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医療企業分析アカデミー

第33講 研究開発費(R&D)とは何か?――「利益を減らす費用」と「未来をつくる投資」をどう見分けるか

JMEI 医療企業分析アカデミー 第33講 「利益を減らす費用」と「未来をつくる投資」をどう見分けるか

第32講では、製薬・バイオ企業のパイプラインについて学びました。製薬企業を見るときには、現在どれだけ売れているかだけではなく、第1相、第2相、第3相、承認申請という開発段階にある新薬候補を確認し、「現在の主力薬が特許切れになった後、次の主役が育っているか」を見ることが重要でした。では、そのパイプラインはどこから生まれるのでしょうか。企業が何もしなくても、新薬や新しい医療機器が突然生まれるわけではありません。研究者を雇う、基礎研究を行う、臨床試験を実施する、新しい医療機器を開発する、AIを使った診断技術を研究する、大学と共同研究する、製品の安全性を検証する。こうした活動には巨額の資金が必要です。その中心となるのが、研究開発費です。英語では、Research and Development、略してR&Dと呼ばれます。

しかし、ここで企業分析上の難しい問題が生まれます。研究開発費は、多くの場合、現在の利益を押し下げる費用として表れます。それなら、研究開発費を減らせば利益が増える、研究開発費の少ない会社の方が優秀なのでしょうか。もちろん、それほど単純ではありません。医療企業が研究開発を減らせば、今年の利益は増えるかもしれません。しかし、5年後の新薬、10年後の医療機器、次世代の診断技術が生まれなくなる可能性があります。反対に、毎年巨額の研究開発費を使っているからといって、必ず優れた企業とも限りません。何千億円使っても、新薬が承認されない、新製品が売れない、競合に負けるのであれば、研究開発の効率に問題があるかもしれません。したがって企業分析では、「研究開発費はいくらか」だけではなく、「研究開発費から何が生まれているか」を見る必要があります。第33講では、研究開発費とは何か、売上高研究開発費比率とは何か、製薬・医療機器・医療ITではR&Dの意味がどう違うのか、研究開発費が増えることは良いのか悪いのか、研究開発効率をどう考えるのか、研究開発費とパイプラインをどうつなげるのか、自社研究と外部導入・M&Aはどう違うのか、そして「研究開発にお金を使う企業」と「研究開発から価値を生み出す企業」は何が違うのかを、医療企業の未来への投資を読む方法として学んでいきます。

研究開発費の基本と、業種による違い

研究開発費とは、新しい製品、新しい技術、新しい治療法、既存製品の改良などを生み出すために企業が使う費用です。医療企業の場合、新薬研究、臨床試験、医療機器開発、診断技術、AIアルゴリズム、ソフトウェア、材料研究など、さまざまな研究開発があります。Research and Development。Researchは研究、Developmentは開発です。単に研究室で研究するだけではありません。研究成果を、製品、治療法、サービスへつなげるところまで含む考え方です。

なぜ研究開発費が重要なのでしょうか。医療産業は技術革新の速い産業です。現在売れている製品だけで10年、20年と成長できるとは限りません。競合企業が、より効果の高い薬、より安全な医療機器、より低侵襲な治療法、より精度の高い診断AIを開発する可能性があります。したがって、現在の競争力を未来へつなげるための投資が必要です。

研究開発費は利益を減らします。非常に単純化して考えましょう。売上高1,000億円、研究開発費100億円、その他費用700億円なら、利益は200億円。研究開発費を50億円へ減らせば、他の条件が同じなら、利益は250億円になります。ではR&D削減は良いことでしょうか。短期的には利益が増えます。しかし、研究者を減らす、臨床試験を中止する、次世代製品の開発を止めるとなれば、将来の成長力が低下する可能性があります。ここが研究開発型企業を見る難しさです。研究開発費は、現在の利益を減らしながら、未来の利益を作るために使われます。したがって医療企業では、「利益が大きい会社」だけでなく、「未来の利益を作れている会社」を見る必要があります。

研究開発費を見る基本指標の一つが、売上高研究開発費比率です。計算は、研究開発費÷売上高×100です。例えば、売上高1兆円、研究開発費1,500億円なら、1,500億円÷1兆円×100=15%。売上高研究開発費比率は15%です。この指標は企業間比較に使えます。A社は売上1兆円、R&D1,000億円でR&D比率10%。B社は売上5,000億円、R&D1,000億円でR&D比率20%。研究開発費の絶対額は同じですが、事業規模に対する研究開発負担はB社の方が大きいことが分かります。ただし比率が高ければ良いとは限りません。R&D比率30%、しかし新製品がほとんど生まれないなら、研究開発効率に問題がある可能性があります。反対に、R&D比率10%、しかし毎年優れた新製品を発売なら、研究開発効率が高い可能性があります。

医療業界では業種によって研究開発費の意味が違います。単純に比率だけを比較してはいけません。製薬企業では、創薬研究、前臨床試験、臨床試験、製剤研究などに巨額の資金が必要です。特に大規模な臨床試験は大きな費用になることがあります。医療機器企業では、材料、センサー、画像処理、ロボット、カテーテル、超音波、ソフトウェアなどの開発があります。製品改良も重要です。医療IT企業では、医療AIや医療ソフトウェアで、アルゴリズム開発、データ基盤、クラウド、セキュリティ、ユーザーインターフェースなどへの投資が中心になることがあります。同じ15%でも、製薬企業、医療機器企業、医療IT企業では意味が違います。数字は同じでも、開発期間、成功確率、製品寿命、必要資金が違います。したがって、同業他社比較が基本です。

利益減少の質を見分ける

JMEI Medical Devicesの前年は、売上2,000億円、R&D160億円、営業利益300億円。今年は、売上2,100億円、R&D250億円、営業利益250億円。営業利益は50億円減少しました。悪化でしょうか。利益だけ見れば、300億円から250億円で減益です。しかしR&Dは、160億円から250億円へ90億円増えています。何に使ったのかを見ると、次世代手術ロボット、AI画像診断、新型カテーテルの開発を加速していたとします。なら、単なるコスト増とは意味が違います。

営業利益が減った、悪いではありません。なぜ減ったのか。研究開発費増加なのか、販売不振なのか、値下げなのか、原材料高なのかを分解します。研究開発投資による減益は、売上は成長、既存製品の利益率も維持、R&Dだけ増加なら、未来成長のために現在利益を意図的に抑えている可能性があります。販売不振による減益は、売上減少、価格低下、在庫増加、さらに営業利益減少なら、研究開発投資による減益とは全く違います。JMEIでは「減益の理由」を見ます。企業分析では、増益=良い、減益=悪いという単純評価をしません。特に医療企業では、未来への投資による一時的減益を見分ける必要があります。

A Pharmaは売上1兆円、営業利益3,000億円、R&D800億円。B Pharmaは売上1兆円、営業利益2,200億円、R&D1,600億円。現在利益はA社の方が大きい。しかし5年後を見ると変わります。A社は第3相候補1本、第2相候補2本。B社は第3相候補5本、第2相候補10本。この情報が加わると見方が変わります。A社の利益が高い理由は、研究開発費が少ないから現在利益が高い可能性があります。もし主力薬の特許切れが近いなら、現在利益だけを評価するのは危険です。B社は現在利益が低い、しかし有望なパイプラインを多数持つなら、R&Dが将来成長につながっている可能性があります。ただしB社も自動的に優秀ではありません。パイプラインが多くても、失敗、承認遅延、競合敗北が起こります。重要なのは、研究開発費、パイプライン、承認、製品、売上という流れです。

研究開発効率を見る方法

研究開発効率とは、研究開発に使った資金から、どれだけ企業価値を生み出せたかを見る考え方です。ただし、一つの万能指標があるわけではありません。一つ目の方法は新製品数です。過去5年間、R&D5,000億円、新薬承認10品という会社。別の会社は、R&D5,000億円、新薬承認2品。単純比較では前者の方が効率的に見えます。しかし承認数だけでは不十分です。10品承認、しかし全部小型薬。2品承認、しかし世界的な大型薬という場合があります。したがって、承認数だけでは評価できません。

二つ目の方法は新製品売上です。研究開発から生まれた新製品が、実際にどれだけ売れているかを確認します。A社は過去5年R&D5,000億円、新製品売上年間2,000億円。B社は過去5年R&D5,000億円、新製品売上年間5,000億円。他の条件が同じなら、B社の方が研究開発成果を商業化できている可能性があります。三つ目の方法はパイプライン進捗です。第1相候補が第2相へ進む、第2相が第3相へ進む、第3相が承認へ進むという進捗を見る方法です。パイプライン50本、しかし5年間ほとんど進展なしなら、「50本ある」という数字だけでは意味がありません。

開発中止も必ず悪いとは限りません。一見すると、候補薬の開発中止は失敗です。しかし早い段階で、成功確率が低い候補を中止することは合理的な場合があります。悪いR&D組織とは、失敗を認められず、効果の弱い候補へ何年も資金投入する方が問題になることがあります。創薬では、成功可能性の低いプロジェクトを早く止め、有望な候補へ資金を集中することが重要です。これをKill Earlyという考え方で表現することがあります。つまり、開発中止件数が多い=悪い企業とは限りません。研究開発にはポートフォリオが必要です。10本の候補へ均等に100億円ずつ使うより、有望な3本へ重点投資した方がよい場合があります。研究開発にも、資本配分の考え方があります。経営者は、どの研究へ投資するか、どの研究を止めるか、どの技術を外部から導入するかを判断します。研究開発費は、経営戦略そのものでもあります。

R&Dの量と質、外部連携

研究開発分析では、量と質を分けます。量は、研究開発費、R&D比率、研究者数など。質は、パイプライン、成功率、新製品、売上、医療価値などです。研究開発型企業では、研究者、エンジニア、データサイエンティストなどの人材が重要です。優れた研究人材を維持できるかも競争力になります。医療企業は、大学、研究機関、病院などと共同研究することがあります。自社だけでは持っていない技術や知見を取り込むためです。すべてを自社研究所だけで生み出すのではなく、大学、スタートアップ、バイオ企業、他社と連携する考え方を、Open Innovationと呼びます。

医療技術は非常に広くなっています。AI、遺伝子、RNA、ロボット、再生医療、デジタルヘルス。一社ですべての技術を持つことは困難です。強い企業は、自社で発明する力だけでなく、外部の優れた技術を見つけ、導入し、事業化する力を持っている場合があります。他社が開発した候補薬の権利を取得し、自社で開発・販売する方法である、ライセンス導入は、製薬企業では重要なパイプライン獲得手段です。バイオ企業そのものを買収し、技術、人材、候補薬を獲得するM&Aによる方法もあります。

ここが重要です。A社は自社R&D1,000億円。B社は自社R&D700億円、しかし毎年バイオ企業を1,000億円規模で買収。R&D費だけを見るとA社の方が未来へ投資しているように見えます。しかし実際にはB社も、外部から研究成果を購入しています。JMEIでは「未来への総投資」を見ます。研究開発費、ライセンス導入、共同研究、M&A、設備投資を含め、企業が未来技術へどれだけ資本を配分しているかを考えます。

研究開発費削減と、戦略的減益の見極め

JMEI Pharmaの前年は、売上1兆円、R&D2,000億円、営業利益2,000億円。今年は、売上1兆円、R&D1,200億円、営業利益2,800億円。過去最高益です。素晴らしい決算でしょうか。短期的には利益が800億円増えています。しかし売上は増えていません。利益増加の大部分は、R&D削減によるものです。さらにパイプラインを見ると、前年は第2相15本、第3相6本。今年は第2相8本、第3相3本なら、将来成長力を犠牲にして現在利益を作っている可能性があります。企業分析では、利益額だけでなく、利益がどう作られたかを確認します。研究開発型医療企業では特に重要です。

反対に、利益は減ったが未来が強くなった会社もあります。A Medical Technologyは、売上+15%、営業利益-5%、R&D+50%。新製品候補として手術支援AI、次世代超音波、ウェアラブル診断が臨床評価段階へ進んだ。単純な減益企業ではありません。営業利益だけを見ると悪化。しかし、既存事業は成長、未来投資を拡大という構造なら、戦略的減益の可能性があります。ただし注意があります。毎年、「未来への投資です」と言い続け、10年間利益が増えない、新製品も出ないでは問題です。R&Dには結果が必要です。研究開発は不確実です。すべて成功する必要はありません。しかし長期間で見れば、新薬、新製品、市場シェア、売上、利益という成果が必要です。

研究開発は1年単位では評価しにくい場合があります。特に製薬では開発期間が長いため、5年、10年という時間軸で見る必要があります。過去10年のR&D累計を見て、例えば10年間R&D累計2兆円、その間に新薬承認8品、新薬売上1兆円などを確認します。A社だけを見ても、R&D効率が高いか低いか分かりません。同じ領域のB社、C社と比較します。

研究開発費の成長率も見ます。売上+5%、R&D+20%なら、研究開発投資を積極化しています。逆に、売上+10%、R&D-10%なら、投資姿勢を確認する必要があります。R&D比率の推移も見ます。2023年12%、2024年13%、2025年15%、2026年18%と上昇している。何が起きているのでしょうか。有望な第3相試験増加、次世代製品開発、新技術領域参入なら、将来投資の可能性があります。一方、注意すべき上昇として、売上が急減、R&D額は同じ、その結果R&D比率だけ上昇という場合もあります。比率だけで判断しないことが重要です。

研究開発費の絶対額も見ます。売上高R&D比率20%、しかし売上100億円、R&D20億円。競合大手は、R&D比率10%、売上1兆円、R&D1,000億円。比率は前者が高いですが、投入できる絶対額は大手が圧倒的です。医療研究では、臨床試験、AIデータ、製造技術、規制対応などに大きな固定費が必要です。企業規模が研究開発力へ影響する場合があります。しかし小企業にも強みがあります。大企業は資金力がある。一方スタートアップは、意思決定が速い、一つの技術へ集中できる、革新的研究を進めやすい場合があります。だから大企業はスタートアップと組みます。大企業の、資金、臨床開発能力、販売網と、スタートアップの、技術、速度、専門性を組み合わせます。

現代の医療イノベーションは、一社だけで完結しない場合が増えています。大学、スタートアップ、大手企業、病院、規制当局、投資家などがつながっています。JMEIが医療スタートアップを見る理由もここにあります。現在売上が小さくても、大手企業の未来の製品を生み出す技術を持っている可能性があります。そのためJMEIでは、上場大手企業だけでなく、未上場企業、大学発ベンチャーも追う価値があります。

研究開発成果は、特許として企業の知的財産になる場合があります。特許数、特許の質、重要特許の残存期間も研究開発力を見る材料です。ただし特許数だけでは評価しません。特許1万件だから強いとは限りません。重要なのは、事業価値のある技術を守っているかです。優れた研究開発能力は、経済的な堀になる可能性があります。他社が簡単に追いつけない技術、臨床データ、知的財産、ノウハウ、人材が蓄積されるからです。

研究開発の好循環と、企業分析の時間軸

A Medicalでは、高収益製品、営業CF増加、R&D増加、次世代製品、市場シェア上昇、売上増加、営業CF増加という循環があります。これは非常に強い構造です。現在の製品が、次世代製品の研究資金を生みます。次世代製品が、さらに利益を生みます。これが長期的な医療企業成長の一つの理想形です。逆の循環もあります。製品競争力低下、売上減少、営業CF減少、R&D削減、新製品減少、さらに競争力低下という悪循環です。研究開発力は財務力とも関係します。研究開発は科学だけの問題ではありません。安定したキャッシュフローを持つ企業ほど、長期間研究へ投資できる場合があります。

第31講との接続を考えると、リカーリング収益が強い、営業CFが安定、研究開発へ投資、新製品、インストールベース拡大、さらにリカーリング収益という好循環もあります。第32講との接続では、研究開発費、第1相、第2相、第3相、承認、新薬売上という流れです。つまり、R&Dはパイプラインの上流にあります。企業分析を時間軸で見ると、過去は研究開発費、現在はパイプライン、未来は製品売上。この3つをつなげます。

架空企業JMEI Diagnosticsを分析します。売上3,000億円、営業利益600億円、R&D300億円、R&D比率10%。過去5年間のR&D累計は1,200億円。その結果、AI検査装置、次世代試薬、自動化システムを開発しました。新製品売上を見ると、5年前は新製品売上比率10%、現在は35%。研究開発成果が売上へ移行している可能性があります。さらにリカーリングへつながります。新しい検査装置を販売、インストールベース増加、専用試薬売上増加、継続収益増加。つまり、R&D、新製品、設置台数、リカーリング売上という流れです。利益率も上昇します。試薬比率が上がれば、製品構成によっては粗利率が改善する可能性があります。すると、R&Dが最終的に利益率改善へつながる場合もあります。R&D300億円という数字だけでは、高いのか安いのか分かりません。しかし、新製品売上比率、設置台数、試薬売上、営業利益、営業CFまで追うと、研究開発の成果が見えてきます。

JMEI式「R&Dを見る15の質問」

医療企業の研究開発を見るときには、次の15項目を確認しましょう。研究開発費はいくらか。売上高R&D比率は何%か。R&Dは増えているか減っているか。同業他社より多いか少ないか。何の研究へ投資しているか。パイプラインは増えているか。開発段階は進んでいるか。新薬・新製品は生まれているか。新製品売上は伸びているか。研究開発成果は市場シェアへつながっているか。自社研究と外部導入のバランスはどうか。M&Aによる技術獲得は成功しているか。研究開発を支える営業CFは十分か。R&D削減で短期利益を作っていないか。5年後・10年後の成長製品が育っているか。そして最後に、「この研究開発費は、未来の何を作っているのか?」と考えます。

練習問題

問題1 R&Dとは何でしょうか。(A.Revenue and Debt B.Research and Development C.Return and Dividend D.Risk and Debt)

【答え】B.Research and Development。研究開発を意味します。

問題2 売上高1,000億円、研究開発費150億円です。売上高研究開発費比率はいくらでしょうか。

【答え】15%です。150億円÷1,000億円×100=15%です。

問題3 研究開発費を減らせば短期利益は増える可能性があります。では、必ず良い経営判断でしょうか。

【答え】いいえ。将来の新薬・新製品・技術開発力を弱める可能性があります。

問題4 R&D比率が高い企業ほど優秀でしょうか。

【答え】必ずしもそうではありません。研究開発費から、パイプライン、新製品、売上、利益などの成果が生まれているかを見る必要があります。

問題5 製薬企業Aと医療IT企業BのR&D比率が同じ15%です。単純比較してよいでしょうか。

【答え】いいえ。開発期間、成功確率、必要資金、製品寿命などが違うため、基本的には同業他社と比較します。

問題6 開発中止が多い企業は必ずR&D能力が低いでしょうか。

【答え】いいえ。成功可能性の低い候補を早期に中止し、有望な候補へ資金を集中している可能性があります。

問題7 営業利益が減少しました。しかし売上は増加し、R&Dが大幅に増えています。何を確認しますか。

【答え】研究開発費増加が将来の有望なパイプラインや新製品へつながっているかを確認します。

問題8 研究開発費が少ない企業でも未来への投資を積極的に行っている場合があります。どのような方法がありますか。

【答え】ライセンス導入、共同研究、スタートアップとの提携、M&Aなどです。

問題9 研究開発費を見るときに最も重要な問いは何でしょうか。

【答え】「この研究開発費から将来どのような医療価値と事業価値が生まれるのか」です。

総合ケーススタディ――JMEI Medical GroupのR&Dを評価する

架空の医療企業、JMEI Medical Groupを分析します。売上高1兆円、前年比+8%。営業利益1,500億円、前年比+3%。研究開発費1,300億円、前年比+30%。利益成長が鈍い。売上+8%、営業利益+3%。一見すると、利益率悪化です。原因を調べると、原材料費、人件費、販売費には大きな変化なし。一方、R&Dが1,000億円から1,300億円へ、300億円増加しています。

何を開発しているのでしょうか。製薬部門では、がん新薬・第3相2本、自己免疫疾患・第2相3本。医療機器部門では、次世代手術支援ロボット、AI内視鏡。診断部門では、血液バイオマーカー、AI解析システム。複数の成長領域へ投資しています。パイプライン進捗を見ると、前年第3相1本、今年第3相2本。医療機器も、研究段階から臨床評価段階へ進んでいます。研究開発成果が前進している。R&D+30%だけでは費用増加です。しかし、開発段階も進んでいるなら、研究開発投資が成果へ近づいている可能性があります。

営業CFを見ると、営業CF2,000億円、R&D1,300億円。既存事業から十分なキャッシュを生みながら研究投資している。財務的には比較的安定した研究開発構造と考えられます。もし営業CF500億円、R&D1,300億円、毎年借入増加なら、同じR&D1,300億円でもリスクが違います。R&Dの資金源を見ることが重要です。営業CF、現金、借入、増資、どこから研究資金を出しているか。特に赤字バイオ企業では重要です。

3年後を見ます。がん新薬1品承認、手術ロボット発売、AI内視鏡発売と仮定します。売上への移行では、新薬が年間800億円、ロボットが400億円、AI内視鏡が300億円、合計1,500億円の新規売上が生まれたとします。さらに継続収益として、ロボットから専用器具、保守、ソフトウェアのリカーリング収益、AI内視鏡からクラウド利用料、解析料が発生する可能性があります。研究開発の価値が連鎖します。R&D、新製品、売上、インストールベース、リカーリング収益、利益、営業CF、次のR&Dという循環ができます。

これがJMEIが見たい企業構造です。研究開発費が多い会社ではありません。研究開発費が、医療価値、製品、事業価値、キャッシュ、次の研究開発へ循環している企業です。JMEIでは、研究開発費を単なる「費用」として見ません。しかし、すべてのR&Dを無条件に「未来への投資」と評価することもしません。重要なのは、研究開発費、研究成果、パイプライン、承認・製品化、医療現場での利用、売上、利益、営業CFという流れができているかです。例えば、研究開発費+30%、営業利益-10%という決算。表面的には悪化です。しかし、第3相候補増加、新製品発売予定、市場シェア上昇なら、未来への投資による減益かもしれません。反対に、研究開発費+30%、パイプライン停滞、新製品なし、売上横ばいなら、研究開発効率を疑う必要があります。そして、研究開発費-30%、営業利益+30%という決算も注意します。現在利益は改善します。しかし、研究者削減、臨床試験中止、新製品減少によるものなら、未来を削って現在利益を作っている可能性があります。JMEIでは、現在利益と未来投資を分けて考えます。そして、「この企業は、今日の利益を使って明日の医療を作れているか?」という問いを持ちます。

JMEI Medical Insight

医療企業の研究開発を考えるとき、最も重要なのは、研究開発費の金額ではありません。研究開発から、どれだけ医療価値を生み出せるかです。1,000億円使って、患者の治療を変える薬が一つも生まれない。一方、100億円から、これまで治療できなかった疾患への新しい治療法が生まれる。研究開発費だけを見れば前者の方が大きい。しかし医療価値は後者の方が大きいかもしれません。だからJMEIでは、R&D Spendingではなく、R&D Productivityを見る必要があると考えます。

さらに重要なのは、研究成果を患者へ届ける力です。優れた研究、臨床試験、規制承認、製造、医療現場への普及、患者アウトカム改善。ここまで到達して、初めて研究開発が社会的な医療価値になります。そして企業にとっては、医療価値、売上、利益、キャッシュフロー、次の研究開発という循環が生まれます。この循環が長期間続く企業こそ、研究開発型医療企業として強いとJMEIでは考えます。研究開発費は、少なければ良い費用でも、多ければ良い投資でもありません。未来の医療を生み出せるかどうか。そこに研究開発費を見る本当の意味があります。

今回のポイント

第33講で最も覚えてほしいのは、「研究開発費は、金額ではなく成果まで追いかける」ということです。研究開発を見るときには、R&D額を見る、売上高R&D比率を見る、過去数年の推移を見る、同業他社と比較する、何へ投資しているかを見る、パイプラインを見る、開発進捗を見る、新製品を見る、新製品売上を見る、利益・営業CFを見るという順番で考えます。そして、研究開発費増加=悪いでもありません。研究開発費増加=良いでもありません。重要なのは、その資金から何が生まれたかです。さらに、自社研究だけを見るのではなく、共同研究、ライセンス導入、スタートアップ提携、M&Aも含めて、企業が未来へどう投資しているかを見る必要があります。最後に、「この会社は研究開発にお金を使っているのか。それとも研究開発から価値を生み出しているのか?」と問いかけます。この違いが分かると、研究開発費を単なるコストではなく、企業の未来を作る資本配分として見ることができるようになります。

次回予告

第34講 ROICとは何か?――医療企業は「集めたお金」からどれだけ価値を生み出しているのか

第33講では、研究開発費について学びました。しかし、ここで一つ大きな疑問が生まれます。企業は、研究開発、工場、M&A、医療機器、人材、ITなどへ巨額の資金を投じます。では、その投じた資金から、どれだけ利益を生み出せているのでしょうか。売上が大きい、利益も増えている、それだけでは、資本を効率的に使っている会社なのかは分かりません。例えば、100億円を投資して10億円の利益を生む会社と、1,000億円を投資して20億円の利益を生む会社。利益額は後者の方が大きい。しかし、投じた資本に対する効率は前者の方が高い可能性があります。そこで登場するのが、ROIC、Return on Invested Capitalです。次回は、ROICとは何か、ROEやROAとは何が違うのか、投下資本とは何か、NOPATとは何か、なぜ医療企業の資本効率を見る必要があるのか、研究開発やM&AとROICはどうつながるのか、高成長なのにROICが低い企業には何が起きているのか、そして「利益を増やしている会社」と「資本から価値を生み出している会社」は何が違うのかを、医療企業分析を、売上・利益の世界から、資本効率の世界へ進めていきます。

本講座に関するご注意

本講座は、企業分析の考え方を学ぶための教育コンテンツです。金融商品取引法に基づく投資助言・代理業には該当せず、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。講座内で企業を題材として扱う場合も、あくまで分析手法を説明するための例示です。

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