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医療企業分析アカデミー

第31講 リカーリング収益とは何か?――「毎年ゼロから売らなくてもよい医療企業」が強い理由

JMEI 医療企業分析アカデミー 第31講 「毎年ゼロから売らなくてもよい医療企業」が強い理由

第30講では、受注高・受注残について学びました。決算書に掲載されている売上高は、基本的にはすでに実現した業績です。しかし企業には、まだ売上になっていない注文があります。そこで、受注高、受注残、Book-to-Billを見ることで、決算書の数字より少し先にある「未来の売上」を考えました。今回は、さらに企業の売上構造へ踏み込みます。

例えば、2つの医療機器会社があるとします。A社の売上高は1,000億円、B社も1,000億円。売上高だけなら同じ規模です。しかしA社は、毎年新しい医療機器を売らなければ売上が発生しません。一方B社は、過去に販売した医療機器が病院で使われ続けることで、専用消耗品、試薬、保守契約、ソフトウェア利用料などの売上が毎年発生します。同じ1,000億円でも、売上の性質がまったく違います。A社は毎年ゼロに近いところから売上を作る必要があります。B社には、過去に獲得した顧客から翌年も一定の売上が発生する可能性があります。このような、継続的・反復的に発生する収益を、リカーリング収益と呼びます。英語では、Recurring Revenueです。

医療企業を分析するとき、このリカーリング収益は非常に重要です。なぜなら、売上の予測可能性、利益の安定性、顧客との継続関係、キャッシュフロー、競争優位性などに関係するからです。特に医療産業には、医療機器本体+消耗品、診断装置+試薬、手術ロボット+専用器具、医療IT+利用料、大型装置+保守というリカーリング型のビジネスモデルが数多く存在します。第31講では、リカーリング収益とは何か、単発売上とは何が違うのか、インストールベースとは何か、なぜ医療機器の設置台数が重要なのか、消耗品モデルはなぜ強いのか、ARRとは何か、解約率とは何か、リカーリング売上比率が高ければ必ず良いのか、そして「製品を売って終わる企業」と「製品を売った後から収益が始まる企業」は何が違うのかを、医療企業の「売上の持続性」として学んでいきます。

リカーリング収益とインストールベースの基本

リカーリングとは、繰り返し発生するという意味です。つまりリカーリング収益とは、一度顧客との関係を作ることで、その後も継続的に発生する収益と考えることができます。代表的なものには、月額利用料、年間契約料、保守料金、消耗品、試薬、ライセンス料などがあります。例えばA社がCT装置を病院へ1億円で販売したとします。販売時に、1億円の売上が発生します。しかし翌年、その病院が新しいCTを買わなければ、本体販売による売上はありません。これは、単発売上に近い構造です。一方、CTを販売した後、年間保守料500万円、ソフトウェア利用料200万円などが毎年発生するとします。この部分は、継続的な収益になります。本体販売だけではなく、設置後も売上が続くわけです。

医療機器には、本体を購入した後も消耗品を使い続けるものが多くあります。例えば、検査装置+試薬、透析装置+消耗品、手術ロボット+専用器具、血糖測定機器+センサーなどです。機器が使用されるほど、消耗品売上が発生します。一般的な製品では、商品を販売、売上発生、取引終了ということがあります。しかしリカーリング型では、機器販売、病院へ設置、医療現場で使用、消耗品購入、保守、ソフトウェア更新と関係が続きます。つまり、販売が収益の終点ではなく、収益関係の始点になるのです。

リカーリング型医療企業で重要な言葉が、インストールベースです。簡単にいえば、顧客先ですでに稼働している自社機器の台数です。例えばA社の検査装置が、世界中の病院で10,000台稼働している。この10,000台が、インストールベースです。1台の検査装置が年間100万円分の試薬を使用するとします。10,000台なら、100万円×10,000台=100億円。理論上、年間100億円規模の試薬需要につながります。設置台数が増えるほど、将来の消耗品売上の土台が大きくなります。

A Diagnosticsの前年は、検査装置売上300億円、試薬売上500億円。今年は、検査装置売上250億円、試薬売上600億円。本体売上は-50億円と一見悪化しています。しかし試薬売上は+100億円。全体では、前年売上800億円から今年850億円へ増収です。本体販売は減っていますが、過去に販売した装置が病院で使われ、試薬需要が積み上がっている可能性があります。検査装置メーカーでは、本体販売台数だけを見ていると企業の成長力を誤解する場合があります。重要なのは、設置台数、検査件数、試薬消費量、リカーリング売上という流れです。場合によっては、機器本体の利益を低く設定してでも設置台数を増やす企業があります。なぜなら、将来、試薬、消耗品、サービスから利益を得られるからです。身近な例では、プリンター本体とインクの関係があります。医療企業でも、装置+消耗品という似た構造があります。

ただし医療ではもっと複雑です。患者安全、臨床性能、規制、医師の習熟、病院の設備などが関係します。単純な消耗品ビジネスではありません。だからこそ、一度医療現場へ定着した機器は継続使用される場合があります。以前の講義で学んだ、スイッチングコストがここで重要になります。病院がA社の装置を導入、医師・技師が使用方法を習得、院内システムと接続、保守契約、専用消耗品まで導入した。ここからB社へ変更するには、新機器購入、教育、システム変更、業務変更などが必要になる場合があります。設置台数が多い、医療従事者が使い慣れている、消耗品が継続購入される、保守契約が続く、企業に継続収益という循環が生まれる可能性があります。そのためインストールベースは、単なる過去の販売実績ではなく、未来の収益基盤でもあります。

リカーリング売上比率と利用量

A Medicalの売上1,000億円、内訳は大型機器販売900億円、保守・消耗品100億円。B Medicalの売上1,000億円、内訳は大型機器販売300億円、保守・消耗品700億円。売上規模は同じです。病院が設備投資を延期し、大型機器購入が30%減少したとします。A社は、売上の90%が大型機器で影響が大きい可能性があります。B社は、売上の70%が既存機器からの継続収益で相対的に影響が小さい可能性があります。一般的に、継続契約、消耗品、保守などの比率が高い企業は、毎年の売上をゼロから作る必要がないため、売上の予測可能性が高くなることがあります。

例えば、総売上高1,000億円、リカーリング売上700億円なら、リカーリング売上比率70%と考えることができます。企業によって名称や定義は異なりますが、売上の安定性を見る一つの方法です。例えば、2024年40%、2025年50%、2026年60%と上昇している。企業の売上構造が、単発売上中心から継続収益中心へ変化している可能性があります。大型機器本体には、製造、物流、設置、営業など多くのコストがかかります。一方、ソフトウェア利用料、ライセンス、一部のサービスなどは、追加売上に対する追加コストが比較的小さい場合があります。そのためリカーリング収益比率上昇が、利益率改善につながる場合があります。ただし消耗品すべてが高利益ではありません。試薬、カテーテル、専用器具などは製造コストがかかります。リカーリングだから必ず高利益率とは限りません。必ず、粗利率、営業利益率を確認します。

JMEI Diagnostic Systemsの2024年は、売上1,000億円、リカーリング比率40%、営業利益率12%。2025年は、売上1,100億円、リカーリング比率50%、営業利益率15%。2026年は、売上1,250億円、リカーリング比率60%、営業利益率19%。リカーリング比率とともに利益率も上昇しています。設置機器増加、試薬売上増加、売上成長、固定費吸収、利益率改善という流れかもしれません。第26講で学んだ営業レバレッジともつながります。

設置台数が増えても、機器がほとんど使われないなら消耗品売上は増えません。そこで、設置台数だけでなく、利用量を見る必要があります。設置台数+10%、1台当たり検査件数+5%なら、試薬需要はさらに伸びる可能性があります。反対に、設置台数+10%、1台当たり検査件数-20%なら、消耗品売上が期待ほど増えない可能性があります。A社の設置台数+20%、試薬売上+3%。調べると、新しく設置された装置の稼働率が低い可能性があります。装置を病院へ納入、しかしスタッフ研修、院内手続き、患者募集、保険対応などで本格稼働まで時間がかかる場合があります。そのため設置台数増加が、すぐ消耗品売上に反映されないことがあります。手術ロボットでも同じです。ロボットを100台販売、しかし重要なのは、何台売ったかだけではありません。その100台で、何件の手術が行われるかです。手術1件につき専用器具10万円を使用するとします。年間1,000件の手術なら、1億円。手術件数が増えれば、機器を追加販売しなくても売上が増える可能性があります。

インストールベース×利用量、ARR、解約率

リカーリング型医療企業では、インストールベース×1台当たり利用量×消耗品単価という考え方が非常に重要です。例えば、設置台数1,000台、1台年間利用500回、1回消耗品1万円なら、1,000×500×1万円=50億円の消耗品市場になります。翌年、設置台数+10%、利用回数+10%、単価変わらずなら、1,100台×550回×1万円=60.5億円。消耗品売上は約21%増加します。設置台数だけ+10%なら約+10%、利用量も+10%なら約+21%。複数の成長要因が掛け合わされます。これはリカーリング型ビジネスを分析する重要なポイントです。

医療IT企業では、クラウド型電子カルテ、病院業務システム、医療AI、画像管理、予約システムなどを月額・年額契約で提供する場合があります。このようなビジネスでは、サブスクリプション収益が中心になります。SaaS企業などで使われる指標に、ARRがあります。Annual Recurring Revenueの略です。日本語では、年間経常収益などと表現されます。簡単にいえば、現在の契約状態が続いた場合の年間リカーリング収益規模を見る指標です。非常に単純化すると、ARR100億円は、現在の契約が1年間続けば、年間約100億円の継続収益が期待されるというイメージです。ただしARRの定義は企業によって異なります。売上高は、会計上その期間に計上された収益。ARRは、継続契約の年間換算額です。同じ数字ではありません。ARR増加には、新規顧客、既存顧客への追加販売、値上げ、解約減少などがあります。単にARR+30%だけではなく、なぜ増えたのかを見ます。

リカーリング型企業で重要なのが、解約です。顧客が毎年継続することを前提にしていても、契約をやめる顧客がいます。その割合を見るのが、Churn Rateです。毎年100社獲得、しかし毎年80社解約なら、営業担当者は新規顧客を大量に獲得しても、顧客基盤がなかなか増えません。毎年100社獲得、解約10社なら、90社分顧客基盤が増えます。医療システムは、患者データ、院内業務、会計、診療フローなどと深く結びつく場合があります。そのため一度導入すると、変更が簡単ではない場合があります。顧客満足度が高い、スイッチングコストが高い、製品が医療現場に定着している場合、解約率が低くなる可能性があります。低い解約率は、リカーリング収益の質を高めます。ただし解約できないだけでは十分ではありません。契約上解約しにくい、データ移行が困難というだけで顧客が残っている場合もあります。本当に製品価値が高いのか、顧客満足度も重要です。

SaaS企業では、NRR、Net Revenue Retentionという指標を見ることがあります。既存顧客からの売上が、解約、減額、追加契約などを含めて、どの程度維持・成長しているかを見る指標です。NRR100%は、既存顧客群からの売上が、前年とほぼ同じ水準というイメージです。NRR110%なら、既存顧客の解約を含めても、追加契約や利用拡大によって売上が10%増えているイメージです。NRR120%なら、既存顧客だけでも理論上売上が20%増えるような構造を示す場合があります。これは非常に強いビジネスモデルになり得ます。病院が医療AIを導入、最初は放射線画像診断だけ、翌年、循環器、病理、救急へ追加導入。すると同じ病院からの年間売上が増えます。最初は小規模導入、価値を確認、他部門へ拡大というモデルです。医療ITでも見られる可能性があります。

リカーリング売上成長は、顧客数増加×顧客当たり売上増加-解約と考えると分かりやすくなります。JMEI Digital Healthの前年ARR100億円、新規契約20億円、既存顧客追加契約10億円、値上げ3億円、解約5億円。単純化すると、期末ARRは100+20+10+3-5=128億円です。単に、ARR+28%ではありません。新規顧客、既存顧客拡大、価格、解約へ分けることで、成長の質が分かります。A社ARR+30%、しかし新規+50%、既存顧客解約-20%なら、大量に顧客を獲得している一方、大量に失っている可能性があります。B社ARR+30%、新規+15%、既存顧客追加+20%、解約-5%なら、既存顧客からも成長しています。顧客定着度が高い可能性があります。どちらが強いかは一概に言えません。急成長市場では新規顧客獲得が重要です。しかし長期的には、獲得した顧客が残る、利用を増やすという構造が重要になります。

顧客生涯価値と、リカーリング収益の弱点

新規顧客を獲得するために、営業、広告、導入支援などの費用がかかります。これを、CAC、Customer Acquisition Costという考え方で見ることがあります。顧客が長期間契約し、継続的に利益を生むなら、顧客の価値は初年度売上だけではありません。この考え方が、LTV、Lifetime Valueです。医療機器にもLTV的発想が使えます。手術ロボット1台を1億円で販売、その後10年間、毎年3,000万円の消耗品・保守売上なら、顧客との経済関係は本体1億円で終わりません。本体売上1億円、10年間継続売上3億円、合計4億円。もちろん利益率や割引率などを考える必要がありますが、本体販売価格だけでは顧客価値を測れないことが分かります。競合A社の本体1億円、競合B社の本体8,000万円だけでは比較できません。消耗品、保守、利用量、契約期間、顧客維持率まで見る必要があります。

リカーリング収益にも弱点があります。継続収益モデルでも、解約が急増すれば収益基盤が崩れます。特に医療ITでは、競合サービス、価格、システム障害、セキュリティ問題などが解約につながる可能性があります。本体を安く販売し、消耗品で利益を得るモデル、しかし競合品、ジェネリック的な代替品、病院からの値下げ要求が出れば、利益率が低下する可能性があります。設置台数10万台、一見強い、しかし機器が古くなり、次世代技術へ置き換えが始まれば、既存インストールベースの価値が低下する可能性があります。設置台数は変わらない、しかし、患者数減少、競合治療登場、診療ガイドライン変更で利用回数が減る、すると消耗品売上も減少します。医療企業では、保険償還、診療報酬、薬価、医療政策、規制によって利用量や価格が変化する可能性があります。リカーリングだから永久に安定するわけではありません。

JMEI式リカーリング収益の5段階と好循環

リカーリング型企業を簡単に5段階で考えてみましょう。第1段階は本体を売って終わり。第2段階は本体+保守。第3段階は本体+保守+消耗品。第4段階は本体+消耗品+ソフトウェア+データサービス。第5段階はインストールベース拡大と利用量増加が相互に成長を生む状態です。もちろん企業によって事業モデルは異なりますが、製品販売後にどれだけ継続的な顧客関係を作れるかという視点が重要です。

A Diagnosticsは、検査装置価格を大幅に下げました。一見すると利益悪化です。しかし、設置台数+50%、試薬契約期間5年、試薬粗利率70%だったとします。本体利益ではなく、長期間の試薬収益を狙っている可能性があります。初年度だけ見れば利益が低い、しかし5年間で見れば高収益ということがあります。リカーリングモデルでは、顧客獲得初年度に、営業費、設置費、教育費などが先行する場合があります。そのため短期利益率が低くても、顧客が長く残れば将来利益が大きい場合があります。しかし回収できなければ失敗です。装置を安く設置、しかし病院がほとんど使わない、試薬が売れないなら、初期投資を回収できません。だから、設置台数だけではなく、利用量を見る必要があります。

A社の設置台数20,000台、1台年間消耗品売上50万円。B社の設置台数10,000台、1台年間消耗品売上200万円。A社の年間消耗品売上は100億円、B社は200億円。設置台数はA社の半分ですが、リカーリング売上はB社の方が大きい。重要なのは、インストールベース×利用率×単価です。「世界で何台設置されているか」だけで判断してはいけません。インストールベースシェアが高い、新規販売シェアも高い、利用率も上昇なら、将来のリカーリング収益が拡大する可能性があります。第29講の市場シェア分析とつながります。第30講で、新規受注増加を学びました。大型装置の受注増加、翌年以降設置、インストールベース増加、その後数年間の消耗品売上という流れがあります。受注1,000億円という数字の裏に、将来の消耗品売上、保守売上、ソフトウェア売上が生まれる可能性があります。つまり受注は、さらに先のリカーリング収益の入口でもあります。企業分析が時間軸でつながります。受注、本体売上、設置台数、利用量、消耗品売上、利益、営業CFという流れです。これを理解すると、企業分析が単なる決算数字の比較ではなくなります。

架空の手術ロボット企業を考えます。今年、新規ロボット販売500台、累計設置台数5,000台、前年比+11%。ロボット本体売上500億円、消耗品・サービス売上800億円、総売上1,300億円。翌年も500台販売なら、累計設置台数は約5,500台になります。さらに既存機器の手術件数が増えれば、消耗品売上が増加する可能性があります。前年1台平均年間200件、今年220件で+10%。設置台数+11%、利用量+10%なら、消耗品需要は20%以上伸びる可能性があります。本体粗利率30%、消耗品粗利率70%だったとします。消耗品売上比率が上昇すると、全社粗利率も改善する可能性があります。本体販売増加、インストールベース増加、手術件数増加、消耗品売上増加、粗利率上昇、営業CF増加、研究開発投資、次世代ロボット開発という循環が生まれる可能性があります。これが強い医療プラットフォームになります。単に、医療機器を製造して販売する会社ではありません。機器を起点に、医療現場との長期関係を作っています。この構造が強い企業は、プラットフォーム型に近づく場合があります。

「プラットフォーム」という言葉は企業資料でよく使われます。しかし本当に、顧客が継続利用しているか、利用量が増えているか、関連製品が売れているかを数字で確認する必要があります。リカーリング売上90%、一見素晴らしい。しかし、売上成長0%、解約率上昇、価格低下、利益率低下なら、必ずしも強い企業ではありません。理想的には、リカーリング比率が高い、インストールベース増加、利用量増加、顧客維持率高い、価格維持、利益率改善という状態です。A社のリカーリング比率85%、売上成長2%、営業利益率25%。B社のリカーリング比率60%、売上成長20%、営業利益率20%から24%。A社は安定性が高い、B社は成長性が高い。どちらが良いかは、企業の成長段階や市場環境によって変わります。安定収益が多いが成長しない企業もあります。反対に、高成長だが単発売上中心という企業もあります。企業分析では、成長性×安定性を考えます。

JMEI式「リカーリング収益を見る15の質問」

医療企業のリカーリング収益を見るときには、次の15項目を確認しましょう。売上の何%が継続収益か。リカーリング売上は何%成長しているか。インストールベースは何台あるか。設置台数は増えているか。1台当たり利用量は増えているか。消耗品・試薬単価は維持できているか。リカーリング事業の粗利率は高いか。顧客維持率は高いか。解約率は低いか。ARRは成長しているか。NRRは100%を超えているか。新規顧客獲得コストは合理的か。顧客から十分なLTVを得られるか。新技術による置き換えリスクはないか。リカーリング収益が営業CFへつながっているか。そして最後に、「この企業は毎年売上を作り直しているのか。それとも過去の顧客関係が未来の売上を生み続けているのか?」と考えます。

練習問題

問題1 リカーリング収益とは何でしょうか。(A.一度だけ発生する売上 B.継続的・反復的に発生する収益 C.借入金 D.設備投資)

【答え】B.継続的・反復的に発生する収益。保守、消耗品、試薬、利用料などが代表例です。

問題2 インストールベースとは何でしょうか。

【答え】顧客先ですでに導入され、稼働している自社機器などの基盤を指します。

問題3 設置台数1,000台、1台年間利用500回、1回当たり消耗品1万円です。年間消耗品売上はいくらでしょうか。

【答え】50億円です。1,000×500×1万円=50億円です。

問題4 設置台数が増えれば、必ず消耗品売上も同じ割合で増えるでしょうか。

【答え】いいえ。1台当たり利用量、稼働開始時期、消耗品単価などによって変わります。

問題5 ARRとは何でしょうか。

【答え】Annual Recurring Revenueの略で、現在の継続契約などを年間換算した収益規模を見るために使われる指標です。

問題6 リカーリング売上比率90%なら必ず優良企業でしょうか。

【答え】いいえ。成長率、解約率、利益率、価格、競争力なども確認する必要があります。

問題7 新規顧客は増えているのにARRが伸びません。何が考えられますか。

【答え】既存顧客の解約や契約縮小が多い可能性があります。

問題8 本体機器を低価格で販売する戦略は必ず悪いでしょうか。

【答え】いいえ。設置後に高い継続収益が得られ、長期的に十分な利益を回収できるのであれば合理的な場合があります。

問題9 インストールベース+10%、1台当たり利用量+10%なら、消耗品売上は単純に+20%でしょうか。

【答え】厳密には約+21%です。1.1×1.1=1.21となるためです。

総合ケーススタディ――JMEI Diagnosticsは「装置メーカー」なのか?

架空のJMEI Diagnosticsを分析します。同社は、血液検査装置、専用試薬、解析ソフトウェア、保守サービスを提供しています。今年の売上は2,000億円、前年比+12%。内訳は、装置販売500億円、試薬1,100億円、ソフトウェア・保守400億円。リカーリング型売上は、試薬1,100億円+ソフトウェア・保守400億円=1,500億円で、全売上の75%です。この企業を、「2,000億円の医療機器メーカー」とだけ考えると重要な部分を見逃します。売上の75%は、過去に設置した装置などから継続的に発生する収益です。

インストールベースを見ると、前年20,000台、今年22,000台で+10%。新規販売によって収益基盤が拡大しています。利用量を見ると、1台当たり平均検査件数+6%です。つまり、設置台数+10%×利用量+6%という二つの成長要因があります。試薬売上は前年比+17%。インストールベースと利用量の拡大が、試薬売上へつながっている可能性があります。試薬平均価格+1%。値下げして成長しているわけではありません。数量成長が中心です。

粗利率を見ると、装置粗利率35%、試薬粗利率68%、ソフトウェア・保守72%。リカーリング売上比率が高まるほど、全社粗利率が改善する可能性があります。営業利益を見ると、売上+12%、営業利益+25%。営業利益率も上昇。第26講の営業レバレッジと、高粗利のリカーリング収益増加が組み合わさっている可能性があります。営業CF+28%なら、利益成長がキャッシュへつながっている可能性があります。新規装置受注+20%。第30講の視点です。現在の装置販売だけでなく、今後さらにインストールベースが増える可能性があります。装置の新規販売シェアは前年18%、今年22%。第29講の視点です。市場シェアも上昇しています。

分析をつなげると、市場シェア上昇、装置受注増加、装置販売増加、インストールベース増加、検査件数増加、試薬売上増加、リカーリング比率上昇、粗利率改善、営業利益増加、営業CF増加という流れが見えてきます。これが企業分析です。売上+12%という一つの数字だけでは、ここまで見えません。市場シェア、受注、設置台数、利用量、リカーリング収益、粗利率、営業利益、キャッシュフローをつなげることで、なぜ企業が成長しているのかが見えてきます。

しかし良いところだけを見てはいけません。例えば、競合企業が互換試薬を発売、新技術によって検査方法そのものが変化、病院が検査を内製から外注へ変更などが起きれば、既存インストールベースの価値が変わる可能性があります。現在22,000台あるではなく、5年後もその22,000台が価値を持つのか、新規設置が続くのか、利用量が伸びるのか、消耗品価格を維持できるのかを見る必要があります。

JMEIでは、医療企業の売上を、「いくら売ったか」だけでは評価しません。その売上が、単発なのか、継続するのか、翌年も残るのか、利用量とともに増えるのかを見ます。特に医療企業では、機器を売る、医療現場へ定着する、患者治療・検査で使用される、消耗品・試薬が使われる、保守・ソフトウェア契約が続くという構造があります。ここで重要なのは、本体売上ではなく、顧客との関係が何年間続くかです。企業の競争力は、「今年何台売ったか」だけではなく、「過去に売った製品が今年も売上を生んでいるか」にも表れます。だからJMEIでは、売上高、リカーリング比率、インストールベース、利用量、消耗品単価、顧客維持率、粗利率、営業利益、営業CFという順番で見ます。そして、「製品を売る会社なのか。それとも医療現場との長期関係を積み上げる会社なのか?」と考えます。

JMEI Medical Insight

医療企業のリカーリング収益を考えるとき、JMEIが最も重視したいのは、「その継続収益が、継続的な医療価値から生まれているか」という点です。単に契約で顧客を縛ればよいわけではありません。病院が毎年試薬を購入する、なぜでしょうか、その検査装置が患者診療に必要だからです。病院が毎年手術ロボットの専用器具を購入する、なぜでしょうか、医師がそのロボットを使い、患者へ手術を提供しているからです。病院が医療ソフトウェアの契約を更新する、なぜでしょうか、そのシステムが医療現場の業務に価値を提供しているからです。つまり優れたリカーリング収益の根底には、継続利用される医療価値があります。医療価値が高い、医療現場で利用される、患者数・検査数・手術数が増える、消耗品・サービス利用が増える、企業収益が増えるという構造です。この関係が成立している企業では、企業成長と医療価値の拡大が同じ方向を向く可能性があります。

一方、高い価格、解約しにくい契約、互換品排除だけによって継続収益を維持している場合は、長期的な競争優位性に注意が必要です。JMEIでは、リカーリング売上比率が高いというだけでは評価しません。インストールベースが増えているか、利用量が増えているか、患者や医療従事者から選ばれているか、価格を維持できているか、利益・キャッシュへつながっているか。そして、その医療価値が5年後、10年後も続くのかまで考えます。強いリカーリング収益とは、毎年請求書を出せるビジネスではありません。医療現場から毎年使い続けてもらえるビジネスです。

今回のポイント

第31講で最も覚えてほしいのは、「医療企業では、製品を売った後から本当の収益が始まる場合がある」ということです。リカーリング収益を見るときには、総売上高を見る、リカーリング売上比率を見る、インストールベースを見る、設置台数の増加を見る、1台当たり利用量を見る、消耗品・試薬売上を見る、ARRを見る、解約率・NRRを見る、粗利率を見る、営業CFを見るという順番で考えます。例えば、装置販売+10%、設置台数+10%、利用量+10%なら、将来の消耗品売上は装置販売以上に伸びる可能性があります。また、リカーリング売上比率80%だから優良企業とは限りません。その収益が、成長しているか、解約されていないか、価格を維持できているか、利益を生んでいるか、医療価値によって支えられているかを確認する必要があります。そして最後に、「この会社は毎年売上を作り直しているのか。それとも過去に獲得した顧客が未来の売上を生み続けているのか?」と問いかけます。この違いを理解すると、同じ売上高1,000億円でも、企業の安定性と将来価値がまったく違って見えてきます。

次回予告

第32講 パイプラインとは何か?――製薬・バイオ企業の「まだ売上になっていない未来」を読む

第31講では、リカーリング収益について学びました。過去に販売した製品や獲得した顧客が、翌年以降も、試薬、消耗品、保守、ソフトウェアなどの売上を生む企業があります。しかし製薬・バイオ企業には、まったく違う「未来の売上」があります。それが、パイプラインです。例えば現在、売上高5,000億円、営業利益1,000億円という製薬企業があるとします。現在の業績は非常に良い。しかし主力薬の特許が3年後に切れる。一方で、第3相試験中の新薬が5本、第2相が10本、第1相が20本ある。この企業の将来を考えるには、現在の売上高だけでは足りません。逆に、現在売上100億円、赤字というバイオ企業でも、非常に有望な新薬候補を持っている可能性があります。そこで次回は、研究開発パイプラインとは何か、第1相、第2相、第3相試験は何が違うのか、承認申請とは何か、成功確率をどう考えるのか、ピークセールスとは何か、特許切れとパイプラインをどう組み合わせるのか、一つの新薬候補に依存する企業はなぜリスクが高いのか、そして「現在儲かっている製薬企業」と「10年後も成長できる製薬企業」は何が違うのかを、医療企業分析の中でも特に重要な、「研究開発から未来の企業価値を読む」方法へ進みます。

本講座に関するご注意

本講座は、企業分析の考え方を学ぶための教育コンテンツです。金融商品取引法に基づく投資助言・代理業には該当せず、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。講座内で企業を題材として扱う場合も、あくまで分析手法を説明するための例示です。

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