JMEI 医療企業分析アカデミー 第75講 医療企業のM&Aはなぜ競争優位を変えるのか
はじめに
こんにちは。日本医療企業研究所(JMEI)です。
前回の第74講では、垂直統合について学びました。
垂直統合とは、企業が研究開発、製造、販売、保守サービスなど、製品やサービスが顧客へ届くまでの複数の事業段階を自社の管理下に置くことでした。
また、垂直統合によって営業利益が増加しても、投下資本がそれ以上に増加すれば、ROICが低下する場合があることを確認しました。
ここで、新しい疑問が生まれます。「同じ事業を行っている企業同士が統合した場合、競争力や収益性はどのように変化するのでしょうか」という問いです。
例えば、ある医療機器メーカーが、同じ分野の競合メーカーを買収したとします。
買収によって、製品ラインアップが拡大するかもしれません。
また、研究開発部門や製造拠点を統合することで、費用を削減できる可能性があります。
さらに、両社の販売網を活用することで、これまで販売できなかった地域や医療機関へ製品を提供できるかもしれません。
一方、買収には多額の資金が必要です。
また、異なる企業文化を持つ組織を統合することは、必ずしも簡単ではありません。
買収価格が高すぎれば、期待した利益が実現しても、十分な投資成果を得られない可能性があります。
こうした問題を考えるための重要な概念が、今回のテーマである水平統合(Horizontal Integration)です。
今回は、水平統合の基本から、規模の経済、シナジー効果、競争環境への影響、M&Aの投資合理性まで学びます。
今回の目標は、「この医療企業のM&Aは、競争優位を強化するのか。そして、買収価格に見合う企業価値を生み出すのか」という問いに答えられるようになることです。
水平統合とは何か
水平統合とは、同じ、または類似する事業段階で活動する企業同士が統合することです。
例えば、医療機器メーカーが、同じ種類の医療機器を製造する競合メーカーを買収する場合です。
製薬企業が、同じ治療領域で事業を展開する別の製薬企業を買収する場合も、水平統合の一例となります。
また、医療DX企業が、類似する病院向けソフトウェアを提供する企業を買収する場合も、水平統合に該当することがあります。
水平統合の目的は、単に企業規模を拡大することではありません。
重要なのは、企業同士が統合することで、単独では実現しにくかった経済的な成果を生み出すことです。
例えば、2社が別々に研究開発を行っていた場合、統合によって研究設備や技術を共同利用できる可能性があります。
また、販売網を統合することで、営業活動の効率が改善する場合があります。
さらに、製造設備を集約することで、生産量当たりの固定費を削減できる可能性があります。
ただし、統合によって必ずこうした効果が生まれるわけではありません。
企業間の技術や組織の違いによって、期待した統合効果が実現しない場合もあります。
したがって、水平統合では、統合によって得られる利益と、統合に必要な費用や投資を比較する必要があります。
水平統合と垂直統合の違い
前回学んだ垂直統合と、今回の水平統合を整理してみましょう。
統合の方向は、垂直統合が異なる事業段階、水平統合が同じ・類似する事業段階です。主な目的は、垂直統合が供給・販売などの管理強化、水平統合が事業規模や競争力の強化です。医療機器の例は、垂直統合が部品メーカーの買収、水平統合が競合医療機器メーカーの買収です。製薬企業の例は、垂直統合が原薬製造企業の買収、水平統合が同じ治療領域の製薬企業の買収です。主な期待効果は、垂直統合が供給安定性、品質管理、顧客接点、水平統合が規模の経済、技術統合、販売網拡大です。主なリスクは、垂直統合が固定費増加、事業管理の複雑化、水平統合が統合費用、競争法上の問題、買収価格です。
この違いを理解すると、企業のM&Aを分析する際に、その戦略的な目的を整理しやすくなります。
ただし、実際のM&Aでは、水平統合と垂直統合の両方の性格を持つ場合もあります。
例えば、医療機器メーカーが別の医療機器メーカーを買収し、同時にその企業の販売網や保守サービス部門も取得する場合です。
この場合、製品事業の水平統合と、販売・保守機能の拡大が同時に進むことになります。
水平統合の最大の利点――規模の経済
水平統合を理解するうえで、重要な概念が「規模の経済」です。
規模の経済とは、生産量や事業規模が拡大することで、製品やサービス1単位当たりの費用が低下することです。
例えば、医療機器メーカーが製造工場を保有しているとします。
工場では、製品を1台製造する場合でも、1,000台製造する場合でも、一定の設備維持費や管理費が必要になります。
こうした費用は、固定費と呼ばれます。
製造台数が増加すれば、固定費をより多くの製品へ配分できます。
その結果、製品1台当たりの固定費負担が低下します。
簡単な例で考えてみましょう。
ある医療機器工場の年間固定費が1億円だとします。
年間1,000台を製造する場合、1台当たりの固定費は10万円です。
一方、年間2,000台を製造する場合、1台当たりの固定費は5万円になります。
つまり、生産量が2倍になることで、1台当たりの固定費負担は半分になります。
ただし、これは同じ設備で2,000台を製造でき、追加の固定費が発生しない場合の計算です。
実際には、生産能力の限界や追加設備投資などを考慮する必要があります。
水平統合では、2社の製造拠点を集約することによって、このような規模の経済を実現できる場合があります。
規模の経済と範囲の経済
ここで、もう一つ重要な概念を学びましょう。
それが「範囲の経済」です。
規模の経済は、同じ製品やサービスの生産量が増加することで、単位当たりの費用が低下することです。
一方、範囲の経済とは、複数の製品やサービスを一つの企業で提供することで、別々に提供する場合よりも総費用を抑えられることです。
例えば、ある医療機器メーカーが超音波診断装置を販売しているとします。
別の企業は、患者モニターを販売しています。
この2社が統合した場合、営業担当者が同じ医療機関へ複数の製品を提案できる可能性があります。
また、販売拠点や物流網、管理部門などを共同利用できる場合があります。
このように、異なる製品を同じ経営資源で提供することによって、費用面で有利になる場合があります。
これが範囲の経済です。
整理すると、規模の経済は同じ活動を大きくすることで効率が高まること、範囲の経済は異なる活動を組み合わせることで効率が高まることです。
水平統合では、この両方が重要になります。
水平統合によるシナジー効果
M&Aを分析する際によく使われる言葉が、シナジーです。
シナジーとは、複数の企業や事業が統合することで、単独では実現できなかった追加的な経済効果が生まれることです。
例えば、A社とB社がそれぞれ独立して事業を行っているとします。
A社の企業価値が100億円、B社の企業価値が50億円だとします。
単純に合計すると、150億円です。
しかし、統合によって研究開発費用の削減や販売網の効率化が実現すれば、統合後の事業価値が150億円を超える可能性があります。
この追加的な価値が、シナジーによる価値です。
ただし、ここで注意が必要です。
シナジーは、企業が統合しただけで自動的に生まれるものではありません。
統合による費用削減や売上増加が、実際に実現して初めて経済的な効果が生まれます。
また、シナジーを実現するために追加費用が必要になる場合もあります。
そのため、M&Aの分析では、期待されるシナジーだけでなく、実現に必要な費用や時間も確認する必要があります。
シナジーにはどのような種類があるのか
水平統合によるシナジーは、大きく3つに整理できます。
コストシナジー
コストシナジーとは、企業統合によって費用を削減する効果です。
例えば、2社がそれぞれ本社管理部門を持っている場合、統合によって一部の管理業務を共通化できる可能性があります。
また、研究設備や製造設備を共同利用することで、重複する費用を削減できる場合があります。
医療機器メーカーでは、製造拠点の集約や部品の共同調達などが考えられます。
売上シナジー
売上シナジーとは、統合によって新しい売上を獲得する効果です。
例えば、A社が日本国内に強い販売網を持ち、B社が海外市場に強い販売網を持っているとします。
両社が統合することで、A社の製品をB社の販売網で販売できる可能性があります。
また、異なる製品を組み合わせて医療機関へ提案することも考えられます。
ただし、売上が増加しても、それに伴う販売費用や製造費用が増加すれば、利益の増加は限定的になる場合があります。
したがって、売上シナジーは売上高だけでなく、追加利益やキャッシュフローで評価することが重要です。
技術・研究開発シナジー
医療企業では、研究開発に関するシナジーも重要です。
例えば、異なる技術を持つ医療機器メーカー同士が統合することで、新しい製品を開発できる可能性があります。
また、製薬企業が異なる創薬技術や開発候補品を持つ企業を買収することで、研究開発の選択肢が広がる場合があります。
ただし、研究開発の成果には不確実性があります。
技術を組み合わせたからといって、必ず新製品が完成するわけではありません。
そのため、研究開発シナジーについては、実現可能性や必要な開発費用、開発期間などを慎重に評価する必要があります。
ケーススタディ1 医療機器メーカーの水平統合
ここからは、架空の医療機器メーカーを使って、水平統合の経済的な合理性を考えてみましょう。
「メディカルA社」は、病院向けの検査装置を製造・販売しています。
A社は、同じ分野の検査装置を製造する「メディカルB社」の買収を検討しています。
B社は独自の製品技術を持っていますが、販売網が十分ではありません。
一方、A社は国内外に販売網を持っています。
A社の経営陣は、B社を買収することで、製品ラインアップの拡大と販売網の共同利用を実現できると考えています。
ここで、次の条件を仮定します。
B社の単独企業価値は80億円、B社の買収価格は100億円で、買収による上乗せ額は20億円です。年間税引後シナジー効果は3億円、シナジーの継続期間は10年間、割引率は8%、統合費用の現在価値は8億円です。
ここでいうB社の単独企業価値とは、A社との統合によるシナジーを含まない事業価値です。
また、買収価格は、B社の事業全体を取得するための企業価値ベースの価格と仮定します。
このケースでは、買収価格100億円が、B社の単独企業価値80億円を20億円上回っています。
つまり、A社は、B社を単独で評価した価値よりも20億円高い価格で取得することになります。
この20億円を正当化するには、買収によって十分な追加価値を生み出す必要があります。
シナジーの現在価値を計算する
ここで、シナジーの現在価値を考えてみましょう。
A社は、B社を買収することで、年間3億円の税引後キャッシュフロー改善を10年間得られると予測しています。
ただし、将来得られる3億円は、現在の3億円と同じ価値ではありません。
そこで、将来のキャッシュフローを現在価値へ割り引く必要があります。
この計算に使うのが、NPV(正味現在価値)の考え方です。
今回のケースでは、割引率を8%と仮定します。
毎年末に3億円のキャッシュフローが10年間発生する場合、その現在価値は次のように計算できます。
シナジーの現在価値=3億円×{1-(1+0.08)のマイナス10乗}÷0.08
計算すると、約20.13億円になります。
つまり、年間3億円のシナジーが10年間続く場合、その現在価値は約20.13億円です。
ここで、統合費用の現在価値8億円を差し引きます。
計算すると、20.13億円-8億円=12.13億円。
したがって、統合費用を考慮したシナジーの正味現在価値は約12.13億円です。
一方、A社はB社の単独企業価値80億円に対して、100億円を支払います。
上乗せ額は20億円です。
したがって、12.13億円-20億円=マイナス7.87億円となります。
この条件では、買収による追加的なNPVは約マイナス7.87億円です。
つまり、シナジーが予測どおり実現しても、買収価格が高いため、A社にとって十分な経済的価値を生み出せない可能性があります。
なお、この計算では、買収に伴う税務上の追加効果、資金調達費用、10年後の残存価値などは考慮していません。
実際のM&Aでは、これらも含めて評価する必要があります。
シナジーが大きければ買収は合理的になるのか
次に、年間シナジーが3億円ではなく、5億円だった場合を考えてみましょう。
その他の条件は同じとします。
年間5億円のキャッシュフロー改善が10年間続く場合、その現在価値は、5億円×6.7101=約33.55億円です。
統合費用の現在価値8億円を差し引くと、33.55億円-8億円=25.55億円となります。
さらに、買収価格の上乗せ額20億円を差し引きます。
計算すると、25.55億円-20億円=5.55億円。
この場合、買収による追加的なNPVは約5.55億円のプラスになります。
つまり、年間シナジーが5億円実現するのであれば、この単純化した条件では、買収によって経済的価値が生まれる可能性があります。
ここで重要なのは、「M&Aの合理性は、買収によって生まれるシナジーと、買収価格によって決まる」ということです。
ただし、シナジーの予測には不確実性があります。
年間5億円の効果が期待されていても、実際には3億円しか実現しない可能性があります。
また、シナジーの実現が予定より遅れる場合もあります。
したがって、M&Aでは、期待値だけでなく、悲観的なケースも検討する必要があります。
ケーススタディ2 製薬企業の水平統合
次に、製薬企業の水平統合を考えてみましょう。
架空の製薬企業「ファーマC社」は、がん領域の医薬品開発に強みを持っています。
一方、「ファーマD社」は、免疫疾患領域の研究開発を行っています。
C社がD社を買収した場合、研究開発の対象領域が拡大します。
また、両社の研究技術を組み合わせることで、新しい医薬品候補の開発につながる可能性があります。
しかし、ここで注意したいことがあります。
医薬品の研究開発には、大きな不確実性があるということです。
例えば、D社が有望な開発候補品を持っていても、臨床試験で期待した有効性や安全性が確認されるとは限りません。
また、承認を取得できたとしても、競合薬の存在や薬価、販売体制などによって、売上高が想定を下回る可能性があります。
したがって、製薬企業のM&Aでは、現在の利益だけでなく、開発パイプラインの価値を評価することが重要になります。
ここでいう開発パイプラインとは、研究開発中の医薬品候補の集合を意味します。
製薬企業のM&Aでは、開発候補品の数だけでなく、開発段階、成功確率、対象患者数、競合状況、将来の収益性などを確認する必要があります。
さらに、研究開発部門を統合する場合、優秀な研究者の流出にも注意が必要です。
買収によって重要な研究人材が退職してしまえば、期待していた研究開発シナジーが失われる可能性があります。
このように、製薬企業の水平統合では、財務面だけでなく、技術、人材、研究開発体制なども重要な評価対象になります。
ケーススタディ3 医療DX企業の水平統合
次に、医療DX企業を考えてみましょう。
架空の「デジタルヘルスE社」は、病院向けの業務支援システムを提供しています。
一方、「デジタルヘルスF社」は、診療所向けの業務支援システムを提供しています。
E社がF社を買収した場合、病院と診療所の両方を顧客とする事業基盤を構築できる可能性があります。
また、ソフトウェアの開発基盤や顧客サポート体制を共通化できる場合があります。
しかし、医療DX企業の統合には、独特の課題があります。
それが、システムの互換性です。
例えば、E社とF社が異なる技術基盤でソフトウェアを開発している場合、システムを統合するために多額の開発費用が必要になる可能性があります。
また、既存顧客が使用しているシステムを変更する場合、医療機関側にも負担が生じることがあります。
その結果、顧客満足度が低下したり、契約を継続しない顧客が発生したりする可能性があります。
したがって、医療DX企業のM&Aでは、顧客数や売上高だけでなく、技術基盤、システム統合費用、顧客継続率などを確認する必要があります。
特に、継続課金型の事業では、顧客の解約率が将来収益に大きく影響する場合があります。
買収によって顧客数が増加しても、統合後に解約率が上昇すれば、期待した成長を実現できない可能性があります。
水平統合と市場シェア
水平統合では、市場シェアも重要な分析対象になります。
市場シェアとは、特定の市場において、企業が占める売上高や販売数量などの割合です。
例えば、ある医療機器市場の年間売上高が1,000億円だとします。
A社の売上高が200億円であれば、市場シェアは20%です。
B社の売上高が100億円であれば、市場シェアは10%です。
この2社が統合した場合、単純に合計すると市場シェアは30%になります。
ただし、これは両社の売上高が統合後も変化せず、市場全体の規模も変化しない場合の計算です。
実際には、顧客の離反や競合企業の対応によって、市場シェアが変化する可能性があります。
また、市場シェアを分析する際には、どの範囲を市場として定義するかが重要です。
例えば、医療機器市場全体で見るのか、特定の検査装置市場で見るのかによって、シェアは異なります。
日本国内だけで見るのか、世界市場で見るのかによっても結果は変わります。
したがって、M&Aの分析では、市場シェアの数字だけでなく、市場の定義を確認する必要があります。
水平統合と競争法上の問題
水平統合では、競争環境への影響も考慮する必要があります。
例えば、ある市場で大きなシェアを持つ企業同士が統合した場合、競争が弱まる可能性があります。
競争が弱まれば、価格や取引条件、製品開発への影響が生じる場合があります。
そのため、企業結合は競争法上の審査対象となることがあります。
日本では、一定の要件に該当する企業結合について、独占禁止法に基づく届出や審査が必要になります。
ただし、具体的な届出要件や審査内容は、取引の形態、企業規模、市場の状況などによって異なります。
また、海外企業を買収する場合には、関係する国や地域の競争法も確認する必要があります。
医療企業では、特定の医薬品、医療機器、検査技術などで市場が限定される場合があります。
そのため、医療産業全体では大きなシェアを持っていなくても、特定の製品市場では競争上の問題が生じる可能性があります。
ここで重要なのは、「水平統合によって市場シェアが拡大することは、必ずしも企業価値の向上を意味しない」ということです。
市場シェアの拡大によって販売効率が改善する場合もありますが、競争法上の制約や統合条件によって、期待した効果が得られない場合もあります。
M&Aで重要なPMIとは何か
ここまで、水平統合によるシナジーについて学びました。
しかし、M&Aでは、買収契約が成立しただけでは統合効果は実現しません。
買収後に、組織や業務を実際に統合する必要があります。
この過程を、PMIと呼びます。
PMIとは、Post Merger Integrationの略称です。
日本語では、買収後統合などと表現されます。
例えば、2つの医療機器メーカーが統合した場合、研究開発部門をどのように統合するのか、製造拠点を集約するのか、販売組織をどのように再編するのか、情報システムを統合するのか、品質管理体制をどのように整備するのか、従業員の処遇や評価制度をどうするのか、といった課題が発生します。
これらを適切に進めなければ、期待したシナジーが実現しない可能性があります。
また、医療企業では、品質管理や規制対応を維持しながら統合を進める必要があります。
例えば、製造拠点の変更や製造工程の変更には、対象製品や適用される規制に応じた手続きが必要になる場合があります。
したがって、医療企業のPMIでは、単純な費用削減だけでなく、品質や供給の継続性を確保することが重要になります。
M&Aの成功をどのように評価するか
M&Aの成功を評価する際、買収後の売上高や営業利益の増加だけを見ることは十分ではありません。
例えば、買収によって売上高が100億円増加したとしても、そのために多額の資金を支払っていれば、十分な投資成果を得られない可能性があります。
また、買収した企業が利益を生み出していても、その利益が買収前から存在していたものなのか、統合によって新しく生まれたものなのかを区別する必要があります。
そこで、JMEIでは、次のような指標を組み合わせて評価します。
売上高では統合後に売上がどの程度増加したか、営業利益では利益がどの程度増加したか、営業利益率では収益性が改善したか、シナジー実現額では当初計画した統合効果が実現したか、統合費用では想定以上の費用が発生していないか、ROICでは投下資本に対する利益効率、フリーキャッシュフローでは実際に生み出される資金、顧客継続率では顧客の離反が発生していないか、研究開発成果では新製品や開発候補品の進捗、人材定着率では重要人材が維持されているかを確認します。
これらを確認することで、M&Aの成果をより総合的に評価できます。
特に重要なのは、買収時に想定したシナジーと、買収後に実現したシナジーを比較することです。
例えば、買収時には年間10億円の費用削減を見込んでいたにもかかわらず、実際には3億円しか実現していない場合があります。
この場合、なぜ差が生じたのかを確認する必要があります。
統合費用が想定以上に発生したのか、製造拠点の統合が遅れたのか、顧客が離反したのかを確認します。
こうした要因を分析することで、経営陣のM&A実行能力を評価する手がかりになります。
M&AとROICの関係
水平統合でも、ROICは重要な指標です。
ROICは、次の式で計算します。
ROIC=税引後営業利益(NOPAT)÷投下資本×100
例えば、ある医療企業の買収前の財務状況を、税引後営業利益12億円、投下資本100億円、ROIC12%と仮定します。
ここで、別の企業を買収した結果、税引後営業利益が4億円増加し、投下資本が50億円増加したとします。
買収後の税引後営業利益は、12億円+4億円=16億円。
投下資本は、100億円+50億円=150億円。
したがって、買収後のROICは、16億円÷150億円×100=約10.7%となります。
つまり、税引後営業利益は増加しましたが、ROICは12%から約10.7%へ低下しています。
ただし、ここで注意したいことがあります。
ROICが低下したことだけで、M&Aが失敗だったと判断することはできません。
今回の追加投資50億円に対する税引後営業利益の増加額は4億円です。
したがって、追加投資に対する税引後営業利益の比率は、4億円÷50億円×100=8%です。
仮に、この投資の資本コストが7%であれば、追加投資は資本コストを上回る利益を生み出しています。
この場合、企業全体のROICが低下しても、買収によって経済的価値が生まれる可能性があります。
一方、資本コストが10%であれば、追加投資の利益率8%は資本コストを下回ります。
したがって、M&Aを評価する際には、ROICの変化だけでなく、追加投資の収益性と資本コストの関係を確認する必要があります。
なお、実際のM&A評価では、将来のキャッシュフロー、買収価格、統合費用、税務上の影響などを考慮したNPV分析が必要です。
水平統合と「のれん」
M&Aを分析する際には、「のれん」という会計上の概念も重要になります。
のれんとは、企業買収において、取得した識別可能な純資産の価値などを超えて支払った対価に関連する会計上の資産です。
例えば、ある企業を100億円で買収したとします。
取得した識別可能な純資産の公正価値が80億円であり、その他の調整がない単純なケースでは、差額20億円がのれんとして認識されることがあります。
ただし、実際の会計処理では、取得した資産や負債の公正価値評価、非支配株主持分、条件付対価など、さまざまな要素を考慮する必要があります。
また、のれんの会計処理は、適用する会計基準によって異なります。
日本基準では、原則として一定期間で規則的に償却します。
一方、IFRSでは、のれんを規則的には償却せず、減損テストを行います。
ここで重要なのは、買収時に認識したのれんが、将来の収益性を保証するものではないということです。
買収後に期待した利益が実現しなければ、減損損失が発生する可能性があります。
ただし、減損損失が発生したことと、買収による経済的損失の金額が完全に一致するわけではありません。
会計上の減損と、投資の経済的な成果は区別して考える必要があります。
JMEIでは、M&Aを積極的に行う医療企業について、のれんの金額だけでなく、買収後の事業収益やキャッシュフローも確認することが重要だと考えています。
練習問題
問題1
水平統合とは、どのような経営戦略でしょうか。
【答え】同じ、または類似する事業段階で活動する企業同士が統合することです。例えば、医療機器メーカーが競合する医療機器メーカーを買収する場合です。
問題2
規模の経済とは何でしょうか。
【答え】生産量や事業規模が拡大することで、製品やサービス1単位当たりの費用が低下することです。
問題3
範囲の経済とは何でしょうか。
【答え】複数の製品やサービスを一つの企業で提供することで、別々に提供する場合よりも総費用を抑えられることです。
問題4
M&Aにおけるシナジーとは何でしょうか。
【答え】複数の企業や事業が統合することで、単独では実現できなかった追加的な経済効果が生まれることです。
問題5
ある医療機器メーカーが、年間4億円の税引後キャッシュフロー改善を5年間得られると予測しています。割引率を0%と仮定した場合、シナジーの現在価値はいくらでしょうか。
【答え】20億円です。計算すると、4億円×5年間=20億円。ただし、実際の投資評価では、将来のキャッシュフローを適切な割引率で現在価値へ換算する必要があります。
問題6
ある企業の単独企業価値が60億円で、買収価格が75億円だとします。買収価格の上乗せ額はいくらでしょうか。
【答え】15億円です。75億円-60億円=15億円。
問題7
問題6の買収について、シナジーの現在価値が20億円、統合費用の現在価値が8億円だとします。その他の調整を考慮しない場合、買収による追加的なNPVはいくらでしょうか。
【答え】マイナス3億円です。20億円-8億円-15億円=マイナス3億円。この条件では、買収価格に見合う十分な経済的価値を生み出せない可能性があります。
問題8
ある医療企業の買収前の税引後営業利益は10億円、投下資本は80億円です。ROICはいくらでしょうか。
【答え】12.5%です。計算すると、10億円÷80億円×100=12.5%。
問題9
問題8の企業が買収を行い、税引後営業利益が13億円、投下資本が120億円になりました。買収後のROICはいくらでしょうか。
【答え】約10.8%です。計算すると、13億円÷120億円×100=約10.8%。買収前の12.5%から低下しています。
問題10
水平統合によって市場シェアが拡大した場合、必ず企業価値が高まるでしょうか。
【答え】必ずしも高まるとは限りません。買収価格、統合費用、競争法上の問題、顧客の離反などによって、期待した経済的効果が得られない場合があります。
問題11
PMIとは何でしょうか。
【答え】Post Merger Integrationの略称で、買収後に組織や業務、システムなどを統合する過程を意味します。
問題12
医療企業のM&Aを分析する際、最も重要なことは何でしょうか。
【答え】買収によって生まれるシナジーが実現可能か、買収価格が合理的か、そして追加投資が資本コストを上回る経済的成果を生み出すかを確認することです。
JMEIの視点
JMEIでは、水平統合を、医療企業の競争優位と資本配分を理解するための重要な経営戦略として位置づけています。
医療企業のM&Aでは、買収による売上高や事業規模の拡大が注目されることがあります。
しかし、企業規模が拡大したことと、企業価値が高まったことは同じではありません。
例えば、ある医療機器メーカーが競合企業を買収した場合、製品ラインアップや販売網が拡大する可能性があります。
また、研究開発や製造の効率化によって、費用を削減できる場合があります。
一方、買収価格が高すぎれば、期待した利益が実現しても、十分な投資成果を得られない可能性があります。
さらに、企業統合には、組織や人材、情報システム、品質管理体制などの統合が必要になります。
特に医療企業では、製品の品質や安全性、供給の継続性を維持しながら統合を進めることが重要です。
JMEIでは、水平統合を分析する際に、次の5つを重視します。
第一の視点は、「買収の戦略的な目的は明確か」です。買収によって、どのような競争優位を獲得しようとしているのかを確認します。単なる事業規模の拡大なのか、技術や販売網の獲得なのかによって、評価の視点は異なります。
第二の視点は、「シナジーは実現可能か」です。費用削減や売上増加について、具体的な根拠があるかを確認します。期待されるシナジーと、実現可能なシナジーを区別することが重要です。
第三の視点は、「買収価格は合理的か」です。買収価格が、取得する事業の価値とシナジーに見合っているかを確認します。
第四の視点は、「統合を実行できるか」です。PMIを進めるための経営能力や人材が確保されているかを確認します。特に、医療企業では品質管理や規制対応を維持する必要があります。
第五の視点は、「資本効率と企業価値は改善するか」です。買収によって営業利益が増加しても、多額の投資が必要であれば、十分な経済的成果が得られない場合があります。そのため、ROICやNPVなどを活用して評価します。
JMEIでは、これらの視点を組み合わせることで、医療企業のM&Aを、単なる成長戦略ではなく、企業価値創造のための資本配分として分析します。
JMEI Medical Insight
M&Aで企業は成長する。しかし、株主価値まで成長するとは限らない
医療企業のM&Aでは、買収によって売上高や営業利益が増加することがあります。
例えば、売上高500億円の医療機器メーカーが、売上高200億円の企業を買収したとします。
単純に合計すれば、売上高700億円の企業グループになります。
このような事業規模の拡大は、企業の成長として注目されることがあります。
しかし、ここで重要な問いがあります。「売上高が増加したことは、企業が経済的な価値を生み出したことを意味するのでしょうか」という問いです。
答えは、必ずしもそうではありません。
買収によって売上高が増加しても、そのために支払った買収価格が高すぎれば、投資に見合う成果を得られない可能性があります。
また、買収した企業の利益が増加しても、その利益が買収価格に対して十分でなければ、資本効率が悪化する場合があります。
ここで、架空の2つのM&Aを比較してみましょう。
A社は、ある医療機器メーカーを100億円で買収しました。
買収によって、年間5億円の税引後キャッシュフローを獲得できるとします。
一方、B社は、別の医療機器メーカーを50億円で買収しました。
こちらも、年間5億円の税引後キャッシュフローを獲得できるとします。
単純に初年度のキャッシュフローを取得価格で割ると、A社は5%、B社は10%です。
同じ年間5億円のキャッシュフローであっても、取得価格によって投資の効率は大きく異なります。
もちろん、この比率だけで投資の優劣を判断することはできません。
将来の成長性、事業リスク、設備投資、運転資本、キャッシュフローの継続期間などが異なる可能性があるからです。
しかし、この例から重要なことが分かります。それは、「企業価値を考える際には、獲得する利益だけでなく、その利益を得るために支払った価格を確認する必要がある」ということです。
ここで、さらに重要な視点があります。
それは、M&Aによる成長と、既存事業の成長を区別することです。
例えば、ある医療企業の売上高が前年比20%増加したとします。
一見すると、高い成長率を実現しているように見えます。
しかし、その増加分の大部分が買収した企業の売上高によるものだった場合、既存事業自体はほとんど成長していない可能性があります。
そのため、企業分析では、買収による増収と、既存事業の増収を区別することが重要です。
既存事業の成長を示す指標として、オーガニック成長率が使われることがあります。
オーガニック成長率とは、一般的に、買収や売却などの影響を除いた既存事業の成長率を意味します。
ただし、企業によって定義や調整方法が異なる場合があるため、開示資料で確認する必要があります。
JMEIでは、M&Aを積極的に行う医療企業について、売上高成長率だけでなく、オーガニック成長率も確認することが重要だと考えています。
さらに、M&Aの成果を評価する際には、買収後の利益率にも注目する必要があります。
例えば、買収によって売上高が増加しても、営業利益率が低下する場合があります。
これは、買収した事業の利益率が低い場合や、統合費用が発生している場合などに起こります。
一方、製造拠点の集約や管理部門の効率化によって、営業利益率が改善する場合もあります。
したがって、M&Aでは、売上高の増加だけでなく、利益率の変化も確認する必要があります。
ただし、利益率が改善したことだけで、M&Aが成功したと判断することもできません。
買収に多額の資金を投入していれば、利益率が改善しても、資本効率が低下する可能性があるからです。
ここで、ROICが重要になります。
ROICは、投下資本に対して、どれくらいの税引後営業利益を生み出しているかを示す指標です。
M&Aによって利益が増加しても、投下資本がそれ以上に増加すれば、ROICは低下する場合があります。
ただし、ROICが低下したことだけで、M&Aが失敗だったと判断することもできません。
追加投資が資本コストを上回る成果を生み出していれば、企業価値が高まる可能性があるからです。
このように、M&Aを評価する際には、複数の指標を組み合わせる必要があります。
ここで、もう一つ考えたいことがあります。
それは、M&Aによって獲得する競争優位が、長期的に維持できるかということです。
例えば、ある医療機器メーカーが、独自技術を持つ企業を買収したとします。
買収によって、その技術を自社の製品へ活用できる可能性があります。
しかし、買収後に重要な技術者が退職してしまえば、期待した技術シナジーが失われる可能性があります。
また、買収した技術が急速に陳腐化すれば、当初想定していた収益を得られない可能性があります。
したがって、M&Aでは、現在の利益だけでなく、将来の競争優位の持続可能性を確認することが重要です。
ここで、JMEIが重視する考え方があります。「優れたM&Aとは、大きな企業を買うことではなく、支払った価格を上回る経済的価値を獲得することである」ということです。
買収価格が高ければ、優れた企業を取得しても、十分な投資成果を得られない場合があります。
一方、適切な価格で事業を取得し、統合によって競争優位を強化できれば、企業価値を高める可能性があります。
つまり、M&Aの成功は、買収対象企業の魅力だけでなく、取得価格と統合能力によっても左右されるのです。
JMEIでは、医療企業のM&Aを分析する際に、次の3つを特に重視します。第一に、買収によってどのような競争優位が生まれるのか。第二に、その競争優位を実現するために、どれくらいの費用や投資が必要なのか。第三に、買収価格を含めた投資全体が、資本コストを上回る経済的成果を生み出すのか。
この3つを組み合わせることで、M&Aを企業価値創造の視点から評価できるようになります。
今回のポイント
第75講で最も覚えてほしいのは、「水平統合の成功は、事業規模の拡大ではなく、買収価格を上回る経済的価値を生み出せるかによって決まる」ということです。
水平統合とは、同じ、または類似する事業段階で活動する企業同士が統合することです。
水平統合には、規模の経済、範囲の経済、研究開発能力の強化、販売網の拡大などの利点があります。
また、統合によって追加的な経済効果が生まれることを、シナジーと呼びます。
シナジーには、コストシナジー、売上シナジー、技術・研究開発シナジーなどがあります。
ただし、シナジーは、企業が統合しただけで自動的に実現するものではありません。
買収後には、組織や業務を統合するPMIが必要になります。
また、水平統合では、買収価格が重要です。
期待されるシナジーが大きくても、買収価格が高すぎれば、十分な経済的価値を生み出せない可能性があります。
さらに、買収によって営業利益が増加しても、投下資本がそれ以上に増加すれば、ROICが低下する場合があります。
したがって、M&Aでは、利益の増加だけでなく、投下資本や資本コストとの関係を確認する必要があります。
JMEIでは、水平統合を分析する際に、次の5つの問いを重視します。「このM&Aの戦略的な目的は何か」「統合によって、どのようなシナジーが生まれるのか」「期待されるシナジーは、本当に実現可能なのか」「買収価格は、取得する事業の価値とシナジーに見合っているのか」「追加投資は、資本コストを上回る経済的成果を生み出すのか」
この5つを考えることで、医療企業のM&Aを、経営戦略と財務分析の両面から評価できるようになります。
次回予告
第76講|企業価値評価の基本――医療企業の買収価格はどのように決まるのか
今回は、水平統合について学びました。
企業が同じ事業段階の企業を買収することで、規模の経済や範囲の経済、研究開発シナジーなどを実現できる可能性があることを確認しました。
また、M&Aの成功には、買収後の統合能力が重要であることも学びました。
さらに、買収によって利益が増加しても、買収価格が高すぎれば、十分な経済的価値を生み出せない可能性があることを確認しました。
ここで、新しい疑問が生まれます。「そもそも、企業の買収価格はどのように決まるのでしょうか」という問いです。
例えば、ある医療機器メーカーの年間営業利益が10億円だったとします。
この企業を100億円で買収することは合理的なのでしょうか。
それとも、150億円でも合理的なのでしょうか。
また、現在は赤字でも、将来大きな成長が期待される医療DX企業には、どのような価値があるのでしょうか。
さらに、開発中の医薬品候補を持つ製薬企業では、将来の研究開発成果をどのように企業価値へ反映させるのでしょうか。
こうした問題を考えるために必要なのが、企業価値評価です。
次回は、企業価値評価の基本を学びます。
特に、企業価値と株式価値の違い、EV(Enterprise Value)とは何か、EV/EBITDA倍率の基本的な考え方、類似企業比較法による企業価値評価、DCF法による企業価値評価の基本の5つの視点から分析します。
そして、架空の医療機器メーカーを例に、売上高、営業利益、EBITDA、負債、現預金などから、企業価値と株式価値を計算します。
さらに、医療DX企業や製薬企業では、なぜ単純な利益倍率だけでは評価が難しい場合があるのかも考えます。
次回の目標は、「この医療企業には、どれくらいの価値があるのか。そして、その買収価格は合理的なのか」という問いに答えられるようになることです。
第76講では、医療企業のM&A分析をさらに深めるために、企業価値評価の基本を学んでいきます。
第76講では、医療企業のM&A分析をさらに深めるために、企業価値評価の基本を学んでいきます。
JMEI|日本医療企業研究所 医療を変える企業と技術を読み解く。
本講座に関するご注意
本講座は、企業分析の考え方を学ぶための教育コンテンツです。金融商品取引法に基づく投資助言・代理業には該当せず、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。講座内で企業を題材として扱う場合も、あくまで分析手法を説明するための例示です。
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本講座は、企業分析の考え方を学ぶための教育コンテンツです。金融商品取引法に基づく投資助言・代理業には該当せず、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。記事中で企業名に言及する場合も、分析手法を説明するための例示であり、投資を勧めるものではありません。
受講による学習成果、および受講者の投資成果を保証するものではありません。投資その他の意思決定は、ご自身の判断と責任において行ってください。