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国内医療企業

塩野義製薬――「感染症に強い製薬会社」から世界の感染症インフラ企業へ

JMEI 日本医療企業分析 No.024 「感染症に強い製薬会社」から世界の感染症インフラ企業へ

塩野義製薬は、日本の製薬会社の中でも非常に特徴の明確な企業です。主力研究領域は、感染症、痛み・中枢神経、希少疾患などです。特に感染症領域では、HIV、COVID-19、インフルエンザ、薬剤耐性菌といった世界的な課題へ長期間取り組んできました。代表的な製品・事業には、XOCOVA(エンシトレルビル)、Fetroja/Fetcroja(cefiderocol)、ViiV Healthcare関連HIV事業、ラジカット/RADICAVAなどがあります。現在の塩野義を見る際には、従来の「国内処方薬メーカー」というイメージを捨てる必要があります。2026年は、この会社の構造が大きく変わった年です。

2027年3月期第1四半期の売上収益は、1,633億円、前年同期比63.7%増。営業利益は669億円、90.6%増。親会社所有者帰属利益は977億円、148.2%増となりました。第1四半期として売上・利益とも過去最高水準です。ただし、この数字をそのまま「塩野義の既存事業が64%成長した」と考えてはいけません。2026年4月から、RADICAVAを含むエダラボン事業、鳥居薬品の連結子会社化、ViiV Healthcareの持分法適用会社化などがグループ業績へ加わりました。営業利益の大幅増には、鳥居薬品連結子会社化とエダラボン事業承継、ViiV社の持分法適用関連会社化に伴う持分法投資利益の計上が寄与しています。つまり今回の大幅増収は、既存事業成長+大型事業取得による構造変化です。これは企業分析上、かなり重要な違いです。

塩野義は田辺ファーマから、ALSなどに用いられるエダラボン事業を取得しました。米国ではRADICAVAとして販売されています。会社はこの事業について、2026年度から年間約7億ドルの売上収益を見込んでいます。この買収には二つの意味があります。一つは当然、売上を増やすことです。しかしJMEIとしては、もう一つの意味を重視します。それは、米国の希少疾患販売インフラを一気に獲得したことです。製薬企業が海外へ進出する場合、薬だけを持っていても十分ではありません。薬事、メディカルアフェアーズ、専門医ネットワーク、患者支援、保険者との交渉、販売組織。これらが必要になります。RADICAVA取得によって、塩野義は米国で希少疾患薬を販売するための「道路」を手に入れました。将来、別の希少疾患薬をこの道路に乗せることができれば、買収価値はさらに大きくなります。

2026年4月、塩野義はViiV Healthcareへの追加出資を完了しました。21.25億ドルを投じ、持分を21.7%まで引き上げました。GSKは78.3%を維持しています。これは非常に重要です。ViiV Healthcareは世界有数のHIV専門企業です。塩野義はHIVインテグラーゼ阻害薬、dolutegravir、cabotegravirなどの創薬に深く関わってきました。従来、塩野義にとってViiVから得るロイヤリティは極めて重要な収益源でした。しかし21.7%まで持分を引き上げたことで、「技術を提供してロイヤリティを受け取る会社」から「世界HIV企業そのものの一部を所有する会社」へ一段進みました。これは日本の製薬企業として非常に面白い戦略です。

2026年6月1日、米FDAはXOCOVA(ensitrelvir)を、COVID-19患者との接触後に発症を防ぐための経口薬として承認しました。対象は12歳以上の成人・青少年です。臨床試験では、接触後の症候性COVID-19発症リスクをプラセボに対して67%低下させました。そして2026年7月末から米国で実際に販売が開始されました。ここで重要なのは、「コロナ薬がまだ売れるか」だけではありません。塩野義が、日本発の感染症薬をFDA承認まで持っていき、自社米国組織で販売するところまで進んだことです。これは企業能力そのものの変化です。

本日特に注目したいのがFetrojaです。Fetrojaは多剤耐性グラム陰性菌などに使用される抗菌薬です。抗菌薬市場には特殊な問題があります。良い抗菌薬ほど「できるだけ使わない」ことが求められます。耐性菌の出現を防ぐためです。その結果、社会的価値は大きいのに販売量は増やせず、製薬企業にとって採算が悪いという矛盾が起こります。これが抗菌薬開発から大手製薬企業が撤退してきた理由の一つです。

ところが2026年8月28日、米国政府のBARDAはProject BioShieldの一環としてFetrojaを3,690万ドル分調達するオプションを行使しました。契約全体では初期資金1億1,900万ドル、複数年オプションを含め最大4億8,200万ドル規模になる可能性があります。これは非常に重要です。抗菌薬ビジネスが、「患者へ薬を売る」だけではなく、「国家が感染症危機に備えて医薬品を確保する」モデルへ変わる可能性があるからです。

ここからJMEI独自の視点です。耐性菌、新型感染症、パンデミック対策では、薬を大量に使用することが企業価値ではありません。むしろ、使わなくても存在していること自体に価値がある。消防車と同じです。火事が起きない方がよい、しかし消防車は必要です。感染症薬にも同じ構造があります。したがって感染症ビジネスでは将来的に、患者数×薬価という通常の製薬モデルだけでなく、Preparedness Contract=感染症危機への備えそのものに対価を支払うモデルが重要になる可能性があります。FetrojaとBARDAの契約は、その代表例です。

一方で2026年の塩野義は、かなり大胆な資本投下をしています。RADICAVA事業取得、ViiV Healthcare追加出資。この二つに関連して、合計6,600億円規模のブリッジローンを調達しています。もちろん資産も収益も増えますが、これまで極めて財務体質の強かった塩野義にとって大きな変化です。したがって今後は、売上成長だけではなく、負債返済、キャッシュフロー、買収事業利益率、ROICを見る必要があります。買収したから成長した、では不十分です。買収に使った資本以上の利益を生めるか。ここが最終評価になります。

参考資料:塩野義製薬「2026年度第1四半期決算」(2026年8月3日)、塩野義製薬「Fetroja米国政府調達」(2026年8月28日)、塩野義製薬「XOCOVA米FDA承認」(2026年6月1日)、GSK「2026年第2四半期決算」(2026年7月28日)、GSK/塩野義製薬「ViiV Healthcare株主構成変更」(2026年4月1日)

※本記事は企業・産業研究を目的としたものであり、特定の株式の購入・売却を推奨するものではありません。

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