JMEI 医療企業分析アカデミー 第21講 企業が使う「お金のコスト」を初心者でも分かるように考える
第20講では、ROICについて学びました。ROICとは、Return on Invested Capitalの略で、投下資本利益率と呼ばれる指標です。簡単にいえば、「企業が事業へ投入したお金から、どれくらい効率よく利益を生み出しているか」を見る数字でした。例えば、投下資本1,000億円、NOPAT150億円なら、ROICは15%というイメージです。しかし、第20講の最後に重要な疑問が出てきました。ROIC15%という数字は、高いのでしょうか、低いのでしょうか。実は、ROICだけを見ても完全には判断できません。企業が事業に使うお金は、無料ではないからです。銀行から借りれば利息が必要です。社債を発行すれば利息などの負担があります。そして株主から預かったお金にも、企業分析では「コスト」があると考えます。企業が資金を使うために必要となるコスト。これが、資本コストです。そして企業全体の資金調達コストを考えるときに重要になるのが、WACCです。
WACCは一見すると難しい言葉です。しかし考え方はそれほど難しくありません。例えば、「6%程度のコストで集めたお金を使って、10%の収益を生み出している」会社と、「6%程度のコストで集めたお金を使って、4%しか生み出していない」会社。どちらが効率的でしょうか。もちろん前者です。つまり企業分析では、ROICとWACCを比べることで、「企業がお金を使うことで、本当に価値を生み出しているのか」を考えることができます。第21講では、資本コストとは何か、なぜ借金にはコストがあるのか、なぜ株主のお金にもコストがあると考えるのか、WACCとは何を意味するのか、ROICとWACCをどう比較するのか、M&Aや設備投資ではどう使うのか、そして「利益を出している会社」が必ずしも「価値を生み出している会社」ではないのはなぜかを、企業価値分析の重要な基礎として、できるだけやさしく学んでいきます。
そもそも企業はどこからお金を集めるのか
会社が事業を始めたり、大きくしたりするにはお金が必要です。例えば医療機器会社が新しい工場を建設する、製薬企業が大規模な研究開発を進める、海外へ進出する、他社をM&Aする。どれも大量の資金が必要です。企業が資金を調達する方法を大きく分けると、借入などによる資金と、株主からの資金があります。企業はこうした資金を使って事業を行います。
まず銀行から100億円を借りたとしましょう。金利が3%なら、単純化すると年間3億円の利息負担が発生します。つまり、100億円を使うために3億円程度のコストがかかるということです。これは非常に分かりやすい資本コストです。借入金や社債などの負債にかかる資金調達コストを、負債コストと呼びます。例えば、借入金利3%なら、単純なイメージでは負債コスト3%です。ただし実際には税金の影響なども考えるため、WACCを計算するときにはもう少し調整します。初心者の段階では、「借金にも利用料がある」と考えれば十分です。
株主のお金は無料なのか
ここがWACCを理解する最大のポイントです。企業が株式を発行して100億円集めたとします。銀行借入のように、「毎年3%の利息を必ず払ってください」とは決められていません。それなら、株主のお金は無料なのでしょうか。企業分析では、そうは考えません。
株主はなぜ企業へお金を出すのでしょうか。何の見返りも期待せずに、「自由に使ってください」とお金を渡しているわけではありません。株主は、株価上昇や配当などによるリターンを期待しています。しかも株式投資には、企業業績悪化、株価下落、倒産などのリスクがあります。そのリスクを取る以上、株主は相応のリターンを求めると考えます。
株主が企業へ資金を提供する代わりに期待するリターンを、株主資本コストという考え方で捉えます。例えば、株主資本コスト8%と仮定するなら、株主はその企業へ投資するリスクに対して、おおむね8%程度のリターンを要求しているというイメージです。実際の株主資本コストは、市場金利や株式市場のリスク、企業固有のリスクなどを考慮して推計します。今回はまず、株主のお金にもコストがあることを理解しましょう。
簡単に整理すると、銀行などから借りたお金には負債コスト、株主から預かったお金には株主資本コストがあります。企業は両方の資金を使って事業をしています。そこで、両方をまとめた企業全体の資金コストを考えたい。ここで登場するのがWACCです。
WACCとは何か
WACCとは、Weighted Average Cost of Capitalの略です。日本語では、加重平均資本コストと呼ばれます。名前は難しいですが、「会社が使っているお金全体の平均的なコスト」と考えると分かりやすくなります。
なぜ「加重平均」なのでしょうか。例えば企業の資金が、借入20%、株主資本80%だったとします。負債コストと株主資本コストを単純に、(3%+8%)÷2としてはいけません。借入は20%しかありません。株主資本は80%あります。そこで、どの資金をどれくらい使っているのかという割合を考えて平均します。だから、加重平均なのです。
かなり単純化して考えます。Aメディカルの資金構成が、負債50%、株主資本50%、負債コスト3%、株主資本コスト9%だったとします。税金の調整をいったん考えなければ、3%×50%+9%×50%=6%です。つまり、企業全体としておおむね6%程度の資本コストというイメージになります。
実際には、負債コストには税効果を反映する、株主資本と負債の割合を適切に設定する、株主資本コストを推計するなどが必要です。代表的な式は、WACC=株主資本コスト×株主資本比率+負債コスト×(1-税率)×負債比率という形になります。しかし最初から式を暗記する必要はありません。今回一番覚えてほしいのは、WACC=企業がお金を使うための平均的なハードルという考え方です。
なぜ借金には税効果があるのでしょうか。企業が支払う利息は、一定の条件のもとで税金計算上の費用になるため、負債コストには税金の影響を考えることがあります。例えば、借入金利3%、税率30%なら、3%×(1-0.30)=2.1%というように、税引後の負債コストを考えることがあります。ただし、今回は計算テクニックより考え方を優先しましょう。
WACCを「ハードル」と考える
Aメディカルのウォックが6%だったとします。企業が新しい事業へ100億円を投資します。この投資から、10%程度の収益を生み出せれば、企業全体の資金コスト6%を上回っています。一方、4%程度しか生み出せないなら、資本コスト6%を下回っています。つまりWACCは、「この程度以上の収益を上げたい」という一つのハードルとして考えることができます。
ここで第20講のROICがつながります。例えば、ROIC15%、WACC6%だったとします。企業は6%程度のコストを伴う資本を使い、15%のリターンを生み出しているというイメージです。差は9ポイントです。企業がお金を使うことで価値を生み出している可能性があります。
今度は、ROIC4%、WACC7%とします。7%程度のコストを伴う資本を使っているのに、4%しか利益を生み出していない。この状態が長く続くなら、資本を効率的に使えていない可能性があります。
非常に単純化します。企業が100円の資金を使う。そのお金のコストが年間6円相当だとします。事業から12円を生み出す。12円-6円=6円。価値を生み出しているイメージです。一方、4円しか生み出さない。4円-6円=-2円。会計上は利益が出ていても、資本コストまで考えると十分な収益を上げていないという見方になります。
少し不思議に感じるかもしれません。例えば企業が、年間利益40億円を出しています。赤字ではありません。しかし事業へ1,000億円を投じている。ROIC4%とします。もしWACCが7%なら、企業は資本提供者が要求する水準を下回る収益しか生み出していない可能性があります。つまり、黒字だから価値創造とは限らないのです。
ROICスプレッドという考え方
Aメディカルのケースを見てみましょう。ROIC14%、WACC6%。Bメディカルは、ROIC7%、WACC6%。どちらもROICはWACCを上回っています。しかし差を見ると、A社は+8ポイント、B社は+1ポイントです。A社の方が、資本コストに対して大きな超過収益を生み出しています。この差を、ROICスプレッドなどと呼ぶことがあります。
簡単にいえば、ROIC-WACCです。A社がROIC15%、WACC6%なら+9ポイント。B社がROIC5%、WACC7%なら-2ポイント。プラス幅が大きい企業ほど、資本を使うことで価値を生み出している可能性があります。
売上成長率だけを見る危険もあります。A社は売上成長率+25%、ROIC4%、WACC7%。B社は売上成長率+10%、ROIC16%、WACC7%。A社は急成長。B社は10%成長。売上だけならA社が魅力的に見えます。しかしA社が、資本コストを下回る事業へ大量に追加投資しているなら、成長するほど問題が大きくなる可能性があります。B社は、高いROICを維持しながら成長しています。これが、成長の「量」と「質」の違いです。
企業が価値を生み出しながら成長するための基本的なイメージは、ROIC>WACCの状態で、さらに投資を続けられることです。例えば、WACC7%、ROIC18%の医療事業がある。市場も年間15%成長している。企業がさらに資金を投じても18%程度のROICを維持できる。これは非常に魅力的な構造かもしれません。
一方、高ROICでも成長できない場合があります。A医療企業はROIC25%、WACC6%。非常に高収益です。しかし市場は成熟。追加投資できる事業がありません。この場合、現在の事業は非常に良い。しかし成長余地は小さい可能性があります。そこでフリーキャッシュフローを、配当、自社株買い、M&Aなどへどう配分するかが重要になります。
企業の長期成長を見るときには、ROICの高さだけではなく、高ROICを維持したまま、さらにどれくらい再投資できるかを見ることが重要です。つまり、高ROIC×大きな再投資機会は、非常に重要な組み合わせです。Aメディカルは、ROIC22%、WACC7%、市場成長率1%、追加投資機会少ない。Bメディカルは、ROIC17%、WACC7%、市場成長率15%、追加投資機会大きい。現在のROICはA社が上です。しかしB社には、17%という高いROICの事業へ追加資本を投入し続けられる可能性があります。長期成長ではB社が非常に魅力的になる場合があります。
設備投資、医療の特殊性、M&Aとの関係
医療企業が新工場を建設するとします。投資額1,000億円、企業のWACC6%。工場が将来的に生み出す収益率が12%程度期待できるなら、資本コストを上回っています。一方、4%程度しか期待できない工場へ投資するなら、「なぜこの投資をするのか?」を慎重に確認する必要があります。
ただし医療では利益だけでは判断できません。ここはJMEIとして重要な視点です。例えば医薬品工場の増設が、非常時の安定供給、希少疾患治療薬の供給、災害時の医療維持などを目的としている場合があります。短期的なROICだけでは説明できない戦略的・社会的価値もあります。したがって、ROIC<WACCならすべて即撤退という単純な分析はしません。
第17講で学んだM&AでもWACCは重要です。Aファーマが、5,000億円で企業を買収します。その買収から将来的に得られる収益性が10%。AファーマのWACCが6%なら、合理的な投資になる可能性があります。しかし買収後の収益性が3%しかないならどうでしょうか。高すぎる価格で買った可能性があります。
非常に優れた企業でも、高すぎる価格で買収すると投資収益率が低くなります。例えば同じ企業を2,000億円で買う場合と、5,000億円で買う場合。生み出す利益が同じなら、当然、5,000億円で買った方が投資効率は悪くなります。だから、良い会社を買うことと、良い価格で買うことは違います。
JMEIメディカルが医療AI企業を2,000億円で買収したとします。買収後、その事業が将来的に、NOPAT200億円を安定的に生み出すと単純化します。2,000億円に対して200億円。イメージとして10%です。JMEIメディカルのWACCが6%なら、10%>6%です。企業価値へプラスになる可能性があります。同じ会社を4,000億円で買ったらどうでしょうか。利益は同じ200億円。買収価格が4,000億円なら、単純な収益性は5%程度。WACCが6%。つまり、5%<6%です。同じ優れた医療AI企業でも、いくらで買うかによってM&A評価は変わります。
製薬企業では研究開発の評価が難しくなります。新薬開発は成功確率が不確実です。例えば、新薬候補Aが成功すれば非常に高い利益を生み出す。しかし開発失敗の可能性もある。このリスクも含めて、期待される将来価値を考えなければなりません。だから製薬企業では、単純な1年の利益率だけでは研究開発投資の価値を判断できません。安全性が比較的高い事業と、非常に不確実な新規事業。同じリターンでよいでしょうか。例えば、安定事業の期待収益7%、非常に高リスクの新薬開発の期待収益7%なら、高リスク事業へ投資する魅力は小さくなります。一般にリスクが高い投資ほど、より高い期待リターンが求められます。
WACCは企業ごと、時期ごとに変わる
WACCはすべての会社で同じではありません。例えば、安定した大型医療企業と、新薬1本に将来を依存するバイオベンチャーではリスクが違います。負債比率、株価変動、事業安定性、金利環境などによって、資本コストも変わります。
同じ企業でも、WACCがずっと同じとは限りません。例えば市場金利が上昇すれば、借入金利や社債利率などが上昇する可能性があります。株式市場のリスク認識が変われば、株主が求めるリターンも変化する可能性があります。したがってWACCは、固定された永遠の数字ではありません。
例えばAメディカルは、大型M&Aを借入で行うことを考えています。金利1%の時代なら資金調達負担は比較的小さい。しかし金利5%ならどうでしょうか。同じ3,000億円を借りても、利息負担が大きくなります。つまり金利環境によって、M&Aや設備投資などのハードルも変化します。有利子負債500億円のA社と、有利子負債5,000億円のB社では、金利上昇が起きた場合、一般的にはB社の方が利払い負担への影響が大きくなる可能性があります。そのためWACC分析では、負債額、負債比率、金利も確認します。
負債コストは株主資本コストより低いことが多いため、「借金を増やせばWACCを下げられるのでは?」と思うかもしれません。しかし借金が増えすぎれば、倒産リスク、利払い負担、信用力低下が高まります。すると負債コストや株主資本コストが上昇する可能性があります。したがって、借金を増やせば増やすほど良いわけではありません。企業は、自己資本だけでも、借金だけでもありません。一定の財務安全性を保ちながら、効率的に資金を調達する必要があります。どの程度の負債と株主資本を組み合わせるか。これは、資本構成と呼ばれる重要な経営テーマです。医療企業、とくに製薬企業では、臨床試験失敗、大型薬の特許切れ、大型M&A、研究開発投資などによって業績が大きく変わることがあります。そのため、借りられるだけ借りるのではなく、次の研究開発やM&Aへ使える財務余力を残しておくことも重要です。
WACCが低い会社は必ず良いのか
いいえ。WACCが低いということは、比較的低コストで資金を調達できる可能性を意味します。しかし、その資金を低収益事業へ使えば価値は生まれません。重要なのは、WACCそのものの低さではなく、ROICがWACCをどれだけ上回れるかです。
A社はROIC15%、WACC10%、スプレッド+5ポイント。B社はROIC10%、WACC3%、スプレッド+7ポイント。ROICだけならA社が高い。しかし資本コストまで考えるとB社の方がスプレッドは大きい。つまり、ROICの絶対値だけでは企業価値創造力を完全には比較できないことが分かります。
Aメディカルは、ROIC18%、WACC6%、スプレッド+12ポイント。Bメディカルは、ROIC9%、WACC7%、スプレッド+2ポイント。Cメディカルは、ROIC5%、WACC8%、スプレッド-3ポイント。A社は非常に大きな超過収益を生んでいます。B社もプラスですが余裕は小さい。C社は資本コストを下回っています。ここから、なぜA社のROICは高いのか、なぜC社は低いのかを調べます。
A社の高いROICの理由が、高い市場シェア、強いブランド、消耗品モデル、高いスイッチングコストなら、長期間維持できる可能性があります。一方、一時的な薬価上昇、競合供給停止などによるものなら、長続きしない可能性があります。WACCとの比較でも、数字の理由まで考えることが重要です。
企業価値を考えるときに重要なのは、現在ROICが高いかだけではありません。5年後も、ROIC>WACCを維持できるかです。例えば製薬会社なら、現在の大型薬特許が切れる。するとROICが低下する可能性があります。次の新薬が成功すれば、再び高ROICになる可能性があります。第15講、第16講の内容ともつながります。
強い企業は、高いROICを競合企業から守る仕組みを持っています。例えば、特許、ブランド、販売網、独自データ、スイッチングコスト、規制対応力。これらが競争優位性です。競争優位性が弱ければ、競合参入によって価格や利益率が下がり、ROICがWACCへ近づく可能性があります。例えば、ROIC30%、WACC6%という非常に魅力的な医療市場があります。当然、多くの企業が参入したくなります。競争が激化、価格低下、シェア分散、利益率低下。その結果、ROICも低下する可能性があります。だから、「なぜ高ROICを維持できるのか」が重要なのです。
財務分析だけなら、ROICが高い企業に注目したくなります。しかしJMEIでは、それだけでは不十分です。医療企業では、患者に価値があるか、医療従事者に価値があるか、医療費削減につながるか、治療結果を改善するかという医療価値も重要です。短期的なROICだけを最大化すればよいわけではありません。
JMEI式「WACCを見る10の質問」
医療企業の資本コストを見るときには、次の10項目を確認しましょう。企業はどのように資金を調達しているか。有利子負債はどれくらいあるか。借入金利や社債利率はどの程度か。株主資本コストはどのように推計されているか。WACCは何%程度か。ROICはWACCを上回っているか。ROIC-WACCの差はどれくらいか。大型投資やM&AはWACCを上回る収益を生みそうか。借金増加で財務リスクが高まっていないか。5年後もROIC>WACCを維持できる競争優位性があるか。そして最後に、「この会社は、資金を調達するコスト以上の価値を生み出しているか?」と考えます。
練習問題
問題1 WACCとは何でしょうか。(A.企業の売上成長率 B.企業全体の平均的な資本コスト C.製品別利益率 D.市場シェア)
問題2 企業が銀行から100億円を年3%で借りた場合、単純化した年間利息はいくらでしょうか。
問題3 株主から調達した資金には利息がないため、コストはゼロでしょうか。
問題4 ROIC15%、WACC6%です。ROICスプレッドは何ポイントでしょうか。
問題5 ROIC4%、WACC7%の会社があります。何に注意すべきでしょうか。
問題6 売上が毎年20%成長していれば、ROICがWACCを下回っていても問題ないでしょうか。
問題7 大型M&Aを評価するとき、買収対象が良い企業なら買収価格は重要ではないでしょうか。
問題8 WACCが低い会社なら必ず企業価値を生み出せるでしょうか。
総合ケーススタディ――JMEIメディカルは価値を生んでいるか
架空のJMEIメディカルを分析します。売上高1兆円、営業利益1,600億円、NOPAT1,100億円、投下資本7,000億円。ROICは、1,100億円÷7,000億円×100=約15.7%です。資金構成は株主資本70%、負債30%、株主資本コスト8%、税引前負債コスト3%、税率30%。単純化した負債コストの税引後は、3%×(1-0.30)=2.1%です。簡易的なWACCは、8%×70%+2.1%×30%=5.6%+0.63%=約6.2%です。ROIC約15.7%、WACC約6.2%なので、ROICスプレッドは約+9.5ポイントです。さらに、市場シェア上昇、海外売上+15%、新製品売上+25%、FCF+1,200億円、有利子負債減少とします。この会社をどう評価すればよいでしょうか。
まずROICとWACCを見ると、ROICは約15.7%、WACCは約6.2%。つまり、ROIC>WACCです。差は約9.5ポイント。資本コストを大きく上回る収益を生み出している可能性があります。企業がお金を使うことで、比較的大きな価値を生み出していると考えられます。
次に成長を見ると、市場シェアは上昇、海外売上+15%、新製品売上+25%。つまり、高いROICを維持しながら事業も成長している可能性があります。これは重要です。単に現在のROICが高いだけではなく、高ROIC事業を拡大できている可能性があるからです。
FCFも確認します。FCFは+1,200億円。本業から現金を生み、必要な投資をした後にも大きなキャッシュを残しています。さらに有利子負債も減少。財務余力も高まっている可能性があります。つまり、高ROIC+成長+FCFという良い循環が見えます。
しかしここで分析を終えてはいけません。なぜROIC15.7%を出せるのか。特許なのか、ブランドなのか、スイッチングコストなのか、高利益率の消耗品なのか、独自技術なのか。そして、競合企業が参入しても15%前後を維持できるのかを考えます。
反対の会社ならどうでしょうか。Aメディカルは、売上高1兆円、ROIC4%、WACC8%、売上成長率+20%、大型M&Aを毎年実施、有利子負債急増。この会社も売上1兆円です。しかも20%成長。表面的には非常に勢いがあります。しかし、ROIC<WACCで、借金を増やしながら低収益成長しているとすれば、企業価値創造の面では注意が必要です。
JMEIでは、企業を見るとき、売上が増えた、利益が増えた、株価が上がっただけでは終わりません。見る順番は、売上、利益、キャッシュフロー、投下資本、ROIC、WACC、ROICスプレッド、競争優位性、再投資、医療価値です。企業は、株主、銀行、社債投資家などから資金を預かり、その資金を使って事業を行っています。だから、「利益が出ました」だけでは十分ではありません。資金を提供した人たちが要求するコストを上回る価値を生み出せているか。そこまで考えて、初めて企業の本当の資本効率が見えてきます。
JMEI Medical Insight
医療企業の資本コストを考えるとき、JMEIが忘れてはいけないと考えるのは、医療には「時間のかかる価値」があるということです。例えば新薬開発。10年以上にわたって研究を続けても、すぐには利益が出ないことがあります。希少疾患治療。患者数が少なく、短期的な資本効率だけなら魅力が小さく見えるかもしれません。感染症対策。平時には需要が小さくても、社会にとって必要な製造能力があります。だから、ROIC>WACCという財務原則は非常に重要ですが、それだけで医療企業を評価することはできません。JMEIでは、財務価値と、医療価値を両方考えます。重要なのは、医療価値の高い事業を、持続可能な事業モデルへ変えることです。患者にとって価値がある、医療従事者にも価値がある、社会に必要とされる、そして企業としても資本コストを上回る収益を長期的に生み出す。この状態が作れれば、医療価値と、企業価値が両立します。例えば、高い医療価値から医療現場で採用され、市場シェア上昇、売上・利益増加、ROIC上昇、WACCを上回る価値創造、FCF増加、次の研究開発へ再投資という循環です。JMEIが理想とする医療企業分析は、この循環まで読み解くことです。
今回のポイント
第21講で最も覚えてほしいのは、「企業が使うお金にはコストがある」ということです。企業は、借入、株主資本などによって資金を調達します。借入には、利息という分かりやすいコストがあります。株主資本にも、株主が期待するリターンというコストがあります。これらを企業の資金構成に応じて平均した考え方が、WACCです。
企業分析では、ROICを見て、WACCを見て、ROIC-WACCを見て、なぜROICが高い、低いのかを見て、その差を将来も維持できる競争優位性を見るという順番で考えます。そして最後に、「この会社は、資金を調達するコスト以上の価値を生み出しているか?」と問いかけます。ROIC>WACCなら、企業が資本を使うことで価値を生み出している可能性があります。ROIC<WACCなら、売上や利益が増えていても、資本効率の面から問題がないか確認する必要があります。ここまで理解できると、「成長している会社」と、「価値を生みながら成長している会社」を分けて考えられるようになります。
次回予告
第22講 運転資本とは何か?――売上が増えるほど「お金が足りなくなる会社」があるのはなぜか
ここまで、利益、キャッシュフロー、フリーキャッシュフロー、ROIC、WACCと、企業がどのように利益と現金を生み出し、資本を使っているかを学んできました。次回は、売上が増えているのに現金が減るという少し不思議な現象を、さらに詳しく見ていきます。例えば医療機器会社の売上が、1,000億円から1,500億円へ急成長。ところが現金は減った。なぜでしょうか。病院から代金をまだ回収していない、大量の在庫を用意した、仕入先には先に代金を払った。こうした日々の事業活動に必要になるお金が、運転資本です。特に、急成長している医療機器企業、新製品発売直後の企業、海外展開を急ぐ企業では、売上増加とともに運転資本が急増することがあります。第22講では、運転資本とは何か、売掛金とは何か、在庫とは何か、買掛金とは何か、なぜ売上が伸びるほど現金が必要になることがあるのか、キャッシュ・コンバージョン・サイクルとは何か、そして「売上が伸びている会社」と「売上を現金へ変えられる会社」は何が違うのかを、企業の日常的な「現金の回転」へ進みます。
本講座に関するご注意
本講座は、企業分析の考え方を学ぶための教育コンテンツです。金融商品取引法に基づく投資助言・代理業には該当せず、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。講座内で企業を題材として扱う場合も、あくまで分析手法を説明するための例示です。
講座に関するご注意
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