JMEI 日本医療企業分析 No.022 「オプジーボの会社」からグローバル・スペシャリティファーマへ
小野薬品工業は、日本を代表する研究開発型製薬企業です。同社の企業価値を一変させた製品が、抗PD-1抗体オプジーボ(ニボルマブ)です。免疫チェックポイント阻害薬という新しいがん治療の時代を切り開いた薬の一つであり、小野薬品はBristol Myers Squibbとの提携を通じて世界的な成功を収めました。
しかし現在の小野薬品を分析する際に最も重要なのは「オプジーボでいくら稼ぐか」ではありません。むしろ「オプジーボで得た資金と経験を、次の世界製品へ変換できるか」です。
最新決算――売上は減ったが利益は増えた
2027年3月期第1四半期の売上収益は1,161.6億円で、前年同期比8.9%減でした。一方、コア営業利益は386.8億円で22.5%増、親会社帰属コア四半期利益は302.2億円で21.9%増となっています(オノ・ファーマ)。つまり減収・増益という、通常なら少し不思議に見える決算です。
なぜ売上が減ったのでしょうか。大きな理由がフォシーガです。アストラゼネカとの日本国内での共同販売契約が2026年3月31日で終了したため、2026年4月以降、小野薬品ではフォシーガの売上を計上していません。前年同期にはフォシーガだけで251億円の売上がありました(小野薬品工業株式会社)。単純比較すれば大幅減収ですが、事業構造が変わったために売上が落ちたという要素が大きいわけです。ここでも「売上が減った=悪化」と単純に判断してはいけません。
オプジーボは依然重要だが、成熟期に入っている
国内オプジーボ売上は第1四半期で282億円、前年同期比4.1%減となりました。会社は競争環境の激化などを理由に挙げています(オノ・ファーマ)。免疫チェックポイント阻害薬市場には、Keytruda、Tecentriq、Imfinzi、Libtayoなど多数の強力な競合があり、オプジーボ自身も上市から時間が経っています。今後の小野薬品にとって、オプジーボの適応拡大だけで成長し続けることは難しいでしょう。実際、2026年7月末時点でも肝細胞がん、非小細胞肺がんなど複数領域で開発は続いていますが(オノ・ファーマ)、企業としては明らかに「次」が必要な段階に来ています。
その答えの一つがDeciphera Pharmaceuticals
小野薬品の将来を考えるうえで非常に重要なのが、2024年に実施した米国Deciphera Pharmaceuticals買収です。これは小野薬品の歴史の中でもかなり重要な転換点だと考えられます。単に新薬を買ったからではなく、これによって「米国で研究開発し、米国で承認を取り、米国で自ら販売する能力」を一段強化したことに意味があります。
Decipheraの製品にはQINLOCKやROMVIMZAなどがあります。2025年3月期にはQINLOCKが255億円を売り上げ、2025年2月にはROMVIMZAが米FDA承認を取得しています(オノ・ファーマ)。日本の製薬会社が世界へ進出する際、「日本で創薬し、海外大手にライセンスする」というモデルだけでなく、「海外企業そのものを買収し、開発・販売組織を獲得する」という方法があります。小野薬品はその段階へ進み始めているといえます。
QINLOCK――すでに売上を持つ買収資産
QINLOCKは消化管間質腫瘍(GIST)を対象とするキナーゼ阻害薬です。Deciphera買収時点で既に上市されていたため、小野薬品は「将来薬になるかもしれない会社」ではなく、既に製品売上を持つグローバル製薬企業を買収したことになります。さらに2026年3月26日、小野薬品はripretinibについて日本での製造販売承認申請を行いました(小野薬品工業株式会社)。米国などで販売した薬を日本へ逆輸入的に展開するという流れも生まれており、今後の日本製薬企業にとって興味深いモデルです。
ROMVIMZA――小野薬品が世界で育てる新しい柱
さらに注目したいのがROMVIMZAです。手術が困難な腱滑膜巨細胞腫(TGCT)に対するCSF1R阻害薬で、米FDAは2025年2月に承認しました。第3相MOTION試験では、プラセボに比べて客観的奏効率が有意に改善し、生活の質を含む複数の評価項目でも臨床的意義が示されています(オノ・ファーマ)。
ここで見るべきは売上だけではなく、ROMVIMZAが小野薬品にとってDeciphera買収後にグローバル市場で育てる最初期の重要製品だという点です。もしROMVIMZAとQINLOCKが着実に成長すれば、「小野薬品=オプジーボ」という企業像そのものが変わっていく可能性があります。
小野薬品の成長戦略は「創薬+M&A」へ変わった
小野薬品は従来、自社研究による創薬能力を強みとしてきました。しかし現在は、自社創薬にライセンス導入と企業買収を組み合わせるモデルへ進んでいます。これは大きな変化です。創薬企業にとって最も危険なのは「自社研究所だけですべてを作ろうとすること」かもしれません。ADC、細胞治療、遺伝子治療、放射性医薬品、AI創薬、タンパク質分解など、新しいモダリティが次々と登場する中で、すべてを自社だけで開発することは困難です。世界中から優れた技術を見つけられる能力そのものが、製薬会社の競争力になっています。
小野薬品最大の課題
一方、課題も明確です。小野薬品はBristol Myers SquibbやMerckなどと比較すると企業規模が小さく、大型M&Aを何度も失敗する余裕はありません。Deciphera買収が成功するかどうかは非常に重要で、QINLOCK売上、ROMVIMZA売上、日本・欧州での承認拡大、Deciphera単体の収益性、新規開発品といった指標を見ていく必要があります。今後の小野薬品では、M&A後のインテグレーション能力を正式に評価する必要があるでしょう。
参考資料:小野薬品工業 決算関連資料ほか
※本記事は企業・産業研究を目的としたものであり、特定の株式の購入・売却を推奨するものではありません。