JMEI 医療企業分析アカデミー 第22講 売上が増えるほど「お金が足りなくなる会社」があるのはなぜか
第21講では、WACCについて学びました。WACCとは、Weighted Average Cost of Capitalの略で、加重平均資本コストと呼ばれます。企業が使うお金にはコストがあります。銀行から借りたお金には利息があります。株主から預かった資金にも、株主が期待するリターンがあります。そして、ROIC>WACCであれば、企業は資本コストを上回る収益を生み出している可能性がある。反対に、ROIC<WACCが長期間続けば、利益を出していても資本効率の面で問題がある可能性がある。ということを学びました。
今回は、企業のもっと日常的なお金の動きへ戻ります。例えば、ある医療機器メーカーがあります。前年の売上高は1,000億円。今年は新製品がヒットし、1,500億円。50%もの増収です。利益も増えています。普通に考えれば、「現金もたくさん増えたはずだ」と思います。ところが決算を見ると、現金が減っている。なぜでしょうか。製品をたくさん売った。しかし病院から代金が入ってくるのは数か月後。売上急増に備えて、大量の部品や製品を用意した。一方、仕入先にはすでに代金を支払っている。つまり、売上は増えた、利益も増えた、しかし現金が先に出ていった、ということが起こります。この企業の日常的な事業活動に必要となる資金を考えるうえで重要なのが、運転資本です。英語では、Working Capitalと呼ばれます。運転資本を理解すると、なぜ売上が急成長している会社ほど資金が必要になることがあるのか、なぜ利益とキャッシュフローが違うのか、なぜ在庫や売掛金の増加に注意しなければならないのかが分かるようになります。第22講では、運転資本とは何か、売掛金とは何か、在庫とは何か、買掛金とは何か、売上が増えるほど現金が必要になるのはなぜか、キャッシュ・コンバージョン・サイクルとは何か、そして「売上を作れる会社」と「売上を現金へ変えられる会社」は何が違うのかを、企業の日常的な「お金の回転」として学んでいきます。
運転資本とは何か
運転資本にはいくつかの定義があります。企業分析でよく使われる考え方の一つが、売掛金+在庫-買掛金です。まず初心者の段階では、「会社が日常の事業を回すために必要なお金」と考えてください。企業は、製品を作り、販売し、代金を回収するという流れで事業を行っています。ところが、製品を作った瞬間に現金が入ってくるわけではありません。材料を買う、製造する、在庫として持つ、販売する、代金を回収する。この間、企業がお金を立て替えるような期間があります。その資金が運転資本です。
簡単な例で考えてみましょう。Aメディカルが100万円の医療機器を病院へ販売するとします。まず部品を50万円で仕入れます。製品を製造し、病院へ100万円で販売。しかし病院からの入金は2か月後です。この場合、売上100万円は計上されても、現金100万円がすぐ入ってくるとは限りません。企業は入金までの間、自分のお金を使って事業を回す必要があります。
売掛金とは、商品やサービスをすでに販売したが、まだ代金を受け取っていない金額と考えることができます。例えば、医療機器を1億円販売、病院からの支払いは2か月後なら、入金までの間、1億円相当が売掛金などとして計上されることになります。売上は出ています。しかし現金はまだありません。
例えば、前年売上1,000億円、売掛金150億円、今年売上1,500億円、売掛金400億円となったとします。売上は50%増。しかし売掛金は150億円から400億円へ大きく増えています。この場合、売上の増加に対して代金回収が遅れていないかを確認する必要があります。
売掛金が増えたら必ず悪いわけではありません。売上が急増すれば、売掛金も増えるのが自然な場合があります。例えば売上が50%増えたのに、売掛金も50%程度増加なら、事業規模の拡大に伴う増加かもしれません。しかし、売上+10%、売掛金+80%ならどうでしょうか。代金回収に時間がかかっている、顧客への支払条件が悪化している、売上の質に問題があるなどの可能性を確認する必要があります。
医療企業の顧客には、病院、クリニック、検査会社、卸売業者、政府・公的機関などがあります。製品を納入したその日に現金を受け取る取引ばかりではありません。そのため、売上増加、売掛金増加、営業キャッシュフロー減少ということが起こる可能性があります。企業の売上成長を見るときには、売掛金の伸びも確認することが重要です。
在庫と買掛金
次に、在庫です。企業がまだ販売していない、原材料、仕掛品、製品などです。医療企業なら、医薬品、カテーテル、注射器、検査試薬、人工関節、歯科材料、医療機器部品などがあります。商品を販売するためには、一定の在庫が必要です。
例えば、1億円分の医療機器を製造したとします。まだ売れていません。会社には製品があります。しかし製造に使った現金はすでに出ています。つまり、現金が在庫へ姿を変えたと考えることができます。在庫が売れ、代金が回収されて初めて、在庫が売掛金へ、そして現金へという流れになります。
在庫増加にはさまざまな理由があります。売上が増えるため、新製品発売に備えるため、供給不足を避けるため、災害対策、原材料不足への備え、海外展開、生産能力増強などです。したがって、在庫増加=悪いではありません。重要なのは、在庫増加の理由です。
例えば、売上+5%、在庫+50%だったとします。なぜ在庫だけ増えたのでしょうか。製品が売れていない、需要予測を間違えた、旧製品が残っている、新製品発売が遅れたなどの可能性があります。特に医療製品には、使用期限、技術的陳腐化、規制変更などもあります。在庫は永遠に価値を保つとは限りません。製薬会社の場合、有効期限があります。在庫を大量に持っていても、その医薬品を期限内に販売できなければ、廃棄、評価損などにつながる可能性があります。そのため、在庫金額だけでなく、在庫回転を見ることも重要です。
次に、買掛金です。これは、材料や商品などを仕入れたが、まだ代金を支払っていない金額と考えることができます。例えば、部品を1億円仕入れた、支払いは2か月後なら、その期間、1億円をまだ支払っていないことになります。企業から見ると、まだ現金を支払わなくてよい期間があります。例えば、部品を仕入れてから60日後に支払う一方、製品を販売してから30日後に代金を回収するなら、顧客から代金を受け取ってから仕入先へ支払える可能性があります。これはキャッシュフロー上、有利な構造です。反対に、部品を仕入れてから30日後に支払う一方、製品を販売してから90日後に代金回収なら、仕入先へ先に支払い、60日後まで顧客から現金が入ってこないことになります。その間の資金を企業自身が用意する必要があります。
ここまでを整理します。売掛金が増えると、まだ受け取っていないお金が増え、現金にはマイナス方向です。在庫が増えると、現金を商品へ変えているため、現金にはマイナス方向です。買掛金が増えると、まだ支払っていないお金が増え、短期的な現金にはプラス方向です。このため、簡易的な運転資本として、売掛金+在庫-買掛金を見る考え方があります。
Aメディカルの、売掛金300億円、在庫200億円、買掛金150億円とします。単純化した運転資本は、300+200-150=350億円です。つまり事業の日常運営の中で、概念上350億円程度の資金が拘束されているイメージです。翌年、売掛金400億円、在庫250億円、買掛金170億円になったとします。運転資本は、400+250-170=480億円。前年350億円から480億円へ増えました。増加額は130億円です。つまり事業拡大などによって、運転資本へ追加で130億円の資金が必要になったと考えることができます。
なぜ売上が増えるほど現金が必要になるのか
これが今回の最重要ポイントです。Aメディカルの売上が1,000億円から2,000億円へ倍増したとします。売るためには、製品を多く作る、在庫が増える、売掛金が増えるということがあります。ところが顧客から入金される前に、原材料、人件費、物流費などの支払いが発生します。つまり、成長するために先にお金が必要になります。
極端な場合、利益は出ている、しかし支払いに必要な現金がないという状態になることがあります。一般に、黒字倒産という言葉で説明されることがあります。利益と現金は同じではありません。どれほど売上が増えても、代金を回収できなければ現金は入りません。
急成長した医療機器企業のケースを見てみましょう。JMEIデバイス社は、前年売上500億円、営業利益50億円、売掛金50億円、在庫40億円、買掛金30億円でした。今年は、売上800億円、営業利益90億円、売掛金150億円、在庫100億円、買掛金50億円です。売上は+60%、利益は+80%。非常に良い成長です。しかし運転資本を計算してみます。前年は、売掛金50+在庫40-買掛金30=60億円。今年は、売掛金150+在庫100-買掛金50=200億円。運転資本は、60億円から200億円へ、140億円増加しています。今年の営業利益は90億円ですが、運転資本は140億円増加しています。単純化すると、利益以上の資金が日常事業に吸収されている可能性があります。このため、売上も利益も増えているのに営業キャッシュフローが弱いという現象が起こり得ます。
急成長企業は、売上が増える、在庫が増える、売掛金が増える、資金需要が増えるという問題を抱える場合があります。つまり、成長そのものが資金を必要とするのです。企業が成長できるかどうかは、製品が売れるかだけではありません。成長に必要な資金を用意できるかも重要です。
同じ売上成長でも違う2社を見てみましょう。Aメディカルは、売上+20%、売掛金+18%、在庫+15%、営業CF+22%。Bメディカルは、売上+20%、売掛金+60%、在庫+70%、営業CF-30%。両社とも売上20%増です。しかしA社では、売掛金と在庫が売上と同程度のペースで増えています。営業CFも増加。一方B社では、売掛金と在庫が急増、営業CFが減少しています。表面的な売上成長は同じでも、成長の質は大きく違う可能性があります。
DSO、DIO、DPO、CCC
売掛金を見るときには、何日分の売上がまだ回収されていないかを見る方法があります。これを、売上債権回転日数、DSO、Days Sales Outstandingなどと呼ぶことがあります。簡易的な計算イメージは、売掛金÷年間売上高×365日です。年間売上高3,650億円、売掛金300億円なら、300÷3,650×365=約30日です。つまり、概ね約30日分の売上が売掛金として残っているというイメージになります。
例えば、前年30日、今年45日、翌年60日となっていたらどうでしょうか。代金回収までの期間が長くなっている可能性があります。顧客との取引条件変更、海外市場拡大、販売先構成変化、回収遅延などを確認します。ただし病院向け販売、卸売企業向け販売、消費者向け販売、海外公的機関向け販売では支払条件が違います。そのため、DSO30日なら良い、60日なら悪いと単純には言えません。重要なのは、過去との比較と、同業他社との比較です。
在庫についても、何日分の在庫を持っているかを見る方法があります。これを、在庫回転日数、DIO、Days Inventory Outstandingなどと呼びます。代表的な考え方では、在庫÷売上原価×365日などによって計算します。初心者の段階では、在庫が売れるまで何日くらいかかっているかを見る数字と理解しましょう。例えば、前年60日、今年90日、翌年120日と増えている、売上成長率はほぼゼロなら、製品が売れず在庫が積み上がっていないかを確認します。反対に新製品発売前の戦略的在庫増加なら、一時的な上昇かもしれません。
企業が仕入先への代金を支払うまでの期間を見る指標が、仕入債務回転日数、DPO、Days Payables Outstandingです。簡単にいえば、仕入先へ何日後にお金を払っているかを見るイメージです。DPOが長ければ、その分だけ企業は現金を手元に長く保有できる可能性があります。
ここまでで、DSO(売上代金回収までの日数)、DIO(在庫を保有している日数)、DPO(仕入先へ代金を支払うまでの日数)という3つが出てきました。この3つを使って、企業の現金回収速度を見る非常に重要な指標があります。それが、キャッシュ・コンバージョン・サイクル、略してCCC、Cash Conversion Cycleです。代表的な計算式は、CCC=DSO+DIO-DPOです。簡単にいえば、企業がお金を支出してから、販売代金を現金として回収するまでに何日かかるかを見る指標です。
Aメディカルの、DSO40日、DIO60日、DPO30日なら、40+60-30=70日です。CCCは70日。単純化すると、仕入れなどに現金を使ってから、その現金を販売代金として回収するまで約70日というイメージです。
一般には、短い方が現金回収が速いため、資金効率が良いと考えやすくなります。しかし業種によって適正水準は違います。医薬品メーカー、医療機器メーカー、卸売企業、医療ソフトウェア企業では事業構造が異なります。そのため同業他社と比べることが重要です。例えば、Aメディカルが、3年前CCC100日、2年前90日、前年75日、今年60日と改善しているとします。なぜでしょうか。売掛金回収を早くした、在庫管理を改善した、仕入条件を改善したなどが考えられます。同じ売上でも、少ない運転資本で事業を回せるようになっている可能性があります。
運転資本改善は現金を生み出します。例えば企業が在庫管理を改善し、在庫500億円から350億円へ減らしました。売上には影響なし。すると、150億円の資金が在庫から解放される可能性があります。つまり、新製品を売ったわけではない、利益率を上げたわけでもない、それでも現金を生み出せる場合があります。売掛金回収でも同じです。売掛金を600億円から450億円へ減らせた、売上は維持なら、150億円の現金回収が進んだことになります。運転資本管理は、企業のキャッシュフロー改善に非常に大きな影響を与えることがあります。
医療における在庫の特殊性
運転資本を減らせば何でも良いわけではありません。例えば在庫を減らしすぎれば、必要な医薬品が供給できない、医療機器の欠品、手術材料が不足という問題が生じる可能性があります。医療企業では、在庫効率と、安定供給のバランスが特に重要です。
一般企業なら、できるだけ在庫を減らすことが効率化になる場合があります。しかし医療では、災害、感染症流行、物流障害、原材料不足などに備え、一定の在庫を持つ必要がある場合があります。短期的なCCCだけを最大限短縮することが、必ずしも最適ではありません。ある医療材料会社が、通常在庫60日分を90日分へ増やしたとします。そのため、DIOが上昇、CCCも悪化、営業CFも一時的に減少。財務数字だけなら悪化です。しかし理由が、重要医療材料の供給途絶リスクへの備えだったらどうでしょうか。医療供給の安定性という重要な価値があります。JMEIでは、資本効率だけでなく、医療供給責任も含めて評価します。
在庫が減りすぎた会社にも注意が必要です。Aメディカルが、FCF改善、ROIC改善のために在庫を大幅削減。その結果、手術用デバイスが欠品、病院への納品遅延、医師が競合製品へ切り替える、となればどうでしょうか。短期的な運転資本改善によって、長期的な市場シェアを失う可能性があります。
第13講で学んだ海外展開ともつながります。新しい国へ進出すると、海外在庫を持つ、物流拠点を作る、現地病院への支払条件が長いなどによって、運転資本が増える場合があります。そのため海外売上が大きく伸びる初期段階では、営業CFが一時的に弱くなることがあります。新製品発売前にも同様のことが起こります。全国の販売拠点、海外代理店、病院へ製品を供給できるよう在庫を準備すると、発売前に在庫急増、営業CF低下となる場合があります。その後、新製品が売れ、売掛金が回収されればキャッシュフローが改善する可能性があります。
例えば、Aメディカルの売上+5%、在庫+60%、営業CF-30%。これだけなら注意です。しかし会社資料を見ると、来期発売予定の大型新製品向け在庫を積み増しと説明されています。この場合、翌期、新製品が予定通り発売されたか、在庫が販売されたか、営業CFが戻ったかを見る必要があります。会社の説明を確認しただけで終わらず、翌期に結果を検証することが重要です。
借入依存への注意、そしてROICとのつながり
企業が売上を急拡大すると、運転資本も急増することがあります。そのため黒字企業でも、銀行借入、増資、社債などで資金を調達する場合があります。これは必ずしも経営不振を意味しません。成長のための資金需要である可能性があります。ただし借入依存には注意が必要です。売上成長のたびに、運転資本が増え、借入が増え、さらに売上を増やし、さらに借入という状態になったらどうでしょうか。成長が止まったとき、大きな負債だけ残る可能性があります。そのため、売上成長率、運転資本、営業CF、有利子負債を組み合わせて見る必要があります。
第20講で学んだROICともつながります。在庫や売掛金も、事業へ投入されている資本です。在庫を大量に持つ、売掛金回収が遅いと、投下資本が増えます。利益が同じなら、ROICは低下する可能性があります。例えば、NOPAT200億円、投下資本2,000億円、ROIC10%だった会社があります。運転資本管理を改善し、不要な在庫や売掛金を減らして、投下資本1,600億円へ縮小。NOPAT200億円を維持できれば、200÷1,600×100=12.5%です。利益を増やさなくても、資本効率を改善できます。
しかし支払を遅らせれば何でも良いわけではありません。買掛金の支払いを遅らせれば、短期的には現金が増え、DPOも長くなります。しかし仕入先に無理な支払条件を押し付ければ、取引先の経営悪化、供給不安、関係悪化につながる可能性があります。特に医療では、安定したサプライチェーンが重要です。運転資本効率だけを追求してはいけません。例えば医療機器メーカーが、特殊部品を供給する小規模企業へ極端に長い支払条件を要求し、部品会社の資金繰りが悪化、生産停止、医療機器本体も生産できないとなれば、企業自身へ跳ね返ってきます。JMEIでは、自社キャッシュフローだけでなく、医療サプライチェーン全体の持続可能性も重要だと考えます。
2社のCCCを比較してみましょう。Aメディカルは、DSO30日、DIO45日、DPO45日、CCC30+45-45=30日。Bメディカルは、DSO60日、DIO90日、DPO30日、CCC60+90-30=120日。A社は約30日、B社は約120日。A社の方が、現金を回収するまでの期間がかなり短い構造です。同じ利益率なら、A社の方が少ない運転資本で事業を回せる可能性があります。ただしB社が悪いと決める前に、なぜかを考えます。海外公的病院への販売が多く回収期間が長い、重要医薬品の安全在庫を多く持つ、長い製造工程が必要などの理由があるかもしれません。企業分析では、CCCという数字より、CCCを作っている事業構造を見ることが重要です。
医療ソフトウェア企業では、物理的な在庫がほとんどない場合があります。するとDIOが非常に小さい。一度システムを開発すれば、多くの顧客へ提供できる。このような事業モデルでは、製造業と比べて運転資本が小さくなる場合があります。したがって、医療機器製造会社と、医療SaaS企業を同じCCC基準で単純比較することはできません。企業のキャッシュフローは、経理部門だけで決まるわけではありません。販売方法、顧客、製造方法、在庫、支払条件、製品構造によって決まります。つまり、運転資本を見ることは、企業のビジネスモデルを見ることでもあります。
JMEI式「運転資本を見る10の質問」
医療企業の運転資本を見るときには、次の10項目を確認しましょう。売掛金はいくらか。売掛金は売上以上のペースで増えていないか。在庫はいくらか。在庫は売上以上に増えていないか。在庫増加には合理的な理由があるか。買掛金・仕入債務はどう変化しているか。DSO、DIO、DPOはどう推移しているか。CCCは改善しているか、悪化しているか。運転資本増加が営業CFを圧迫していないか。効率化によって医療の安定供給を損なっていないか。そして最後に、「この会社は売上を作るだけでなく、その売上を効率よく現金へ変えられているか?」と考えます。
練習問題
問題1 企業分析で用いる簡易的な運転資本の考え方として最も近いものはどれでしょうか。(A.売掛金+在庫-買掛金 B.売上高-営業利益 C.純利益+配当 D.現金+借入金)
問題2 売掛金とは何でしょうか。
問題3 売上10%増に対して売掛金が80%増加しました。何を見るべきでしょうか。
問題4 在庫が50%増えました。必ず悪いことでしょうか。
問題5 DSO40日、DIO60日、DPO30日です。CCCは何日でしょうか。(A.30日 B.50日 C.70日 D.130日)
問題6 CCCが短い企業にはどのような特徴が考えられますか。
問題7 医療企業では在庫を減らせば減らすほど良いのでしょうか。
問題8 利益が増えているのに営業CFが悪化しています。売掛金と在庫が急増している場合、何が考えられますか。
総合ケーススタディ――JMEIメディカルは「成長しすぎて資金不足」なのか
架空のJMEIメディカルを分析します。前年は、売上高5,000億円、営業利益600億円、営業CF650億円、売掛金500億円、在庫450億円、買掛金300億円でした。今年は、売上高6,500億円、営業利益850億円、営業CF400億円、売掛金850億円、在庫700億円、買掛金380億円です。売上高成長率は+30%、営業利益成長率は約+42%。一方、営業CFは650億円から400億円へ減少しています。なぜでしょうか。
まず運転資本を見ます。前年の簡易運転資本は、500+450-300=650億円。今年は、850+700-380=1,170億円。運転資本は650億円から1,170億円へ、520億円増加しています。営業利益は600億円から850億円へ250億円増えていますが、運転資本は520億円増加。つまり、売上拡大のために大量の資金が売掛金や在庫へ吸収されている可能性があります。これが、利益は増えているのに営業CFが減る一つの理由として考えられます。
ここで即、「資金繰り悪化」と判断してはいけません。調べると、海外売上+50%、新製品発売、海外販売拠点拡大、新製品向け在庫積み増しが起きていました。売掛金増加の一部は海外病院への販売拡大、在庫増加の一部は新製品需要への準備である可能性があります。つまり、成長に伴う運転資本増加かもしれません。
しかし企業説明をそのまま信じるだけでは不十分です。翌年、売上がさらに増えたか、売掛金を回収できたか、在庫が販売されたか、営業CFが回復したかを見る必要があります。もし翌年、在庫がさらに増える、売掛金も増える、売上成長は止まる、営業CFがさらに悪化なら、問題の可能性が高まります。例えばJMEIメディカルのDSOが前年36日から今年48日へ上昇、DIOも前年65日から今年80日へ上昇となれば、売上拡大だけでなく、現金回収や在庫回転そのものが遅くなっていないかを確認する必要があります。
売上+30%、それだけなら素晴らしい数字です。しかし、売上+30%、運転資本+80%、借金急増なら、成長を維持するために大量の資金が必要なビジネスかもしれません。一方、売上+30%、運転資本+10%、営業CF+35%なら、少ない追加資本で効率的に成長している可能性があります。これが成長の質の違いです。
JMEIでは、売上成長を見たら、「売上がどれくらい増えたか」だけでは終わりません。見る順番は、売上成長、売掛金、在庫、買掛金、運転資本、営業キャッシュフロー、CCC、借入、ROICへ進みます。例えば、新しい医療機器が大ヒットし、売上が2倍。非常に良いニュースです。しかし製品を作るため在庫が3倍、病院からの支払いが遅く売掛金も3倍、その結果、借入金も急増なら、「売れれば売れるほど資金が必要」という構造になっている可能性があります。反対に、サブスクリプション型医療ソフトウェアで、在庫がほとんどなく、顧客から前払い、追加顧客への提供コストが小さいなら、売上増加がそのままキャッシュへつながりやすい場合があります。つまり、売上成長率だけを見るのではなく、その売上を作るために何円の追加資金が必要なのかを見ることが重要です。
JMEI Medical Insight
医療企業の運転資本分析には、一般企業とは少し違う視点が必要です。一般的な財務分析では、在庫を減らす、売掛金を早く回収する、買掛金の支払いを遅らせることで、キャッシュフローを改善できる場合があります。しかし医療では、効率だけを追求してはいけません。例えば、人工呼吸器の部品、透析関連製品、救急医療材料、重要医薬品。こうした製品について、「在庫を持つとROICが下がるから減らそう」と極端に考えたらどうでしょうか。災害、パンデミック、海外物流停止、原材料供給停止が起きたときに、患者へ必要な医療を届けられなくなる可能性があります。つまり医療企業では、在庫=単なる非効率資産とは限りません。一定の在庫は、医療提供体制を守るための安全余力でもあります。一方で、必要以上の在庫を持てば、廃棄、期限切れ、資金拘束につながります。だからJMEIでは、運転資本効率×医療安定供給の両方を見ます。
同じことは仕入先との関係にも当てはまります。自社のキャッシュフローを良くするために、仕入先への支払いを極端に遅らせる。その結果、重要部品を作る中小企業の経営が悪化、供給停止となれば、自社だけでなく医療現場にも影響します。医療産業は、一社だけで完結する産業ではありません。研究企業、原材料メーカー、製造企業、物流企業、卸売企業、医療機関。これらがつながっています。JMEIでは、「自社のキャッシュを最適化する企業」だけではなく、「医療サプライチェーン全体を持続可能にしながら、資本効率を高められる企業」を強い医療企業と考えます。
今回のポイント
第22講で最も覚えてほしいのは、「売上が増えるほど、現金が必要になる会社がある」ということです。企業は、材料を買い、製品を作り、在庫を持ち、販売し、売掛金になり、代金を回収するという流れで現金を動かします。このため、売上が増える、在庫が増える、売掛金が増える、運転資本が増える、営業CFが弱くなるということがあります。企業分析では、売上を見て、売掛金を見て、在庫を見て、買掛金を見て、運転資本を見て、DSO、DIO、DPOを見て、CCCを見て、営業キャッシュフローを見るという順番で考えます。そして最後に、「この会社は売上を作れるだけでなく、その売上を効率よく現金へ変えられるか?」と問いかけます。売上高は企業規模を示します。利益は企業の収益力を示します。しかし、売上を現金へ変換する能力も、企業の本当の強さです。運転資本を理解すると、売上増加、利益増加のその先にある、企業の日常的な資金繰りまで見えるようになります。
次回予告
第23講 自己資本比率と有利子負債――「借金の多い医療企業」は本当に危険なのか?
第22講では、運転資本について学びました。売上が急成長すると、在庫、売掛金などが増え、企業が追加資金を必要とする場合があります。では、その資金を企業はどこから調達するのでしょうか。一つの方法が、借入です。企業にとって借金は悪いものなのでしょうか。必ずしもそうではありません。例えば、低い金利で資金を調達し、ROIC15%の成長事業へ投資するなら、借入を活用することで企業価値を高められる可能性があります。一方、利益が出ない事業を借金で維持し、毎年借入が増え、利払いも増えるとなれば大きなリスクです。そこで次回は、自己資本比率、有利子負債、D/Eレシオ、ネットデットといった企業の財務安全性を見る基本へ進みます。第23講では、自己資本とは何か、自己資本比率とは何か、有利子負債とは何か、なぜ借金がある会社でも優良企業になり得るのか、借金をしてM&Aする会社をどう見るのか、金利上昇は企業へどう影響するのか、そして「借金を使える会社」と「借金に依存する会社」は何が違うのかを、医療企業の「財務体力」を読む方法として学んでいきます。
本講座に関するご注意
本講座は、企業分析の考え方を学ぶための教育コンテンツです。金融商品取引法に基づく投資助言・代理業には該当せず、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。講座内で企業を題材として扱う場合も、あくまで分析手法を説明するための例示です。
講座に関するご注意
本講座は、企業分析の考え方を学ぶための教育コンテンツです。金融商品取引法に基づく投資助言・代理業には該当せず、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。記事中で企業名に言及する場合も、分析手法を説明するための例示であり、投資を勧めるものではありません。
受講による学習成果、および受講者の投資成果を保証するものではありません。投資その他の意思決定は、ご自身の判断と責任において行ってください。