JMEI 医療企業分析アカデミー 第35講 企業にとって「お金を集めるコスト」を理解する
第34講では、ROICについて学びました。ROICとは、Return on Invested Capital、日本語では投下資本利益率です。企業が事業へ投入した資本から、どれだけ利益を生み出しているのかを見る指標でした。そして、重要な考え方として、ROIC>WACCという関係が登場しました。例えば、ROIC12%、WACC6%なら、企業は資金調達に必要なコストを上回るリターンを事業から生み出していると考えることができます。では、WACCとは何でしょうか。銀行から1億円を借りて金利2%なら、年間200万円の利息が発生します。これは分かりやすい「お金のコスト」です。では、株主から集めた1億円にはコストがないのでしょうか。企業は株主へ必ず利息を支払うわけではありません。だから、株主のお金=無料のようにも見えます。しかし、そうではありません。株主は、銀行預金より大きなリスクを取って企業へ資金を提供しています。当然、「そのリスクに見合ったリターンが欲しい」と考えます。つまり、借金にもコストがある、株主資本にもコストがある。企業は、それらを組み合わせて事業を行っています。その資金調達コストを全体として考えるのが、WACCです。WACCは、Weighted Average Cost of Capitalの略です。日本語では、加重平均資本コストと呼ばれます。名前は難しいのですが、基本的な考え方は、「企業が100円を使うためには、最低何円くらいのリターンを求められているのか」です。第35講では、WACCとは何か、負債コストとは何か、株主資本コストとは何か、なぜ株主のお金にもコストがあるのか、WACCはどのように計算するのか、金利上昇で何が起きるのか、大型製薬企業と赤字バイオ企業では、なぜ資本コストが違うのか、ROICとWACCをどう組み合わせるのか、そして「利益を出すこと」と「企業価値を生み出すこと」は何が違うのかを、企業価値分析の重要な基礎へ進みます。
WACCの基本と、負債コスト
WACCは、Weighted Average Cost of Capitalの略です。Weighted Averageは加重平均、Cost of Capitalは資本コストです。したがって日本語では、加重平均資本コストと呼ばれます。なぜ「加重平均」なのでしょうか。企業の資金は、一種類ではありません。例えば、銀行借入、社債、株主資本などがあります。それぞれコストが違います。そこで、「会社全体では資金調達に何%程度のコストがかかっているのか」を考えます。
初心者は「100円の調達コスト」で考えると分かりやすいでしょう。企業が100円を事業へ使うとします。その100円を、借金50円、株主資本50円で調達したとしましょう。借金のコスト2%、株主資本のコスト8%なら、両者を組み合わせた資本コストを考える必要があります。単純化すると、借金部分は50円×2%=1円。株主資本部分は50円×8%=4円。合計5円。100円の資金に対して約5円。つまり、約5%の資本コストというイメージです。
実際のWACCでは、借入金利には税効果を考えるのが一般的です。そのため、計算は少し複雑になります。しかし初心者の段階では、「借金と株主資本、それぞれのコストを割合に応じて組み合わせる」と理解すれば十分です。WACCの代表的な式は、WACC=株主資本比率×株主資本コスト+負債比率×負債コスト×(1-税率)です。なぜ借金には税効果があるのでしょうか。企業が支払う利息は、一定の条件のもとで税務上費用として扱われます。そのため、実質的な負債コストは表面的な金利より低くなる場合があります。
負債コストとは、Debt Cost、簡単に言えば、企業がお金を借りるために必要なコストです。代表的なのが、銀行借入金利、社債利回りです。企業によって借入金利は違います。非常に安定した大企業、利益が不安定な企業、赤字企業では、金融機関や債券投資家が求める金利が違う可能性があります。なぜでしょうか。お金を貸す側から見れば、「本当に返してくれるか」が重要だからです。
2つの医療企業を考えてみましょう。A Pharmaは、大型製薬企業、売上2兆円、安定した営業CF、借入金利1.5%。B Bioは、売上ほぼゼロ、赤字、臨床試験中、借入金利6%。同じ医療企業でも資金調達コストが違います。企業の将来が不確実であるほど、貸し手や投資家は、高いリターンを求める傾向があります。これが資本コストの基本です。
株主資本コストとCAPM
ここが初心者にとって最も分かりにくいところです。銀行借入には金利があります。しかし、株式には決められた金利がありません。株主のお金は無料でしょうか。いいえ。株主は、企業が倒産すれば投資資金を失う可能性があります。銀行預金より大きなリスクを取っています。そのため、リスクに見合ったリターンを期待します。
例えば、非常に安定した企業なら7%程度の期待リターン。非常にリスクの高い企業なら12%、15%、あるいはそれ以上というように、要求されるリターンは異なります。実際の推計値は前提によって変わります。企業側から見ると、株主が期待するリターンは、株主資本を利用するためのコストと考えることができます。配当を払わなければコストゼロでしょうか。違います。配当ゼロでも、株主は株価上昇などを含むリターンを期待しています。したがって、無配企業にも株主資本コストがあります。
株主資本コストを推計する代表的な方法に、CAPMがあります。Capital Asset Pricing Modelです。CAPMの基本式は、株主資本コスト=リスクフリーレート+β×市場リスクプレミアムです。リスクフリーレートとは、Risk Free Rate、理論上、ほとんど信用リスクがないと考えられる資産の利回りを基準として使います。実務では国債利回りなどが参照されます。市場リスクプレミアムとは、株式市場へ投資するなら、安全資産より高いリターンを投資家は求めます。その上乗せ部分を、市場リスクプレミアムとして考えます。βとは、Beta、株価が市場全体に対してどの程度動きやすいかを示す代表的な指標です。β=1なら市場と同程度に動く傾向。β>1なら市場より大きく動く傾向。β<1なら市場より小さく動く傾向というイメージです。
簡単なCAPM計算をしてみましょう。リスクフリーレート2%、市場リスクプレミアム6%、β1.0なら、2%+1.0×6%=8%。株主資本コストは8%と推計されます。βが1.5なら、2%+1.5×6%=11%。株主資本コストは11%。企業リスクが高いと評価されれば、要求リターンも高くなります。
WACCを計算する
架空企業JMEI Medicalを考えます。株主資本800億円、有利子負債200億円、合計資本1,000億円とします。資本構成は、株主資本比率80%、負債比率20%。株主資本コスト8%、負債コスト3%、税率30%とします。計算すると、株主資本部分は80%×8%=6.4%。負債部分は20%×3%×70%=0.42%。合計、6.4%+0.42%=6.82%。したがって、WACCは約6.8%と考えられます。
WACC6.8%とは何を意味するのでしょうか。非常に単純化すると、企業が調達している資本には、年間約6.8%程度のリターンが求められているというイメージです。ここでROICが登場します。JMEI MedicalのROICが12%だったとします。WACCは6.8%。ROICスプレッドは、12%-6.8%=+5.2%。資本コストを上回るリターンを生み出しています。一般的には、ROIC>WACCなら、企業は経済的価値を創造していると考えます。逆の場合として、ROIC4%、WACC7%なら、ROIC-WACC=-3%。黒字でも問題になることがあります。営業利益が出ている、純利益も黒字。それでも、投入した資本に対するリターンが資本コストを下回ることがあります。
病院向けシステム事業のケーススタディを見てみましょう。JMEI Health ITは、新しい病院システムへ100億円投資、年間NOPAT4億円、単純化したROIC4%。WACCが8%なら、投資家が求める資本コストを下回ります。売上が50億円、100億円、150億円と増えていても、大量の追加投資が必要で、ROIC4%のままなら、価値創造には課題がある可能性があります。成長=価値創造ではないことは非常に重要です。売上成長、利益成長、企業規模拡大、企業価値創造は、必ずしも同じではありません。高成長でもWACCを超えなければ、成長するほど、低収益の事業へ資本を追加投入することになります。場合によっては、成長するほど価値を毀損する可能性さえあります。
医療機器新工場のケーススタディも見てみましょう。A Medical Deviceは、新工場投資500億円、工場から得られるNOPAT年間25億円、単純化した投資収益率5%。会社のWACC7%なら、5%<7%で資本コストを十分に超えていません。では工場投資は失敗でしょうか。まだ分かりません。初年度は稼働率が低い可能性があります。5年後、工場からのNOPAT50億円、投資額500億円、単純化した収益率10%。WACC7%なら、10%>7%。工場稼働率上昇によって、価値創造投資へ変わる可能性があります。投資は時間軸で見る必要があります。設備投資、M&A、研究開発、新規事業では、資本投入が先、利益が後ということがあります。
初心者は、WACC=企業投資の一つの合格ラインと考えると分かりやすいでしょう。新規投資の期待リターン10%、WACC6%なら、+4%で魅力的な投資候補かもしれません。期待リターン4%、WACC6%なら、資本コストを下回ります。ただし医療では数字だけでは決められません。例えば、希少疾患薬。採算性は低い。しかし、大きな医療ニーズがある。企業には社会的使命もあります。JMEIでは二つを分けます。経済的価値と、医療・社会的価値です。どちらも重要ですが、混同しないことが大切です。
金利上昇の影響と、DCFとの関係
金利が上がるとWACCはどうなるのでしょうか。一般的には、負債コストが上昇しやすくなります。国債利回りも上がれば、CAPMで使うリスクフリーレートも上昇する可能性があります。すると、株主資本コストも上昇する可能性があります。結果として、WACCが上昇する可能性があります。
金利上昇のケーススタディを見てみましょう。以前、WACC5%、ROIC8%、スプレッド+3%。金利上昇後、WACC7%、ROIC8%、スプレッド+1%。事業は同じなのに価値創造余力が縮小しました。ROICは変わっていません。しかし資本コストが上昇したため、ROICスプレッドが縮小しました。これが金利と企業価値の関係の一つです。金利は、銀行借入だけの問題ではありません。企業価値評価全体へ影響します。
企業価値を計算する代表的な方法に、DCF、Discounted Cash Flowがあります。将来のお金は現在のお金より価値が低い。今日の100万円と10年後の100万円は同じ価値ではありません。そこで将来キャッシュフローを、現在価値へ割り引きます。その割引率として、企業全体のFCFを評価するDCFでは、WACCが使われることがあります。WACCが低い場合、将来キャッシュフローの現在価値は相対的に高くなりやすい。WACCが高い場合、将来キャッシュフローの現在価値は相対的に低くなりやすい。
なぜ成長企業は金利に敏感なのでしょうか。成長企業では、現在利益は小さい、将来利益は大きいということがあります。10年後、15年後に大きなキャッシュフローを期待している企業ほど、割引率の変化の影響を受けやすくなります。赤字バイオ企業のケーススタディを見てみましょう。JMEI Bioは、現在売上ほぼゼロ、現在利益赤字、しかし7年後に大型薬発売を期待。このような企業は、将来キャッシュフローへの依存度が非常に高い。WACC上昇、割引率が上がれば、7年後、10年後の利益の現在価値が大きく低下する可能性があります。
大型製薬企業との違いを見てみましょう。大型製薬企業は、現在すでに大きな営業CF、複数製品、安定した収益。赤字バイオ企業は、現在利益なし、一つの候補薬へ依存、将来不確実性大。同じWACCを使うべきでしょうか。通常は、企業リスクが違うため、同じ資本コストと考えるのは適切ではありません。リスクの高い企業ほど株主資本コストも高くなる可能性があります。これが、「高成長企業だから高評価」だけでは不十分な理由です。
医療企業特有のリスクには、臨床試験失敗、薬価改定、保険償還、規制変更、特許切れ、製品回収、訴訟、競合技術などがあります。WACCはこれらを完全に表せるでしょうか。いいえ。WACC一つですべての事業リスクを表現できるわけではありません。企業分析では、定量評価と、定性評価を組み合わせます。
ROICとWACCの組み合わせ、そしてM&A判断
同じROIC10%のケーススタディを見てみましょう。A Pharmaは、ROIC10%、WACC5%。B Bioは、ROIC10%、WACC9%。同じROICでも意味が違います。A社はスプレッド+5%、B社はスプレッド+1%。A社の方が、資本コストに対する余裕が大きい。だからROICだけでは不十分です。ROIC20%、高い、では終わりません。資本コストが何%なのかを見る必要があります。逆にWACCだけでも不十分です。WACC4%、低い、だから良い会社、でもありません。ROIC3%なら、価値創造できていない可能性があります。ROICとWACCはセットです。企業分析では、ROIC-WACCを見る、これが重要です。
ROIC15%、WACC6%なら+9%。ROIC8%、WACC7%なら+1%。ROIC5%、WACC8%なら-3%。企業を3種類に分けられます。大きく価値創造、わずかに価値創造、価値毀損の可能性です。
M&A判断のケーススタディを見てみましょう。大型製薬企業が、バイオ企業を5,000億円で買収するとします。買収後の期待リターン8%、買収企業のWACC6%。単純には、8%-6%=+2%。価値創造の可能性があります。しかし買収価格が7,000億円になったら、期待リターンが5%まで低下する可能性があります。WACC6%なら、5%<6%。素晴らしい技術を持つ会社でも、高すぎる価格で買えば価値を壊す可能性があります。これは非常に重要です。良い企業、良い技術、良い新薬と、良い投資は同じではありません。価格が重要です。どれほど優れた資産でも、支払価格が高すぎれば、投資リターンは低下します。企業経営でも株式投資でも共通する考え方です。何を買うかだけでなく、いくらで買うかが重要です。
医療機器企業のM&Aで考えてみましょう。革新的手術ロボット企業、将来性大、だから、どんな価格でも買収、ではありません。買収後に必要な利益として、買収価格、追加研究費、販売費、製造設備まで含め、どれだけキャッシュを生む必要があるかを考えます。資本コストは経営判断の物差しです。新工場、M&A、新規事業、海外進出などの投資判断で、資本コストは重要な基準になります。
3つの新規事業のケーススタディを見てみましょう。A事業は期待リターン12%、B事業は期待リターン8%、C事業は期待リターン4%。企業WACC6%。単純比較すると、Aは+6%、Bは+2%、Cは-2%。限られた資本をどこへ配分するか。企業の資金は無限ではありません。そのため、資本コストを超える投資機会へ優先的に資金を配分する必要があります。
第33講との接続を考えると、研究開発費も同じです。候補薬A、期待価値高い。候補薬B、成功可能性低い。候補薬C、競合多数。すべてへ同額を投資する必要はありません。研究開発にも資本配分があります。有望な研究へ集中、成功可能性の低い研究を中止、外部導入、共同研究、M&Aなどを組み合わせます。第32講との接続では、パイプラインを見る、成功確率を見る、将来売上を見る、将来キャッシュを見る、リスクを見る、資本コストを考えるという流れで企業分析がつながってきます。
WACCの低さという強み
WACCが低い企業の強みを見てみましょう。投資リターン8%、A社WACC5%、B社WACC9%。A社なら+3%、B社なら-1%。同じ事業でも買い手によって価値が違います。資金調達力、信用力、事業シナジーによって、企業ごとの投資価値が変わる可能性があります。大型医療企業が有利な場合として、高い信用力、低い借入コスト、安定CF、強い販売網があれば、小企業より低い資本コストで事業展開できる場合があります。だから大型企業はスタートアップを買収します。スタートアップが単独で開発するより、大企業の資本、臨床開発能力、販売網を利用した方が、技術の価値を高められる場合があります。しかし大企業なら何でも成功するわけではありません。高額買収、統合失敗、研究者流出、開発中止などが起これば、期待したリターンは得られません。
JMEI式「WACCを見る15の質問」
医療企業の資本コストを見るときには、次の15項目を確認しましょう。WACCとは何か。株主資本比率はどの程度か。負債比率はどの程度か。負債コストは高いか低いか。株主資本コストはどの程度か。企業リスクは高まっているか。金利環境は変化しているか。WACCは上昇しているか。ROICはWACCを上回っているか。ROICスプレッドは何%か。新規投資の期待リターンはWACCを超えるか。M&A価格は合理的か。将来キャッシュフローへの依存度は高いか。金利上昇で企業価値が大きく変わるか。経営者は資本コストを意識して資本配分しているか。そして最後に、「この企業は、お金を集めるコスト以上の価値を生み出しているか?」と考えます。
練習問題
問題1 WACCとは何でしょうか。(A.売上高成長率 B.加重平均資本コスト C.自己資本利益率 D.研究開発比率)
【答え】B.加重平均資本コストです。
問題2 企業の資金源には、どのようなものがありますか。
【答え】代表的には、株主資本、銀行借入、社債などがあります。
問題3 株主資本には利息がありません。したがって株主資本コストはゼロでしょうか。
【答え】いいえ。株主はリスクに見合ったリターンを期待するため、株主資本にもコストがあると考えます。
問題4 リスクフリーレート2%、市場リスクプレミアム6%、β1.0。CAPMによる株主資本コストはいくらでしょうか。
【答え】8%です。2%+1.0×6%=8%です。
問題5 ROIC12%、WACC7%。ROICスプレッドはいくらでしょうか。
【答え】+5%です。
問題6 ROIC4%、WACC7%。企業は黒字です。問題はないでしょうか。
【答え】必ずしもそうではありません。投入した資本に対するリターンが資本コストを下回り、経済的価値を十分に生み出していない可能性があります。
問題7 金利が上昇するとWACCはどうなる可能性がありますか。
【答え】負債コストや株主資本コストの上昇を通じて、WACCも上昇する可能性があります。
問題8 将来利益への依存度が高い赤字バイオ企業は、なぜ割引率上昇の影響を受けやすいのでしょうか。
【答え】企業価値の多くが遠い将来のキャッシュフローに依存しているため、割引率上昇によってその現在価値が大きく低下する可能性があるからです。
問題9 優れた医療企業を買収するなら、どんな価格でもよいでしょうか。
【答え】いいえ。買収価格が高すぎれば、買収後のリターンが資本コストを下回る可能性があります。
問題10 WACCを見る最大の目的は何でしょうか。
【答え】企業が調達した資本に求められるリターンの水準を理解し、事業や投資がそれを上回る価値を生み出しているか判断することです。
総合ケーススタディ――3社の「本当の稼ぐ力」を比較する
3つの架空医療企業を比較します。A Pharmaは、ROIC18%、WACC5%。B Medical Devicesは、ROIC12%、WACC7%。C BioTechは、ROIC9%、WACC11%。ROICだけを見ると、A社18%、B社12%、C社9%で、A社が最も高い。WACCを引くと、A社は18%-5%=+13%。B社は12%-7%=+5%。C社は9%-11%=-2%。見え方が変わります。A社は大きな価値創造。B社は価値創造。C社は会計上利益があっても、資本コストを十分に超えていない可能性があります。
しかしここで終わりません。A Pharmaは主力薬特許切れ3年後。B Medical Devicesは新製品発売予定。C BioTechは第3相候補薬成功なら利益急増。未来を見ると、現在のROICとWACCだけでは、将来企業価値を完全には判断できません。A Pharmaは特許切れ後、ROIC18%から10%となるかもしれません。B Medical Devicesは新製品成功で、ROIC12%から18%となるかもしれません。C BioTechは候補薬成功で、ROIC9%から25%となる可能性もあります。
だから企業分析は一本の指標で終わりません。売上、利益、営業CF、パイプライン、R&D、ROIC、WACC、これらをつなげて考えます。数字は未来への入口です。ROIC18%、だから買う。WACC5%、だから優良。ではありません。数字が、なぜそうなっているのか、これからどう変わるのかを考えることが企業分析です。
JMEIでは、WACCを単なる財務理論として扱いません。重要なのは、「医療企業が限られた資本をどこへ配分するか」を考えるための基準として使うことです。企業には毎年、さまざまな選択肢があります。新薬研究へ100億円、新工場へ100億円、AI企業買収へ100億円、海外展開へ100億円、配当へ100億円、借金返済へ100億円。しかし、資金は無限ではありません。だから経営者は、どこへ資本を置けば、最も大きな医療価値と事業価値を生み出せるかを考えなければなりません。そこで、ROICとWACCを組み合わせます。JMEIでは、営業CF、資本配分、R&D・設備投資・M&A、将来キャッシュフロー、ROIC、WACC、ROICスプレッドという流れで考えます。そして、ROIC>WACCという数字だけで終わりません。そのROICは、特許によるものか、ブランドによるものか、高い医療価値によるものか、リカーリング収益によるものか、一時的な高収益なのか。そして、その差を5年、10年と維持できるのかまで考えます。最終的な問いは、「この企業は、社会から預かった資本を、資本コスト以上の医療価値と経済価値へ変換できているか?」です。
JMEI Medical Insight
医療企業の資本コストを考えるとき、JMEIが特に重視したいのは、「リスクが高い医療技術ほど、企業価値が低い」という単純な結論にしないことです。例えば、希少疾患、再生医療、遺伝子治療、新しいがん治療。これらは開発リスクが高い場合があります。そのため資本コストも高くなりやすい。しかし、リスクが高いことと、医療価値が低いことは全く違います。むしろ、現在治療法がない、患者数が少ない、研究が難しいからこそ、大きな医療価値を持つ研究もあります。だから医療企業を見るときには、経済的リターンと、医療的リターンを分けて考える必要があります。
企業としては、資本コストを上回る利益を長期的に生み出さなければ存続できません。しかし同時に、患者へ新しい治療選択肢を届けるという使命があります。優れた医療企業とは、短期利益だけを最大化する会社でも、採算を無視して研究を続ける会社でもありません。現在の高収益事業からキャッシュを生む、そのキャッシュを、まだ治療できない疾患、より安全な医療機器、より効率的な医療システムへ投資する、そして新しい医療価値から、次のキャッシュを生み出す。この循環を続けられる企業です。WACCは、単なる割引率ではありません。「企業が未来の医療を作るために使うお金には、コストがある」という事実を教えてくれる指標なのです。
今回のポイント
第35講で最も覚えてほしいのは、「企業が使うお金は無料ではない」ということです。借入には金利、株主資本には株主が求めるリターンがあります。それらを組み合わせた企業全体の資本コストが、WACCです。企業分析では、負債コストを見る、株主資本コストを見る、資本構成を見る、WACCを見る、ROICを見る、ROIC-WACCを見る、新規投資を見る、M&Aを見る、研究開発を見る、将来キャッシュフローを見るという順番で考えます。そして、ROIC>WACCなら価値創造の可能性、ROIC<WACCなら価値毀損の可能性と考えます。ただし、一年だけの数字で判断しません。成長投資、研究開発、M&A、特許切れ、新製品によってROICは変化します。最後に、「この企業は、お金を集めるために必要なコスト以上の価値を継続的に生み出せるのか?」と問いかけます。ROICとWACCを理解すると、単に売上が伸びている企業を見る段階から、企業が本当に価値を作っているのかを見る段階へ進むことができます。
次回予告
第36講 DCFとは何か?――「未来に稼ぐお金」から医療企業の価値を考える
第35講では、WACCを学びました。そして、WACCは企業価値評価において、将来キャッシュフローを現在価値へ割り引くための重要な考え方でもあることに触れました。では、なぜ将来の100億円は、現在の100億円と同じ価値ではないのでしょうか。さらに、現在は赤字、しかし10年後に大型新薬を生み出す可能性があるバイオ企業。現在は高収益、しかし5年後に主力薬の特許切れを迎える製薬企業。どちらの企業価値が高いのでしょうか。現在の利益だけでは答えられません。そこで使われる代表的な企業価値評価法が、DCF、Discounted Cash Flowです。次回は、DCFとは何か、FCFとは何か、なぜ将来のお金を割り引くのか、WACCをどう使うのか、ターミナルバリューとは何か、成長率を少し変えるだけで企業価値がなぜ大きく変わるのか、製薬企業の特許切れをDCFへどう反映するのか、バイオ企業のパイプラインをどう考えるのか、そして「良い会社」と「現在の価格から見て価値のある会社」は何が違うのかを、医療企業の「未来の価値」を数字で考える方法へ進みます。
本講座に関するご注意
本講座は、企業分析の考え方を学ぶための教育コンテンツです。金融商品取引法に基づく投資助言・代理業には該当せず、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。講座内で企業を題材として扱う場合も、あくまで分析手法を説明するための例示です。
講座に関するご注意
本講座は、企業分析の考え方を学ぶための教育コンテンツです。金融商品取引法に基づく投資助言・代理業には該当せず、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。記事中で企業名に言及する場合も、分析手法を説明するための例示であり、投資を勧めるものではありません。
受講による学習成果、および受講者の投資成果を保証するものではありません。投資その他の意思決定は、ご自身の判断と責任において行ってください。