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医療企業分析アカデミー

第74講 垂直統合とは何か?――医療企業はどこまで事業を自社で保有するべきなのか

JMEI 医療企業分析アカデミー 第74講 医療企業はどこまで事業を自社で保有するべきなのか

はじめに

こんにちは。日本医療企業研究所(JMEI)です。

前回の第73講では、Make or Buy(内製か外注か)について学びました。

企業が必要とする製品や業務を自社で行うか、それとも外部企業へ委託するかによって、費用構造、品質管理、競争優位、資本効率が変化することを確認しました。

また、内製化によって営業利益が増加しても、多額の設備投資が必要であれば、必ずしも企業価値が高まるとは限らないことも学びました。

ここで、新しい疑問が生まれます。「企業は、研究開発から製造、販売、保守サービスまで、すべてを自社で行うべきなのでしょうか」という問いです。

例えば、ある医療機器メーカーが、新しい検査装置を開発したとします。

その企業は、検査装置の研究開発を自社で行っています。しかし、部品の製造は外部企業へ委託し、完成した製品の販売も販売代理店へ任せています。

この企業が、製造工場を買収したらどうなるでしょうか。

あるいは、販売代理店を買収して、自社で販売するようになったらどうでしょうか。

製造費用や販売手数料を削減できるかもしれません。

一方、工場や販売組織を保有することで、固定費や投下資本が増加する可能性があります。

このように、企業が事業活動のどこまでを自社で保有するかという問題を考える際に重要になるのが、今回のテーマである垂直統合(Vertical Integration)です。

垂直統合は、医療企業の競争優位、利益構造、成長戦略、資本効率を理解するうえで重要な概念です。

今回は、垂直統合の基本から、川上統合と川下統合の違い、医療企業における具体例、ROICへの影響まで学びます。

今回の目標は、「この医療企業は、事業活動のどこまでを自社で保有するべきなのか。そして、その選択は競争優位と企業価値にどのような影響を与えるのか」という問いに答えられるようになることです。

垂直統合とは何か

垂直統合とは、製品やサービスが顧客へ届くまでの一連の事業活動について、企業が複数の段階を自社の管理下に置くことです。

例えば、医療機器が医療機関へ届くまでには、一般的に、原材料の調達、部品の製造、医療機器の組立、製品の販売、医療機関への納入、保守・メンテナンスという一連の活動があります。

ある企業は、製品の研究開発と組立だけを自社で行っているかもしれません。

別の企業は、部品製造から販売、保守サービスまでを自社で行っているかもしれません。

この違いが、垂直統合の程度の違いです。

つまり、垂直統合とは、企業が事業活動の範囲を前後の工程へ拡大することです。

ここで重要なのは、垂直統合が必ずしも企業買収だけを意味するわけではないということです。

企業が自社で新しい製造部門や販売部門を設立することでも、垂直統合は進みます。

また、子会社を設立したり、既存企業を買収したりする方法もあります。

川上統合と川下統合

垂直統合には、大きく分けて2つの方向があります。

それが、川上統合と川下統合です。

川上統合(Backward Integration)

川上統合とは、企業が原材料や部品の製造など、供給側の事業活動へ進出することです。

例えば、医療機器メーカーが、これまで外部企業から購入していた重要部品を自社で製造するようになった場合です。

また、医薬品メーカーが、外部企業から調達していた原薬の製造設備を自社で保有する場合も、川上統合に該当します。

川上統合の主な目的には、原材料や部品の安定確保、調達費用の削減、品質管理の強化、重要技術の蓄積、供給先への依存度の低下などがあります。

ただし、川上統合によって必ず費用が削減されるわけではありません。

自社で製造するための設備投資や人件費が必要になるからです。

川下統合(Forward Integration)

川下統合とは、企業が販売、流通、保守サービスなど、顧客に近い事業活動へ進出することです。

例えば、医療機器メーカーが、これまで販売代理店へ任せていた販売活動を自社で行う場合です。

また、医療機器メーカーが、自社製品の保守サービス部門を新設する場合も、川下統合の一例です。

川下統合の主な目的には、顧客との直接的な関係の強化、販売活動の管理、顧客ニーズの把握、保守サービス収益の獲得、製品販売後の継続的な収益の確保などがあります。

川下統合では、顧客との接点を自社で保有できることが重要です。

医療企業では、医療機関から得られる製品使用状況や保守に関する情報が、製品改良や新製品開発に役立つ場合があります。

垂直統合と水平統合の違い

ここで、垂直統合と混同しやすい概念を整理しましょう。

それが、水平統合です。

水平統合とは、同じような事業活動を行う企業同士が統合することです。

例えば、医療機器メーカーが、同じ種類の医療機器を製造する競合企業を買収する場合です。

これは水平統合に該当します。

一方、医療機器メーカーが部品メーカーを買収する場合は、川上方向への垂直統合です。

また、販売代理店を買収する場合は、川下方向への垂直統合です。

整理すると、次のようになります。

川上統合は、原材料・部品・供給側へ統合する方向で、医療機器メーカーが部品メーカーを買収する場合が例です。川下統合は、販売・流通・サービス側へ統合する方向で、医療機器メーカーが販売会社を買収する場合が例です。水平統合は、同じ事業段階の企業同士が統合するもので、医療機器メーカーが競合メーカーを買収する場合が例です。

この違いは、企業のM&A戦略を分析する際にも重要になります。

企業が買収を発表した場合、その買収が川上統合なのか、川下統合なのか、水平統合なのかを確認することで、買収の戦略的な目的を理解しやすくなります。

なぜ医療企業は垂直統合を進めるのか

医療企業が垂直統合を進める理由は、単なる事業規模の拡大ではありません。

重要なのは、事業活動の複数の段階を自社で管理することによって、競争優位を形成できる可能性があることです。

例えば、医療機器メーカーが重要部品の製造を自社で行う場合を考えてみましょう。

製品開発部門と部品製造部門が密接に連携できれば、製品設計の変更や品質改善を進めやすくなる場合があります。

また、製造工程で得られた情報を研究開発部門へ迅速に伝えることも可能になります。

一方、販売部門を自社で保有する場合には、医療機関から直接得られる情報を製品開発へ活用できる可能性があります。

つまり、垂直統合によって、事業活動の各段階を連携させやすくなる場合があるのです。

ただし、垂直統合による利点が、必ず実現するとは限りません。

組織が大きくなり、管理が複雑になることで、かえって意思決定が遅くなる場合もあります。

したがって、垂直統合では、統合によって得られる利点と、統合によって増加する費用やリスクを比較する必要があります。

垂直統合の5つの利点

垂直統合には、代表的な5つの利点があります。

品質管理を強化できる

医療企業では、製品の品質や安全性が重要です。

重要な製造工程を自社で管理できれば、工程管理や品質改善を直接進めやすくなる場合があります。

例えば、医療機器の重要部品を自社で製造していれば、部品の設計変更と製造工程の改善を一体的に進められる可能性があります。

ただし、外部委託であっても適切な品質管理は可能であり、内製化そのものが品質を保証するわけではありません。

供給の安定性を高められる

重要部品を外部企業だけに依存している場合、その企業で生産停止が発生すると、自社の製品供給にも影響する可能性があります。

川上統合によって重要部品の製造能力を確保すれば、外部企業への依存を減らせる場合があります。

ただし、自社工場に生産能力が集中すると、災害や設備故障によるリスクが高まる可能性もあります。

利益を獲得する範囲を広げられる

例えば、医療機器メーカーが販売代理店を通じて製品を販売している場合、販売代理店は販売活動に対する利益を獲得します。

メーカーが販売活動を自社で行えば、販売代理店が担っていた機能から生まれる利益を自社で獲得できる可能性があります。

ただし、その代わりに営業人員や販売拠点などの費用が必要になります。

顧客情報を獲得しやすくなる

川下統合によって、医療機関との直接的な関係を構築できる場合があります。

例えば、医療機器メーカーが保守サービスを自社で提供すれば、製品の故障状況や使用上の課題などを把握しやすくなります。

こうした情報は、製品改良や新製品開発に役立つ可能性があります。

事業活動の連携を強化できる

研究開発、製造、販売、保守サービスを自社で管理することで、部門間の連携を強化できる場合があります。

例えば、保守部門で発見された問題を製品開発部門へ伝え、次世代製品の設計へ反映することが考えられます。

このように、垂直統合は、事業活動全体の改善につながる可能性があります。

垂直統合の5つのリスク

一方、垂直統合にはリスクもあります。

設備投資が増加する

製造工場や販売拠点を自社で保有する場合、多額の設備投資が必要になることがあります。

その結果、投下資本が増加します。

固定費が増加する

工場や販売組織を保有すれば、人件費、減価償却費、維持管理費などの固定費が増加する場合があります。

需要が減少した場合でも、固定費の負担が残る可能性があります。

経営管理が複雑になる

研究開発に強みを持つ企業が製造事業へ進出した場合、製造管理や品質管理など、新しい経営能力が必要になります。

また、製造に強みを持つ企業が販売事業へ進出した場合には、営業人材や販売管理能力が必要になります。

技術変化に対応しにくくなる場合がある

自社で大規模な製造設備を保有している場合、新しい製造技術が登場しても、既存設備を簡単に変更できないことがあります。

設備投資が大きいほど、技術変化への対応に費用がかかる可能性があります。

資本効率が低下する可能性がある

垂直統合によって営業利益が増加しても、それ以上に投下資本が増加すれば、ROICが低下する場合があります。

この点は、JMEIが特に重視する部分です。

ケーススタディ1 医療機器メーカーの川上統合

ここからは、架空の医療機器メーカーを例に、垂直統合の経済的な合理性を考えてみましょう。

検査装置を製造する「メディカルA社」を設定します。

A社は、重要部品を外部企業から購入しています。

しかし、販売台数の増加に伴い、部品メーカーの買収を検討しています。

A社の現在の財務状況を、次のように仮定します。売上高は100億円、営業利益は12億円、実効税率は30%で、税引後営業利益(NOPAT)は8.4億円です。投下資本は60億円で、ROICは14%です。

ROICは、次の式で計算します。

ROIC=税引後営業利益÷投下資本×100

したがって、8.4億円÷60億円×100=14%となります。

A社は、投下資本60億円に対して、年間8.4億円の税引後営業利益を生み出していることになります。

ここで、A社は部品メーカーの買収を検討しています。

買収によって、部品の調達費用を削減できる見込みです。

しかし、買収には資金が必要です。

この買収が合理的かどうかを考えてみましょう。

川上統合によって利益が増加した場合

A社が部品メーカーを買収した結果、次のような変化が生じると仮定します。追加投下資本は20億円、年間営業利益の増加額は2億円、実効税率は30%で、税引後営業利益の増加額は1.4億円です。

ここでは、買収に伴う追加費用や統合費用などを反映した後の増益額が2億円であり、既存事業の利益と重複しないものとします。

買収後の税引後営業利益は、8.4億円+1.4億円=9.8億円となります。

一方、投下資本は、60億円+20億円=80億円となります。

したがって、買収後のROICは、9.8億円÷80億円×100=12.25%です。

ここで重要なことが分かります。買収前のROICは14%でした。買収後のROICは12.25%です。

つまり、税引後営業利益は8.4億円から9.8億円へ増加しましたが、ROICは低下しています。

なぜでしょうか。

それは、利益の増加率よりも投下資本の増加率が大きかったからです。

このケースから、「垂直統合によって利益が増加しても、資本効率が改善するとは限らない」ということが分かります。

ただし、ROICが低下したことだけで、この買収が失敗だったと判断することもできません。

次に、資本コストとの関係を考えてみましょう。

ROICが低下しても企業価値が高まる場合がある

A社の資本コストを8%と仮定します。今回の買収による追加投下資本は20億円です。税引後営業利益の増加額は1.4億円です。

したがって、追加投資に対する税引後営業利益の比率は、1.4億円÷20億円×100=7%となります。

この7%は、仮定した資本コスト8%を下回ります。

したがって、この条件では、買収による追加投資が資本コストに見合う利益を生み出せていない可能性があります。

ここで、買収後の営業利益増加額が3億円だった場合を考えてみましょう。

税率30%を仮定すると、税引後営業利益の増加額は、3億円×70%=2.1億円です。

追加投資に対する税引後営業利益の比率は、2.1億円÷20億円×100=10.5%となります。

この場合、資本コスト8%を上回ります。

一方、買収後の会社全体のROICは、(8.4億円+2.1億円)÷80億円×100=13.125%です。

買収前の14%より低くなっています。

つまり、会社全体のROICは低下しているにもかかわらず、追加投資は資本コストを上回る利益を生み出しているのです。

この例は、企業分析において、「ROICの上昇だけが、企業価値創造の条件ではない」ということを教えてくれます。

企業価値を考える際には、ROICの水準だけでなく、新しい投資が資本コストを上回る経済的成果を生み出すかを確認する必要があります。

ただし、ここでの計算は、一定の利益水準が継続するという単純化した例です。

実際の買収評価では、将来キャッシュフロー、買収価格、統合費用、追加運転資本、成長率などを考慮したNPV分析が必要になります。

ケーススタディ2 医療機器メーカーの川下統合

次に、川下統合を考えてみましょう。

架空の医療機器メーカー「メディカルB社」を設定します。

B社は、病院向けの医療機器を製造しています。

現在、製品の販売と保守サービスの多くを外部企業へ委託しています。

しかし、B社は、販売後の保守サービスを自社で提供することを検討しています。

理由は、製品販売後も継続的に収益を獲得できる可能性があるからです。

例えば、医療機器を販売した後、定期点検や部品交換、修理などのサービスを提供することが考えられます。

このような事業では、製品販売時の収益だけでなく、販売後の継続的なサービス収益が重要になる場合があります。

ここで、B社の条件を次のように仮定します。保守サービスの年間売上高は10億円、年間営業費用は8億円、年間営業利益は2億円です。保守事業に必要な追加投下資本は8億円で、実効税率は30%です。

税引後営業利益は、2億円×70%=1.4億円です。

したがって、追加投資に対する税引後営業利益の比率は、1.4億円÷8億円×100=17.5%となります。

仮に資本コストを8%とすれば、この事業は資本コストを上回る利益を生み出す可能性があります。

さらに、保守サービスを自社で提供することで、顧客との関係を強化できる可能性があります。

また、故障情報や使用状況を製品開発へ活用できる場合もあります。

ただし、実際には保守技術者の確保、サービス拠点の整備、部品在庫の管理などが必要です。

したがって、保守サービスの内製化では、収益性だけでなく、サービス提供能力も重要になります。

医療企業では川下統合が重要になる場合がある

医療企業では、製品を販売して終わりという事業ばかりではありません。

例えば、医療機器では、製品販売後に保守や点検が必要になる場合があります。

また、検査装置では、装置本体だけでなく、試薬や消耗品などが継続的に必要になる場合があります。

こうした事業では、製品販売後の顧客との関係が重要になります。

例えば、検査装置メーカーが、装置の販売だけでなく、試薬供給や保守サービスを組み合わせて提供する場合があります。

このような事業構造では、装置の販売台数だけでなく、装置の稼働状況や試薬の使用量なども収益性に影響します。

ただし、試薬や消耗品を継続販売する事業モデルと、川下統合は同じ概念ではありません。

川下統合とは、販売や流通、サービスなどの事業段階を自社の管理下に置くことです。

一方、試薬や消耗品の継続販売は、収益モデルの特徴です。

両者は関連する場合がありますが、区別して分析する必要があります。

JMEIでは、こうした違いを整理しながら、医療企業の事業構造を分析することが重要だと考えています。

製薬企業の垂直統合

製薬企業でも、垂直統合は重要な経営課題です。

医薬品が患者へ届くまでには、研究開発、原薬製造、製剤製造、品質管理、流通、販売など、さまざまな活動があります。

例えば、ある製薬企業が研究開発を中心に行い、製造を外部企業へ委託しているとします。

一方、別の製薬企業は、研究開発から製造までを自社で行っているとします。

この2社では、必要な設備投資や経営能力が異なります。

製造を外部へ委託する企業では、自社の製造設備を抑えられる可能性があります。

一方、製造を内製化する企業では、製造工程を直接管理しやすくなる場合があります。

特に、製造技術が製品の品質や競争優位に深く関係する場合には、製造能力を自社で保有することが戦略的に重要になる可能性があります。

ただし、医薬品では、製造設備を保有するだけで製造や販売を自由に行えるわけではありません。

必要な許可、品質管理、製造管理など、適用される法令や規制への対応が必要です。

また、外部委託を行う場合にも、委託先の適格性や品質管理体制などを確認する必要があります。

したがって、製薬企業の垂直統合では、費用や資本効率に加えて、規制対応や品質保証の観点が重要になります。

医療DX企業の垂直統合

医療DX企業でも、垂直統合を考えることができます。

例えば、ある医療DX企業が、病院向けのソフトウェアを開発しているとします。

その企業は、ソフトウェアの開発を自社で行っていますが、販売や導入支援、運用保守の一部を外部企業へ委託しています。

ここで、導入支援や運用保守を自社で行うようになれば、川下方向への事業拡大と考えることができます。

この場合、顧客である医療機関との関係を強化できる可能性があります。

また、医療現場で発生している課題を直接把握し、ソフトウェアの改善へ活用できる場合があります。

一方、導入支援や運用保守を自社で行うには、専門人材やサポート体制が必要です。

顧客数が増加すれば、サポート業務の負担も増加する可能性があります。

そのため、医療DX企業では、どの業務を自社で行い、どの業務を外部企業と連携して提供するかが重要になります。

特に、ソフトウェア開発と顧客支援をどのように組み合わせるかは、顧客満足度や継続利用にも影響する可能性があります。

垂直統合とROICの関係

ここまでの内容を、財務分析の視点から整理しましょう。

ROICは、次の式で計算します。

ROIC=税引後営業利益÷投下資本×100

垂直統合によって、税引後営業利益が増加する場合があります。

一方、工場や販売拠点などを保有することで、投下資本も増加する場合があります。

したがって、垂直統合がROICへ与える影響は、利益の増加額と投下資本の増加額によって決まります。

例えば、次の2つのケースを考えてみましょう。ケースAは、追加投下資本が10億円、税引後営業利益の増加額が5,000万円で、追加投資に対する税引後利益率は5%です。ケースBは、追加投下資本が10億円、税引後営業利益の増加額が1億5,000万円で、追加投資に対する税引後利益率は15%です。

両者とも、追加投下資本は10億円です。

しかし、生み出す利益には大きな違いがあります。

資本コストを8%と仮定した場合、ケースAの利益率5%は資本コストを下回ります。

一方、ケースBの利益率15%は資本コストを上回ります。

したがって、同じ10億円の投資であっても、経済的な合理性は異なります。

ここで重要なのは、垂直統合によって事業規模が拡大することと、企業価値が高まることは同じではないということです。

垂直統合では「統合しない選択」も重要

企業分析では、垂直統合を進める企業だけでなく、あえて統合しない企業にも注目する必要があります。

例えば、ある医療機器メーカーが、研究開発と製品設計に強みを持っているとします。

その企業は、製造設備を自社で保有せず、外部企業へ製造を委託しています。

この場合、設備投資を抑えながら研究開発へ経営資源を集中できる可能性があります。

また、外部企業が高度な製造技術を持っていれば、その能力を活用することもできます。

一方、外部企業への依存が高くなるというリスクもあります。

つまり、垂直統合を進めないことも、経営戦略上の選択なのです。

ここで、重要な考え方があります。「すべてを自社で行う企業が、必ずしも優れた企業とは限らない」という考え方です。

企業が保有する経営資源には限界があります。

そのため、競争優位の源泉となる活動へ経営資源を集中し、それ以外の活動では外部企業の能力を活用することが合理的な場合があります。

JMEIでは、垂直統合の程度だけで企業を評価するのではなく、その事業構造が競争優位と資本効率にどのようにつながっているかを重視します。

JMEI式・垂直統合分析シート

医療企業の垂直統合を分析する際には、次の項目を確認すると便利です。

シートは、事業活動の範囲、統合の方向、統合の目的、財務への影響、経営上のリスク、総合評価の六つの部分で構成します。事業活動の範囲では、研究開発、原材料・部品調達、製造、販売、流通、保守サービスのそれぞれについて、自社で行っているのか、外部企業へ委託しているのかを整理します。統合の方向では、川上統合、川下統合、水平統合のうち、企業がどの方向へ事業を拡大しているかを確認します。

統合の目的では、品質管理の強化、供給安定性の確保、費用削減、顧客関係の強化、新しい収益源の獲得、技術やノウハウの蓄積のどれが狙いかを整理します。財務への影響では、追加売上高、追加営業利益、追加投下資本、ROICへの影響、資本コスト、NPVを記入します。経営上のリスクでは、設備投資負担、固定費の増加、人材確保、品質管理、技術変化、事業統合の難しさを整理します。

総合評価では、垂直統合によって競争優位が強化されるか、利益構造が改善するか、追加投資が資本コストを上回る成果を生み出すか、外部企業との連携を維持する方が合理的ではないか、という点を確認します。

これらを整理することで、企業の垂直統合戦略を総合的に評価できます。

練習問題

問題1

垂直統合とは、どのような経営戦略でしょうか。

【答え】製品やサービスが顧客へ届くまでの一連の事業活動について、企業が複数の段階を自社の管理下に置くことです。

問題2

川上統合とは、どのような統合でしょうか。

【答え】原材料や部品の製造など、供給側の事業活動へ進出することです。例えば、医療機器メーカーが重要部品の製造会社を買収する場合です。

問題3

川下統合とは、どのような統合でしょうか。

【答え】販売、流通、保守サービスなど、顧客に近い事業活動へ進出することです。例えば、医療機器メーカーが販売代理店を買収する場合です。

問題4

垂直統合と水平統合の違いを説明してください。

【答え】垂直統合は、供給から販売までの異なる事業段階を統合することです。水平統合は、同じような事業活動を行う企業同士が統合することです。

問題5

ある医療機器メーカーの税引後営業利益は6億円、投下資本は40億円です。ROICはいくらでしょうか。

【答え】15%です。計算すると、6億円÷40億円×100=15%。

問題6

問題5の企業が垂直統合を進め、税引後営業利益が7億円、投下資本が50億円になりました。ROICはいくらでしょうか。

【答え】14%です。計算すると、7億円÷50億円×100=14%。税引後営業利益は増加しましたが、ROICは15%から14%へ低下しています。

問題7

ある企業が、垂直統合のために20億円を追加投資しました。その結果、税引後営業利益が年間2億円増加すると見込まれています。追加投資に対する税引後営業利益の比率はいくらでしょうか。

【答え】10%です。計算すると、2億円÷20億円×100=10%。

問題8

問題7の企業の資本コストが8%の場合、この投資をどのように評価しますか。

【答え】追加投資に対する税引後営業利益の比率10%は、資本コスト8%を上回っています。したがって、一定の前提条件の下では、経済的価値を生み出す可能性があります。ただし、実際の投資判断では、将来キャッシュフローや投資期間などを考慮したNPV分析が必要です。

問題9

医療機器メーカーが保守サービスを内製化する場合、どのような利点が考えられますか。

【答え】継続的なサービス収益の獲得、顧客関係の強化、製品使用状況の把握、製品改良への情報活用などが考えられます。

問題10

垂直統合によって営業利益が増加しても、ROICが低下するのはなぜでしょうか。

【答え】営業利益の増加に対して、投下資本がより大きく増加する場合があるからです。

問題11

企業全体のROICが低下した場合、その垂直統合は必ず失敗といえるでしょうか。

【答え】必ずしも失敗とはいえません。追加投資が資本コストを上回る経済的成果を生み出していれば、企業全体のROICが低下しても、企業価値が高まる場合があります。

問題12

医療企業の垂直統合を分析する際、最も重要なことは何でしょうか。

【答え】垂直統合によって、競争優位が強化されるか、利益構造が改善するか、そして追加投資が資本コストに見合う成果を生み出すかを確認することです。

JMEIの視点

JMEIでは、垂直統合を、医療企業の競争優位と資本配分を理解するための重要な分析対象として位置づけています。

企業がどの事業活動を自社で保有するかによって、利益構造や資本効率は変化します。

例えば、医療機器メーカーが重要部品の製造を内製化すれば、品質管理や技術蓄積の面で利点が生まれる可能性があります。

一方、製造設備への投資によって、投下資本が増加する場合があります。

また、販売や保守サービスを自社で行えば、顧客との関係を強化できる可能性があります。

しかし、営業人員や保守技術者の確保など、新しい経営能力が必要になります。

ここで重要なのは、垂直統合そのものを目的にしないことです。

企業が事業活動の範囲を拡大しても、それが競争優位や企業価値の向上につながらなければ、経済的な合理性は十分とはいえません。

JMEIでは、垂直統合を分析する際に、次の3つを重視します。第一に、垂直統合によって競争優位が強化されるか。第二に、垂直統合によって利益構造が改善するか。第三に、追加投資が資本コストを上回る経済的成果を生み出すか。

この3つを組み合わせることで、医療企業の垂直統合戦略を、経営戦略と財務分析の両面から評価できます。

JMEI Medical Insight

企業は大きくなれば強くなるのか――垂直統合と企業価値の関係

企業の成長を考える際、売上高や事業規模の拡大に注目することがあります。

例えば、ある医療機器メーカーが、部品メーカーや販売会社を買収し、研究開発から製造、販売までを自社で行うようになったとします。

この場合、企業の事業規模は拡大します。

また、買収した企業の売上高や利益が連結財務諸表へ反映される場合があります。

しかし、ここで重要な問いがあります。「事業規模が拡大したことは、企業価値が高まったことを意味するのでしょうか」という問いです。

答えは、必ずしもそうではありません。

企業価値を考える際には、売上高や利益の増加だけでなく、そのために必要となった投下資本を確認する必要があります。

例えば、ある医療企業が、年間5億円の営業利益を生み出す事業を買収したとします。

一見すると、利益が5億円増加するため、魅力的な買収に思えるかもしれません。

しかし、その事業を買収するために100億円を投資した場合はどうでしょうか。

税率を30%と仮定すると、税引後営業利益は3.5億円です。

追加投資に対する税引後営業利益の比率は、3.5億円÷100億円×100=3.5%となります。

仮に資本コストが8%であれば、この投資は資本コストに見合う利益を生み出していない可能性があります。

つまり、利益が増加しても、企業価値が高まるとは限らないのです。

一方、別の企業が、同じ年間5億円の営業利益を生み出す事業を30億円で取得できたとします。

税引後営業利益は同じ3.5億円です。

しかし、追加投資に対する税引後営業利益の比率は、3.5億円÷30億円×100=約11.7%となります。

この場合、資本コスト8%を上回ります。

もちろん、実際の買収では、将来の利益変動や統合費用、追加投資などを考慮する必要があります。

しかし、この例から重要なことが分かります。「同じ利益を生み出す事業であっても、取得価格によって投資の合理性は大きく変わる」ということです。

ここで、さらに重要な視点があります。

それは、垂直統合によって得られる利益が、単純な費用削減だけではないということです。

例えば、医療機器メーカーが保守サービス会社を買収した場合、保守サービスの利益を獲得できるだけでなく、顧客との関係を強化できる可能性があります。

また、保守サービスで得られた情報を製品開発へ活用することで、製品の競争力が高まる可能性もあります。

こうした効果は、単純な費用比較だけでは評価しにくいものです。

しかし、だからといって、数値化できない効果を理由に、どのような買収でも正当化できるわけではありません。

JMEIでは、こうした効果についても、可能な限り具体的な仮説を設定し、将来の売上高、利益、キャッシュフローへの影響を検討することが重要だと考えています。

例えば、保守サービスの内製化によって顧客継続率が改善するのであれば、その改善が将来の収益へどの程度影響するかを推計することが考えられます。

また、製造部門の内製化によって不良率が低下するのであれば、不良品の削減や品質関連費用の減少が、利益へどの程度影響するかを推計できます。

このように、垂直統合の効果を具体的な経営指標へ結びつけることが重要です。

さらに、垂直統合には、企業のリスク構造を変化させるという側面があります。

例えば、製造設備を自社で保有すれば、外部企業への依存を減らせる可能性があります。

一方、設備投資や固定費が増加するため、需要が減少した場合の利益変動が大きくなる可能性があります。

また、販売や保守サービスを自社で行えば、顧客との関係を強化できる可能性があります。

しかし、販売組織や保守サービス体制を維持するための固定費が必要になります。

つまり、垂直統合では、競争優位とリスクの両方が変化するのです。

ここで、JMEIが重視する考え方があります。「企業がどこまで事業を保有するかではなく、どの事業活動を保有することが競争優位と企業価値につながるかを考える」ということです。

例えば、研究開発に強みを持つ医療企業が、製造を外部へ委託することは、必ずしも弱みではありません。

むしろ、研究開発へ経営資源を集中することで、競争優位を強化できる場合があります。

一方、製造技術に強みを持つ企業では、重要な製造工程を自社で保有することが競争優位につながる場合があります。

また、顧客との関係が重要な医療機器メーカーでは、販売や保守サービスを自社で行うことが合理的な場合があります。

つまり、最適な垂直統合の程度は、企業によって異なります。

JMEIでは、今後の医療企業分析において、垂直統合を次の3つの観点から評価していきます。第一に、事業活動のどの段階が競争優位の源泉となっているか。第二に、その段階を自社で保有することが経済的に合理的か。第三に、垂直統合によって、ROICやキャッシュフローがどのように変化するか。

この3つを組み合わせることで、企業の事業構造をより深く理解できるようになります。

今回のポイント

第74講で最も覚えてほしいのは、「垂直統合は、事業規模を拡大するためではなく、競争優位と企業価値を高めるために行うべき経営戦略である」ということです。

垂直統合とは、企業が供給から販売までの複数の事業段階を自社の管理下に置くことです。

川上統合は、原材料や部品などの供給側へ進出することです。

川下統合は、販売や流通、保守サービスなど、顧客に近い事業活動へ進出することです。

垂直統合には、品質管理の強化、供給安定性の確保、顧客関係の強化などの利点があります。

一方、設備投資や固定費の増加、経営管理の複雑化などのリスクもあります。

また、垂直統合によって営業利益が増加しても、投下資本がそれ以上に増加すれば、ROICが低下する場合があります。

ただし、ROICが低下したことだけで、垂直統合が失敗だったと判断することもできません。

重要なのは、追加投資が資本コストを上回る経済的成果を生み出すかということです。

JMEIでは、垂直統合を分析する際に、次の5つの問いを重視します。「この企業は、どの事業活動を自社で保有しているのか」「垂直統合によって、どのような競争優位が生まれるのか」「垂直統合によって、利益構造はどのように変化するのか」「追加投資は、資本コストを上回る成果を生み出すのか」「垂直統合を進めることと、外部企業との連携を維持することでは、どちらが合理的なのか」

この5つを考えることで、医療企業の垂直統合戦略を、経営戦略と財務分析の両面から評価できるようになります。

次回予告

第75講|水平統合とは何か?――医療企業のM&Aはなぜ競争優位を変えるのか

今回は、垂直統合について学びました。

企業が研究開発から製造、販売、保守サービスまで、どの事業活動を自社で保有するかによって、競争優位や利益構造、資本効率が変化することを確認しました。

また、垂直統合によって利益が増加しても、投下資本が増加すればROICが低下する場合があることを学びました。

さらに、ROICが低下しても、追加投資が資本コストを上回る成果を生み出していれば、企業価値が高まる可能性があることも確認しました。

ここで、新しい疑問が生まれます。「同じ事業を行う企業同士が統合した場合、競争優位や企業価値はどのように変化するのでしょうか」という問いです。

例えば、ある医療機器メーカーが、同じ分野の競合メーカーを買収したとします。

この場合、製品ラインアップが拡大する可能性があります。

また、販売網や研究開発機能を統合することで、費用を削減できる場合があります。

一方、買収価格が高すぎれば、十分な投資成果を得られない可能性があります。

また、企業文化の違いや事業統合の難しさによって、期待した効果が得られない場合もあります。

このように、同じ事業段階にある企業同士が統合することを、水平統合と呼びます。

次回は、水平統合の基本を学びます。

特に、水平統合の基本構造、水平統合による規模の経済、水平統合による市場シェアと競争環境の変化、M&Aによるシナジー効果と統合リスク、水平統合がROICと企業価値へ与える影響の5つの視点から分析します。

そして、医療機器メーカー、製薬企業、医療DX企業を例に、水平統合によってどのような競争優位が生まれるのかを考えます。

次回の目標は、「この医療企業のM&Aは、競争優位を強化するのか。そして、買収価格に見合う企業価値を生み出すのか」という問いに答えられるようになることです。

第75講では、医療企業のM&A戦略を、水平統合という視点から読み解いていきます。

JMEI|日本医療企業研究所 医療を変える企業と技術を読み解く。

本講座に関するご注意

本講座は、企業分析の考え方を学ぶための教育コンテンツです。金融商品取引法に基づく投資助言・代理業には該当せず、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。講座内で企業を題材として扱う場合も、あくまで分析手法を説明するための例示です。

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