JMEI 日本医療企業分析 No.028 血球計数世界大手から「総合診断プラットフォーム」へ
シスメックスは神戸に本社を置く、日本を代表する医療機器・体外診断企業です。主力領域は、血球計数検査、血液凝固検査、尿検査、免疫検査、生化学検査、遺伝子検査、がんゲノム、アルツハイマー病関連検査などです。さらに手術支援ロボット「hinotori」にも関与しています。しかし企業としての原点と最大の競争優位は、依然として血液検査です。世界の病院や検査センターでシスメックスの分析装置が使われ、そこに専用試薬、保守サービス、ITシステムが組み合わされます。つまりシスメックスは、単純な「検査装置メーカー」ではありません。
2027年3月期第1四半期は非常に強い決算となりました。売上高は1,306億74百万円、前年同期比23.6%増。営業利益は148億21百万円、39.5%増。親会社所有者帰属利益は86億91百万円、90.9%増です。米州を中心に血球計数・血液凝固関連機器が伸び、EMEA、アジア・パシフィック、日本も増収となりました。一方、中国は医療制度改革の影響などによって減収・減益となり、決算では唯一の弱含みとなっています。円安も増収増益を後押ししています。ここで重要なのは、売上+23.6%に対して営業利益+39.5%という点です。売上増加より利益増加の方が大きい。つまり規模拡大によるOperating Leverageが効いています。ただし為替の追い風も含まれるため、「事業そのものが23%強くなった」と単純評価するべきではありません。今後は恒常為替ベースの成長と利益率を分けて追跡する必要があります。
シスメックスのビジネスモデルで非常に重要なのが、装置から専用試薬、保守サービス、ソフトウェアという構造です。血液分析装置は、一度病院へ入れば長期間使用されます。そして検査をするたびに試薬が必要になります。つまり、Installed Baseが将来のRecurring Revenueを生む。これは非常に強いMedTechモデルです。MRIやCTでは一台販売すると売上が大きい一方、同じ病院が毎年装置を買い替えるわけではありません。シスメックスの場合、装置が設置され、毎日検査され、試薬が消費され、保守が必要になるという収益が続きます。したがってシスメックスを評価するとき、年間の装置販売台数だけを見るのは不十分です。世界で何台稼働しているのか、その装置一台から何年間試薬収入が生まれるのか。ここを見る必要があります。
シスメックスは血球計数だけにとどまろうとしていません。特に重要なのが血液凝固検査です。2026年1月には北米で、大規模検査室向けの「CN-9000 Automated Hemostasis Solution」を発売しました。単体利用だけでなくTotal Laboratory Automationにも接続でき、大規模ラボの自動化・効率化を狙っています。ここでシスメックスが売っているものは、「凝固検査装置」だけではありません。検体搬送、測定、結果管理、品質管理、再検までを含む、Laboratory Workflowです。医療機関の人手不足が進むほど、この価値は高まります。
2026年4月、シスメックスは日本電子の生化学検査事業取得を完了し、シスメックスBioMajestyとして事業を開始しました。今回の決算でも、国内売上高が前年同期比57.9%増と大きく伸びた主因となっています。これは非常に重要です。従来シスメックスの圧倒的な強さは血液学領域でした。しかし病院の中央検査室では、血球計数、生化学、免疫、凝固、尿など複数の検査が行われます。そこでシスメックスが生化学まで強化すれば、一つの検査分野からLaboratory Platform全体へ進むことができます。これは単なるM&Aではありません。シスメックスのTotal Addressable Marketを広げる戦略です。
昨日のH.U.グループでも扱ったアルツハイマー病診断は、シスメックスにとっても重要です。シスメックスは2026年4月、アルツハイマー病関連バイオマーカーである血中p-Tau217測定試薬を発売しました。さらに7月1日には「PrismGuide APOE 遺伝型判定キット」が、抗アミロイドβ抗体薬の副作用リスク評価を目的とする検査として国内初の保険適用を受けました。これは非常に面白い構造です。アルツハイマー病治療薬が普及し、治療候補患者を見つけ、バイオマーカー検査をし、治療リスクを評価し、薬を投与する。つまり製薬企業の新薬登場によって、診断企業にも新しい市場が生まれる。これはJMEIが今後も追跡すべき「Treatment Ecosystem」の代表例です。
2026年8月には、子会社の理研ジェネシスが「AmoyDx肺癌マルチ遺伝子PCRパネル」について、HER2遺伝子変異陽性非小細胞肺がんの治療薬選択を補助するコンパニオン診断用途の追加承認を取得しました。これも重要です。従来の診断は、「肺がんかどうか」を調べるものでした。現在は、「どの遺伝子変異を持つ肺がんなのか」まで調べます。そして検査結果が、どの薬を使うかを決めます。つまり診断は、DiagnosisからTherapy Selectionへ役割を広げています。
2026年3月に発表した新中期経営計画では、ダイアグノスティクス事業の強化、医療DX、変化に強い経営体質を重点テーマとしています。前中計では血球計数の新製品、血液凝固分野の欧米直接販売、新興国展開などを進め、2025年3月期には売上5,000億円を突破しました。一方、中国政策、規制対応、競争、インフレなどによる収益性の課題も認識しています。ここから分かることがあります。シスメックスは既に、「日本の検査機器会社」ではありません。むしろ、世界の検査室をどこまで自社プラットフォーム化できるかを考える段階へ進んでいます。
世界市場での主な競合は、Roche Diagnostics、Abbott、Danaher/Beckman Coulter、Siemens Healthineers、Bio-Radなどです。ただしシスメックスは、総合診断企業すべてと正面衝突する必要はありません。血液学では世界トップクラスのポジションを維持し、そこから凝固、生化学、免疫、遺伝子、認知症へ横展開する。つまり、Core Dominance→Adjacent Expansionが合理的な戦略です。
JMEI総合評価
シスメックスは、JMEIのMEDIX50でも上位に置いて継続追跡する価値が高い企業です。今後の最大のポイントは、血液学トップ企業から、総合Diagnostics Platform企業へ進化できるかです。
参考資料:シスメックス「2027年3月期第1四半期」2026年8月7日、シスメックス「新中期経営計画」2026年3月5日、Abbott「2026年第2四半期決算」、Abbott「Libre Duo CE Mark」2026年5月27日、Vitestro「Series B 7,000万ドル調達」2026年3月10日。
※本記事は企業・産業研究を目的としたものであり、特定の株式の購入・売却を推奨するものではありません。