JMEI 医療企業分析アカデミー 第32講 製薬・バイオ企業の「まだ売上になっていない未来」を読む
第31講では、リカーリング収益について学びました。医療企業の中には、製品を一度販売した後も、試薬、消耗品、保守、ソフトウェア利用料などから継続的に収益を得る企業があります。そのため、現在の売上高だけではなく、インストールベース、利用量、リカーリング売上比率、ARR、解約率などを見ることで、将来の売上の安定性を考えました。今回は、製薬・バイオ企業へ進みます。製薬企業の分析では、現在販売している医薬品だけを見ていてはいけません。なぜなら医薬品には、特許切れがあります。現在、年間5,000億円を売り上げている大型医薬品があっても、その売上が永久に続くわけではありません。一方、現在は売上がほとんどない企業でも、非常に有望な新薬候補を持っていることがあります。この、研究・開発中の医薬品候補を分析するために重要なのが、パイプラインです。製薬企業の企業価値を考えるうえでは、現在の売上と、未来のパイプラインの両方を見る必要があります。第32講では、パイプラインとは何か、第1相、第2相、第3相臨床試験とは何か、承認申請とは何か、なぜ開発段階が重要なのか、成功確率をどう考えるのか、ピークセールスとは何か、特許切れとパイプラインをどう組み合わせるのか、一つの新薬候補に依存する企業はなぜ危険なのか、そして「現在儲かっている製薬企業」と「10年後も成長できる製薬企業」は何が違うのかを、製薬・バイオ企業の「未来の売上」を読む方法として学んでいきます。
パイプラインの基本と開発段階
製薬企業におけるパイプラインとは、研究・開発中の医薬品候補の集合と考えると分かりやすいでしょう。例えばA製薬が、候補薬Aは第3相、候補薬Bは第2相、候補薬Cは第2相、候補薬Dは第1相、候補薬Eは前臨床という5つの候補を開発している。これらがA製薬の研究開発パイプラインです。なぜ「パイプライン」と呼ぶのでしょうか。一本の管を想像してください。研究段階から候補薬が入り、研究、前臨床、第1相、第2相、第3相、承認申請、承認、発売と進んでいきます。しかし、すべての候補薬が最後まで到達するわけではありません。途中で多くの候補が開発中止になります。
新薬候補が、効かなかった、安全性に問題があった、競合薬に優位性がなかった、臨床試験がうまくいかなかった、製造上の問題が発生したなどによって開発中止になることがあります。したがって、パイプライン10本=将来10製品発売ではありません。パイプラインを見るときに最初に覚えてほしいのは、パイプラインは売上ではないということです。まだ研究・開発段階です。企業分析では、将来売上になる可能性として評価します。
非常に単純化すると、基礎研究、創薬候補発見、前臨床試験、第1相臨床試験、第2相臨床試験、第3相臨床試験、承認申請、規制当局審査、承認、発売という流れがあります。前臨床試験では、人へ投与する前に、薬理作用、毒性、安全性などを調べます。細胞や動物などを用いた研究が行われます。ここで、人に投与して臨床試験へ進める候補なのかを検討します。第1相試験、Phase 1、日本語では第1相臨床試験です。一般的には、安全性、忍容性、薬物動態などを確認する初期段階です。対象や試験設計は疾患・治療法によって異なります。第1相に入ったからといって、大型新薬になると考えるのは早すぎます。まだ開発初期です。ここから多くの候補が脱落する可能性があります。
第2相試験、Phase 2では、対象となる患者などで、有効性、用量、安全性などを検討します。企業分析では非常に重要な段階です。なぜなら、本当に患者に効果がありそうかという情報が増えてくるからです。第2相では、PoC、Proof of Conceptという考え方が重要になります。簡単にいえば、「この治療コンセプトは人でも有効そうだ」という証拠を得られるかを見る段階です。第1相では、安全性は確認できた、しかし効果はまだ不明だった候補薬が、第2相で明確な有効性を示すと、企業への市場評価が大きく変わることがあります。
第3相試験、Phase 3は、承認申請に向けて、より大規模な患者集団で有効性・安全性を検証する重要な試験です。一般的には第1相、第2相より開発が進んだ段階です。これは非常に重要ですが、第3相まで来た=ほぼ承認ではありません。第3相でも、主要評価項目を達成できない、安全性問題、競合薬との関係などによって開発が失敗することがあります。Clinical Trialでは、Primary Endpoint、主要評価項目が設定されます。例えば、全生存期間、無増悪生存期間、症状改善、特定検査値などです。何を主要評価項目にするかは疾患や試験によって異なります。企業発表で、「良好な傾向」という表現があったとしても、主要評価項目を達成したかを確認することが重要です。臨床試験では、結果が偶然によるものではないと考えられるかを統計的に検討します。初心者の段階では、主要評価項目を達成したのか、達成しなかったのかをまず確認しましょう。
臨床試験などで必要なデータを集めた後、規制当局へ医薬品の承認を申請します。日本なら医薬品医療機器総合機構などが審査に関わります。米国ではU.S. Food and Drug Administrationが重要な規制当局です。申請したら必ず承認されるわけではありません。追加データを求められる、審査期間が延びる、承認されないという可能性があります。申請段階でも不確実性は残っています。承認されても終わりではありません。承認、発売、売上急増とも限りません。医師に採用されるか、保険償還されるか、競合薬より優れているか、価格はどうか、安全性はどうかなどによって販売成績は変わります。製薬企業分析には大きく、科学の壁、規制の壁、市場の壁があります。薬が効くのか、承認されるのか、売れるのかです。
アンメットニーズとピークセールス
A薬は第3相、対象市場1,000億円、競合薬多数。B薬は第3相、対象市場5,000億円、有効な治療選択肢が少ない。同じ第3相でも、将来の商業価値は違う可能性があります。医療企業分析で非常に重要な言葉が、アンメット・メディカル・ニーズです。Unmet Medical Needs、十分な治療法がない医療ニーズと考えることができます。有効な治療法がほとんどない疾患で高い効果を示す新薬は、大きな医療価値を持つ可能性があります。患者数100万人、だから市場が大きいとは限りません。診断率、治療率、薬価、競合、治療期間などが関係します。患者数が少なくても、高いアンメットニーズ、高い医療価値、高薬価、長期治療などによって事業として成立することがあります。
製薬企業分析でよく使われる言葉が、Peak Salesです。その薬が最も普及した時期に到達すると予想される年間売上高という意味です。ある新薬について、ピークセールス予想1,000億円とします。これは、承認された瞬間に1,000億円売れるという意味ではありません。売上は通常徐々に増えます。発売1年目100億円、2年目300億円、3年目600億円、4年目850億円、5年目1,000億円というように普及していく可能性があります。ピークセールス予想は、会社、証券会社、調査会社、市場予測などによって数字が異なることがあります。したがって、ピークセールス1,000億円という数字を絶対視してはいけません。
ピークセールスを自分で考える簡単な方法として、対象患者数×治療率×市場シェア×年間薬価を使います。例えば、対象患者10万人、治療率50%、自社薬シェア20%、年間薬価100万円なら、10万人×50%×20%×100万円=100億円というイメージです。「ピークセールス100億円」だけでは分かりません。患者数、治療率、シェア、薬価へ分解すると、どの仮定が楽観的なのかを考えられます。会社予想がピークセールス2,000億円でも、対象患者10万人、現在治療を受けている患者3万人、競合薬5種類だったとすると、本当に2,000億円まで到達するでしょうか。前提条件を確認する必要があります。
パイプライン分析では、ピークセールスだけでは不十分です。なぜなら、承認されない可能性があるからです。候補薬Aが、成功した場合のピークセールス1,000億円、しかし成功確率10%。単純な期待値的発想なら、1,000億円×10%=100億円。候補薬Bが、ピークセールス500億円、成功確率70%。500億円×70%=350億円。ピークセールスはA薬の半分ですが、開発段階を考慮するとB薬の方が期待値的には大きくなる場合があります。もちろん実際には、開発費、発売までの年数、利益率、税金、特許期間、競合、割引率などを考える必要があります。製薬・バイオ企業分析では、rNPV、Risk-adjusted Net Present Valueという考え方があります。将来キャッシュフローに、成功確率を反映し、さらに現在価値へ割り引いて考えます。初心者はまず、開発段階、成功した場合の市場規模、成功確率の3つを意識しましょう。
パイプラインの質、集中度、特許切れとの組み合わせ
A社パイプライン50本、B社10本、だからA社が優れているとは限りません。開発段階を見ると、A社50本のうち第1相以前45本、第2相5本、第3相0。B社10本のうち第1相2本、第2相3本、第3相5本なら、近い将来の製品化可能性はB社の方が高いかもしれません。重要なのは、本数×開発段階×成功確率×市場規模×競争優位性です。企業分析では、候補薬、対象疾患、作用機序、開発段階、主要試験結果、次のイベント、競合薬、市場規模を一覧にすると分かりやすくなります。
A Pharmaの候補薬Aはがん、第3相、ピークセールス予想2,000億円。候補薬Bは自己免疫疾患、第2相、ピークセールス予想1,500億円。候補薬Cは希少疾患、第1相、ピークセールス予想500億円。一見、合計4,000億円のパイプラインです。しかし単純に4,000億円とは考えません。候補薬Aは第3相、Bは第2相、Cは第1相で成功確率が異なります。また発売時期も違います。したがって、ピークセールスの単純合計で企業価値を判断してはいけません。
医薬品には知的財産権があります。一定期間、企業は独占的な販売環境を得ることがあります。しかし特許などによる保護が終了すると、後発医薬品、バイオシミラーなどが参入する可能性があります。大型医薬品の特許切れによって、売上が急減することを、Patent Cliffと呼ぶことがあります。A Pharmaは売上1兆円、営業利益3,000億円で非常に高収益。しかし主力薬1製品が売上4,000億円で、3年後に特許切れ。現在利益が大きい、株価指標も割安。しかし3年後、主力薬売上が急減する可能性があります。企業分析では、現在利益と将来利益を分けて考える必要があります。
パイプラインで穴を埋められるか。主力薬4,000億円、特許切れ後2,000億円減少すると予想。一方、新薬A500億円、新薬B800億円、新薬C1,000億円の売上候補がある、合計2,300億円。うまくいけば特許切れを補える可能性があります。しかし全部成功するとは限りません。A、B、Cのうち、一つ失敗、発売遅延、競合薬登場となれば、売上の穴を完全に埋められない可能性があります。JMEI式「特許の崖とパイプラインの橋」として、製薬企業を見るとき、特許の崖の向こう側へ、パイプラインの橋が架かっているかと考えると分かりやすくなります。現在の大型薬が特許切れになる、その前に次の薬が育っているか、これが重要です。
A社の現在売上1兆円、主力薬比率50%、主力薬特許切れ3年後、第3相候補1本。B社の現在売上8,000億円、主力薬比率20%、第3相候補5本、第2相候補10本。現在売上はA社の方が大きい。しかし将来リスクはA社の方が高い可能性があります。製薬企業では、売上上位1製品、上位3製品が売上の何%を占めるかを確認します。一つの薬に依存するほど、特許切れ、安全性問題、競合薬による影響が大きくなります。パイプライン集中度も見ます。候補薬が10本あっても、実質的な企業価値の80%が一つの候補薬に依存していることがあります。特にバイオ企業では重要です。
バイオ企業の財務、提携、競争、適応拡大
B Bioは売上ほぼゼロ、研究開発費100億円、営業赤字120億円、候補薬Xが第3相。この会社の価値の大部分が、候補薬Xに依存しているとします。第3相成功なら、承認、発売、大型薬、企業価値急増という可能性があります。第3相失敗なら、将来売上候補が消える、追加資金調達が必要、研究開発縮小という可能性があります。大型製薬企業とはリスク構造がまったく違います。
赤字バイオ企業では、パイプラインだけでなく、現金が重要です。臨床試験には大きな費用がかかるからです。現在現金300億円、年間キャッシュ流出100億円、単純化すると約3年分。これを、Cash Runwayという考え方で見ることがあります。資金が3年分、第3相終了まで4年なら、途中で追加資金調達が必要になる可能性があります。赤字バイオ企業では、新株発行によって研究資金を調達することがあります。既存株主にとっては、希薄化につながる可能性があります。候補薬が素晴らしい、しかし、承認まで資金がもたないでは問題です。企業分析では、科学と財務をつなげます。
小さなバイオ企業が、大型製薬企業と提携することがあります。開発費負担、販売網、臨床試験能力、規制対応などを補える可能性があります。バイオ企業が新薬候補の権利を、大手製薬企業へライセンスすることがあります。その対価として、契約一時金、マイルストーン、ロイヤルティなどを受け取る場合があります。アップフロントは契約時に受け取る一時金です。ただし一度だけの収益である場合が多いため、継続的な医薬品売上とは区別します。マイルストーンは、第3相開始、承認申請、承認、売上一定額達成などによって追加支払いを受ける契約です。ロイヤルティは、製品発売後、売上の一定割合を受け取る契約です。成功すれば長期的な収益になる可能性があります。全世界で販売組織を作るには、多額の資金が必要です。大手企業へ導出することで、成功確率、開発速度、販売力を高められる可能性があります。
作用機序、Mechanism of Actionは、薬がどの生物学的経路へ作用するのかという考え方です。同じ疾患でも、作用機序が違えば競争力が変わります。新しい作用機序によって、これまでにない治療方法を提供する薬をFirst-in-Classと呼ぶことがあります。成功すれば大きな価値を持つ可能性があります。同じ薬剤クラスの中でも、効果、安全性、投与方法などで優れた薬を目指す考え方が、Best-in-Classです。最初に発売した薬より、後から発売された薬が、効果、安全性、投与頻度、利便性で優れ、市場シェアを取ることがあります。自社薬だけを見るのではなく、競合企業が、同じ標的、同じ疾患でどこまで開発しているか確認します。A社候補薬は第2相で非常に良い結果、しかし競合B社は同じ作用機序で第3相終了、承認申請予定なら、A社が発売する頃には競争環境が変わっている可能性があります。医薬品では、効果が良いだけでなく、早く承認へ到達することも重要です。先行企業が医師・患者・市場を獲得する可能性があるからです。同じ効果なら、毎日注射、月1回注射、飲み薬では患者負担が違います。利便性が市場シェアに影響する可能性があります。非常に高い効果、しかし重い副作用という薬。効果は少し低い、しかし安全性が高いという薬。どちらが選ばれるかは疾患によって異なります。JMEIでは、有効性、安全性、患者負担、投与方法、医療費、QOLなどを総合的に考えます。
すでに承認されている薬を、別の疾患、別の患者群へ広げることがあります。これを適応拡大といいます。現在売上500億円、新しい疾患で承認、対象患者が2倍。すると、新薬をゼロから作らなくても売上成長する可能性があります。企業の研究開発資料では、新規化合物だけでなく、既存薬の適応拡大も重要です。薬Xが現在、疾患Aで売上1,000億円、さらに疾患Bが第3相、疾患Cが第2相、疾患Dが第2相なら、同じ薬の市場が拡大する可能性があります。ただし一薬依存は残ります。適応が増えても同じ薬です。重大な安全性問題が起きれば、複数適応へ影響する可能性があります。パイプライン分散とは別に考えます。
新薬承認、需要急増、しかし生産能力不足では売上を取り逃す可能性があります。特に、バイオ医薬品、細胞治療、遺伝子治療などでは製造が重要になります。第30講では、受注が多くても製造できなければ売上にならないと学びました。製薬企業も同じです。承認されても、製造、供給、販売ができなければ医療現場へ届きません。
JMEI式「パイプラインを見る15の質問」
製薬・バイオ企業を分析するときには、次の15項目を確認しましょう。パイプラインは何本あるか。第1相・第2相・第3相はそれぞれ何本か。最も重要な候補薬は何か。対象疾患は何か。アンメット・メディカル・ニーズは高いか。主要評価項目は何か。これまでの臨床試験結果はどうか。次の重要イベントは何か。競合薬はどこまで開発が進んでいるか。ピークセールスの前提は合理的か。特許期間はどの程度残るか。主力薬の特許切れを補えるか。一つの候補薬へ依存していないか。承認まで研究開発資金は十分か。承認後に製造・販売できる体制があるか。そして最後に、「この企業の現在の利益は、5年後、10年後に何へ置き換わっているのか?」と考えます。
練習問題
問題1 製薬企業のパイプラインとは何でしょうか。(A.借入金一覧 B.研究・開発中の医薬品候補 C.販売店舗一覧 D.工場設備)
【答え】B.研究・開発中の医薬品候補。製薬企業の将来成長を見る重要な材料です。
問題2 第3相試験まで進めば、必ず承認されるでしょうか。
【答え】いいえ。第3相でも有効性や安全性などの問題によって開発が失敗する可能性があります。
問題3 ピークセールスとは何でしょうか。
【答え】その医薬品が最も普及した時期に到達すると予想される年間売上高の目安です。
問題4 ピークセールス1,000億円、第1相の候補薬と、ピークセールス500億円、第3相の候補薬では、必ず前者の価値が高いでしょうか。
【答え】いいえ。開発成功確率や発売までの期間などを考慮する必要があります。
問題5 パテントクリフとは何でしょうか。
【答え】大型医薬品の特許切れなどによって売上が大きく減少することを指す言葉です。
問題6 パイプライン50本の企業は、10本の企業より必ず優れているでしょうか。
【答え】いいえ。開発段階、成功確率、市場規模、競争優位性などを見る必要があります。
問題7 赤字バイオ企業を見るとき、パイプライン以外に特に重要な財務項目は何でしょうか。
【答え】現金残高とキャッシュバーン、そして承認や次の重要試験まで資金がもつかというCash Runwayです。
問題8 すでに承認されている薬でもパイプラインになることがありますか。
【答え】あります。新しい疾患や患者群への適応拡大が開発されている場合です。
問題9 現在利益が大きい製薬企業なら将来も安全でしょうか。
【答え】必ずしもそうではありません。主力薬の特許切れや競合薬の登場、パイプライン不足などを確認する必要があります。
総合ケーススタディ――JMEI Pharmaの10年後を読む
架空のJMEI Pharmaを分析します。現在売上1兆2,000億円、営業利益3,000億円、営業利益率25%。非常に高収益です。主力薬Aを見ると、年間売上4,000億円で全社売上の約33%。しかし主要特許切れまで4年です。現在業績だけなら優良企業。売上成長+8%、営業利益+10%、営業CFも増加。現在の決算だけなら問題は小さく見えます。
4年後を見ます。主力薬Aの特許切れによって、売上が4,000億円から1,500億円まで減少すると仮定します。2,500億円の売上減少です。パイプラインを見ると、候補薬Bはがん・第3相でピークセールス1,500億円、候補薬Cは自己免疫疾患・第3相でピークセールス1,000億円、候補薬Dは肥満関連疾患・第2相でピークセールス3,000億円、候補薬Eは希少疾患・第2相でピークセールス500億円、候補薬Fは神経疾患・第1相でピークセールス2,000億円。単純合計すると8,000億円で非常に大きなパイプラインに見えます。しかし、8,000億円の未来売上と考えてはいけません。
開発段階を考えると、BとCは第3相、DとEは第2相、Fは第1相で成功確率、発売時期、競争環境が異なります。特許切れまで4年という点が重要です。候補薬がいつ発売できるのかです。主力薬Aが4年後に減少、候補薬Fが発売まで8年以上かかるなら、売上の谷を埋める役割には間に合わない可能性があります。第3相のBとCが、主力薬Aの特許切れ前後に発売できるか。これが企業分析の重要ポイントになります。候補薬Dはピークセールス3,000億円と非常に大きい。しかしまだ第2相。成功すれば企業の成長ドライバー、失敗すれば将来予想が大きく変わります。企業価値を一つの薬に依存させないという観点では、B、C、D、E、Fという複数候補があります。パイプライン分散は、一つの試験失敗による影響を軽減する可能性があります。
研究開発費を見ると、JMEI Pharmaの研究開発費は年間2,000億円、売上比率約17%。研究開発費は現在利益を減らします。しかしR&Dを削ればよいわけではありません。研究開発費を半分にすれば、短期利益は増えるかもしれません。しかし将来のパイプラインが減ります。製薬企業では、現在利益と未来への投資のバランスを見る必要があります。研究開発費が多いだけでは十分ではありません。重要なのは、投入した研究開発費が、有望な候補薬、承認、売上へつながっているかです。過去10年間、研究開発費1兆円で新薬承認1品なのか、新薬承認10品なのかでは、研究開発組織の生産性が違う可能性があります。
自社研究だけではなく、バイオ企業買収によって候補薬を獲得する製薬企業もあります。これはパイプライン強化の一つの方法です。ただし買収価格を見ます。有望な候補薬だから高額買収、しかし開発失敗となれば、減損につながる可能性があります。M&Aによるパイプライン獲得もリスクがあります。10年後の姿を描くと、現在、主力薬A4,000億円が、10年後にはA500億円、B1,200億円、C800億円、D2,500億円、E400億円、さらに新しい候補薬という姿になっているかもしれません。製薬企業は、主力製品を次々と入れ替えながら成長する企業なのです。
JMEIでは製薬企業を分析するとき、現在の売上ランキングだけを見ません。まず、現在の売上、主力薬、利益率、営業CFを確認します。次に、主力薬の特許切れ時期を見ます。そして、第3相、第2相、第1相のパイプラインを並べます。さらに、アンメット・メディカル・ニーズ、競合、ピークセールス、成功確率、発売時期、研究開発費、現金、製造能力までつなげます。JMEIでは、現在売上、主力薬集中度、特許切れ、第3相パイプライン、第2相パイプライン、第1相パイプライン、成功確率、市場規模、発売時期、将来売上という順番で考えます。そして、「現在の主力薬が消えたとき、この企業には次の主役がいるのか?」と問いかけます。これが製薬企業分析の非常に重要な視点です。
JMEI Medical Insight
製薬企業のパイプラインを見るとき、最も重要なのは、「何本あるか」ではありません。JMEIが重視したいのは、その薬が医療をどれだけ変える可能性があるかです。患者数が多いから価値が高い、市場規模が大きいから良い薬とは限りません。患者が100万人いる疾患で、既存治療とほとんど変わらない薬。一方、患者は1万人しかいない、しかし現在有効な治療法がなく、その薬によって生命予後やQOLが大きく改善する。後者には非常に大きな医療価値がある可能性があります。だからJMEIでは、市場規模だけでなく、アンメット・メディカル・ニーズを重視します。さらに、有効性、安全性、患者負担、投与方法、医療費、既存治療との比較まで考えます。
医療価値が高い、規制当局から承認される、医師から選ばれる、患者へ届く、市場シェアを獲得する、企業売上になるという流れが理想です。しかし途中には、科学、臨床試験、規制、製造、価格、競争という多くの壁があります。したがって、「素晴らしい研究」と、「素晴らしい企業」は必ずしも同じではありません。研究を、承認、製造、医療現場、患者、売上、利益、キャッシュフローまで届ける能力が必要です。強い製薬企業とは、一つの大型薬を持っている会社ではありません。現在の主力薬が特許切れになっても、次の治療法を継続的に生み出せる会社です。
今回のポイント
第32講で最も覚えてほしいのは、「製薬企業では、現在の売上より先に未来の薬を見る」ということです。パイプラインを見るときには、現在の主力薬を見る、特許切れ時期を見る、パイプライン本数を見る、開発段階を見る、臨床試験結果を見る、アンメット・メディカル・ニーズを見る、競合を見る、ピークセールスを見る、成功確率を考える、発売時期を見る、研究開発費と資金を見るという順番で考えます。パイプライン10本だから、将来10製品発売ではありません。ピークセールス1,000億円だから、将来1,000億円売れるでもありません。研究開発には失敗があります。だから、開発段階×成功確率×市場規模×競争力×発売時期を考える必要があります。そして最後に、「この企業の現在の主力薬がなくなったとき、次の主役は育っているのか?」と問いかけます。この問いを持つことで、現在儲かっている製薬企業と、長期間成長できる製薬企業の違いが見えてきます。
次回予告
第33講 研究開発費(R&D)とは何か?――「利益を減らす費用」と「未来を作る投資」をどう見分けるか
第32講では、パイプラインについて学びました。しかし、有望なパイプラインは何もないところから生まれるわけではありません。企業は、研究者、臨床試験、AI創薬、研究設備、共同研究などへ巨額の資金を投入します。それが、研究開発費です。ここで企業分析の難しい問題が出てきます。研究開発費は会計上、現在の利益を押し下げる場合があります。では、研究開発費が少ない企業の方が優秀なのでしょうか。必ずしもそうではありません。研究開発費を削れば、今年の利益は増える。しかし、5年後の新製品がなくなる可能性があります。反対に、研究開発費を大量に使っている、しかし、新薬も新製品も生まれないなら、資金を効率的に使えていない可能性があります。次回は、研究開発費とは何か、売上高研究開発費比率とは何か、製薬と医療機器でR&D構造はどう違うのか、研究開発費が増えることは良いのか悪いのか、R&D効率をどう見るのか、研究開発費とパイプラインをどうつなげるのか、自社研究とM&Aはどちらが良いのか、そして「研究開発にお金を使っている会社」と「研究開発から価値を生み出している会社」は何が違うのかを、医療企業の未来への投資を読む方法へ進みます。
本講座に関するご注意
本講座は、企業分析の考え方を学ぶための教育コンテンツです。金融商品取引法に基づく投資助言・代理業には該当せず、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。講座内で企業を題材として扱う場合も、あくまで分析手法を説明するための例示です。
講座に関するご注意
本講座は、企業分析の考え方を学ぶための教育コンテンツです。金融商品取引法に基づく投資助言・代理業には該当せず、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。記事中で企業名に言及する場合も、分析手法を説明するための例示であり、投資を勧めるものではありません。
受講による学習成果、および受講者の投資成果を保証するものではありません。投資その他の意思決定は、ご自身の判断と責任において行ってください。