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医療企業分析アカデミー

第72講 バリューチェーン分析とは何か?――医療企業はどこで価値を生み出し、どこで利益を獲得するのか

JMEI 医療企業分析アカデミー 第72講 医療企業はどこで価値を生み出し、どこで利益を獲得するのか

はじめに

こんにちは。日本医療企業研究所(JMEI)です。

前回の第71講では、Economic Moat(経済的な堀)について学びました。

Economic Moatとは、企業が競合企業から自社の利益を守り、長期的な競争優位を維持するための仕組みです。

医療企業では、特許や独自技術、顧客の切替費用、保守サービス網、製造コストの優位性などが、競争優位の源泉となる場合があります。

しかし、ここで新しい疑問が生まれます。「企業の競争優位は、事業活動のどこで生まれているのでしょうか」という問いです。

例えば、ある医療機器メーカーを考えてみましょう。

この企業は、医療機器の研究開発を行い、部品を調達し、工場で製造し、医療機関へ販売しています。さらに、販売後には保守点検や修理などのサービスを提供しています。

この一連の活動のうち、どこが企業の強みなのでしょうか。

研究開発でしょうか。製造技術でしょうか。営業力でしょうか。それとも、販売後の保守サービスでしょうか。

また、企業が高い利益を生み出している場合、その利益はどのような活動によって支えられているのでしょうか。

こうした疑問を考えるための方法が、今回学ぶバリューチェーン分析(Value Chain Analysis)です。

バリューチェーン分析では、企業の事業活動をいくつかの段階に分け、それぞれの活動がどのような価値を生み出しているのかを考えます。

さらに、各活動に必要な費用や、競合企業との差を分析することで、企業の競争優位がどこから生まれているのかを明らかにします。

今回は、バリューチェーン分析の基本から、医療企業への応用、財務分析との関係、具体的なケーススタディまで学びます。

今回の目標は、「この医療企業は、事業活動のどこで価値を生み出し、どこに競争優位を持ち、その強みをどのように利益へ結びつけているのか」という問いに答えられるようになることです。

バリューチェーンとは何か

バリューチェーンとは、日本語で「価値連鎖」と呼ばれる考え方です。

企業が製品やサービスを顧客へ提供するまでには、さまざまな活動が必要になります。

例えば、医療機器メーカーでは、研究開発によって製品を設計し、必要な部品や材料を調達し、工場で製品を製造して品質を検査します。そして、医療機関へ製品を販売し、導入後には保守点検や修理などを行います。

これらの活動は、それぞれ独立しているわけではありません。

研究開発の段階で製造しやすい設計を行えば、製造費用を削減できるかもしれません。

品質管理が優れていれば、製品の故障が減少し、保守費用を抑えられる可能性があります。

また、保守サービスを通じて医療現場の課題を把握できれば、その情報を次の製品開発へ活用できるかもしれません。

つまり、企業の活動は相互につながっています。

そして、それぞれの活動が組み合わさることで、顧客に提供する価値が生まれます。

このような活動の連鎖を分析するのが、バリューチェーン分析です。

バリューチェーン分析は、経営学者マイケル・ポーターによって体系化された経営戦略の分析方法です。

重要なのは、企業を一つのまとまりとして見るのではなく、価値を生み出す活動の集合体として考えることです。

バリューチェーン分析の基本構造

バリューチェーン分析では、企業の活動を、主活動(Primary Activities)と支援活動(Support Activities)の2つに大きく分けます。

主活動とは、製品やサービスを顧客へ提供することに直接関係する活動です。

支援活動とは、主活動を支えるために必要な活動です。

まず、主活動から見ていきましょう。

主活動の5つの要素

購買物流は原材料や部品の受け入れ・保管で、医療機器メーカーでは電子部品や材料の受け入れが例です。製造は製品を作る活動で、医療機器の組立・検査が例です。出荷物流は完成品を顧客へ届ける活動で、医療機関への製品配送が例です。販売・マーケティングは顧客へ製品を販売する活動で、医療機関への営業活動が例です。サービスは販売後の支援で、保守点検・修理・操作支援が例です。

これらが、ポーターの基本的なバリューチェーンにおける5つの主活動です。

ただし、実際の医療企業分析では、企業の事業内容に合わせて活動を分解する必要があります。

例えば、製薬企業では研究開発や臨床開発が非常に重要です。

医療DX企業では、ソフトウェア開発や導入支援、継続的なシステム運用が重要になります。

そのため、基本的な枠組みを理解したうえで、対象企業に合わせて分析することが必要です。

支援活動とは何か

次に、支援活動について学びましょう。

支援活動には、代表的な4つの要素があります。

全般管理は経営管理、財務、法務などで、経営企画・財務管理・内部統制が例です。人的資源管理は採用、教育、人材育成で、研究者・技術者・営業職の育成が例です。技術開発は技術や製品の開発で、医薬品研究・医療機器開発が例です。調達活動は必要な資源の購入で、原材料・設備・外部サービスの調達が例です。

ここで、少し注意したいことがあります。

「購買物流」と「調達活動」は似ていますが、同じではありません。

購買物流は、購入した原材料や部品を受け入れ、保管する活動です。

一方、調達活動は、どの企業から、どのような条件で、必要な資源を購入するかという活動です。

例えば、医療機器メーカーが電子部品を購入する場合、取引先の選定や価格交渉は調達活動に該当します。

購入した部品を受け入れ、在庫として管理する活動は購買物流に該当します。

また、研究開発はポーターの基本モデルでは技術開発という支援活動に含まれますが、製薬企業などでは事業価値を生み出す中心的な活動です。

そのため、JMEIでは、製薬企業の分析において研究開発を独立した重要工程として扱う場合があります。

分析の目的は、形式的に活動を分類することではなく、企業が価値を生み出す仕組みを理解することです。

バリューチェーンとサプライチェーンの違い

ここで、よく似た言葉を整理しておきましょう。

それは、サプライチェーンです。

サプライチェーンとは、原材料の調達から製造、物流、販売までの供給の流れを意味します。

例えば、医療機器メーカーでは、部品メーカーから部品を購入し、工場で製品を製造し、販売会社などを通じて医療機関へ届けます。

このような供給のつながりがサプライチェーンです。

一方、バリューチェーンでは、供給の流れだけでなく、企業の各活動がどのような価値を生み出しているかを考えます。

主な視点は、サプライチェーンが供給の流れ、バリューチェーンが価値創出の仕組みです。主な対象は、サプライチェーンが調達・製造・物流など、バリューチェーンが研究開発・製造・販売・サービスなどです。重要な問いは、サプライチェーンが「製品をどう安定的に届けるか」、バリューチェーンが「どの活動が競争優位を生み出すか」です。分析目的は、サプライチェーンが供給効率や安定性の改善、バリューチェーンが価値創出と競争優位の理解です。

例えば、ある医療機器メーカーが部品の調達先を変更したとします。

サプライチェーンの視点では、調達費用や納期、供給の安定性などを確認します。

一方、バリューチェーンの視点では、その変更が製品品質や顧客価値、企業の競争優位へどのような影響を与えるかを考えます。

両者は関連していますが、分析の目的が異なります。

医療企業のバリューチェーンは一般企業と何が違うのか

医療企業のバリューチェーンには、いくつかの特徴があります。

第一に、安全性や品質が極めて重要です。例えば、医療機器メーカーが製造費用を削減するために、品質管理を不十分にしてしまえば、製品の安全性に問題が生じる可能性があります。その結果、回収や修理などの費用が発生するだけでなく、医療機関からの信頼を失う可能性があります。したがって、医療企業では、単純な費用削減が必ずしも企業価値の向上につながるわけではありません。

第二に、規制への対応が必要です。医薬品や医療機器では、製品の種類や事業内容に応じて、承認・認証・届出、製造販売後の安全管理などへの対応が求められます。これらの活動は、製品開発から販売後まで幅広く関係します。

第三に、製品を使用する人と購入を決定する人が異なる場合があります。例えば、医療機器を実際に使用するのは医師や看護師ですが、購入の意思決定には病院経営者や購買担当者などが関係する場合があります。また、患者にとっての医療上の価値と、医療機関にとっての経済的価値が必ずしも一致するとは限りません。

第四に、販売後の支援が重要です。医療機器では、保守点検や修理、操作支援などが必要になる場合があります。医療DXでは、導入後のシステム運用やセキュリティ対策、継続的な更新などが重要です。

このように、医療企業のバリューチェーンでは、製品を販売するまでだけでなく、販売後の活動も重要な分析対象になります。

製薬企業のバリューチェーン

まず、製薬企業を考えてみましょう。

製薬企業の事業活動は、一般的に、研究、非臨床開発、臨床開発、承認申請・審査、製造、販売・供給、製造販売後の安全管理という流れで整理できます。

実際には、これらの活動が一部並行して進むこともあります。

また、企業によって事業モデルは異なります。

研究開発を中心に行う企業もあれば、製造や販売を中心に行う企業もあります。

ここで重要なのは、どの段階で企業が競争優位を持っているかということです。

例えば、ある製薬企業が優れた創薬技術を持っているとします。

その企業は、新しい医薬品候補を発見する能力に強みを持っているかもしれません。

しかし、臨床開発を進めるための資金や組織能力が不足していれば、医薬品として実用化することは難しい場合があります。

一方、別の製薬企業は、研究開発能力だけでなく、臨床開発や製造、販売に強みを持っているかもしれません。

この場合、両社のバリューチェーンは異なります。

また、製薬企業では、研究開発の成功確率や開発期間が重要です。

研究開発へ多額の資金を投じても、すべての医薬品候補が承認・販売に至るわけではありません。

そのため、製薬企業のバリューチェーン分析では、研究開発費の大きさだけでなく、研究成果を臨床開発や製品化へ結びつける能力を確認する必要があります。

医療機器メーカーのバリューチェーン

次に、医療機器メーカーを考えてみましょう。

医療機器メーカーの事業活動は、研究開発、部品調達、製造、品質管理、販売、導入支援、保守サービスという流れで整理できます。

例えば、ある医療機器メーカーが高度な画像診断装置を販売しているとします。

この企業の競争優位は、画像処理技術にあるかもしれません。

しかし、別の企業では、製造工程の効率化によって低い製造コストを実現している可能性があります。

また、保守サービス網が充実していることで、医療機関から高い評価を得ている企業もあるかもしれません。

つまり、同じ医療機器市場で競争していても、企業によって競争優位の源泉は異なります。

ここで、重要なことがあります。

「優れた製品を作る能力」と「その製品から継続的な利益を生み出す能力」は、必ずしも同じではありません。

例えば、製品の性能が高くても、製造費用が高額であれば、利益率は低くなる可能性があります。

また、販売台数が多くても、故障対応や保守費用が大きければ、十分な利益を確保できない場合があります。

したがって、医療機器メーカーでは、製品開発から販売後のサービスまでを一体として分析する必要があります。

医療DX企業のバリューチェーン

次に、医療DX企業を考えてみましょう。

医療DX企業では、製造業とは異なるバリューチェーンが形成されます。

例えば、病院向けの医療情報システムを提供する企業では、医療現場の課題把握、システム設計、ソフトウェア開発、販売、導入支援、運用保守、継続的な改善といった活動があります。

ここで重要なのは、ソフトウェアを開発することだけが価値創出ではないということです。

例えば、医療現場の業務を十分に理解していなければ、技術的に優れたシステムでも、実際の業務では使いにくい可能性があります。

また、システムの導入時には、既存システムとの連携や職員への操作研修などが必要になる場合があります。

導入後には、障害対応やセキュリティ対策、機能改善なども重要です。

このように、医療DX企業では、開発能力だけでなく、導入支援や継続的な運用能力が競争優位の源泉となる可能性があります。

さらに、医療DX企業では、収益モデルによってバリューチェーンの重点が異なります。

例えば、システムを一度販売して収益を得るモデルと、継続的な利用料を得るモデルでは、重要な経営活動が異なります。

継続課金型の事業では、顧客を獲得する能力だけでなく、顧客が継続利用する理由を作ることが重要です。

そのため、顧客支援や製品改善が、将来の売上高や利益率に影響する場合があります。

バリューチェーン分析で最も重要なこと

ここまで、製薬企業、医療機器メーカー、医療DX企業のバリューチェーンを見てきました。

ここで、バリューチェーン分析の本質を考えてみましょう。

企業の活動を分解すること自体が目的ではありません。

重要なのは、次の3つの問いです。

第一に、どの活動が顧客にとって重要な価値を生み出しているのか。第二に、どの活動が競合企業との差を生み出しているのか。第三に、その活動が企業の利益やキャッシュフローへどのように影響しているのか。

例えば、ある医療機器メーカーが、競合企業より高い価格で製品を販売できているとします。

その理由は、製品の性能かもしれません。

あるいは、故障時の迅速な対応や保守サービスへの信頼かもしれません。

もし保守サービスが顧客にとって重要な価値を生み出しているのであれば、その企業の競争優位は、製造技術だけでは説明できません。

したがって、バリューチェーン分析では、企業の活動を一つずつ評価するとともに、活動同士のつながりも考える必要があります。

ケーススタディ1 医療機器メーカーのバリューチェーン分析

ここからは、架空の医療機器メーカーを使って分析してみましょう。

企業名は「メディカルテックA社」とします。

A社は、医療機関向けの検査機器を製造・販売しています。

年間売上高は100億円です。営業利益は10億円です。営業利益率は10%です。

A社には、独自の検査技術を持っています、国内に製造工場があります、全国の医療機関へ製品を販売しています、販売後の保守サービスも提供していますなどの特徴があります。

一方、製造費用が高く、利益率の改善が経営課題になっています。

また、一部の医療機関からは、修理対応に時間がかかるという指摘があります。

それでは、A社のバリューチェーンを分析してみましょう。

なお、企業名と数値は、分析方法を理解するための架空の設定です。

STEP1 A社の事業活動を分解する

まず、A社の主な事業活動を整理します。

研究開発は、独自の検査技術を保有しており、課題は次世代製品への応用です。調達は、複数の部品メーカーから購入しており、課題は調達費用の上昇です。製造は、国内工場で製造しており、課題は製造費用が高いことです。品質管理は、製品検査体制を整備しており、課題は品質の安定維持です。販売は、全国の医療機関へ販売しており、課題は新規顧客の獲得です。保守サービスは、修理・点検を実施しており、課題は対応時間の短縮です。

この表を見ると、A社には複数の経営課題があることが分かります。

しかし、すべての課題へ同時に多額の投資を行うことは難しいかもしれません。

そこで、どの活動を優先的に改善すべきかを考えます。

STEP2 どの活動が競争優位を生み出しているか

次に、A社の強みを確認します。

A社は独自の検査技術を持っています。

この技術によって、競合製品と比較して高い性能を実現していると仮定します。

したがって、研究開発はA社の競争優位の源泉となる可能性があります。

一方、製造工程では、競合企業より高い費用が発生しているとします。

この場合、製造活動は改善すべき領域です。

また、保守サービスでは、医療機関から修理対応の遅さを指摘されています。

医療機器は、故障によって医療現場の業務へ影響する場合があります。

そのため、保守サービスの改善は、顧客満足度や継続取引に影響する可能性があります。

ここで、A社のバリューチェーンを3つに分類してみましょう。競争優位を生み出している活動は研究開発、費用削減の余地がある活動は調達と製造、顧客価値を高める余地がある活動は保守サービスです。このように分類することで、企業が重点的に取り組むべき経営課題を整理できます。

ただし、実際の分析では、競合企業との比較や顧客調査などによって、これらの仮説を検証する必要があります。

STEP3 A社の利益構造を確認する

次に、A社の財務状況を確認しましょう。

売上高は100億円、売上原価は60億円で、売上総利益は40億円です。研究開発費は10億円、その他の販売費及び一般管理費は20億円で、営業利益は10億円、営業利益率は10%です。

ここでは、研究開発費を販売費及び一般管理費から独立させて表示しています。

売上総利益は、100億円-60億円=40億円です。

営業利益は、40億円-10億円-20億円=10億円となります。

営業利益率は、10億円÷100億円×100=10%です。

ここで重要なのは、A社の利益率を改善するためには、どの活動を改善すべきかということです。

単純に考えれば、製造費用を削減する方法があります。

しかし、品質管理や保守サービスへの投資によって、顧客価値を高める方法も考えられます。

バリューチェーン分析では、こうした選択肢を比較します。

STEP4 製造工程を改善した場合

A社が、製造工程の改善を検討しているとします。

具体的には、部品調達の見直しや製造工程の効率化を行います。

その結果、年間の売上原価を3億円削減できると仮定します。

ただし、品質管理を維持・強化するために、年間1億円の追加費用が必要になるとします。

この場合、売上原価の純減額は、3億円-1億円=2億円です。

売上原価は、60億円-2億円=58億円となります。

売上高が100億円のままであれば、売上総利益は、100億円-58億円=42億円です。

研究開発費とその他の販売費及び一般管理費が変わらなければ、営業利益は、42億円-10億円-20億円=12億円となります。

営業利益率は12%です。

つまり、この仮定では、製造工程の改善によって営業利益率が10%から12%へ改善します。

ただし、実際には、製造工程の改善に設備投資が必要になる場合があります。

また、部品の変更によって製品品質へ影響が生じる可能性もあります。

そのため、費用削減額だけでなく、必要な投資額や品質への影響も確認する必要があります。

STEP5 保守サービスを改善した場合

次に、A社が保守サービスの改善を行う場合を考えてみましょう。

A社は、保守担当者の増員や部品在庫の見直しによって、修理対応時間の短縮を目指します。

そのために、年間2億円の追加費用が必要になると仮定します。

この場合、短期的には営業利益が減少する可能性があります。

しかし、保守サービスの改善によって、顧客満足度が高まり、保守契約の更新や追加販売につながる可能性があります。

ここで重要なのは、保守サービスの改善効果を、単純な費用増加として扱わないことです。

例えば、保守契約の更新率が高まれば、将来の売上高が安定する可能性があります。

また、迅速な修理対応によって医療機関からの信頼が高まれば、新規顧客の獲得にもつながるかもしれません。

つまり、保守サービスへの投資は、短期的には費用増加となっても、長期的には企業の競争優位を強化する可能性があります。

ただし、必ず売上高が増加するとは限りません。

そのため、改善効果を測定する必要があります。

例えば、平均修理対応時間、初回対応での問題解決率、保守契約更新率、顧客満足度、保守サービスの売上高、保守サービスの利益率などの指標が考えられます。

これらを継続的に確認することで、保守サービスへの投資が経済的な成果につながっているかを評価できます。

STEP6 複数の改善策を組み合わせる

ここまで、製造工程と保守サービスの改善を別々に考えてきました。

しかし、実際の経営では、複数の活動を同時に改善する場合があります。

そこで、A社が次の施策を実施したと仮定します。製造工程の効率化によって、売上原価を3億円削減します。品質管理の強化によって、売上原価が1億円増加します。保守サービスの強化によって、販売費及び一般管理費が2億円増加します。さらに、保守契約の更新や追加販売によって、年間売上高が5億円増加すると仮定します。この追加売上高に対応する売上原価は2億円とします。

それでは、改善後の損益を計算してみましょう。

まず、売上高は、100億円+5億円=105億円です。

売上原価は、60億円-3億円+1億円+2億円=60億円となります。

研究開発費は10億円のままとします。

その他の販売費及び一般管理費は、20億円+2億円=22億円です。

したがって、営業利益は、105億円-60億円-10億円-22億円=13億円となります。

改善前後を比較してみましょう。

売上高は100億円から105億円に増え、売上原価は60億円のままです。売上総利益は40億円から45億円になります。研究開発費は10億円のままで、その他の販売費及び一般管理費は20億円から22億円に増えます。営業利益は10億円から13億円に、営業利益率は10.0%から約12.4%になります。

この仮定では、営業利益が10億円から13億円へ増加します。

営業利益率も10%から約12.4%へ改善します。

ここで注目してほしいのは、A社が単純な費用削減だけを行ったわけではないということです。

製造工程では費用を削減しました。

一方、品質管理と保守サービスには追加費用を投入しました。

その結果、売上高の増加と利益率の改善が同時に実現するというシナリオになっています。

もちろん、これは説明のための仮定です。

実際には、保守サービスへの投資が想定どおりの売上増加につながらない場合もあります。

また、製造工程の改善によって、追加設備投資が必要になる可能性もあります。

そのため、実際の経営判断では、複数のシナリオを比較する必要があります。

バリューチェーン分析とROIC

ここで、バリューチェーン分析を財務分析へつなげてみましょう。

これまで学んできたROICを使います。

ROICは、企業が投下資本に対して、どれくらいの税引後営業利益を生み出しているかを示す指標です。

計算式は、ROIC=税引後営業利益(NOPAT)÷投下資本×100です。

A社の改善前の営業利益は10億円でした。

ここでは、説明用に税率を30%と仮定します。

税引後営業利益は、10億円×70%=7億円です。

投下資本を60億円と仮定すると、7億円÷60億円×100=約11.7%となります。

次に、改善後を考えましょう。

改善後の営業利益は13億円です。

税引後営業利益は、13億円×70%=9億1,000万円です。

ただし、製造工程や保守サービスの改善には追加投資が必要になるとします。

追加投下資本を5億円と仮定すると、改善後の投下資本は65億円です。

したがって、9億1,000万円÷65億円×100=14.0%となります。

営業利益は10億円から13億円に、税引後営業利益は7億円から9億1,000万円になります。投下資本は60億円から65億円に、ROICは約11.7%から14.0%になります。

この仮定では、バリューチェーンの改善によってROICも上昇しています。

ただし、これは改善策が完了し、想定した収益が実現した状態を単純化した試算です。

実際には、投資の実施時期や減価償却費、追加運転資本、改善効果が現れるまでの期間などを考慮する必要があります。

また、ROICの計算では、税引後営業利益と投下資本の定義をそろえることが重要です。

それでも、このケースから重要なことが分かります。

バリューチェーン分析は、事業活動の改善をROICの改善へ結びつけて考えるための方法でもあるのです。

バリューチェーン分析と利益率の関係

ここで、もう少し基本的なことを整理しましょう。

企業の営業利益は、基本的に、営業利益=売上高-売上原価-販売費及び一般管理費という式で表されます。

研究開発費を販売費及び一般管理費に含める場合には、研究開発費も営業利益を計算する際の費用になります。

バリューチェーンの各活動は、この利益構造に影響します。

例えば、研究開発によって競合製品との差別化が進めば、販売価格を維持できる可能性があります。

製造工程の効率化によって、売上原価を削減できる場合があります。

営業活動の効率化によって、顧客獲得費用を抑えられる可能性があります。

保守サービスの改善によって、顧客継続率が高まる場合もあります。

このように、各活動の改善は、売上高や費用を通じて営業利益に影響します。

ただし、各活動の改善効果を単純に足し合わせればよいわけではありません。

例えば、製造費用を削減するために品質管理を弱めれば、製品不良が増加し、保守費用が増える可能性があります。

また、営業費用を削減しすぎれば、新規顧客の獲得が難しくなるかもしれません。

したがって、バリューチェーン分析では、個別の活動だけでなく、活動同士の関係を確認する必要があります。

バリューチェーンの「つながり」が競争優位を生み出す

バリューチェーン分析では、各活動のつながりが重要です。

例えば、医療機器メーカーで次のような仕組みがあるとします。

保守サービス担当者が、医療現場で発生している問題を把握します。

その情報を研究開発部門へ伝えます。研究開発部門が製品設計を改善します。その結果、製品の故障が減少します。

故障が減少すれば、保守サービスに必要な費用が減少する可能性があります。

また、医療機関の満足度が高まり、製品の継続利用につながるかもしれません。

この場合、競争優位は一つの活動だけから生まれているわけではありません。

保守サービスと研究開発が連携する仕組みそのものが、競争優位の源泉になっている可能性があります。

このような仕組みは、競合企業が簡単に模倣できない場合があります。

なぜなら、単に研究開発部門や保守部門を設置するだけでは、同じ成果が得られるとは限らないからです。

情報共有の仕組みや組織文化、人材の経験などが必要になる場合があります。

ここで、前回学んだEconomic Moatとの関係が見えてきます。

バリューチェーンの活動同士の連携が優れている企業では、その仕組みが模倣困難な競争優位を生み出す可能性があります。

つまり、バリューチェーン分析は、Economic Moatがどのような活動から形成されているのかを理解するためにも役立ちます。

ケーススタディ2 製薬企業は研究開発だけで競争優位を作れるか

次に、架空の製薬企業を考えてみましょう。企業名は「ファーマB社」とします。B社は、新しい治療薬の研究開発を行っています。B社には、優れた研究者が在籍しています。また、独自の創薬技術を持っています。

しかし、臨床開発や製造、販売の体制は十分ではありません。

この場合、B社のバリューチェーンには、どのような特徴があるでしょうか。

まず、研究開発はB社の強みです。

一方、臨床開発や製造、販売は、相対的に弱い活動と考えられます。

ここで、B社には2つの選択肢があります。

第一に、自社で臨床開発や製造、販売の体制を構築する方法です。

第二に、他の製薬企業と提携し、一部の活動を外部へ委ねる方法です。

自社で体制を構築する場合、多額の資金や人材が必要になる可能性があります。

一方、他社と提携する場合、自社の投資負担を抑えられる可能性がありますが、契約条件によって将来得られる利益の配分が変わります。

このように、バリューチェーン分析によって、企業がどの活動を自社で行い、どの活動を外部へ委ねるべきかという経営課題が見えてきます。

ただし、どちらが優れているかは一概には判断できません。

企業の資金力や技術力、事業戦略、提携条件などによって、合理的な選択は異なります。

ケーススタディ3 医療DX企業の利益はどこで生まれるか

次に、架空の医療DX企業を考えてみましょう。

企業名は「デジタルヘルスC社」とします。

C社は、病院向けの業務支援システムを提供しています。

C社の主な活動は、医療現場の課題を調査し、ソフトウェアを開発し、病院へシステムを販売し、導入支援を行うことです。導入後には、運用保守や機能改善を行います。

C社は、システム開発能力に強みを持っています。

しかし、新規顧客の獲得費用が高く、導入支援にも多くの人員が必要です。

この場合、どの活動を改善すべきでしょうか。

まず、新規顧客の獲得費用を確認する必要があります。

例えば、1病院を新たに獲得するために、営業活動や提案書作成などで多額の費用が発生しているかもしれません。

また、導入支援に時間がかかるため、契約件数が増えても利益が十分に増加しない可能性があります。

一方、導入後の継続利用率が高ければ、長期間にわたって利用料収入を得られる可能性があります。

このような企業では、顧客獲得費用(CAC)、顧客生涯価値(LTV)、契約更新率、解約率、導入に必要な期間、顧客1件当たりの導入支援費用、継続利用による売上高などの指標が重要になります。

ただし、LTVやCACの計算方法は企業によって異なる場合があります。

そのため、企業間比較では定義を確認する必要があります。

このケースから分かるのは、医療DX企業の競争優位がソフトウェア開発だけで決まるわけではないということです。

顧客獲得から導入支援、継続利用までの一連の活動を効率的に運営する能力が、企業の収益性に影響します。

JMEI式バリューチェーン分析の進め方

ここまでの内容を、実際の医療企業分析に利用できる形へ整理しましょう。

JMEIでは、次の7つのステップで分析することを提案します。

1つ目の手順は、「対象事業を明確にする」です。まず、どの事業を分析するのかを決めます。例えば、同じ医療企業でも、医療機器事業と医療情報システム事業では、バリューチェーンが異なります。したがって、企業全体を一度に分析するのではなく、主要事業ごとに分けて考えることが重要です。

2つ目の手順は、「主要な活動を整理する」です。次に、事業活動を分解します。研究開発、調達、製造、品質管理、販売、導入支援、保守サービスのうち、対象事業にとって重要な活動を整理します。

3つ目の手順は、「各活動の顧客価値を考える」です。それぞれの活動が、顧客にどのような価値を提供しているかを考えます。例えば、研究開発は製品性能の向上につながるかもしれません。品質管理は安全性や信頼性に関係します。保守サービスは、医療機関の業務継続を支える場合があります。

4つ目の手順は、「競合企業との差を確認する」です。各活動について、競合企業と比較します。研究開発能力は優れているでしょうか。製造費用は低いでしょうか。販売網は充実しているでしょうか。保守サービスの品質は高いでしょうか。この比較によって、競争優位の源泉を考えます。

5つ目の手順は、「費用構造を分析する」です。次に、各活動に必要な費用を確認します。研究開発費、製造費用、販売費用、保守サービス費用が、売上高や営業利益へどのように影響しているかを考えます。

6つ目の手順は、「活動同士の関係を確認する」です。各活動は相互に影響します。例えば、研究開発の改善によって製造費用が低下する場合があります。品質管理の強化によって保守費用が減少する場合もあります。このような活動間の関係を確認します。

7つ目の手順は、「財務成果へ結びつける」です。最後に、バリューチェーンの改善が財務指標へどのように影響するかを考えます。営業利益率、ROIC、営業キャッシュフロー、フリーキャッシュフロー、必要な設備投資を確認することで、事業活動の改善が経済的な価値の創出につながっているかを評価します。

JMEI式バリューチェーン分析シート

実際の企業分析では、次の項目を整理すると便利です。

シートは、基本情報と、研究開発、調達、製造・サービス提供、販売・マーケティング、販売後サービス、活動間の連携、財務指標、総合評価の八つの項目で構成します。基本情報では、企業名、対象事業、主要製品・サービス、主要顧客、主要競合企業、分析対象年度を記入します。

研究開発では、主な研究開発活動、研究開発費、競合企業との差、研究開発の成果、競争優位への貢献を整理します。調達では、主要な原材料・部品、主要調達先、調達費用、供給リスク、調達活動の強みを整理します。製造・サービス提供では、主な製造・提供工程、製造費用、生産能力、品質管理体制、競合企業との差を整理します。販売・マーケティングでは、主要顧客、販売方法、販売網、顧客獲得費用、販売活動の強みを整理します。販売後サービスでは、保守・運用支援体制、顧客満足度、契約更新率、サービス提供費用、継続収入への貢献を整理します。活動間の連携では、研究開発と製造の連携、販売と研究開発の連携、保守サービスと製品改善の連携、部門間の情報共有を整理します。

財務指標では、売上高、売上総利益、売上総利益率、営業利益、営業利益率、研究開発費、投下資本、ROIC、営業キャッシュフロー、フリーキャッシュフローを記入します。総合評価では、競争優位を生み出している活動、費用削減の余地がある活動、顧客価値を高める余地がある活動、改善に必要な投資、改善によって期待される財務効果、今後確認すべきKPIを整理します。

この分析シートを利用することで、企業の競争優位を、事業活動と財務成果の両面から評価できます。

練習問題

問題1

バリューチェーン分析とは、どのような分析方法でしょうか。

【答え】企業の事業活動をいくつかの段階に分解し、それぞれの活動がどのような価値を生み出し、競争優位や利益へどのように貢献しているかを分析する方法です。

問題2

バリューチェーン分析における主活動と支援活動の違いを説明してください。

【答え】主活動は、製品やサービスを顧客へ提供することに直接関係する活動です。支援活動は、主活動を支えるために必要な活動です。

問題3

ポーターの基本的なバリューチェーンにおける5つの主活動を挙げてください。

【答え】購買物流、製造、出荷物流、販売・マーケティング、サービスの5つです。

問題4

バリューチェーンとサプライチェーンの違いを説明してください。

【答え】サプライチェーンは、原材料の調達から製造、物流、販売までの供給の流れに注目します。一方、バリューチェーンは、企業の各活動がどのような価値を生み出し、競争優位へどのように貢献しているかを分析します。

問題5

ある医療機器メーカーは、研究開発能力に強みを持っています。

しかし、製造費用が高く、利益率が低い状況です。

バリューチェーン分析では、どのような点を確認すべきでしょうか。

【答え】研究開発能力がどのような顧客価値を生み出しているかを確認するとともに、製造工程の費用構造を分析する必要があります。また、研究開発と製造工程の連携によって、製造費用を削減できる可能性がないかを確認します。

問題6

ある医療機器メーカーの売上高は80億円です。売上原価は50億円です。販売費及び一般管理費は20億円です。営業利益はいくらでしょうか。

【答え】10億円です。80億円-50億円-20億円=10億円。

問題7

問題6の企業の営業利益率はいくらでしょうか。

【答え】12.5%です。10億円÷80億円×100=12.5%。

問題8

ある医療機器メーカーが製造工程を改善し、年間の売上原価を2億円削減しました。

売上高とその他の費用が変わらない場合、営業利益はどのように変化するでしょうか。

【答え】営業利益は2億円増加します。ただし、実際には改善のための追加費用や設備投資が必要になる場合があります。

問題9

ある医療DX企業は、ソフトウェア開発能力に優れています。

しかし、導入支援に多くの人員が必要で、顧客数が増えても利益率が改善しません。

バリューチェーン分析では、どの活動に注目すべきでしょうか。

【答え】導入支援の活動に注目する必要があります。導入工程の標準化や作業効率の改善によって、顧客1件当たりの導入費用を削減できる可能性があります。ただし、導入支援の品質が低下しないように注意する必要があります。

問題10

ある医療企業の税引後営業利益は6億円です。投下資本は40億円です。ROICはいくらでしょうか。

【答え】15%です。6億円÷40億円×100=15%。

問題11

ある医療企業が、保守サービスの強化によって顧客満足度を高めようとしています。

保守サービスの改善効果を評価するためには、どのような指標が考えられるでしょうか。

【答え】平均修理対応時間、保守契約更新率、顧客満足度、保守サービスの売上高、保守サービスの利益率などが考えられます。

問題12

ある製薬企業は、研究開発能力に優れていますが、製造体制が十分ではありません。

どのような経営上の選択肢が考えられるでしょうか。

【答え】自社で製造体制を構築する方法と、外部企業へ製造を委託する方法などが考えられます。どちらを選択するかは、必要な投資額、品質管理能力、供給リスク、事業戦略などを比較して判断する必要があります。

問題13

バリューチェーンの各活動を個別に改善すれば、必ず企業全体の利益が増加するでしょうか。

【答え】必ずしも増加するとは限りません。例えば、製造費用を削減しても、品質低下によって保守費用が増加する可能性があります。そのため、各活動の改善が他の活動へ与える影響を確認する必要があります。

問題14

バリューチェーン分析とEconomic Moat分析は、どのような関係にあるでしょうか。

【答え】バリューチェーン分析は、企業のどの活動が価値や競争優位を生み出しているかを明らかにする方法です。一方、Economic Moat分析は、その競争優位が競合企業から利益を守る仕組みになっているかを考えます。両者を組み合わせることで、競争優位の源泉と持続可能性を分析できます。

問題15

医療企業のバリューチェーン分析で、財務指標を確認する必要があるのはなぜでしょうか。

【答え】事業活動の強みや改善が、実際に売上高、利益率、ROIC、キャッシュフローなどへどのように影響しているかを確認するためです。優れた技術やサービスがあっても、必ずしも十分な利益を生み出しているとは限らないためです。

JMEIの視点

JMEIでは、バリューチェーン分析を、医療企業の競争優位と収益構造を理解するための重要な方法として位置づけています。

しかし、単に企業の活動を分解するだけでは十分ではありません。

重要なのは、企業がどの活動で価値を生み出し、その価値をどのように経済的な成果へ結びつけているかということです。

JMEIでは、特に次の5つの視点を重視します。

第一の視点は、「顧客価値はどこで生まれているか」です。医療企業では、製品の性能だけでなく、安全性や使いやすさ、導入支援、保守サービスなどが顧客価値に影響します。例えば、医療機器メーカーが高度な技術を持っていても、医療現場で使いにくければ、十分な価値を提供できない可能性があります。そのため、JMEIでは、企業がどの活動を通じて医療現場の課題を解決しているかを確認します。

第二の視点は、「競争優位はどこで生まれているか」です。企業の競争優位は、研究開発だけから生まれるわけではありません。製造技術、品質管理、販売網、保守サービス、顧客との関係といった活動が、競争優位の源泉となる場合があります。重要なのは、競合企業と比較して、どの活動が優れているかを確認することです。

第三の視点は、「どの活動が利益率へ影響しているか」です。例えば、製造工程の効率化は売上原価の削減につながる可能性があります。また、研究開発による製品の差別化は、販売価格の維持につながる場合があります。保守サービスの改善は、顧客継続率や継続収入へ影響する可能性があります。このように、各活動が利益率へ与える影響を分析します。

第四の視点は、「どの活動に資本が必要か」です。企業の活動には、さまざまな投資が必要です。研究開発には研究設備や人材が必要です。製造には工場や設備が必要です。販売には営業体制が必要です。保守サービスには人材や部品在庫などが必要になります。したがって、JMEIでは、各活動が生み出す利益だけでなく、その活動に必要な資本も確認します。この視点は、ROIC分析につながります。

第五の視点は、「どの活動を自社で行うべきか」です。すべての活動を自社で行うことが、必ずしも合理的とは限りません。例えば、研究開発に強みを持つ企業が、製造や物流を外部企業へ委託する場合があります。一方、品質管理や製造技術が競争優位の源泉になっている企業では、重要工程を自社で維持することが合理的な場合もあります。したがって、企業がどの活動を自社で行い、どの活動を外部へ委ねているかを確認する必要があります。

ここで、JMEIが重視する考え方があります。「企業の競争優位は、個々の活動の優秀さだけでなく、活動同士の組み合わせから生まれる」ということです。

例えば、ある医療機器メーカーが、優れた研究開発能力を持っているとします。

しかし、製造部門との連携が不十分であれば、製品化に時間がかかるかもしれません。

また、販売部門から医療現場の情報が研究開発部門へ伝わらなければ、顧客ニーズに合った製品を開発できない可能性があります。

一方、研究開発、製造、販売、保守サービスが連携している企業では、医療現場の課題を製品改善へ反映しやすくなる場合があります。

このような組織能力は、競合企業が簡単に模倣できない可能性があります。

したがって、JMEIでは、バリューチェーンを個別の活動の集合として見るだけでなく、活動同士の関係にも注目します。

そして、その関係が競争優位や利益率、ROICへどのように影響しているかを分析します。

JMEI Medical Insight

医療企業の利益は「製品」ではなく「仕組み」から生まれる

医療企業を分析するとき、私たちは製品に注目することが多くあります。新しい医薬品、高度な医療機器、人工知能を活用した診断支援システム、新しい検査技術などは、企業の競争力を理解するうえで重要です。

しかし、ここで考えたいことがあります。「優れた製品を持つ企業が、必ずしも高い利益率を実現できないのはなぜでしょうか」という問いです。

例えば、ある医療機器メーカーが、競合企業より高性能な製品を開発したとします。

その製品は、医療現場から高く評価されています。

しかし、製造費用が高く、販売後の保守費用も大きいとします。

この場合、製品の性能が優れていても、企業全体として十分な利益を確保できない可能性があります。

一方、別の医療機器メーカーは、製品性能では大きな差別化ができていないかもしれません。

しかし、製造工程が効率的で、保守サービス網が充実しており、顧客との長期的な関係を維持しているとします。

この場合、安定した利益率を実現できる可能性があります。

つまり、企業の収益性は、製品の性能だけで決まるわけではありません。

研究開発、製造、販売、保守サービスなどの活動が、どのように組み合わされているかによって変化します。

ここで、2つの架空の医療機器メーカーを比較してみましょう。

A社は、高性能な医療機器を開発しています。

B社は、標準的な性能の医療機器を効率的に製造し、保守サービスを提供しています。

両社の財務状況を、次のように仮定します。

売上高はA社、B社とも100億円です。売上原価はA社が60億円、B社が50億円で、売上総利益はA社が40億円、B社が50億円です。研究開発費はA社が15億円、B社が8億円、その他の販売費及び一般管理費はA社が20億円、B社が25億円です。営業利益はA社が5億円、B社が17億円で、営業利益率はA社が5%、B社が17%です。

この数値は、分析方法を理解するための架空の設定です。

A社は研究開発へ多額の費用を投入しています。

一方、B社は製造費用を抑えています。

また、B社は保守サービスや営業活動に比較的多くの費用を使っていますが、それでも高い営業利益率を実現しています。

この例から分かるのは、研究開発費が多い企業ほど高い利益率になるわけではないということです。

もちろん、研究開発費が多いこと自体が問題なのではありません。

研究開発によって将来の競争優位が形成される可能性があります。

また、現在の利益率が低くても、将来の製品開発によって収益性が改善する場合があります。

したがって、現在の利益率だけで、A社とB社の優劣を判断することはできません。

重要なのは、各企業がどの活動に資金を投入し、その活動からどのような成果を得ているかを確認することです。

ここで、もう一つ重要な視点があります。

それは、企業が生み出した価値を、どれくらい自社の利益として獲得できるかということです。

例えば、ある医療DX企業が、医療現場の業務効率を大幅に改善するシステムを開発したとします。

そのシステムによって、病院の業務負担が軽減されるとします。

しかし、病院が支払える利用料には限界があるかもしれません。

また、競合企業が同様のシステムを低価格で提供すれば、販売価格を引き下げる必要が生じる可能性があります。

つまり、医療現場に大きな価値を提供していても、その価値を企業が十分な利益として獲得できるとは限りません。

ここで、Value Creation(価値創出)とValue Capture(価値獲得)の2つを区別する必要があります。

Value Creationとは、顧客や社会にとって有用な価値を生み出すことです。

Value Captureとは、生み出した価値の一部を、企業が売上高や利益として獲得することです。

医療企業では、この2つが必ずしも一致しません。

例えば、ある医療技術が患者の生活の質を改善したとしても、その技術を提供する企業が十分な利益を確保できるとは限りません。

一方、企業が高い利益率を実現していても、その利益が医療現場に提供する価値とどのような関係にあるかを確認する必要があります。

したがって、JMEIでは、医療企業の分析において、価値創出と価値獲得を区別することを重視しています。

ここで、バリューチェーン分析が役立ちます。

企業の各活動を分解することで、どの活動が顧客価値を生み出しているかを考えることができます。

さらに、各活動の費用や収益への影響を確認することで、その価値が企業の利益へどのように結びついているかを分析できます。

例えば、医療機器メーカーの保守サービスを考えてみましょう。

保守サービスは、医療機関にとって重要な価値を提供します。

機器が故障した場合に迅速な修理を受けられれば、医療機関は業務への影響を抑えられる可能性があります。

一方、企業にとっては、保守契約による継続収入が得られる場合があります。

また、保守サービスを通じて顧客との関係を維持できれば、次の製品更新時にも取引が継続する可能性があります。

この場合、保守サービスは顧客価値を生み出すと同時に、企業の収益にも貢献する可能性があります。

さらに、保守サービスを通じて得られた情報を研究開発へ活用できれば、製品品質の改善にもつながるかもしれません。

このように、一つの活動が複数の経済的効果を生み出す場合があります。

ここで重要なのは、各活動を単独で評価しないことです。

例えば、保守サービスの費用が増加した場合、それだけを見れば利益率の悪化要因になります。

しかし、その費用増加によって顧客継続率が高まり、将来の売上高が増加するのであれば、経済的に合理的な投資となる可能性があります。

逆に、保守サービスへ多額の費用を投入しても、顧客満足度や契約更新率が改善しなければ、投資効果は限定的かもしれません。

したがって、JMEIでは、バリューチェーンの各活動を、単純な費用項目として扱うのではなく、将来の価値創出につながる活動として評価します。

ただし、すべての活動へ投資すればよいわけではありません。

企業には資金や人材の制約があります。

そのため、どの活動に重点的に投資するかを判断する必要があります。

ここで、経営者の資本配分能力が重要になります。

例えば、ある医療機器メーカーが、研究開発、製造設備、販売網、保守サービスの4つへ投資する必要があるとします。

しかし、すべての活動へ同じ金額を投資することが合理的とは限りません。

研究開発が競争優位の源泉であれば、研究開発への投資を優先することが合理的かもしれません。

一方、製造工程に大きな改善余地がある場合には、製造設備への投資が高い経済的効果を生み出す可能性があります。

また、保守サービスの改善によって顧客継続率が大きく改善するのであれば、保守体制への投資が重要になる場合もあります。

つまり、バリューチェーン分析は、企業の強みを理解するだけでなく、資本配分の合理性を考えるためにも役立ちます。

ここで、ROICとの関係を考えてみましょう。

ROICは、投下資本に対してどれくらいの税引後営業利益を生み出しているかを示します。

企業がバリューチェーンの改善によって利益を増加させれば、ROICが改善する可能性があります。

また、不要な設備投資や在庫を削減できれば、投下資本を抑えられる場合があります。

その結果、ROICが高まる可能性があります。

しかし、バリューチェーンの改善に多額の追加投資が必要であれば、利益が増加してもROICが改善しない場合があります。

したがって、JMEIでは、バリューチェーンの改善を評価するときに、営業利益率だけでなく、ROICやキャッシュフローも確認します。

ここで、今回のMedical Insightの結論を整理しましょう。

医療企業の収益性は、製品の性能だけで決まるわけではありません。研究開発、製造、販売、保守サービスなどの活動が、どのように組み合わされ、顧客価値と経済的利益を生み出しているかによって決まります。

そして、その仕組みを理解するための方法が、バリューチェーン分析です。

JMEIでは、企業の技術力や製品力だけでなく、事業活動全体の構造を分析することで、長期的な競争力と収益性を評価していきます。

今回のポイント

第72講で最も覚えてほしいのは、「企業の競争優位は、製品そのものだけでなく、製品やサービスを生み出す一連の活動から形成される」ということです。

バリューチェーン分析では、企業の活動を主活動と支援活動に分けて考えます。

主活動には、購買物流、製造、出荷物流、販売・マーケティング、サービスがあります。

支援活動には、全般管理、人的資源管理、技術開発、調達活動があります。

ただし、実際の医療企業分析では、企業の事業内容に合わせて活動を分解する必要があります。

製薬企業では、研究開発や臨床開発、製造などが重要です。

医療機器メーカーでは、研究開発、製造、品質管理、販売、保守サービスなどが重要です。

医療DX企業では、システム開発、導入支援、運用保守、継続的な改善などが重要になります。

また、バリューチェーン分析では、各活動を個別に評価するだけでなく、活動同士の関係を確認することが重要です。研究開発と製造の連携、販売と研究開発の連携、保守サービスと製品改善の連携といった仕組みが、競争優位の源泉となる可能性があります。

さらに、バリューチェーン分析を財務分析へつなげることで、事業活動の改善が営業利益率やROICへどのように影響するかを考えることができます。

JMEIでは、特に次の5つの問いを重視します。「この医療企業は、どの活動で顧客価値を生み出しているのか」「どの活動が競合企業との差を生み出しているのか」「どの活動に費用削減や効率化の余地があるのか」「活動同士の連携によって、どのような競争優位が形成されているのか」「その競争優位は、営業利益率やROIC、キャッシュフローへどのように結びついているのか」の5つです。

この5つを考えることで、医療企業の競争力を、事業活動と財務成果の両面から分析できるようになります。

次回予告

第73講|内製か外注か?――医療企業のMake or Buy戦略と利益構造を分析する

今回は、バリューチェーン分析について学びました。

企業の事業活動を分解し、それぞれの活動がどのような価値を生み出し、競争優位や利益へどのように貢献しているかを考えました。

また、医療機器メーカーを例に、製造工程や保守サービスの改善が営業利益率やROICへどのように影響するかを分析しました。

さらに、製薬企業や医療DX企業を例に、企業によって重要な活動が異なることを学びました。

しかし、ここで新しい疑問が生まれます。「企業は、すべての活動を自社で行う必要があるのでしょうか」という問いです。

例えば、ある製薬企業が優れた創薬技術を持っているとします。

しかし、製造設備を持っていない場合、自社で工場を建設するべきでしょうか。

それとも、外部の製造企業へ委託するべきでしょうか。

また、ある医療機器メーカーが製造費用の削減を目指しているとします。

自社工場で製造を続けるべきでしょうか。

それとも、一部の製造工程を外部へ委託するべきでしょうか。

さらに、医療DX企業では、システム開発や運用保守をすべて自社で行う必要があるのでしょうか。

このような経営判断を考えるための重要な概念が、Make or Buy(内製か外注か)です。

次回は、Make or Buy戦略の基本を学びます。

特に、内製と外注の費用構造、固定費と変動費の違い、品質管理と供給リスク、競争優位の源泉となる活動の見極め、内製・外注の選択がROICへ与える影響の5つの視点から分析します。

そして、製薬企業、医療機器メーカー、医療DX企業を例に、どの活動を自社で行い、どの活動を外部へ委ねることが合理的なのかを考えます。

さらに、内製と外注の損益分岐点や、設備投資と資本効率の関係についても学びます。

次回の目標は、「この医療企業は、どの活動を自社で行い、どの活動を外部へ委ねるべきなのか。そして、その選択は利益率やROICへどのような影響を与えるのか」という問いに答えられるようになることです。

第73講では、医療企業の経営戦略を、内製と外注の選択という視点から読み解いていきます。

JMEI|日本医療企業研究所 医療を変える企業と技術を読み解く。

本講座に関するご注意

本講座は、企業分析の考え方を学ぶための教育コンテンツです。金融商品取引法に基づく投資助言・代理業には該当せず、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。講座内で企業を題材として扱う場合も、あくまで分析手法を説明するための例示です。

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