高収益事業投資、自社株買い、M&A見直し、固定費削減。実現可能なら?PBR上昇の可能性があります。これを「PBR改善余地」と考えます。単に、PBR1倍割れだから買うのではありません。重要なのは変化です。現在PBR0.8倍、現在ROE3%、3年後ROE10%へ、市場評価PBR1.5倍へ。企業価値は大きく変わります。利益成長+評価倍率上昇が起こります。前回のPERと同じ構造です。株価は、利益だけでは決まりません。評価倍率も変化する。PER、PBR、ともに、市場評価の変化があります。
PBRと資本政策、そして研究開発型企業の特殊性
PBRと資本政策の関係を考えます。企業が大量の現金を持っている場合を考えます。現金1,000億円、しかし使わない、利益も生まない。株主から見れば、資本効率が低い状態です。経営者には選択肢があります。成長投資、M&A、研究開発、配当、自社株買い、借金返済。資本配分が重要です。資金を、ROICの高い事業へ投入できれば企業価値向上につながります。逆に、低収益事業へ投資、高値M&A、余剰現金放置なら、資本効率が改善しません。PBRは経営者への評価でもあります。「この会社は株主資本をうまく使えるか」という市場からの評価です。
医療企業では研究開発投資があります。ここが一般企業と少し違います。研究開発費を減らせば、短期利益は増えるかもしれません。ROEも上昇する可能性があります。しかし、将来パイプラインが弱くなります。だから単純なROE改善は危険です。研究開発型医療企業では、短期ROEだけを最大化すればよいわけではありません。重要なのは長期ROEです。将来利益を生む研究開発へ、適切に投資すること。
A Pharmaのケーススタディを見てみましょう。研究開発費、年間1,000億円。経営者が半分に削減。短期利益、+500億円。ROE上昇。市場から高評価?必ずしもそうではありません。5年後、新薬候補不足。特許切れ。利益急減。短期ROE改善が長期価値を壊す可能性があります。JMEIでは「良いROE」と「悪いROE」を区別します。良いROEは、競争力、高利益率、技術力、高ROIC投資。悪いROE改善は、研究開発削減、必要投資削減、過度な財務レバレッジです。数字の背景を見る。これが医療企業分析では重要です。
JMEI式「PBRを見る15の質問」
ここまで来ると、PER、PBR、ROEの3つの指標がつながります。PERは、利益に対する市場評価。PBRは、株主資本に対する市場評価。ROEは、株主資本から利益を生む力。そして、PBR=PER×ROE。3つの架空企業のケーススタディを見てみましょう。A社は、PER10倍、ROE5%、PBR0.5倍。B社は、PER20倍、ROE15%、PBR3倍。C社は、PER30倍、ROE25%、PBR7.5倍。倍率には理由があります。高PBR企業は、高PER、または高ROE、あるいはその両方であることが分かります。
JMEI式PBR分析は、PBRを見る、ROEを見る、PERを見る、利益成長を見る、資本コストを見る、ROICを見る、無形資産を見る、資本配分を見る、将来ROEを見るという順番で考えます。医療企業のPBRを見るときには、次の15項目を確認しましょう。PBRは何倍か。BPSはいくらか。ROEは何%か。ROEは上昇しているか。株主資本コストを上回っているか。PERは何倍か。PBRの高さ・低さはROEで説明できるか。純資産の中身は何か。余剰現金は多すぎないか。のれんは大きくないか。減損リスクはないか。帳簿に表れない無形資産は何か。研究開発力は高いか。経営者の資本配分は適切か。3年後のROEは現在より高くなるか。そして最後に、「この企業は、株主から預かった資本を将来もっと大きな価値へ変えられるか?」と考えます。
練習問題
問題1 PBRとは何でしょうか。(A.株価÷EPS B.株価÷BPS C.売上÷純資産 D.利益÷売上)
【答え】Bです。PBR=株価÷BPSです。
問題2 BPSとは何でしょうか。
【答え】Book-value Per Share。1株当たり純資産です。
問題3 株価2,000円、BPS1,000円。PBRはいくらでしょうか。
【答え】2倍です。
問題4 PBR0.8倍なら必ず割安でしょうか。
【答え】いいえ。ROEが低い、将来利益が減少する、資本効率が悪いなどの理由で市場評価が低い可能性があります。
問題5 PER20倍、ROE10%。PBRはいくらでしょうか。
【答え】2倍です。PBR=PER×ROEなので、20×10%=2です。
問題6 PBR1倍割れ企業を見るとき、特に重要な指標は何でしょうか。
【答え】ROEです。さらに株主資本コストと比較し、資本を十分効率的に使えているか確認します。
問題7 高PBR企業は必ず割高でしょうか。
【答え】いいえ。高ROE、高成長、強い無形資産、高い競争優位などによって高PBRが正当化される場合があります。
問題8 製薬企業の価値がBPSだけでは分からないのはなぜでしょうか。
【答え】研究開発力、パイプライン、特許、研究者、販売網など、帳簿上の純資産だけでは十分に表せない無形価値が大きいためです。
問題9 M&Aを繰り返す企業のPBRを見るとき、何に注意すべきでしょうか。
【答え】のれんや無形資産が純資産に与える影響と、将来の減損リスクです。
問題10 PBR分析で最も重要な問いは何でしょうか。
【答え】「この企業は株主資本を使って、将来どれだけ高い利益と企業価値を生み出せるか」です。
総合ケーススタディ――3社のPBRを比較する
3つの架空医療企業を比較します。A Pharmaは、PBR0.8倍、ROE4%、PER20倍。B Medical Deviceは、PBR2.4倍、ROE12%、PER20倍。C Diagnosticsは、PBR5倍、ROE20%、PER25倍。PBRだけならA社が最も安い、C社が最も高い。ROEを見ると、A社4%、B社12%、C社20%。さらに事業を見ると、A Pharmaは成熟薬中心、3年後主力薬特許切れ。B Medical Deviceは売上+10%、新製品投入。C Diagnosticsは装置設置台数増加、専用試薬+15%、高いリカーリング収益。市場評価には理由があります。A社の低PBRは、低ROE+将来減益懸念。B社は、安定した資本効率+成長。C社は、高ROE+高成長+継続収益。
ではC社が最も魅力的でしょうか。まだ分かりません。PBR5倍には高い期待が入っています。成長が止まれば、市場評価が低下する可能性があります。A社にも可能性があります。新薬成功、不採算事業整理、ROE改善。例えば3年後、ROE4%から10%。PER15倍なら、PBRは1.5倍。現在0.8倍から大きく変わります。これが、企業変革によるリレーティングです。重要なのは現在値だけではありません。現在PBR、将来PBR、その間に何が起きるかを見る必要があります。
JMEIでは、PBRを、「1倍を下回っているから割安」という単純な指標として扱いません。PBRは、企業が株主から預かった資本を、どれだけ価値へ変換できているかに対する市場評価として考えます。例えば、純資産1,000億円、時価総額700億円、PBR0.7倍。この数字を見たとき、「300億円分安い」と考える前に、なぜ市場は1,000億円の資本へ700億円しか価値を付けていないのかを調べます。ROEが低いのか、成長しないのか、主力薬が特許切れなのか、資本配分が悪いのか、余剰現金を活用できていないのか、M&Aに失敗しているのか。反対に、PBR5倍なら、なぜ純資産の5倍もの評価を受けているのかを調べます。高ROE、高ROIC、強いブランド、技術、特許、リカーリング収益、研究開発力、成長市場などが背景にあるかもしれません。
JMEIでは、PBR、ROE、ROIC、資本コスト、資本配分、競争優位、将来利益という順番で考えます。そして最後に、「この会社は、100円の資本を110円、150円、200円の価値へ変えていける会社なのか?」と考えます。PBRとは、資産の安さを見る数字ではありません。企業が資本から価値を生み出す能力に対して、市場が付けた評価なのです。
JMEI Medical Insight
医療企業でPBRを見るとき、特に重要なのは、「貸借対照表に載っていない資産」です。例えば製薬企業。貸借対照表には、現金、工場、設備、在庫、のれんなどが載っています。しかし、20年間蓄積した創薬ノウハウ、優秀な研究者、臨床開発能力、規制当局への対応力、医師とのネットワーク、世界販売網、企業ブランド。これらの価値が、すべてそのまま純資産へ計上されているわけではありません。医療機器企業も同じです。病院に何万台の装置が設置されているか。医師がその製品を使い慣れているか。専用消耗品を継続購入するか。その企業名が安全性と結び付いているか。こうしたものは、見えない資産です。
したがって医療企業では、PBRが高い=資産に対して高すぎるとは単純には言えません。反対に、巨大な工場、大量の現金、多くの土地を持っていても、そこから利益を生み出せなければ、PBRは低くなる可能性があります。JMEIが重視するのは、Book Valueそのものではありません。Book Valueを、どれだけMedical Valueへ変換できるかです。研究開発、医療技術、販売網、データ、人材、ブランド。これらの無形資産が、最終的に、売上、利益、FCF、ROIC、ROEへ変換される。その能力こそ、医療企業の本当の資産です。
今回のポイント
第38講で最も覚えてほしいのは、「PBR1倍割れイコール割安ではない」ということです。PBRを見るときには、PBRを見る、BPSを見る、ROEを見る、PERを見る、株主資本コストと比較する、ROICを見る、資本配分を見る、無形資産を見る、将来ROEを見るという順番で考えます。そして、PBR=PER×ROEという関係を覚えてください。PBRが低い理由は、PERが低い、ROEが低い、あるいは両方かもしれません。PBRが高い理由も、PERが高い、ROEが高い、あるいは両方です。特に医療企業では、帳簿に表れない、研究開発力、パイプライン、ブランド、医師とのネットワーク、データ、技術、リカーリング収益基盤などを見る必要があります。最後に、「この企業は、株主から預かった100円を、将来どれだけ大きな価値へ変えられるのか?」と問いかけます。PBRを見るということは、資産の値段を見ることではありません。企業の、資本を価値へ変換する力を見ることなのです。
次回予告
第39講 EV/EBITDAとは何か?――借金の多い企業と少ない企業をどう比較するのか
第38講では、PBRを学びました。そして、PER、PBR、ROEがつながっていることを確認しました。しかし企業比較には、まだ一つ問題があります。例えば、A社、時価総額1,000億円、借金ほぼゼロ。B社、時価総額1,000億円、借金1,000億円。株式市場では、どちらも時価総額1,000億円です。では、この2社の事業価値は本当に同じでしょうか。違います。企業を丸ごと買収すると考えれば、借金も考える必要があります。そこで登場するのが、EV、Enterprise Valueです。そしてEVを、企業が本業から生み出す利益指標の一つである、EBITDAと比較したものが、EV/EBITDA倍率です。次回は、EVとは何か、時価総額と何が違うのか、EBITDAとは何か、営業利益と何が違うのか、減価償却費をなぜ戻すのか、EV/EBITDA倍率は何を意味するのか、設備投資の大きい医療機器企業でどう使うのか、M&AでなぜEV/EBITDAが重視されるのか、PERでは比較しにくい企業をどう比較するのか、そして「株価が安い企業」と「企業全体を安く買える企業」は何が違うのかを、企業価値評価を、株式の値段から企業全体の値段へ広げていきます。
本講座に関するご注意
本講座は、企業分析の考え方を学ぶための教育コンテンツです。金融商品取引法に基づく投資助言・代理業には該当せず、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。講座内で企業を題材として扱う場合も、あくまで分析手法を説明するための例示です。
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受講による学習成果、および受講者の投資成果を保証するものではありません。投資その他の意思決定は、ご自身の判断と責任において行ってください。