JMEI 医療企業分析アカデミー 第6講 「株価が高い・安い」を値段だけで判断してはいけない
はじめに
第5講ではキャッシュ・フローについて学びました。会社を見るときには、売上が伸びているか、利益が出ているかだけでなく、実際に現金を生み出しているかまで見る必要がある、という話でした。ここまでの講義では、企業分析とは何か、売上・利益・利益率、ROE・ROA、自己資本比率・有利子負債、キャッシュ・フローと、主に会社そのものを見る力を積み上げてきました。
ここまで理解すると、「この会社は成長している」「財務も比較的健全だ」「本業から現金も生み出している」といったことが少しずつ分かるようになります。では次に、こんな疑問が出てきます。
「良い会社なのは分かった。でも、今の株価は高いのか、安いのか?」
そこで登場する代表的な指標が、PERとPBRです。今回は、企業分析と株価を初めて結びつけます。
株価1,000円と株価5,000円、どちらが高い?
まず、株価1,000円のA社と株価5,000円のB社を考えてみましょう。どちらの株が高いでしょうか。「B社」と答えたくなるかもしれませんが、企業分析ではこれだけでは判断できません。なぜなら、株価は1株当たりの値段にすぎないからです。
A社が1株当たり10円の利益、B社が1株当たり500円の利益を生み出していたらどうでしょうか。株価だけを見るとB社はA社の5倍ですが、1株当たり利益は50倍あります。そこで、株価と会社が生み出す利益との関係を見る必要があります。それがPERです。
PERとは何か
PERとはPrice Earnings Ratioの略で、日本語では株価収益率と呼ばれます。基本的な計算式は、株価を1株当たり利益(EPS)で割ったものです。
株価2,000円、1株当たり利益100円なら、2,000円÷100円=20倍で、PERは20倍になります。
「20倍」と言われても最初は分かりにくいと思いますが、非常に単純化すると、現在の株価が会社の1年分の1株当たり利益の20倍で評価されている、という意味です。100円の利益を生み出す株に2,000円の値段が付いている、つまり20倍だと考えると、「この会社の利益に対して、市場はいくらの値段を付けているのか」を見る指標だとイメージできます。
ここで新しくEPSという言葉が出てきました。EPSはEarnings Per Shareの略で、1株当たり利益を意味し、単純化すると当期純利益を発行済株式数で割って考えます。当期純利益100億円、株式数1億株なら、1株当たり利益は100円です。企業全体の利益ではなく、1株についてどれくらい利益を生み出したのかを見る数字です。
PERは低いほど良いのか?――バリュートラップ
次に、PER10倍のA社とPER30倍のB社があるとします。数字だけならA社の方が安く見えますが、PERが低い会社ほど良いのでしょうか。ここがPER分析で最も重要なところで、答えは必ずしもそうではありません。
例えばA社がPER10倍で利益成長率0%、B社がPER30倍で利益成長率30%だったとします。B社は現在の利益に対して株価が高く評価されていますが、市場が「これから利益が大きく増える」と予想しているため、PERが高くなっている可能性があります。つまり高PERには将来への期待が含まれていることがあります。
反対に、PER5倍という会社を見つけたら「ものすごく割安だ」と思うかもしれません。しかし市場が、売上が減りそう、利益が減りそう、主力事業が衰退している、競合に負けている、と考えているため低い評価になっている可能性があります。したがって、低PER=お買い得とは限りません。これを「割安に見えるだけ」という意味で、バリュートラップと呼ぶこともあります。
医療企業のPERは「未来」を映す
医療企業を見るときは、この考え方が特に重要です。例えば、ある医療機器メーカーが画期的な製品を開発し、現在は日本国内だけで販売しているものの、米国承認を取得し、欧州販売開始、世界市場へ拡大予定だったらどうでしょうか。現在の利益はまだ小さくても、3年後、5年後の利益増加を市場が期待して、高いPERが付くことがあります。つまり、現在の利益だけでは説明できないPERが存在するのです。
製薬会社の場合には、新薬、パイプライン、特許、臨床試験などが将来利益を大きく左右するため、さらに複雑になります。例えば現在のPERが40倍でも、数年後に大型新薬が発売され利益が倍増すると市場が考えているなら、その期待が株価に反映されている可能性があります。逆に現在のPERが10倍でも、主力薬の特許切れが近く数年後に利益が大きく減ると予想されていれば、PERが低くなっている可能性があります。したがって製薬企業では、PER+パイプライン+特許という視点が重要になります。
架空の製薬会社2社で比較してみましょう。Aファーマは株価2,000円、EPS200円、PER10倍、利益成長率2%、主力薬特許切れ3年後。Bファーマは株価4,000円、EPS160円、PER25倍、利益成長率20%、第III相新薬3本。
数字だけならA社の方が割安ですが、企業の将来を考えるとどうでしょうか。A社はPER10倍ですが、主力薬の特許切れが3年後に控えており、今後利益が減少する可能性があります。B社はPER25倍で一見割高ですが、利益成長率20%で有望な新薬候補もあります。
ここで重要なのは、「PERが何倍か」ではなく「なぜそのPERなのか」です。企業分析では、PERを見る、成長率を見る、事業を見る、将来利益を考える、という順番で進めます。
同業他社と、過去の自社と比べる
PERは単独で見るより、同業他社と比較すると分かりやすくなります。例えば医療機器3社がA社PER15倍、B社PER22倍、C社PER40倍だったとします。C社だけ非常に高いですが、「C社は割高だからダメ」とは考えません。次に、なぜC社だけ40倍なのかを調べます。海外売上が急増している、新製品が高成長している、利益率が改善している、巨大市場へ進出しているといった理由があるかもしれません。
同じ会社でもPERは変化するため、過去のPERとも比較します。例えばAメディカルの過去5年間のPERが15倍、17倍、16倍、18倍と推移し、現在30倍だったとします。現在だけかなり高くなっているので、「以前より高く評価される理由が生まれたのか?」を考えます。新製品、M&A、海外成長、利益率改善などがあれば、評価が変わった理由を説明できるかもしれません。逆に理由が見つからなければ、市場期待が過熱している可能性も考えます。
PBRとは何か
次にPBRとは何かです。PERが利益から見た株価評価なら、PBRは純資産から見た株価評価です。PBRはPrice Book-value Ratioの略で、日本語では株価純資産倍率と呼ばれます。計算式は、株価を1株当たり純資産(BPS)で割ったものです。
BPSはBook-value Per Shareの略で1株当たり純資産のことで、会社の純資産1,000億円、株式数1億株なら、BPSは1,000円です。会社の純資産を1株当たりに直した数字だと考えてください。
例えば株価1,000円、BPS1,000円なら、1,000÷1,000=1倍でPBR1倍です。非常に単純化すると、1株当たり純資産と株価が同じ水準ということです。株価2,000円ならPBR2倍で、純資産の2倍の評価を株式市場から受けていることになります。
ここもPERと同じ注意が必要です。PBR0.7倍の会社を見つけて「会社の純資産より株価が安い、それなら買いでは?」と思うかもしれませんが、市場は、収益性が低い、資産を有効活用できていない、将来成長が期待できない、などと判断している可能性があります。したがって、PBR1倍割れ=必ず割安ではありません。
PBRとROEはつながっている
PBRを考えるとき、第3講で学んだROEが重要になります。ROEは自己資本を使ってどれくらい利益を生み出したかを見る指標でした。
A社がPBR0.8倍でROE3%、B社がPBR3倍でROE20%だったとします。A社の方がPBRは低いものの、B社は自己資本から非常に効率よく利益を生み出しています。市場が「B社の資本には高い価値がある」と評価している可能性があり、ここで第3講の知識がPER・PBR分析につながってきます。
架空の医療機器A社・B社で見てみましょう。AメディカルはPER12倍、PBR0.9倍、ROE5%、売上成長率1%。BメディカルはPER25倍、PBR4倍、ROE18%、売上成長率15%。数字だけならA社の方が圧倒的に「安く」見えますが、A社は低成長、B社は高成長でROEも高いとすれば、市場評価の違いには理由があるかもしれません。重要なのは、安い数字を探すことではありません。
「割安」と「低評価」は同じではない
これは企業分析で非常に重要な点ですが、PERやPBRが低い会社には、本当に市場から過小評価されている会社と、業績や将来性に問題があり低く評価される理由がある会社があります。つまり、割安と低評価は同じではありません。
本当に魅力的なのは、企業価値に対して株価評価が低い会社です。これを見つけるには、PERやPBRだけでなく事業内容まで理解する必要があります。
逆も同じで、高PERだからといって必ず割高とは限りません。利益が毎年30%成長する会社なら、現在のPER30倍が数年後には自然に低下する可能性があります。一方、成長率5%の会社にPER50倍が付いているなら、市場の期待が非常に大きい可能性があります。そこで見るのが、PERと成長率のバランスです。この考え方は今後の講義でさらに詳しく扱います。
医療企業は、新薬承認、臨床試験、海外展開、新製品、M&Aなどによって将来利益が大きく変わることがあります。そのためPERには、現在の利益だけでなく未来への期待が反映されやすいことがあります。例えば新薬承認前から株価が大きく上昇し、承認発表後に株価が下落するということもあります。なぜでしょうか。市場が承認をすでに期待し、株価に織り込んでいた可能性があります。つまり、良いニュース=必ず株価上昇でもありません。
医療企業を見るときの8つの確認
医療企業を見るときは、次の8つを確認しましょう。
- PERは何倍か
- PBRは何倍か
- 同業他社と比べて高いか低いか
- 過去の自社平均と比べてどうか
- 利益は今後成長しそうか
- ROEは高いか
- 低PER・低PBRには理由がないか
- 高い評価を正当化できる成長材料があるか
ここまで見ることで、「PER10倍だから買い」「PBR1倍割れだから割安」という単純な分析を避けることができます。
架空の2つの医療企業で最後にまとめてみましょう。CメディカルはPER9倍、PBR0.8倍、ROE4%、売上成長率-3%、主力製品市場は縮小。DメディカルはPER28倍、PBR4倍、ROE19%、売上成長率18%、海外売上が急増。
数字だけならC社は非常に安く見えますが、低PER・低PBRには低成長という理由があるかもしれません。D社は高PER・高PBRですが、高ROE、高成長、海外展開が市場から評価されている可能性があります。ではD社を買えばよいのでしょうか。それもまだ分かりません。D社の成長期待が株価へ過度に織り込まれていれば、良い会社でも株価としては割高かもしれません。つまり、企業価値の分析と株価評価の分析は別々に行い、最後に結びつける必要があります。
JMEIの視点
JMEIでは、PERやPBRを「買い・売りを決める数字」とは考えません。むしろ、PERが高いならなぜ市場は高く評価しているのか、PBRが低いならなぜ市場は純資産より低く評価しているのか、という問いを作るために使います。
特に医療企業では、研究開発、新薬、特許、海外展開、医療機器の普及、市場成長によって、数年後の会社の姿が現在とは大きく変わることがあります。だからこそ、現在の数字+未来の事業の両方を見る必要があります。
医療企業には、PERだけでは表現しにくい価値があります。例えば、まだ利益をほとんど生み出していない企業が、治療法のなかった疾患を治療できる技術を開発しているとします。現在のPERだけなら評価できないかもしれません。逆に、現在非常に大きな利益を生み出している企業でも、主力薬の特許切れが近ければ、その利益が将来も続くとは限りません。
つまり医療企業では、「現在いくら儲かっているか」と「未来の医療をどれだけ変えられるか」の間に大きな時間差があります。JMEIでは、財務、市場評価、技術、医療価値の4つを組み合わせて企業を見ます。PERやPBRは重要ですが、数字だけで医療企業の未来を決めない。これもJMEI医療企業分析の重要な考え方です。
今回のポイント
今回最も覚えてほしいのは、「株価そのものを見ても、高いか安いかは分からない」ということです。
PERは利益に対して株価が何倍に評価されているか、PBRは純資産に対して株価が何倍に評価されているかを示します。しかし、低PER=割安、高PER=割高、PBR1倍割れ=買い、ではありません。重要なのは「なぜ、その評価になっているのか?」です。
第1講から会社そのものを学んできた理由が、ここで少し見えてきます。会社を理解していなければ、PERやPBRが安いのか、それとも安く見えるだけなのかを判断できないからです。
今日のチェックテスト
Q1 株価3,000円、EPS150円の会社があります。PERは何倍でしょうか。(A.10倍 B.15倍 C.20倍 D.30倍)
【答え】C.20倍。3,000円÷150円=20倍です。
Q2 株価2,000円、BPS1,000円です。PBRは何倍でしょうか。
【答え】2倍です。2,000円÷1,000円=2倍です。
Q3 PER8倍の会社とPER25倍の会社があります。8倍の会社の方が必ず割安でしょうか。
【答え】必ずしもそうではありません。PER8倍の会社では利益減少が予想されている可能性があり、PER25倍の会社では高い成長が期待されている可能性があります。
Q4 PBR0.8倍の会社を見つけました。すぐ「お買い得」と判断してよいでしょうか。
【答え】判断できません。ROE、収益性、将来性などを確認し、なぜPBR1倍を下回っているのかを調べます。
Q5 ある製薬会社のPERが40倍です。どのようなことを確認すべきでしょうか。
【答え】新薬、パイプライン、利益成長率、特許、海外展開など、高いPERを正当化できる将来成長があるかを確認します。
Q6 A社はPBR1倍、ROE3%。B社はPBR3倍、ROE18%です。PBRだけでA社の方が魅力的と判断できますか。
【答え】判断できません。B社が自己資本をより効率的に利益へ変えているため、市場から高く評価されている可能性があります。
次回予告
第7講 決算短信はどこから読む?──大量の数字から「重要な5か所」を見つける方法
ここまで、売上・利益、ROE・ROA、財務、キャッシュ・フロー、PER・PBRを学びました。次はいよいよ、それらの数字が実際に掲載されている決算短信を読んでみます。決算短信を初めて開くと数字や専門用語が大量に並んでいますが、最初から全部読む必要はありません。第7講では「まずどこを見るか」を5か所に絞り、売上高、営業利益、通期予想、財政状態、キャッシュ・フローを実際の企業分析につなげる方法を学びます。ここからJMEI医療企業分析アカデミーは、指標を覚える段階から、実際の決算資料を自分で読む段階へ進みます。
本講座に関するご注意
本講座は、企業分析の考え方を学ぶための教育コンテンツです。金融商品取引法に基づく投資助言・代理業には該当せず、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。講座内で企業を題材として扱う場合も、あくまで分析手法を説明するための例示です。
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受講による学習成果、および受講者の投資成果を保証するものではありません。投資その他の意思決定は、ご自身の判断と責任において行ってください。