JMEI代表コラム 医療企業を見るときに忘れてはいけない「企業価値」と「市場期待」
日本医療企業研究所(JMEI)代表として医療企業を見ていると、とても興味深い現象に出会います。
それは、業績や技術力に大きな問題があるわけではないのに、株価が大きく下落する企業があるということです。
最近、私が特に注目しているのが、シスメックス、テルモ、第一三共です。
いずれも日本を代表する医療企業です。世界市場で事業を展開し、高い技術力を持っています。
ところが株価を見ると、昨年の高値から大きく下に位置しています。
「これだけ良い会社なのに、なぜ株価は安いのだろうか」
今回は、この素朴な疑問から医療企業の価値について考えてみたいと思います。
株価は「現在の会社の価値」だけでは決まらない
株式について勉強を始めると、最初はどうしても、
業績が良い会社=株価が上がる
と考えてしまいます。
しかし実際の市場は、それほど単純ではありません。
株価には現在の業績だけではなく、
「来年はもっと成長するのではないか」
「この新薬は大きな市場を作るのではないか」
「この医療機器は世界で普及するのではないか」
という将来への期待が含まれています。
つまり株価とは、企業の現在価値だけではなく、未来に対する市場参加者の期待まで織り込んだ価格なのです。
そのため、良い決算を発表したにもかかわらず株価が下がる、という一見不思議なことも起こります。
市場がそれ以上の数字を期待していたからです。
私はここに、医療企業を見る面白さがあると思っています。
シスメックス――世界的競争力があっても株価は調整する
シスメックスは、血液検査を中心とした検体検査分野で世界的な競争力を持つ日本企業です。
高齢化が進み、疾病の早期発見や診断の重要性が高まれば、検査市場そのものの重要性も高まっていくでしょう。
私自身、医療従事者として考えても、「検査」はこれからの医療でさらに重要になると感じています。
それでも株価は常に右肩上がりになるわけではありません。
業績への期待、為替、市場全体の資金の流れ、バリュエーションなど、さまざまな要因によって企業に対する評価は変化します。
ここで大切なのは、
「株価が下がった=会社の価値が下がった」
と単純に考えないことだと思います。
テルモ――派手さよりも医療現場を支える強さ
テルモも非常に興味深い企業です。
カテーテル、心血管領域、輸血関連、各種医療機器など、医療現場を支える製品を世界に供給しています。
医療従事者から見ると、こうした企業の本当の価値は株価チャートだけでは分かりません。
医療現場で長年使われる製品には、
- 安全性
- 信頼性
- 医療従事者からの評価
という、財務諸表には直接表れにくい資産があります。
JMEIでは、こうした医療現場から見た企業価値も大切にしていきたいと考えています。
第一三共――新薬への期待が株価を大きく動かす
第一三共はさらに特徴的です。
医薬品企業、とりわけ新薬開発型企業では、一つの薬剤が企業価値を大きく変えることがあります。
第一三共では抗体薬物複合体(ADC)を中心とした抗がん剤事業が非常に重要になっています。
新薬への期待が高まれば株価は大きく上昇します。
一方で、臨床試験、承認、競合薬、販売見通しなどについて市場の期待が変化すると、企業そのものが突然悪くなったわけではなくても株価は大きく調整します。
これは医療企業を分析するときに特に注意すべき点です。
「企業価値」と「株価」を分けて考える
私は最近、この二つを意識的に分けて考えるようになりました。
企業価値は、その会社が持っている技術、人材、製品、研究開発力、ブランド、販売網などから生み出されるものです。
一方、
株価は、それに対して市場が今日いくらの値段を付けているかです。
この二つは必ずしも一致しません。
むしろ、一致しないからこそ企業分析には意味があります。
優れた企業の株価が常に割高なら、企業を分析する意味は小さくなってしまいます。
企業の実力と市場評価との間に「ズレ」が生じる。
そのズレを考えることこそ、企業分析の面白さではないでしょうか。
昨年の株価に戻ることが重要なのか
シスメックス、テルモ、第一三共のチャートを見ながら、私はもう一つ考えました。
「この会社の株価は昨年の高値まで戻るだろうか」
もちろん気になります。
しかし、JMEIとして企業を研究するなら、本当に重要なのは少し違います。
昨年の株価に戻るかではなく、昨年より企業価値が高くなるか。
ここを見るべきだと思います。
売上が成長しているのか。
利益を生み出す力が高まっているのか。
世界市場で競争力を維持できているのか。
新しい医療技術を生み出しているのか。
そして、その企業の製品が実際の医療を良くしているのか。
これらが改善しているにもかかわらず、市場評価だけが低下しているのであれば、非常に興味深い企業研究の対象になります。
反対に、株価が安くなったという理由だけで「割安」と判断することも危険です。
医療従事者だから見える企業価値がある
私がJMEIを立ち上げた理由の一つも、ここにあります。
一般的な企業分析では、PER、PBR、ROE、営業利益率、売上成長率などが中心になります。
もちろん、これらは重要です。
しかし医療企業には、それだけでは評価できない価値があります。
例えば、
- この医療機器は本当に使いやすいのか
- 患者さんの負担を減らしているのか
- 医療従事者が安心して使用できるのか
- これまで治療できなかった患者さんを救えるのか
- 医療現場の人手不足を解決できるのか
こうした視点です。
医療企業を数字だけで評価するのではなく、医療現場と企業分析の両方から見る。
これはJMEIが今後大切にしたい視点です。
株価が下がったときこそ、企業を調べる
株価が上昇している企業は自然と注目されます。
しかし私はむしろ、
「優良企業なのに株価が下がっているとき」
こそ、その企業を研究する絶好の機会なのではないかと思うようになりました。
なぜ下がったのか。
業績が悪化したのか。
競争力が落ちたのか。
それとも、市場の期待が高すぎただけなのか。
この違いを調べていくと、その企業の本当の姿が見えてきます。
シスメックス、テルモ、第一三共が今後どのような成長を遂げるのか。
そして市場が再びこれらの企業を高く評価する日が来るのか。
JMEIでは株価の上げ下げそのものを予想するのではなく、その背景にある医療企業の実力と変化を継続して追っていきたいと思います。
企業を知ることは、医療の未来を知ることでもあります。
そして、その未来を読み解くことこそ、日本医療企業研究所の役割だと考えています。
※本稿は医療企業・医療産業に関する調査・分析を目的としたものであり、特定の有価証券の購入・売却を推奨するものではありません。